片翼の天使
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「……悔しいですが、あなたには感謝しているんです」
少しは打ち解けたと感じた、ある時。渋い顔で、名前が言った。はあ、と大きなため息を一つ、長年溜めてきたのであろう想いを吐露しはじめる。オールマイトはじっと、その言葉に耳を傾けた。生憎、この場には二人しかいない。
「私ではあの子に、希望を与えられなかった。諦めさせるのがせめてもの優しさだと、ずっと思っていた」
緑谷出久は無個性である。そんな出久の家族は、どんな想いで彼を見守ってきたのか。彼の夢がヒーローになることと知りながら、どんな言葉をかけたのか。名前は多くを語らない。だが滲み出る悲愴感や虚しさが、オールマイトにはひしひしと伝わった。
「何があったのかは知りませんが、あなたはあの子をーー出久を変えました。私が出来なかったことを、あなたはしてくれた」
悔しい、と名前がこぼす。まるで泣いているのかと疑うほど、痛ましい表情だった。オールマイトは何か言おうと、口を開きかける。しかしそれを遮るように、彼女が言った。
「これからもどうか、出久をお願いします」
出会った時の、形式的なものではなく。それは紛れも無い、名前の本心からの言葉だったーーそれからだ、彼女と本当の意味で打ち解けられたのは。
「おい名前君、しっかりするんだ! 名前君……!」
呼びかけるが、応答はない。思わず、盛大に舌打ちをした。いつもの辛辣な物言いが聞こえてこないことに、焦燥感が募る。また青白い顔がチラチラと目に入る度、どうしようもなく心が震えた。
オールマイトはマッスルフォームに変身し、名前を抱えながら街をゆく。普通の道路では遅いと、自慢の超パワーをフル稼動して建物から建物へと飛び移った。目指すは自身の母校である、雄英高校ーー己の秘密を知る一人であり、頼れる治癒者の元だ。
オールマイトはスマホを取り出し、その人物へと電話をかける。何度目かのコールの後、繋がった。
「もしもし私だ、リカバリーガール! 突然ですまないが急患だ、すぐに診てほしい!」
オールマイトの焦りように何かを感じたのか、スマホの向こうからはすぐに受諾の返事がくる。オールマイトは短く礼を言うと、名前を落とさぬよう通話を切ってスマホを仕舞った。
「おーる、まいと……?」
ふと、腕の中からか弱い声が上がった。オールマイトはハッとして、思わず足を止める。僅かに瞼を持ち上げた名前が、ぼんやりこちらを見上げていた。慌てて声をかける。
「良かった、名前君! 安心しろ、私がいる!」
「おーる、まいと……なん、で……グフッ」
名前の口から、大量の血が溢れた。ひゅうひゅうと繰り返される呼吸は、先ほどよりも浅く短くなってきている。加えてさらに血の気の引いた顔が、否が応でも死というものを意識させた。
目的地までは、もう少し距離がある。オールマイトは迷った。ひとまず近場の病院へ行くべきか、しかしーー
「おーるまいと……あの」
「シャラップ! 喋るな!」
行動あるのみだ、とオールマイトは駈け出した。名前に衝撃が及ばないよう気をつけながら、それでもトップスピードを維持する。すると喋るなと言ったのに、腕の中からまた声がした。
「おと、うと……むこせい、でも、ひーろーに……」
すでに、意識を保つのもやっとな状態のはず。だというのに、この酷く家族想いな姉は必死に言葉を紡ぐ。自分の命を削ってでも得たい答えが、きっとそこにはあるのだーーオールマイトは口角を上げる。まったくこの姉弟には、振り回されてばかりだ。
「それはもう聞いた!」
*
「いやあ、驚いたよ。まさかお前さんが女の子を連れて来るだなんて」
ベッドで寝かされた名前を横目に、頼れる治癒者ことリカバリーガールが言う。オールマイトは好奇の視線を感じ取るが、気付かないフリをした。じっと、眠っている彼女を見つめる。血で汚れた服は着替えさせられ、腕には点滴が付けられていた。
「それにしても重症だ。あと少し治癒が遅かったら、死んでいただろうよ」
ここは雄英高校の保健室。オールマイトも来年度からここの教師になる訳だが、入るのは学生の頃以来だ。薬特有のつん、とした匂いが鼻を刺激する。
「肺に胃と、相当なダメージを負っている。暫くは入院だろうさね」
「そうですか……」
肺と胃。その言葉に、オールマイトは自身の傷を抑えた。道すがら考えていた仮説は、今ここで実証されようとしている。慌てていて出久の説明を十分に聞けながったが、それはつまり。
「リカバリーガール。痛み分け、という個性に心当たりは?」
「はて。たしか触れた者を癒す代わりに、自身もダメージを負う……そんな個性だった気がーー」
もしや、とリカバリーガールがオールマイトの顔を見る。オールマイトが目を伏せると、声を荒らげた。
「お前さん、なんて酷なことを! 自分が何をしたのか、分かっているのかい!」
名前はオールマイトを癒そうとした、それも自身を犠牲にしてーーその事実に、オールマイトはやるせない気持ちでいっぱいになる。思わず何故、と眠っている彼女に尋ねるが、返事はなかった。
勿論正確にオールマイトの怪我の度合いが分かっていれば、こんなことはしなかったかもしれない。だが全ては後の祭りである。
「返す言葉もありません……全ては私の責任です」
オールマイトは深く頭を下げようとする。しかしいや、とリカバリーガールがそれを止めさせた。
「この子も自己犠牲で助けられた相手がどう思うのか、知らなきゃいけない。知っててやったなら、とんだトラブルメーカーだがね」
その後、名前は近くの病院へと搬送された。リカバリーガールは定期的な治癒を約束し、オールマイトは事の顛末を出久に報告する。そして彼女が目覚めたのは、この出来事から実に一週間も後のことであった。
少しは打ち解けたと感じた、ある時。渋い顔で、名前が言った。はあ、と大きなため息を一つ、長年溜めてきたのであろう想いを吐露しはじめる。オールマイトはじっと、その言葉に耳を傾けた。生憎、この場には二人しかいない。
「私ではあの子に、希望を与えられなかった。諦めさせるのがせめてもの優しさだと、ずっと思っていた」
緑谷出久は無個性である。そんな出久の家族は、どんな想いで彼を見守ってきたのか。彼の夢がヒーローになることと知りながら、どんな言葉をかけたのか。名前は多くを語らない。だが滲み出る悲愴感や虚しさが、オールマイトにはひしひしと伝わった。
「何があったのかは知りませんが、あなたはあの子をーー出久を変えました。私が出来なかったことを、あなたはしてくれた」
悔しい、と名前がこぼす。まるで泣いているのかと疑うほど、痛ましい表情だった。オールマイトは何か言おうと、口を開きかける。しかしそれを遮るように、彼女が言った。
「これからもどうか、出久をお願いします」
出会った時の、形式的なものではなく。それは紛れも無い、名前の本心からの言葉だったーーそれからだ、彼女と本当の意味で打ち解けられたのは。
「おい名前君、しっかりするんだ! 名前君……!」
呼びかけるが、応答はない。思わず、盛大に舌打ちをした。いつもの辛辣な物言いが聞こえてこないことに、焦燥感が募る。また青白い顔がチラチラと目に入る度、どうしようもなく心が震えた。
オールマイトはマッスルフォームに変身し、名前を抱えながら街をゆく。普通の道路では遅いと、自慢の超パワーをフル稼動して建物から建物へと飛び移った。目指すは自身の母校である、雄英高校ーー己の秘密を知る一人であり、頼れる治癒者の元だ。
オールマイトはスマホを取り出し、その人物へと電話をかける。何度目かのコールの後、繋がった。
「もしもし私だ、リカバリーガール! 突然ですまないが急患だ、すぐに診てほしい!」
オールマイトの焦りように何かを感じたのか、スマホの向こうからはすぐに受諾の返事がくる。オールマイトは短く礼を言うと、名前を落とさぬよう通話を切ってスマホを仕舞った。
「おーる、まいと……?」
ふと、腕の中からか弱い声が上がった。オールマイトはハッとして、思わず足を止める。僅かに瞼を持ち上げた名前が、ぼんやりこちらを見上げていた。慌てて声をかける。
「良かった、名前君! 安心しろ、私がいる!」
「おーる、まいと……なん、で……グフッ」
名前の口から、大量の血が溢れた。ひゅうひゅうと繰り返される呼吸は、先ほどよりも浅く短くなってきている。加えてさらに血の気の引いた顔が、否が応でも死というものを意識させた。
目的地までは、もう少し距離がある。オールマイトは迷った。ひとまず近場の病院へ行くべきか、しかしーー
「おーるまいと……あの」
「シャラップ! 喋るな!」
行動あるのみだ、とオールマイトは駈け出した。名前に衝撃が及ばないよう気をつけながら、それでもトップスピードを維持する。すると喋るなと言ったのに、腕の中からまた声がした。
「おと、うと……むこせい、でも、ひーろーに……」
すでに、意識を保つのもやっとな状態のはず。だというのに、この酷く家族想いな姉は必死に言葉を紡ぐ。自分の命を削ってでも得たい答えが、きっとそこにはあるのだーーオールマイトは口角を上げる。まったくこの姉弟には、振り回されてばかりだ。
「それはもう聞いた!」
*
「いやあ、驚いたよ。まさかお前さんが女の子を連れて来るだなんて」
ベッドで寝かされた名前を横目に、頼れる治癒者ことリカバリーガールが言う。オールマイトは好奇の視線を感じ取るが、気付かないフリをした。じっと、眠っている彼女を見つめる。血で汚れた服は着替えさせられ、腕には点滴が付けられていた。
「それにしても重症だ。あと少し治癒が遅かったら、死んでいただろうよ」
ここは雄英高校の保健室。オールマイトも来年度からここの教師になる訳だが、入るのは学生の頃以来だ。薬特有のつん、とした匂いが鼻を刺激する。
「肺に胃と、相当なダメージを負っている。暫くは入院だろうさね」
「そうですか……」
肺と胃。その言葉に、オールマイトは自身の傷を抑えた。道すがら考えていた仮説は、今ここで実証されようとしている。慌てていて出久の説明を十分に聞けながったが、それはつまり。
「リカバリーガール。痛み分け、という個性に心当たりは?」
「はて。たしか触れた者を癒す代わりに、自身もダメージを負う……そんな個性だった気がーー」
もしや、とリカバリーガールがオールマイトの顔を見る。オールマイトが目を伏せると、声を荒らげた。
「お前さん、なんて酷なことを! 自分が何をしたのか、分かっているのかい!」
名前はオールマイトを癒そうとした、それも自身を犠牲にしてーーその事実に、オールマイトはやるせない気持ちでいっぱいになる。思わず何故、と眠っている彼女に尋ねるが、返事はなかった。
勿論正確にオールマイトの怪我の度合いが分かっていれば、こんなことはしなかったかもしれない。だが全ては後の祭りである。
「返す言葉もありません……全ては私の責任です」
オールマイトは深く頭を下げようとする。しかしいや、とリカバリーガールがそれを止めさせた。
「この子も自己犠牲で助けられた相手がどう思うのか、知らなきゃいけない。知っててやったなら、とんだトラブルメーカーだがね」
その後、名前は近くの病院へと搬送された。リカバリーガールは定期的な治癒を約束し、オールマイトは事の顛末を出久に報告する。そして彼女が目覚めたのは、この出来事から実に一週間も後のことであった。