巳樓記

ネコ語にゃ(な)まり

2025/07/02 17:28
ネコはヒトの操る言葉を話さない。というか、話そうとしても、口の構造的に「ニャ〜」とか「ナァ〜」みたいな声しか出せないらしい。かわいいね。

猫のヒト化みたいなのは創作物でよくある話だ。そういうのでは、猫人間が話す言葉に「ニャ」とかをつけたがる。猫要素をより高めるためだろう。しかし、猫人間の「ニャ」は本当にそれだけのためにつけられた、安易なキャラ設定なのだろうか。
概ねそうだろうが、私はここで「ネコ語訛り」というものを考えてみた。私が考えたネコ語訛りとはこういうものである。

まず前提条件として、元ネコだった人間が話す。猫でもなんでもないただの人間が話すのは痛いかキャラ付けの二択である。
次に、「な」と「ま」が変化する。
「な」→「にゃ」
「ま」→「みゃ」
(この場合、表記は平仮名と片仮名のどちらでも良い)
例えば、元ネコの人間が「ネコ語訛り」と言うときは「ネコ語にゃまり」となるのだ。
そして、これを可愛いと思ってやっているのではないということである。地方民ならわかると思うが、自分達の発音を正しいと思って使い続けているが、東京などへ行くと実はそうでもないことに気づく。ネコ語訛りもそれと同じである。あの言い方に何の違和感も抱いていないし、むしろちゃんと発音できていると思っているのだ。

ちなみに、私の考える「ネコ語訛り」において語尾に「ニャ」や「ミャ」を付ける、というのはネコ語訛りではない。それはもはや名古屋弁か、意図的にやっているものである。
なぜなら、「ネコ語訛り」において変化するのは「な」か「ま」だけであり、例えば「〜だな」といったように語尾がその2つのどちらかではない限りは語尾は変化しないからである。

以上が「ネコ語訛り」というものである。この概念を創り出すことにより特に何かが変わると言えば何も変わらないと思うが、猫人間が「ニャ」や「ミャ」を使った時に(あ、ネコ語訛りだ)と心の隅でぼんやりと感じてもらえたら少し嬉しい。

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