巳樓記
07コンプ大爆発
2025/08/17 22:09「『平成レトロ』はエモい。」
平成生まれ令和育ちの小娘は言う。平成レトロには姫ギャルとかルーズソックスとか色々あるが、ここでは同人活動の話をしたい。
自分が生まれた日の数日後に投稿された作品を目にする度に、楽しそうだなぁと羨ましそうに画面を見つめる。少し古めの作品、自分が生まれる少し前の作品とかにハマると大概こういった感傷的な心持ちになってしまう。
これはものすごく苦しい。
ハマらないようにできればこんな思いもしなくて良いのだが、なんということか、あの時代は神作品が多いのであった。だから好きになってしまうのは仕方ない。
2006年。あの年は本当にやばいと私は思っている。あの年のアニメや漫画は、ギリッギリ生まれてない私や友人達ですら知っている作品が多い。20年近く前の作品が、しかも現行コンテンツでない作品が、当時まだ生まれていない人間に知られているこの事実が、2006年のヤバさを物語っているのである。
そもそもなぜそういった世代にも伝わっているのかというと、人気が高いものは、アニメや漫画だと数年後に新しい話が作られたり、ゲームなんかはリマスター版が出たりする。これは2014年の作品だが、『プリパラ』はその良い例だと思う。
こういった何年経っても色褪せずに愛されたものが“文化”を作っていくのだろうな、とつくづく思う。
結局私がこういう個人サイトなるものを作ったのも、2006年の作品にハマったからである。ハマらなかったら作ってない。どうして素晴らしい作品に限って個人サイト時代のものばかりなのだろうかと悔しく思う。大抵は閉鎖してんじゃねぇか!
それでもまだ残ってるものもあるにはある。そういうものを見て思ったのだ。自分も作ってみたい、と。
これは好判断。SNSだと、どうしても誹謗中傷のリスクが高まってしまう。ここまで読んだ人は分かる通り、私は文章を作るのが下手だし、絵も同じくらい下手だ。故に、自分よりも圧倒的に優れた人や人の作品にすぐにケチを付ける人がわんさかいるような場所で『好き』をカタチにしたものを堂々と垂れ流すのは憚れる。
また、個人サイトはネット陰キャの唯一の居場所にもなった。現実でもインターネットでも、人と関わるのは疲れる。なんなら私はオンラインゲームですら疲れる。ただ、ここなら誰かと関わる必要もない。自分だけの空間である。
私は平成が好きだ。あの年代の絵柄を見ると、少し穏やかな気持ちになる。
但し、私は令和を批判するつもりはない。そもそも私は表面的な平成しか知らない。平成は終わりの頃しか見たことがない。きっと、いや間違いなく平成にも嫌な面があったに違いない。でも知らない人間からすれば輝いて見えるのである。
あと数十年もすればきっと、「令和レトロ」という言葉が生まれるだろう。その令和レトロにはどういったエモさがあるのか、楽しみにしたい。
平成生まれ令和育ちの小娘は言う。平成レトロには姫ギャルとかルーズソックスとか色々あるが、ここでは同人活動の話をしたい。
自分が生まれた日の数日後に投稿された作品を目にする度に、楽しそうだなぁと羨ましそうに画面を見つめる。少し古めの作品、自分が生まれる少し前の作品とかにハマると大概こういった感傷的な心持ちになってしまう。
これはものすごく苦しい。
ハマらないようにできればこんな思いもしなくて良いのだが、なんということか、あの時代は神作品が多いのであった。だから好きになってしまうのは仕方ない。
2006年。あの年は本当にやばいと私は思っている。あの年のアニメや漫画は、ギリッギリ生まれてない私や友人達ですら知っている作品が多い。20年近く前の作品が、しかも現行コンテンツでない作品が、当時まだ生まれていない人間に知られているこの事実が、2006年のヤバさを物語っているのである。
そもそもなぜそういった世代にも伝わっているのかというと、人気が高いものは、アニメや漫画だと数年後に新しい話が作られたり、ゲームなんかはリマスター版が出たりする。これは2014年の作品だが、『プリパラ』はその良い例だと思う。
こういった何年経っても色褪せずに愛されたものが“文化”を作っていくのだろうな、とつくづく思う。
結局私がこういう個人サイトなるものを作ったのも、2006年の作品にハマったからである。ハマらなかったら作ってない。どうして素晴らしい作品に限って個人サイト時代のものばかりなのだろうかと悔しく思う。大抵は閉鎖してんじゃねぇか!
それでもまだ残ってるものもあるにはある。そういうものを見て思ったのだ。自分も作ってみたい、と。
これは好判断。SNSだと、どうしても誹謗中傷のリスクが高まってしまう。ここまで読んだ人は分かる通り、私は文章を作るのが下手だし、絵も同じくらい下手だ。故に、自分よりも圧倒的に優れた人や人の作品にすぐにケチを付ける人がわんさかいるような場所で『好き』をカタチにしたものを堂々と垂れ流すのは憚れる。
また、個人サイトはネット陰キャの唯一の居場所にもなった。現実でもインターネットでも、人と関わるのは疲れる。なんなら私はオンラインゲームですら疲れる。ただ、ここなら誰かと関わる必要もない。自分だけの空間である。
私は平成が好きだ。あの年代の絵柄を見ると、少し穏やかな気持ちになる。
但し、私は令和を批判するつもりはない。そもそも私は表面的な平成しか知らない。平成は終わりの頃しか見たことがない。きっと、いや間違いなく平成にも嫌な面があったに違いない。でも知らない人間からすれば輝いて見えるのである。
あと数十年もすればきっと、「令和レトロ」という言葉が生まれるだろう。その令和レトロにはどういったエモさがあるのか、楽しみにしたい。
