某章

「桜花殿が泊まるとよい。俺達は野宿でいいな、飯之。」
「ん、そうだな。」
 女性…しかもうら若き乙女を外で寝かせるなど御法度と言わんばかりの様子で侍二人は了承し合う。
「ちょっと待ってください!」
 二人に割ってはいるように花の乙女、桜花は声を上げる。
「私は近くに拠点があるので大丈夫ですよ。お二人でお泊まりください。」
 花が咲くように桜花は笑う。さすがはくノ一と言ったところか。
 そういうわけで黑之助と飯之は男二人で宿泊、さらに同じ布団で眠ることになってしまったのである。

 風呂で汚れと疲れを洗い流した二人は、早速宿の部屋に入る。鼠一匹潜めやしなさそうな清潔な部屋に安堵するが、やはり男二人で泊まるには狭かった。
 しかし、そうは言っても仕方がない。山に赤や黄に照り映える葉を見て、風流人達がどうしてそれを見に行かないでいられるだろうか。この辺りはそういう人が多かった。夜は宿に泊まって朝から山に登りに行くのだろう。人はいつまでも美しい自然を愛する心を持っているものなのである。
 そういうわけで、この宿しか空いていなかったのである。

 果てさてそれでは寝るかという頃合いのことだ。常は高く結った黒い髪を下ろした黑之助が布団の上で横向きに転がり、片肘をついてその上に頭を乗せる。垂れた前髪は彼の目元を隠し、漆黒の隙間から金色の目が光っている。白色の着物は少し乱れ、胸元からは彼の鍛え抜かれた胸筋が静かに顔を出している。着物から出た足の腿もまた、堅強な一方で何か妖しいものを感じられる。そんなどことなく艶な様で友を見て言う事や、
「共に寝るか?」
「誘っているのか?」
 友の口からは咄嗟にその言葉が飛び出した。飯之は普段の態度とは打ってかわり、真剣な表情を浮かべる。
「…?誘っている、とは…?共に眠ろうと申しているだけだが…。」
 ただし、黑之助は無自覚なのだった。

 翌朝。障子から差し込む朝日に飯之は目を覚ます。隣で丸くなっている黒ネコの友人を起こす。
「…痛い…。」
 なぜか腰を擦りながら、耳を伏せ、尾を激しく叩きつけ、不満を零して黑之助は起き上がった。
「あぁ…すまん、すまん…。」
 飯之は少々気まずそうに謝る。ただ友人を起こしてやっただけだが。
「…いや、まあ、よい。それより、早くここを発たねばならん。行くぞ。」
「…そうだな。」
 飯之は少々ぎこちなく笑い、二人は宿を後にした…。
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