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きめつ

那田蜘蛛山での戦いのあと、朦朧とする意識の中、隠に担がれた背中で思ったこと。


俺、あんまり強くない−−−。

 


山の中では敵なしだった。どんなに不利な状況があっても、必ず勝てた。負ければ死ぬ、だから勝つしか、強くなるしかない。鍛えれば鍛えるほど俺の体は力がみなぎる。有りったけの力さえ出せば大きな熊でも簡単に倒せた。
鬼殺隊に入れば最強な俺は鬼とかいう奴らを片っ端から倒して一番になれるという自信があった。周りは皆俺を讃えて平伏すと…。

でも現実は違った。
考えもよらないような術を出す化け物、今までの経験は通用しない。呆気に取られてる間にやられる。力で押し通すだけじゃ勝てない。あの時半半羽織の言ったことが頭のなかでぐるぐると回り、俺は布団を頭から被った。


****



「伊之助、おはよう!」

俺が朝飯を食ってると遅れて炭治郎が席についた。三日前に意識が戻ったあともすぐ眠っちまうし、まだ治ってない傷が痛むだろうに、少しもそれを顔に出さねえのは凄いと思うしちょっとムカつく。

「遅ぇーんだよ。お前のぶんまで食っちまうぜ」

フンと息をならして威嚇するようにすれば、

「いいぞ。これも食べるか?伊之助の好物だろう」

そう言って自分の皿を俺に差し出すから、俺は拍子抜けする。山の生活では、生きるか死ぬかだ。毎日野生動物との喰うか喰われるかの戦い。甘さは許されない世界で常に肩を張っていたが、炭治郎と接すると、自然と肩の力が抜けてしまう。

ふと視線を感じ食べていた手を止めて炭治郎を見ると、炭治郎も箸を止めて俺を見つめていた。
その眼差しがすごく優しくて、いつもの猪頭ごしじゃない、直接見られてると思うと、なぜだか心臓が早く脈を打つ。なんだこれ、意味わかんねえ。


「何見てんだよ、あぁぁん!?」

「伊之助は食べっぷりが良いな!伊之助を見てると、俺も早く元気にならなきゃって活力をもらえるよ」


よし、頑張らないと!そう言って優しく笑いかけてくるから、途端に体の内側が温かくなるようなホワホワした感情が出て止まらなくなる。
俺は飯を平らげると隠すように猪頭を被って席を立った。

最初は弱っちそうな顔をした気に食わねえやつだと思ってた。甘いことをぬかす、ひ弱なやつだと。でもこいつの境遇を知って、一緒に鬼と戦って、俺の中であいつに対する感情が、変わっていった。この気持ちがなんなのかわからない。でもはっきりと分かることは、あいつの側にいるのは心地が良いということだった。




****





機能回復訓練が始まって、三人はしのぶのもとで日々鍛錬をするようになったが、伊之助はあまり身に入らなかった。
体をほぐされるのは涙が出るほど痛いし、反射訓練は何度やってもカナエに勝てない。

今日で何杯薬湯をぶっかけられたか分からない。それもこんな細っちい女の子供に。
猪頭は水分でぐっしょりと重くなり、たまらなくなり猪頭を脱いで、目に入った机にならぶ湯飲みに手をかけ、そのままなぎ倒した。

ガシャン ガシャン!
と派手な音を立てて湯呑みが割れる。
薬湯が畳にしみをつくっていく。


「何してるんですか!!!」

「やってらんねーーーー!!!!!」


アオイはすぐさま伊之助を叱りつけるが、伊之助はそう叫ぶと部屋から走って逃げた。




それから俺は訓練に行かなくなった。以前なら日課のように山へ出て自身を鍛えていたところだが、それも行く気にならない。
寝台の上に仰向けになりぼうっと天井を見る。暖かい日差しが窓から差し込んでいる。
同じく訓練から逃げ出した善逸が、隣の寝台でぶつぶつ言っている。

「俺は普通の人間なんだよぅ。他の人が凄いだけでさあ!こんな俺が努力したってさ、絶対無駄無駄!無駄なのよ!あー禰豆子ちゃんと遊びたい」

キィーー!と足をバタバタとさせもがく善逸を見て、何だこいつと感じたが、伊之助もだんだんそんな気持ちになってきた。
無駄…かもな。どんなに頑張っても。
蜘蛛の鬼に対峙した時のことが蘇る。刃が立たず、終いには折れ、圧倒的なその力に人形のようにされるがままだった自分。
ひどく情けなくて、死を意識した弱い自分。
伊之助の心は挫折していた。



****



夕方になり、蝶屋敷の廊下を歩いていると、なにやら騒がしい声がした。ちび三人娘か?
何気なく音のする方へ向かうと、縁側のすぐそばの庭に炭治郎と三人娘がいた。そばには割れた壺みてえなのがある。なんだあれ?

「すごいです炭治郎さん!ずっと頑張ってましたもんね!」

「全集中の呼吸がかなり長くなりましたね!もうすぐ常中もできますよ!」

ワーワーと歓喜の声があがっている中で、戸の影にいる伊之助は拳をぎゅうっと握って俯いていた。


善逸が言ってた言葉がよみがえる。


「炭治郎は、なんか違うんだよなぁ、あいつなら、どんどん出世して柱になれるかもな。なんかめちゃめちゃ強くなりそうな気がする。鬼舞辻無惨を本当に倒すかもな〜」

俺が立ち止まっているところで、あいつはどんどん先へ進んでいって、よくわかんねぇスゴいこともやってのけるし、強い鬼ともたくさん対峙するだろう。
その時隣にいるのは…俺じゃないよな…






蝶屋敷のそばの丘まで走ってきた伊之助は、そんなことを考えながらぼうっと座っていた。猪頭をとって足元に置いた。入院着の襟元に顔をうずめる。
遠くの山々を見ると、故郷の山を思い出す。
岩の隙間にできた小さな穴に、分厚い葉を敷き詰めて寝床にしていた。冬になると隙間風が寒くて縮こまって寝てた。もう山を出てから結構経つ。もうその穴も朽ちているか他の動物の住処になっているだろう。
俺は帰る場所がない。


しばらくして、伊之助はこちらに向かってくる気配を感じた。
(た…たんじろう…)


「伊之助…」
炭治郎は隣に腰を下ろすと、伊之助の背中に手のひらを置いた。

「大丈夫か?訓練辛かったよな…。湯呑み…アオイさん達に謝っておいたから、後で伊之助も一緒に行こう」

俺を真っ直ぐ見る赤みを帯びた瞳。眉を下げて、優しい笑みを浮かべ慰めるように背中をさする。太陽のように暖かい手。でも今はそれが苦しくて重くて仕方なかった。


「ゴメンネ…俺弱クッて…」


そんな情けないことを言うつもりではなかったのに、炭治郎に見つめられると、嘘をつけなくなってしまう。いつものような啖呵が出てこないのだ。
堰を切ったように本音が溢れて止まらない。

「お…おれ…山にいた時は自分が一番強えと思ってた。でも…この間の鬼には…俺…全然かなわなくて」


炭治郎は伊之助の背中をさすりながらうんうんと聞いている。

「…刀を、持つ手を下ろしたんだよ、もう負けると思ったから。死ぬんだと」




炭治郎の手が止まる。一瞬息も止まったようだった。


「諦めたんだよ。俺情けねぇーよなぁ……クソみたいに弱ぇ。弱味噌だ」
「そんなことない!!!」

途端ビリビリとした圧にびっくりして炭治郎のほうを見ると、真っ直ぐな眼とぶつかった。怒っているようだった。普段あまり怒らない炭治郎のその様子に伊之助は動揺する。

「紋治郎…?」

「それは違う!伊之助は弱くなんかない!俺は何度も助けられた!!伊之助は強い!すごい奴だ!!」

「…で、でも…」

「伊之助がいなければ俺はあの山でやられてた!伊之助が協力してくれたから敵の位置を知れた、俺も他の隊士も伊之助に助けられた。本当にありがとう!!」

俺に向かって頭をさげてきた。俺は何も言えなくなる。なんでだよ、なんでそんなことするんだよ、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
頭を上げた時、炭治郎は大粒の涙を流していた。そして体を寄せてぎゅうっと、抱きしめてきた。肩に回された手にすごく力が入っている。
そんなこと生まれて初めてされた俺は、頬と頬が触れ合いそうなほど近く、体が密着した状況に動揺しどうしたら良いか分からない。心臓がバクバクと高鳴る。

「助けに行けなくてごめん。必ず行くって言ったのに…約束したのに。ごめんな伊之助…」

泣きながら、絞り出すような声でそう告げる炭治郎に伊之助は今までで一番ホワッとした気持ちが湧き上がり胸いっぱいになった。伊之助の両手も炭治郎に回される。同時に涙が伊之助の翡翠色の瞳から次から次へと溢れていた。

「お…おれはあの時、死を覚悟した時…権八郎の声が聞こえたんだよ。死ぬなって…絶対死ぬなって…だから俺、諦めないで鬼の首に一太刀いれられた。でも駄目だった…もっと強くなりてぇ…っ炭治郎…っ」

名前を呼ばれて炭治郎は体を離して伊之助に向き合った。

「一緒に強くなろう。一緒に修行して、柱をも超えて、鬼舞辻を倒そう。伊之助。今度は絶対に約束する。俺と伊之助は生きる。善逸も、みんなも…だから、頑張ろう」

燃え盛るような瞳は決意を滲ませていた。伊之助の胸にもう淀んだ色はなかった。一人だと辛くても炭治郎と一緒ならなんだってできると思った。
失っていた闘志がふつふつと体から湧き上がるのを感じた。もう大丈夫。
俺は弱い。でも強くなれる。俺が最強の、山の王だ。

日が落ちてきて辺りは薄暗くなってきた。淡い夕日に照らされた伊之助は、炭治郎はこの世の何よりも美しいと思った。
涙で濡れた長いまつ毛に影が落ちて、キラキラと輝いた翡翠色の瞳はまるで宝石で、頬はほんのりと紅く色付き、自信を取り戻した表情で真っ直ぐ炭治郎を見ていた。
互いの心臓の音が重なる程近く、二人は吸い寄せられるように唇と唇を重ねた。




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「好きなんだっ伊之助!」

ぼふっと炭治郎の顔に枕が投げられる。

「うるせぇえ!!分かったよ!!毎日毎日ウゼえんだよ三太郎!!!」

あれから、毎日炭治郎は伊之助に想いを伝えたが、未だに伊之助からの返事はもらえていない。

「だぁぁあ゛あっ全集中が切れた!クソー!!!」

ダンダンと地団駄を踏む。全集中の呼吸常中のやり方を炭治郎から教わり修行中だった。集中が切れると悔しくて暴れるが諦めることはない。何度も何度も挑戦する。

炭治郎は藤の山の家紋の家で過ごしていた時に、伊之助の純粋さや真っ直ぐなところに惹かれ、一緒に過ごすうち伊之助が人に対する優しさに触れ成長していく様を目の当たりにし、次第に弟に接するような気持ちから恋心に変わっていったらしい。
告白よりも先に口付けをしてしまったことについて真面目な炭治郎は焦っていた。
伊之助の気持ちを確かめるまでは伊之助に触れられない。また口付けしたい願望が出てきてしまうからだ。



「伊之助はどう想ってるんだっ俺のこと!」


直球しか方法がない炭治郎は、猪頭を持ち上げて側による。直接目が合うと見るうちに顔が真っ赤になった伊之助は、何度も問いただしてくる炭治郎に観念したらしく、目を伏せて困ったように眉を下げながら口を開けた。





「…オレも、好キダヨ…」











それからすぐに、訓練の成果が出た伊之助と善逸の二人とも全集中の常中ができるようになったという。




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