片翼の天使
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その日、ナンバーワンヒーローであるオールマイトは、非常に困っていた。堪らず空を見上げて、現実逃避する。空では白い雲がゆっくりと流れ、その脇を海鳥が飛んでいた。今の自分の状況と比べると悲しいくらい、平和そのものである。
これが敵との戦いだったなら、どれだけ良かったことだろう。ストレスを感じたその瞬間、喉から血の味が上がってくる。しかしなんとか気合いで飲み込んだ。
「さて……どうしたものかな」
オールマイトが、呟きながら見つめた先。そこには先日出会った出久の姉、名前がいた。大きめの廃棄物を背もたれにして、一人読書をしている。垂れてくる髪が邪魔なのか、時折耳にかける仕草をしていた。カサ、とページを捲る音が聞こえる。
出久に聞けばあの日以降、名前は毎日この海浜公園へ来ているらしい。平日は彼女も大学があるので、夕方だけ。だが今日のような休日は朝からいるというのだから、驚きだ。
オールマイトは、付きっきりで出久の指導をしている訳ではない。よって名前に会うのはこれが二回目だ。ちなみに今のオールマイトはトゥルーフォームである。あの言い訳をどう捉えたかは分からないが、突き通すのが賢明だと思われた。
朝、むっつりとした顔で挨拶をされ、それきり会話はゼロ。嫌われているらしいことは、火を見るよりも明らかだった。昼食のために席を外し、戻ってきた今も無言は続いている。流石のオールマイトでも、若い女性に無視されるのは心にくるものがあった。
オールマイト的には出久を見出した以上、その家族とも仲良くしたい。だが道程は険しそうだと、ヒーローの勘が告げていた。出久はトレーニング中なので、頼りには出来ない。ならばーー
「あー、名前君? 今日はいい天気だな!」
オールマイトは意を決して、話しかける。名前の後に少女を付けようか迷ったが、結局呼べなかった。何となく、名前が嫌がる気がしたのだ。しかしそれが英断かどうかは、不明である。何たって返事がないのだから。
「き、昨日は曇っていたが、晴れて良かった! 実に良かった!」
ハハハと笑い飛ばすが、沈黙が痛い。別に攻撃された訳でもないのに、まるで腹にパンチを喰らった気分だ。オールマイトは笑った口のまま、名前を伺う。はあ、とため息を吐かれた。そして目線がやっと、本からオールマイトへと移る。
「……あなた、出久のトレーナーなんですよね。声をかけるなら出久にお願いします」
漸く喋ってくれたかと思えば、まさに取り付く島もなし。腹にパンチの次は、顎にアッパーだった。しかしここでめげないのが、プロヒーロー。オールマイトは顔を引き締め、真面目な声で言う。
「君とも少し話がしたいんだよ」
「そうですか。ですが別に、私はあなたと話すことなんてーー」
突如びゅお、と風が吹く。周りの廃棄物が作用して、まるでビル風のように強く吹き荒れた。オールマイトは咄嗟に、その大きな手で顔を覆う。ぴと、何かが手に当たった。風に流される前に、そっと掴んでみる。
「ん? これは……」
「返して下さい!」
オールマイトは、手中の物をまじまじと見る。それはラミネート加工された、小さな絵だった。使っているのは、おそらく色鉛筆だろう。輪郭に合わせて、綺麗に切られていた。
まるで幼稚園生が描いたような不出来なものだったが、それでもハッキリと分かった。平和の象徴、オールマイトーーははん、とオールマイトはしたり顔で笑う。これで形勢逆転だ。
「なんだ、君もヒーロー好きなんじゃないか」
ピラピラと絵を見せつけながら言うと、名前の顔がどんどん赤くなる。別にヒーロー好きなど五万といるが、物静かなイメージの彼女にとって少し恥ずかしいことのようだ。先ほどまでの辛辣でクールな印象が嘘のように、慌てている。
「ち、違います! これは弟が小さい頃に描いたもので、プレゼントされたから仕方なく! そう、仕方なく使っているのです!」
「その割には、とても大事そうにしているね?」
う、と息を詰まらせる名前。オールマイトは勝利を確信した。きっと今の自分は、敵並みに意地の悪い顔をしていることだろう。だがこのままでは更に嫌われ兼ねないと思い、オールマイトは絵を名前に返した。ふと、彼女が読んでいた本が目に入る。なるほどどうやら、これは栞らしい。
栞を受け取ると、名前がホッと息を吐く。やはり大切な物なんじゃないか、とオールマイトは思ったが口には出さない。代わりにこんな質問をしてみた。
「ヒーローは嫌いかい?」
「嫌いです。だってーー」
つい、と名前が向けた視線の先。そこには、大きな廃棄物に四苦八苦している出久がいた。言葉の続きは発されない。だが物悲しい彼女の横顔が、全てを語っているようだった。ゆっくりと一度まばたきをした後には、その悲しみは隠される。
「その中でも特に、オールマイトですね! マッチョな人は好きません!」
清々しいくらいハッキリと言い切る名前に、オールマイトは思わず吐血する。ブハッ、と勢いよく飛び出したそれは幸いにも彼女にかかることはなかった。
動揺が全身を駆け巡る。まさか名前は、秘密に気づいてーー
「だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫。すまない、驚かせて」
いえ、とオールマイトの背中から名前が手を離す。それは優しくて、温かい手だ。けして嫌っている相手に、添えられるものではない。それに考えて行動したというよりは、まるで体が勝手に動いたような。
「ハハハ、やはり君たちは姉弟なんだなあ」
これが敵との戦いだったなら、どれだけ良かったことだろう。ストレスを感じたその瞬間、喉から血の味が上がってくる。しかしなんとか気合いで飲み込んだ。
「さて……どうしたものかな」
オールマイトが、呟きながら見つめた先。そこには先日出会った出久の姉、名前がいた。大きめの廃棄物を背もたれにして、一人読書をしている。垂れてくる髪が邪魔なのか、時折耳にかける仕草をしていた。カサ、とページを捲る音が聞こえる。
出久に聞けばあの日以降、名前は毎日この海浜公園へ来ているらしい。平日は彼女も大学があるので、夕方だけ。だが今日のような休日は朝からいるというのだから、驚きだ。
オールマイトは、付きっきりで出久の指導をしている訳ではない。よって名前に会うのはこれが二回目だ。ちなみに今のオールマイトはトゥルーフォームである。あの言い訳をどう捉えたかは分からないが、突き通すのが賢明だと思われた。
朝、むっつりとした顔で挨拶をされ、それきり会話はゼロ。嫌われているらしいことは、火を見るよりも明らかだった。昼食のために席を外し、戻ってきた今も無言は続いている。流石のオールマイトでも、若い女性に無視されるのは心にくるものがあった。
オールマイト的には出久を見出した以上、その家族とも仲良くしたい。だが道程は険しそうだと、ヒーローの勘が告げていた。出久はトレーニング中なので、頼りには出来ない。ならばーー
「あー、名前君? 今日はいい天気だな!」
オールマイトは意を決して、話しかける。名前の後に少女を付けようか迷ったが、結局呼べなかった。何となく、名前が嫌がる気がしたのだ。しかしそれが英断かどうかは、不明である。何たって返事がないのだから。
「き、昨日は曇っていたが、晴れて良かった! 実に良かった!」
ハハハと笑い飛ばすが、沈黙が痛い。別に攻撃された訳でもないのに、まるで腹にパンチを喰らった気分だ。オールマイトは笑った口のまま、名前を伺う。はあ、とため息を吐かれた。そして目線がやっと、本からオールマイトへと移る。
「……あなた、出久のトレーナーなんですよね。声をかけるなら出久にお願いします」
漸く喋ってくれたかと思えば、まさに取り付く島もなし。腹にパンチの次は、顎にアッパーだった。しかしここでめげないのが、プロヒーロー。オールマイトは顔を引き締め、真面目な声で言う。
「君とも少し話がしたいんだよ」
「そうですか。ですが別に、私はあなたと話すことなんてーー」
突如びゅお、と風が吹く。周りの廃棄物が作用して、まるでビル風のように強く吹き荒れた。オールマイトは咄嗟に、その大きな手で顔を覆う。ぴと、何かが手に当たった。風に流される前に、そっと掴んでみる。
「ん? これは……」
「返して下さい!」
オールマイトは、手中の物をまじまじと見る。それはラミネート加工された、小さな絵だった。使っているのは、おそらく色鉛筆だろう。輪郭に合わせて、綺麗に切られていた。
まるで幼稚園生が描いたような不出来なものだったが、それでもハッキリと分かった。平和の象徴、オールマイトーーははん、とオールマイトはしたり顔で笑う。これで形勢逆転だ。
「なんだ、君もヒーロー好きなんじゃないか」
ピラピラと絵を見せつけながら言うと、名前の顔がどんどん赤くなる。別にヒーロー好きなど五万といるが、物静かなイメージの彼女にとって少し恥ずかしいことのようだ。先ほどまでの辛辣でクールな印象が嘘のように、慌てている。
「ち、違います! これは弟が小さい頃に描いたもので、プレゼントされたから仕方なく! そう、仕方なく使っているのです!」
「その割には、とても大事そうにしているね?」
う、と息を詰まらせる名前。オールマイトは勝利を確信した。きっと今の自分は、敵並みに意地の悪い顔をしていることだろう。だがこのままでは更に嫌われ兼ねないと思い、オールマイトは絵を名前に返した。ふと、彼女が読んでいた本が目に入る。なるほどどうやら、これは栞らしい。
栞を受け取ると、名前がホッと息を吐く。やはり大切な物なんじゃないか、とオールマイトは思ったが口には出さない。代わりにこんな質問をしてみた。
「ヒーローは嫌いかい?」
「嫌いです。だってーー」
つい、と名前が向けた視線の先。そこには、大きな廃棄物に四苦八苦している出久がいた。言葉の続きは発されない。だが物悲しい彼女の横顔が、全てを語っているようだった。ゆっくりと一度まばたきをした後には、その悲しみは隠される。
「その中でも特に、オールマイトですね! マッチョな人は好きません!」
清々しいくらいハッキリと言い切る名前に、オールマイトは思わず吐血する。ブハッ、と勢いよく飛び出したそれは幸いにも彼女にかかることはなかった。
動揺が全身を駆け巡る。まさか名前は、秘密に気づいてーー
「だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫。すまない、驚かせて」
いえ、とオールマイトの背中から名前が手を離す。それは優しくて、温かい手だ。けして嫌っている相手に、添えられるものではない。それに考えて行動したというよりは、まるで体が勝手に動いたような。
「ハハハ、やはり君たちは姉弟なんだなあ」