短編集
おはよう月
夜空にはたくさんの星が流れる川が浮かんでいる。まんまるの月が、星たちの泳ぐ川をゆらゆらと流れていった。地面にどこまでも広がる湖は、輝く夜空をさかさまにして映しだす。
私は川を楽しそうに流れる月を、暖かい風が吹くベランダからながめていた。カーテンの隙間から漏れ出す光が、私のさびしい背中をうっすらと照らしていた。
空では月がいつも楽しそうにしている。星たちが川を流れている。私もその中にまざりたいけど、手を伸ばしてみても届くことがないことは既に知っていた。
私は夜空をながめるのをやめて、オレンジ色の光で満ちた部屋の中へ戻っていった。部屋の中には誰もいない。いつも通りだけど、私はそれが悲しかった。部屋に戻れば月と星を見なくていいけど、結局ひとりぼっち。
私は真っ白の大きなクッションに座って、閉まったカーテンを見つめた。緑色のカーテンが、深い深い紺色に変わった。オレンジ色の明かりは消え、部屋の中は宇宙のように静かになった。
私がさびしいとき、部屋の中はいつも宇宙になる。でもその宇宙には月もいないし星もいない。 部屋の中を流れる冷たい空気と一緒になって、私は宇宙になった気分になる。この部屋は宇宙じゃないし、私も宇宙じゃないってわかってるけど、こうしてるとさびしくないんだ。
しばらく何も考えないでいると、自分と周りの境界がわからなくなっていく。そんなとき、私は夢を見るんだ。
夢には私以外の人もいて、私と遊んでくれて、一緒にご飯を食べて、二人で綺麗な夜空を見上げる。夢の中の月と星は、じっとだまったままでいる。
夜空を見つめていると、隣に座っている友達が私のことをじっと見つめてくる。私がそれに気づくと、私の目を見て何かを言おうとして、そして夢が終わってしまった。
目が覚めたときの私はとてもさびしくて涙が溢れだしてとまらなかった。私は結局、あの子が何を言おうとしていたのかわからなかった。もしかしたら嫌われているのかもしれない、そう考えるとこわくてたまらなかった。
部屋の中は青白い光で包まれている。私は部屋の中が嫌になって、灰色に染まったカーテンを開きベランダに出た。そこにはいつもの夜空が広がっている。
濡れてしまった頬をぬぐいながら夜空をじっと見つめていると、雨がぽつぽつと降ってきた。空はよどんだ色になり、湖の水面では水の波紋が生まれては大きく広がり消えていく。
私は雨に濡れても部屋に戻る気にはなれなかった。部屋のカーテンの隙間から暗闇がのぞいていたからだ。
雨の中うつむいていると、雲と雲の間を割いて月がこちらを見つめていることに気がついた。私が空を見上げると、月は少し悲しげにダンスをしていた。雲の割れ目からは星たちが静かに輝いている。
月も星も私のことを見ていてくれた。私が泣き止むにはそれだけで十分だった。雨が弱まっていき、綺麗な夜空が顔を出す。月は楽しげに星とゆれていた。
私は雨がやんだのを確かめて、月たちに大きな声であいさつをした。
「おはよう月、そして星たち」
終
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