次の日、ちょっと期待していたことがある。
けどその期待はそうそうに消え去った。

『…まあ、そうだよね。』

通勤の電車から降りても、櫻井さんの車はなかった。
私の落胆と同時に、あるものが目に入る。
…櫻井さんの車だ。
隣には、可愛らしい・清楚・可憐という美人の三大言葉がしっくり当てはまるような女性が乗っていた。

運転席の櫻井さんも、その女性も微笑みあっていてすごく絵になる光景。
その光景は、私になにか悲しい感情を生んだ。

『…なんだ、私やっぱりなんか期待してたんだ。こうやって訳も分からず傷つくの分かってたはずなんだけどな。』

私もいい大人なのに。
いい加減、こんなことで気持ちが動かされるのは卒業したい。
…仕事したら忘れられるかな。

私は両手で自分の頬をパンと叩き、櫻井さんの車を見送って、同じ方向へ歩き出す。


会社に着くと、朝礼では櫻井さんのお見合い相手の紹介から始まった。
きっと、あの人が櫻井さんのお見合い相手ってことは私しか知らない。

「鴨川です。急なご紹介で申し訳ございません。皆様のサポートからお役に立てればと思っております。よろしくお願い致します。」

わあ…やっぱりきれいな人。
身だしなみはもちろん、仕草や言葉使いまで綺麗。
いいとこのお嬢さんかな…。身に着けてるものもちょっといいやつっぽい。
私だけでなく、周りの同期や先輩後輩もみんな見とれている。
なかには”櫻井さんと並ぶとお似合いだね”なんて声も上がっている。

そうだよね…お見合いで知り合ったとしても、出会うべくして出会ったって感じがひしひしと伝わってくる。

「じゃあ、一通り案内するから一緒に行きましょうか。」
「ふふ、よろしくお願い致します。」

櫻井さんと鴨川さんが並んで、まず部署内を回るみたい。
他のみんなは各自仕事に取り掛かり始める。

「…ねえねえ、なんかさ、あの二人怪しくない？」
『えっ？』
「鴨川さんと櫻井さんだよ！」

耳打ちで早速話しかけてくるサクラ。
さすが…観察眼だけはあるんだから。
私は、内緒だよ、と前置きをして二人の関係を話した。

「ええ？！でもそれってランカが彼女のフリをして解決するんじゃなかったの？！」
『う～ん…相手の親が納得いかなかったんだって。だから多分、こっちに転勤させてどうにかお見合いさせる流れにしたいんじゃない？』
「なによそれ…じゃあ彼女のフリはなかったことになるの？」
『どうだろ、その辺はまだ櫻井さんと話してないからわかんない。』

チラッと櫻井さんのほうを見る。
2人とも楽しそうに話している。

『…多分、もう必要ないかもね。お見合いしたくないって言ってたけど、相手があんな人だったら、櫻井さんも思い直すんじゃない？』
「え～…なんか残念。」
『櫻井さんが結婚するのそんなにショック？笑』
「それもちょっとはあるけどさ～…私的にはランカと櫻井さんの空気感がすきだったからな～…」
『え～、ありがと笑
けどまあ、彼女のフリを頼まれただけだからね。彼女ではないし。』

って、自分で言って自分で悲しくなる自分が嫌だな。

『さ、今日は櫻井さんが鴨川さんにつきっきりだから、その分の仕事私たちにくるからね。やるよ～。』
「げ～…残業確定じゃん～」
『そうしないために頑張るの！』

それからは、櫻井さんのことなんて頭にないくらい…
いや、頭から消し去るために夢中で仕事に没頭した。
おかげで午前中に終わらせなきゃいけない仕事は見後に片付いた。

『はぁ～…終わっ…』
「あの～…桜庭さん…」
『ん？どうしたの？』
「これ、どうしても計算が合わなくて…」
『あー、多分これ一個ずつずれちゃってるね。』
「まじですか…」
『…まだ計算しなくちゃいけないやつあったよね？それやってて。私がこれ直しとくから。』
「え、いやでも…」
『いいのいいの。最初からやり直したほうが身に付くでしょ？今度は間違えないでよ～？』
「すみません…ありがとうございます！」

後輩の仕事が回ってきた。
普通ならまじか～って思うとこだけど、今日は幸いお腹も空いてないし、何よりもっと没頭したかったからちょうどいい。

「ランカ～…？大丈夫？お昼は？」
『大丈夫だよ、サクラは先に食べておいで。』
「無理しないでね？」
『ありがと。』

そこから私は、お昼も食べず、就業時間を迎えた。