短編集
箱
小さな穴の開いた重い扉を開き、閉じる。誰も入らぬよう扉にカギをかけて。それからコツコツと音を鳴らして階段を下りていく。最下段に見えるのは植木と車、白い線、レンガの床。右を向けば谷間とそこかしこに屋根。反射するガラスの全てに誰かがいる。谷間へ向かって歩き、崖沿いに左へ。
硬い坂を下り、意味のない言葉の書かれた看板を少しだけ視界に入れる。横一列に並ぶ白線と赤いランプの集合の前で立ち止まり、左右を見た。台形の箱がそこかしこをなかなかの速度で走り抜けた。赤いランプが消えた瞬間、すきを見て白線を踏んずづけた。さらに左へ。
欠けた道の近くに細長い板が立てられていた。板には数字の羅列が彫られている。月明りが傾くまで待つのだ。すると長方形の箱がこちらへ来る。箱の中に引き抜く紙はなかった。ガラスから谷間を眺めつつ、並べられた椅子に座る。箱の扉が閉まり、どこかへ走っていく。どこへだ。
カチッとした帽子を被った人間以外に誰一人としていない空間。天井付近に下げられた掲示板に書かれる文言は目まぐるしく変わっていく。欠けた月はこちらを覗いては消える。左右に揺れ、上下に揺れ、胃の中は揺れ、吐き気を促す。用意しておいたリュックをあさると薬の箱と、その中に一錠だけの薬が。肝臓が弱いので、一錠でちょうどいい。さらにリュックの奥に手を突っ込むと、大層な水筒が発掘された。薬と共に水筒の中身を飲もう。喉を流れるのは味の悪くない水と一粒のアレ。今さらという気もした。まあ、あと30分耐えられれば良いだけで。
ガラスに前から後ろへと流れていくたくさんの光が。そこにはきっと人間がいて、それぞれの人生を歩んでいて、自分とはちっぽけで。また気分が悪くなってきた。光はモノとして考え、決して生物と思わないように。人間は嫌われるべきモノであって、好きになんかなれないので。太陽の見えるときに出会う人間はどれも嫌いだ。光から投影される人間の言葉も嫌いだ。網から出てくる音の人間も大嫌いだ。もう何もかも嫌いだ。自分を愛してくれるのは月明りと暗闇、吐き気を誘発させるこの揺れ。他にも愛してくれるモノはあるだろうけど、忘れっぽいので今言うにはもう限界だ。とにかく自分に干渉してくるモノは全部嫌いだ。こちらから行くのがいい。一定の速度で動き、こちらが触れても変わらなければいい。世界が全てそうであれば自分も生きやすかっただろうに。
箱の揺れが心地よくなってくる頃。ガラスに映る景色が変わっていく。揺れる箱は長さの様々な柱に囲まれ、間をすり抜けていく。左右にふれながら進む人間が何人も見えた。気持ちが悪い。誰かの目線こそが吐く理由だ。自分は無機質さだけを見つめていられればいい。それでも人間はそこらじゅうにいるので大変気分が悪いです。
人生には終着点はなく、突然終わりが来るだけ。つまり箱も突然終わる。箱が動かなくなればお前は邪魔だと追い出される。それを考えるのは限りなく憂鬱だ。永遠にこの時が流れればいいのにと思った。人間に触れないまま。誰とも関わらないまま。自分の終着点まで共に揺れていてほしかった。このままの速さで月まで行って、どうかたどり着かないで。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
点灯、ブレーキ、消灯、アクセル、掲示板の声、お次は。
終
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