わんこと始める恋愛方程式
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辛いことなら今までたくさんあった。彩はぼんやりと考える。
高校二年生に上がってから無理矢理決めた「教員」という道。目標と自分の成績とのギャップに苦しめられながら、必死にがむしゃらに走り抜けた一年半。彩の高校生活を下支えしたのは、紛れもない、B'zの存在だった。
どんなに辛くても、苦しくても、泣き出してしまっても、B'zを聴けば「ああ、何とかなる気がする」と思えた。B'zとの出会いが怠け者で面倒臭がり屋だった彩の全てを変え、第一志望校の合格へと導いたのだ。B'zには感謝してもしきれない。彼女は常々、そう感じていた。
そんな彼女は今、とてもデリケートな悩みを抱えている。そう、他でもない、稲葉が提案してきた“お礼”についてである。
「うっ、浩志 さんから連絡来ちゃったよ…どうしよう、本当にどうしよう」
こんなことを相談できる相手もいないし、しかも相手が相手すぎる。きっと悪い人ではないし、仕事とプライベートの線引きはきっちりと出来る人だ。だからこそ、だからこそである。ステージでは見ることの出来ない、あの柔らかな微笑みに強く惹かれてしまっている自分がいる。それを認めたくない、ファンのままでいたいと思っている自分もいる。けれど、もっと、浩志さんを知りたい。彩は、観念したようにLINEのトーク画面を開いた。
『彩さん、こんにちは。稲葉です。お礼についてなんですけど、来週の土曜日にお食事、なんてどうですか?』
誠実そうな、ある意味予想通りの文章に、思わず彩は唸り声を上げる。この場合どう返すのが正解なんだ、と悶々と考えながら、彼女は数分がかりで返信を完成させた。
「浩志さん、わざわざご連絡ありがとうございます。基本的に土日はいつでも暇なので、大丈夫ですよ、っと……」
彩は、震える指で送信ボタンをタップする。そして、すぐにトーク画面を閉じようとした、のだが。
「…いや、浩志さん既読早くない?」
もう既に彩が送ったメッセージには既読がついている。何となく嬉しいような、こそばゆいような気持ちになりながら、彼女はベッドに身を投げ出した。
ああ、もう後戻りは出来ない。彼女は瞳を閉じて考えた。多分、これは恋だ。今までB'zの稲葉をそういう目で見たことはなかった。確かに彼は見た目も整っているし歌は上手いし高学歴だし、男としては最高の物件かもしれない。しかし、彩はそんな稲葉に心から憧れ、ここから尊敬する一人のファンだったのだ。そんな自分が、まさか。
「どうせ、一回会ったら終わりだもんね」
ちょっとくらい、好きでいたっていいよね。迷惑、かけないもんね。彼女は靄のかかる思考に身を委ねる。彩の身体は、燃えるような恋心と共に白いシーツの海へと沈んでいった。
一人暮らしの彩の部屋。けたたましく響くアラーム。慌てた様子でベッドから這い出す彼女の黒い髪は、顔より少し下で切り揃えられていた。
稲葉との食事の日程が決まってから、彼女は彼女なりに垢抜ける努力をした。大学の講義や、バイトの合間を縫って美容院に行ったり、ネイルサロンに行ったり、流行りの服をチェックしてみたり…。たかが一週間弱という期間ではあったものの、彩の見た目は稲葉に初めて出会ったあのときとは見違えるほど愛らしくなった。少なくとも、そう彼女は自負している。
「時間あるのに緊張する、やばい」
急がなきゃ、急がなきゃ、とうわ言のように呟きながら、彼女は日々のタスクと出かける準備をこなしていく。綺麗なものだけを愛した純粋な彼女のバージンヘアが柔らかく揺れる。今日が終わったら、私と浩志さんはただの「ミュージシャンとファン」に戻るんだ。そう言い聞かせて、彩は鏡の前に立つ。
「絶対に泣いたりしない。最後まで笑って、愛嬌ある子だったなって思われれば万々歳だから」
彩は鏡に向かって微笑みかける。泣きそうな瞳で、精一杯優しく笑おうと努める。まろい頬に、ポロリと涙が伝った。彩の口角は、上がったままだった。
高校二年生に上がってから無理矢理決めた「教員」という道。目標と自分の成績とのギャップに苦しめられながら、必死にがむしゃらに走り抜けた一年半。彩の高校生活を下支えしたのは、紛れもない、B'zの存在だった。
どんなに辛くても、苦しくても、泣き出してしまっても、B'zを聴けば「ああ、何とかなる気がする」と思えた。B'zとの出会いが怠け者で面倒臭がり屋だった彩の全てを変え、第一志望校の合格へと導いたのだ。B'zには感謝してもしきれない。彼女は常々、そう感じていた。
そんな彼女は今、とてもデリケートな悩みを抱えている。そう、他でもない、稲葉が提案してきた“お礼”についてである。
「うっ、
こんなことを相談できる相手もいないし、しかも相手が相手すぎる。きっと悪い人ではないし、仕事とプライベートの線引きはきっちりと出来る人だ。だからこそ、だからこそである。ステージでは見ることの出来ない、あの柔らかな微笑みに強く惹かれてしまっている自分がいる。それを認めたくない、ファンのままでいたいと思っている自分もいる。けれど、もっと、浩志さんを知りたい。彩は、観念したようにLINEのトーク画面を開いた。
『彩さん、こんにちは。稲葉です。お礼についてなんですけど、来週の土曜日にお食事、なんてどうですか?』
誠実そうな、ある意味予想通りの文章に、思わず彩は唸り声を上げる。この場合どう返すのが正解なんだ、と悶々と考えながら、彼女は数分がかりで返信を完成させた。
「浩志さん、わざわざご連絡ありがとうございます。基本的に土日はいつでも暇なので、大丈夫ですよ、っと……」
彩は、震える指で送信ボタンをタップする。そして、すぐにトーク画面を閉じようとした、のだが。
「…いや、浩志さん既読早くない?」
もう既に彩が送ったメッセージには既読がついている。何となく嬉しいような、こそばゆいような気持ちになりながら、彼女はベッドに身を投げ出した。
ああ、もう後戻りは出来ない。彼女は瞳を閉じて考えた。多分、これは恋だ。今までB'zの稲葉をそういう目で見たことはなかった。確かに彼は見た目も整っているし歌は上手いし高学歴だし、男としては最高の物件かもしれない。しかし、彩はそんな稲葉に心から憧れ、ここから尊敬する一人のファンだったのだ。そんな自分が、まさか。
「どうせ、一回会ったら終わりだもんね」
ちょっとくらい、好きでいたっていいよね。迷惑、かけないもんね。彼女は靄のかかる思考に身を委ねる。彩の身体は、燃えるような恋心と共に白いシーツの海へと沈んでいった。
一人暮らしの彩の部屋。けたたましく響くアラーム。慌てた様子でベッドから這い出す彼女の黒い髪は、顔より少し下で切り揃えられていた。
稲葉との食事の日程が決まってから、彼女は彼女なりに垢抜ける努力をした。大学の講義や、バイトの合間を縫って美容院に行ったり、ネイルサロンに行ったり、流行りの服をチェックしてみたり…。たかが一週間弱という期間ではあったものの、彩の見た目は稲葉に初めて出会ったあのときとは見違えるほど愛らしくなった。少なくとも、そう彼女は自負している。
「時間あるのに緊張する、やばい」
急がなきゃ、急がなきゃ、とうわ言のように呟きながら、彼女は日々のタスクと出かける準備をこなしていく。綺麗なものだけを愛した純粋な彼女のバージンヘアが柔らかく揺れる。今日が終わったら、私と浩志さんはただの「ミュージシャンとファン」に戻るんだ。そう言い聞かせて、彩は鏡の前に立つ。
「絶対に泣いたりしない。最後まで笑って、愛嬌ある子だったなって思われれば万々歳だから」
彩は鏡に向かって微笑みかける。泣きそうな瞳で、精一杯優しく笑おうと努める。まろい頬に、ポロリと涙が伝った。彩の口角は、上がったままだった。