片翼の天使
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緑谷出久には、姉が一人いる。歳は四つ離れていて、今年から大学生だ。瞳と髪色は出久と同じ。体格は一般的な女性のものだろう。誰に姉だと紹介しても、一発で納得される、そんな見た目だ。最近は大学デビューというのか、薄化粧をしている。趣味は読書で、普段は物静かだが、本当はとても家族想いで、優しくてーー
「ふふっ。ごめん、ごめん。もうしないから……ふふ」
こんな意地悪く笑う人ではないのだ。今日が特別といっても過言ではない。何が彼女をそうさせたのかーー出久は何となく察していたが、こればかりは話すことが出来なかった。
「姉ちゃん……もう、本当に痛かったんだからね」
「あら、やっぱり痛かったんだ。なら治さないと」
ニヤリ、と口角を上げる姉こと、名前。出久はしまった、と目を伏せる。いつの間にか彼女の調子は元通りになっており、先ほどまでのやりとりがまるで嘘のようだった。ふう、と名前が息を吐く。出久はその様子に本気さを感じ取り、意を決して声を上げた。
「で、でも、あの、姉ちゃん。ほんと、ほんとに大丈夫だから……気にしないで」
そうなんとか絞り出すと、名前が僅かに目を見開いた。しかしすぐに呆れたように小さく笑い、そっと手を伸ばしてくる。今度は頭に付いていた砂を、払い落としているようだ。そのまま、柔く温いそれは出久の頭を優しく撫でる。呟くように名前が言った。
「出久は優しいね。でもそんな傷だらけの体、私もお母さんも心配になっちゃうよ。気にしないのは、すこし難しいな」
ニコリと向けられる笑み。ああ、と出久はその瞬間、妙に納得してしまった。昔からこの笑顔が、あの人に似ている気がしていたのである。そして最近、出久はそれを直に見た。それはもう、思いつきが確信に変わるくらいには強烈に。
顔の作りも、性格も性別も、何もかもが違う。しかし出久を包むこの温かい気持ちが、同じものだと叫んでいてーー
「よし。じゃあそうと決まれば、早速」
出久が惚けている間に、名前は上着を脱ぎ捨てる。ハッと出久が我に返った時にはもう、インナーを捲り上げていたところだった。出久は慌てて制止しようとするが、すでに名前の白いお腹がーー
「ストーーーップ!」
*
「……誰ですか、あなた」
見えないが、おそらく名前は酷く恐ろしい顔をしているのだろうと、出久は思った。季節は春のはずなのに、凍てつく寒さを感じさせる声色。そりゃそうだよね、とも思ったが、それは今この状況で言えるはずもなかった。
インナーさえも脱ごうとしていた、名前を止めた怒号。まるで雷鳴のように辺りに轟いたそれは、出久の鼓膜をビリビリと叩いた。瞬間、出久が声のした方へ一歩動こうとするよりも早く、名前が出久を隠すように前に出る。そして間髪入れずに、先の言葉を放ったのだ。
「あー、えっと、姉ちゃん? その人はね、その……」
「しっ。出久は静かにしてて。変質者かも」
出久は状況を打開しようと名前に声をかけるが、一蹴されてしまう。それどころか、話が更に悪い方向へと進んだ。どうしよう、どうしよう、と思考が渦を巻く。もはや足の痛みなど、どこかへいってしまった。
彼の存在を忘れていた訳ではないが、まさか見つかるだなんて。廃棄物をトラックへ積みに行った出久の帰りが遅いから、様子を見に来たのだろうか。それにしても、何とタイミングの悪い。だがこのままだと、あのナンバーワンヒーローがあろう事か変質者にーーん?
「初めまして、出久君のお姉さん。私はオールマ……ではなく、オールと申します」
ちらり、出久は名前の体から顔を出した。するとそこにはやはり、オールマイトーーだがガリガリに痩せたトゥルーフォームの彼がいた。出久はなるほど、と一人納得する。この姿なら、たしかに変質者に見えなくもない。いや、それはそれで悲しいが。
「オール……さん? 申し訳ありませんが、出久とはどのようなご関係でしょうか」
当たり前のように、訝しむ名前。依然として、声色は硬い。だがそんな警戒心を吹き飛ばすように、オールマイトが快活に笑った。突然のことに、びくりと名前の体が跳ねる。
「彼とはその、師弟と言いますか……トレーニングの指導をしています」
「そ、そう! そうなんだよ、姉ちゃん! このオールマ……オールさんに教えてもらってたんだ!」
ここしかない、と出久はすかさずオールマイトの話に乗った。名前の隣に立ち、声を張り上げる。そしてこっそりオールマイトに、アイコンタクトを送った。ほんの僅かの首肯が返ってくる。
どれくらいの間、そうしていただろう。幾ばくかの無言が続いた後はあ、と名前のため息が聞こえた。
「先ほどは大変失礼いたしました。いつも弟がお世話になっております。姉の名前です。弟を今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
ぺこり、と頭を下げ名前が言う。何をするのかと気が気でなかった出久は、思わず動きを止めてしまった。言い終わるや否や顔を上げ、踵を返そうとする名前をぼんやり見やる。
まさか、信じてくれたのだろうか。あんな付け焼き刃の言い訳をーーぽん、と温かいものが出久の頭に乗る。
「……出久、晩御飯の時間までには帰って来なよ」
名前は上着を拾い上げると小脇に抱え、その場を後にした。
「ふふっ。ごめん、ごめん。もうしないから……ふふ」
こんな意地悪く笑う人ではないのだ。今日が特別といっても過言ではない。何が彼女をそうさせたのかーー出久は何となく察していたが、こればかりは話すことが出来なかった。
「姉ちゃん……もう、本当に痛かったんだからね」
「あら、やっぱり痛かったんだ。なら治さないと」
ニヤリ、と口角を上げる姉こと、名前。出久はしまった、と目を伏せる。いつの間にか彼女の調子は元通りになっており、先ほどまでのやりとりがまるで嘘のようだった。ふう、と名前が息を吐く。出久はその様子に本気さを感じ取り、意を決して声を上げた。
「で、でも、あの、姉ちゃん。ほんと、ほんとに大丈夫だから……気にしないで」
そうなんとか絞り出すと、名前が僅かに目を見開いた。しかしすぐに呆れたように小さく笑い、そっと手を伸ばしてくる。今度は頭に付いていた砂を、払い落としているようだ。そのまま、柔く温いそれは出久の頭を優しく撫でる。呟くように名前が言った。
「出久は優しいね。でもそんな傷だらけの体、私もお母さんも心配になっちゃうよ。気にしないのは、すこし難しいな」
ニコリと向けられる笑み。ああ、と出久はその瞬間、妙に納得してしまった。昔からこの笑顔が、あの人に似ている気がしていたのである。そして最近、出久はそれを直に見た。それはもう、思いつきが確信に変わるくらいには強烈に。
顔の作りも、性格も性別も、何もかもが違う。しかし出久を包むこの温かい気持ちが、同じものだと叫んでいてーー
「よし。じゃあそうと決まれば、早速」
出久が惚けている間に、名前は上着を脱ぎ捨てる。ハッと出久が我に返った時にはもう、インナーを捲り上げていたところだった。出久は慌てて制止しようとするが、すでに名前の白いお腹がーー
「ストーーーップ!」
*
「……誰ですか、あなた」
見えないが、おそらく名前は酷く恐ろしい顔をしているのだろうと、出久は思った。季節は春のはずなのに、凍てつく寒さを感じさせる声色。そりゃそうだよね、とも思ったが、それは今この状況で言えるはずもなかった。
インナーさえも脱ごうとしていた、名前を止めた怒号。まるで雷鳴のように辺りに轟いたそれは、出久の鼓膜をビリビリと叩いた。瞬間、出久が声のした方へ一歩動こうとするよりも早く、名前が出久を隠すように前に出る。そして間髪入れずに、先の言葉を放ったのだ。
「あー、えっと、姉ちゃん? その人はね、その……」
「しっ。出久は静かにしてて。変質者かも」
出久は状況を打開しようと名前に声をかけるが、一蹴されてしまう。それどころか、話が更に悪い方向へと進んだ。どうしよう、どうしよう、と思考が渦を巻く。もはや足の痛みなど、どこかへいってしまった。
彼の存在を忘れていた訳ではないが、まさか見つかるだなんて。廃棄物をトラックへ積みに行った出久の帰りが遅いから、様子を見に来たのだろうか。それにしても、何とタイミングの悪い。だがこのままだと、あのナンバーワンヒーローがあろう事か変質者にーーん?
「初めまして、出久君のお姉さん。私はオールマ……ではなく、オールと申します」
ちらり、出久は名前の体から顔を出した。するとそこにはやはり、オールマイトーーだがガリガリに痩せたトゥルーフォームの彼がいた。出久はなるほど、と一人納得する。この姿なら、たしかに変質者に見えなくもない。いや、それはそれで悲しいが。
「オール……さん? 申し訳ありませんが、出久とはどのようなご関係でしょうか」
当たり前のように、訝しむ名前。依然として、声色は硬い。だがそんな警戒心を吹き飛ばすように、オールマイトが快活に笑った。突然のことに、びくりと名前の体が跳ねる。
「彼とはその、師弟と言いますか……トレーニングの指導をしています」
「そ、そう! そうなんだよ、姉ちゃん! このオールマ……オールさんに教えてもらってたんだ!」
ここしかない、と出久はすかさずオールマイトの話に乗った。名前の隣に立ち、声を張り上げる。そしてこっそりオールマイトに、アイコンタクトを送った。ほんの僅かの首肯が返ってくる。
どれくらいの間、そうしていただろう。幾ばくかの無言が続いた後はあ、と名前のため息が聞こえた。
「先ほどは大変失礼いたしました。いつも弟がお世話になっております。姉の名前です。弟を今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
ぺこり、と頭を下げ名前が言う。何をするのかと気が気でなかった出久は、思わず動きを止めてしまった。言い終わるや否や顔を上げ、踵を返そうとする名前をぼんやり見やる。
まさか、信じてくれたのだろうか。あんな付け焼き刃の言い訳をーーぽん、と温かいものが出久の頭に乗る。
「……出久、晩御飯の時間までには帰って来なよ」
名前は上着を拾い上げると小脇に抱え、その場を後にした。