序
暗闇の中、男が一人。
「ったく、あの野郎、すぐに終わるとか言っておきながら、結局三刻もかかってんじゃねぇか!おかしいだろ!あいつの中の『すぐ』の概念イカれてんのか!?」
声を荒らげながら、手に持つ提灯に照らされた道を頼りに歩いていく。夜中なのだから、男の声と足音しか聞こえない…はずだ。
「ひっく、ひっく。」
どこからか、女の泣き声が聞こえる。
「あ、何だ。こんな夜中に。俺以外に誰かいるのか?」
「ひっく、ひっく。」
男が歩いていくと声は次第に大きくなる。
「ひっく、ひっく。」
男の目の前に、うずくまる女が一人。
「ひっく、ひっく。」
どうやらこの女の泣き声のようだ。男は女に話しかける。
「おぉ、どうしたんだ、お嬢ちゃん。今はもう暗い。こんな所で泣いてないで、さっさと帰りな。」
女は鼻の詰まった声で答える。
「その帰り道がわからないのでございます。遊び事についうつつを抜かしてしまい、すっかりこんな時間に。」
女はまたしゃくり上げるように泣き出す。
(あー、もう、めんどくせぇな!でもなぁ、女をこんな暗闇に置いていくのもなんというかなぁ…。)
男は震える女の肩に片手を添えて、また女に話しかける。
「まぁ、その、なんだ。お嬢ちゃんでよければ、一晩泊めていってやるよ。俺の家もうちょい行ったら着くし。朝になったら送ってやるよ。」
「えぇ、それは誠でございますか?嗚呼、なんとお優しいことでしょう。」
女の声が明るくなる。そして、男の方を振り返る。提灯に照らされた女の顔に、男は崩れかけた。
(な、な、なんだこの美女!?!?)
粉雪のように白く細やかな肌に、切れ長の目。小さな口は椿のように赤い。先ほどまで泣いていたため、紅潮した頬がより色っぽさを際立たせていた。
暫しの沈黙の後、男は慌てて口を開く。
「ああ、えっと、すまん、あ、あまりの美しさに見惚れちまった…。…あ、そうだ、立てるか?」
「ふふ、お上手なのですね。」
女は艶っぽく笑い、男の手を取った。女の顔がより近くなる。美人画からそのまま飛び出してきたかのような美顔に男はたじろぐ。
(お、俺、こんな美女を家に連れ込んじまうのか!?いいのか!?俺!?)
しばらく歩くと、女は小さな口を開く。
「誠にありがとうございます。…実は私、ここ数日の間、何も食べておりませんの。」
「え、そうなのか!じゃあ何か奢ってやろう。」
「その必要はありませんよ。食料なら目の前にございますから…。」
「は?」
女は男の手をまるで女とは思えないほどの力で掴む。女の顔は段々と歪んでいき、終いには赤黒い顔に一つ目玉のおぞましい顔に変わっていた。
「ギャァァァァ!ば、化け物ぉ!!」
男は化け物の手を振り払おうとするが、その度にその爪が食い込んできて逃れられない。
化け物は人の頭を丸呑みできそうな程大きくなった口を開く。
「久シブリノ食事ジャァ。シカモ若イ男!上物ジャァ!ドウヤッテ食ッチマオウカァ!?」
化け物の長い舌が男の顔を舐める。
(嘘だろ?まだ死にたくねぇよ!!)
化け物の牙が男の頭に突き刺さりかけたその瞬間。化け物が体勢が崩れる。
「グアァァァァ!!!」
化け物は雄叫びを上げのたうち回っている。よく見ると、片方の脚が丁度刀で斬られたかのようになくなっている。黒々とした血が切断面からどくどくと出てくる。
刹那、化け物の肉体は二十程の肉片になり、跡形もなく消えてしまった。
消えた化け物の代わりに、男の目の前で、侍とおぼしき者が刀を鞘に納めた。
「あ、ありがとよ!」
男は目に大量の涙を浮かべ、侍に頭を下げる。侍が小さく頷き、何処かへ行ってしまおうとするのを、男は止めた。
その侍の姿を真近見ると、男は目を見張った。人間に、猫のような大きな耳と長い尾が生えていたのだ。男はその場にへたり込んだ。
「アンタ、何者だ…?」
男の問いに侍は静かに口を開き、ただ一言。
「…妖魔を斬る者。」
そうとだけ言い残し、侍は夜の闇の中に消えていった。
我に返った男は先程の侍の姿を思い浮かべる。
「猫耳…侍…?」
そんなこんなでかの者は、時たま猫耳侍と呼ばれる。
美女かと思えば妖魔だったなどというのはよくある話である。しかし、これは物怪の類が蔓延っていた昔の時代だけの話ではない。
現代にだって、美女の皮を被った腹の黒い化け物は多くいるのだから。
「ったく、あの野郎、すぐに終わるとか言っておきながら、結局三刻もかかってんじゃねぇか!おかしいだろ!あいつの中の『すぐ』の概念イカれてんのか!?」
声を荒らげながら、手に持つ提灯に照らされた道を頼りに歩いていく。夜中なのだから、男の声と足音しか聞こえない…はずだ。
「ひっく、ひっく。」
どこからか、女の泣き声が聞こえる。
「あ、何だ。こんな夜中に。俺以外に誰かいるのか?」
「ひっく、ひっく。」
男が歩いていくと声は次第に大きくなる。
「ひっく、ひっく。」
男の目の前に、うずくまる女が一人。
「ひっく、ひっく。」
どうやらこの女の泣き声のようだ。男は女に話しかける。
「おぉ、どうしたんだ、お嬢ちゃん。今はもう暗い。こんな所で泣いてないで、さっさと帰りな。」
女は鼻の詰まった声で答える。
「その帰り道がわからないのでございます。遊び事についうつつを抜かしてしまい、すっかりこんな時間に。」
女はまたしゃくり上げるように泣き出す。
(あー、もう、めんどくせぇな!でもなぁ、女をこんな暗闇に置いていくのもなんというかなぁ…。)
男は震える女の肩に片手を添えて、また女に話しかける。
「まぁ、その、なんだ。お嬢ちゃんでよければ、一晩泊めていってやるよ。俺の家もうちょい行ったら着くし。朝になったら送ってやるよ。」
「えぇ、それは誠でございますか?嗚呼、なんとお優しいことでしょう。」
女の声が明るくなる。そして、男の方を振り返る。提灯に照らされた女の顔に、男は崩れかけた。
(な、な、なんだこの美女!?!?)
粉雪のように白く細やかな肌に、切れ長の目。小さな口は椿のように赤い。先ほどまで泣いていたため、紅潮した頬がより色っぽさを際立たせていた。
暫しの沈黙の後、男は慌てて口を開く。
「ああ、えっと、すまん、あ、あまりの美しさに見惚れちまった…。…あ、そうだ、立てるか?」
「ふふ、お上手なのですね。」
女は艶っぽく笑い、男の手を取った。女の顔がより近くなる。美人画からそのまま飛び出してきたかのような美顔に男はたじろぐ。
(お、俺、こんな美女を家に連れ込んじまうのか!?いいのか!?俺!?)
しばらく歩くと、女は小さな口を開く。
「誠にありがとうございます。…実は私、ここ数日の間、何も食べておりませんの。」
「え、そうなのか!じゃあ何か奢ってやろう。」
「その必要はありませんよ。食料なら目の前にございますから…。」
「は?」
女は男の手をまるで女とは思えないほどの力で掴む。女の顔は段々と歪んでいき、終いには赤黒い顔に一つ目玉のおぞましい顔に変わっていた。
「ギャァァァァ!ば、化け物ぉ!!」
男は化け物の手を振り払おうとするが、その度にその爪が食い込んできて逃れられない。
化け物は人の頭を丸呑みできそうな程大きくなった口を開く。
「久シブリノ食事ジャァ。シカモ若イ男!上物ジャァ!ドウヤッテ食ッチマオウカァ!?」
化け物の長い舌が男の顔を舐める。
(嘘だろ?まだ死にたくねぇよ!!)
化け物の牙が男の頭に突き刺さりかけたその瞬間。化け物が体勢が崩れる。
「グアァァァァ!!!」
化け物は雄叫びを上げのたうち回っている。よく見ると、片方の脚が丁度刀で斬られたかのようになくなっている。黒々とした血が切断面からどくどくと出てくる。
刹那、化け物の肉体は二十程の肉片になり、跡形もなく消えてしまった。
消えた化け物の代わりに、男の目の前で、侍とおぼしき者が刀を鞘に納めた。
「あ、ありがとよ!」
男は目に大量の涙を浮かべ、侍に頭を下げる。侍が小さく頷き、何処かへ行ってしまおうとするのを、男は止めた。
その侍の姿を真近見ると、男は目を見張った。人間に、猫のような大きな耳と長い尾が生えていたのだ。男はその場にへたり込んだ。
「アンタ、何者だ…?」
男の問いに侍は静かに口を開き、ただ一言。
「…妖魔を斬る者。」
そうとだけ言い残し、侍は夜の闇の中に消えていった。
我に返った男は先程の侍の姿を思い浮かべる。
「猫耳…侍…?」
そんなこんなでかの者は、時たま猫耳侍と呼ばれる。
美女かと思えば妖魔だったなどというのはよくある話である。しかし、これは物怪の類が蔓延っていた昔の時代だけの話ではない。
現代にだって、美女の皮を被った腹の黒い化け物は多くいるのだから。
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