撃たれし心を君に
「わたし、撃神に好きって言いたい!!」
雲が少しかかった淡い色の青空に、白猫の声が響いた。散々彼女の恋愛相談を聞かされてきた白兎の弓神は、杵を手に長い耳を揺らして苦笑する。
「やっと決心したのね…。ホント、いつまでウジウジやってんのかと思ったわ。」
呆れながらも少し嬉しそうな弓神の言葉に、白猫は照れながら答える。
「えへへ、わたし、頑張るね!」
「ええ、それじゃあ、いってらっしゃい。」
弓神は友人である白猫、壁神を優しく見送る。壁神はそれに応じ、尻尾を小さく揺らして走り出した。
壁神を見送った弓神は大きく息をついてつぶやく。
「…宴の準備をしなきゃね。」
猫は走る。地を蹴る足は止まることを知らない。壁神がしばらく走っていると、何処からか気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
その声に壁神は立ち止まる。辺りを見渡すと、面をつけ楽器を持った小鬼共、首のない地蔵妖怪共、その他様々な魑魅魍魎が壁神の行く手を阻む。
「あぁ!もう!なんでこんな時にこいつら…。」
何奴も此奴も壁神にとっては取るに足らない存在でしかないが、束で来られると困ったものである。仕方がないので一匹ずつ倒していくが、こんなに多くてはきりがない。
どうしようかと攻撃の手を緩めかけたその時、壁神の目の前に三つの火薬玉が現れた。玉は大きな音を立て、豪華な花火を咲かせて妖魔共を蹴散らした。
それだけでない。壁神の背後から襲いかかってきた妖魔が、突如として一刀両断されて消える。
壁神は仲間の助けを確信し、小さく笑みを零す。 「爆神!断神!」
壁神は二人の神の名を叫ぶ。すると、「爆神」と呼ばれた、火薬玉に乗った白猪が爆発させた妖魔の中から出てきては豪快に笑って答える。
「弓神から聞いたぜ。成功したらでっけえ花火上げてやるぜぇ!」
さらに、「断神」と呼ばれた、己の身体よりも遥かに大きな剣を持った白鼠も妖魔を切り捨て出てきては静かに答える。
「ここは俺達が片付ける。お前は早く行け。」
「…うん、わかった。二人ともありがとう!」
二柱に深く感謝しながら壁神は場を後にする。
しばらく走っていた壁神は急にその場に倒れそうになる。ずっと走り続けていたのと、先程の戦闘ですっかり体力を消耗してしまったようだ。
(み、水…!)
何とか震える足で立ち上がり、水辺を探してみる。草木や花々が気持ちよさそうに風に吹かれているのが見える。
ふらつきながらもしばらく辺りを探索していると、大きな池を見つけた。陽の光を受けて、水面は鏡のように輝いてた。
しかし、問題はここからであった。水を飲もうにも、池の深さに対して水面が低すぎる。これでは壁神の舌は池の水には届かない。
壁神が途方に暮れていると、水の中からガラス瓶がぬるりとでてきた。中には美麗な白い大蛇が。
「あ、濡神ちゃん…。た、たすけて…。」
「あら、壁神さん?どうしたのですか?」
濡神は、壁神を心配そうに見つめる。渇いた喉から何とか声を絞り出し、壁神は答える。
「み、水…、の、のませて…。」
「ああ、お水が飲みたいのですね。わかりました。」
池から出てきた濡神は、自身の尾を池の水に向ける。そして、筆で線を引くかのように尾を壁神の方へと向けた。すると、池の水が壁神の口の中に注がれていくではないか。
水を飲んだ壁神は再び元気を取り戻し、伸びをする。そして、命の恩人たる白蛇に向かって感謝の意を表する。
「ありがとう…!濡神ちゃん!おかげで助かったよ。」
「どういたしまして。あ、そう言えば壁神さん、急がなくても良いのですか?撃神さんに今日想いを打ち明けるとお聞きしたのですが…。」
「え、あ、そうだった!ごめんね、濡神ちゃん。わたしもう行くね!」
「ええ、きっと、壁神さんなら上手くいきますよ。」
先程までの疲れをすっかり忘れた白猫の後ろ姿を、白蛇は微笑みながら見届ける。
あれからかなり走った。東にいた日の輪は、今は南東で輝いている。今度は白猫は崖の前に突っ立っている。
それというのも、崖と崖の間に橋が架かっていたはずなのだが、それが全く見当たらないのである。このままでは向こう側には渡れない。
いくら猫であり、そして神であると言えども、跳躍力には限度がある。あまりにも離れすぎていては飛び移ることはできないことは言うまでもない。
何かないだろうかともう一度よく探してみると、“橋の消えた理由と思わしき光景”が目に飛び込んできた。
向こう側に、何かしらの造物の残骸を見つけた。二本の柱が建てられ、そこから綱が弱々しく垂れている。橋は消えたのではなく、壊れていたのだ。
橋の所在がわかったのは良いが、壊れていては渡れない。結局振り出しに戻ってしまった。こんな時、モノを直す力でもあればいいのだが…。
壁神がそんな風に考えていると、何かが空を駆けていった。見上げれば、絵巻物からその巨躯が飛び出ている、壮麗な白龍が鱗を煌めかせこちらに向かってくる。
「蘇神!!」
名を呼ばれた白龍は、ふっと笑み浮かべて口を開く。
「事情は分かっておるぞ。撃神の元へ向かうにはこの橋を渡る必要があるが、昨夜、妖魔共に壊されたと聞いてな。今直してやろう。」
蘇神は己の尾を壊れた橋に向ける。そして、黒く塗り潰すかのように尾を動かしたかと思うと、いつの間にやら崖の間に橋が架かっていた。
「お前のその清らかなる心…きっと撃神にも伝わるはずじゃろう。」
蘇神は龍の長い髭を翻し目を細めた。
「ありがとう、蘇神!わたしがんばるよ!」
壁神はにこやかに笑い、元通りになった橋を渡っていった。
走る猫の影は少し薄くなってきた。灰色の厚い雲が天の尊容を隠していた。 舞い散る花吹雪のような、雅な音楽が聞こえてくる。突如、壁神の目の前に桜色の烏帽子と前掛けをし、楽器を手にした三匹の白猿が飛び出してきた。
「我ら桜花三神、聞きましたよ」
「壁神殿が撃神殿に」
「その恋心、明かさんとすると」
流麗な調べを奏でながら、三柱は順々に言う。
「えへへ、そうなんだ!わたしね、今日こそは絶対、撃神に告白するんだ!」
壁神は誇らしげに笑う。それを見て桜花三神の一柱、咲ノ花神は言う。
「壁神殿、乙女が殿方に想いを明かすとならば、」 続けて蓮ノ花神は言う。
「やはり常よりも可憐な姿で行くべきでしょう。」 「ええ、そんなこと言われても、どうすればいいの!?」
戸惑う壁神に蔦ノ花神は答える。
「簡単ですよ。壁神殿は今でも愛くるしい姿ですが、花を飾ることでさらに愛らしくなるはずです。」
蔦ノ花神が言うと、花三神は小指で丸を描いた。すると、紫がかった淡い赤色の花が咲いた。それを一輪手にし、蔦ノ花神は壁神の首に着けた。 「撫子です。とてもよく似合ってますよ、壁神殿。」
咲ノ花神は柔らかく笑って言った。
「本物のお花の首飾り!ありがとう、三人とも!」
満面の笑みで壁神は礼を言う。
どういたしましてと言わんばかりに、三柱はまた音楽を奏で出す。その優美な音を聞きながら壁神はまた撃神の方へと走り出した。
殊勝なる白猫の恋路を阻む者、またあり。車輪のような見てくれで、その中央に人の顔面の一部が着いた、不気味な妖怪共が続々と湧き出てくる。
ギョロリとした大きな目を持つ炎を纏った車輪。女のようなふくよかな唇を持つ氷纏った車輪。大きさだけは大きい耳を持つ雷を纏った車輪。そして、天狗のような鼻を持つ風を纏った車輪共が壁神を取り囲んだ。
炎の車輪__朱目輪入道はその目玉から炎を放った。炎が壁神のひげを少し焦がしたかのように見えたその時、強い風が吹き、その炎をかき消してしまった。さらに、朱目輪入道の上から氷柱が降り注いだ。火でも溶かせぬ氷が輪入道の動きを封じた。
壁神が振り向くと、そこには団扇を背中に付けた美しい白馬と、法螺貝を首から下げた猛々しい白牛が立っていた。
白馬はそのまま輪入道に一直線に向かって行って、奴を蹴り上げた。馬の脚力を直に浴びた輪入道は耐えられるはずもなく、砕け散ってしまった。
次に、白馬が線を引くかのように尻尾を振ると、なんとそこから風が生まれた。そして、電気の玉を放っていた雷の車輪__雷耳輪入道の動きが止まった。今度は白牛が突進し、雷耳輪入道をぶっ飛ばした。
「風神、凍神、来てくれたんだね。ありがとう!」
壁神は尻尾を立てて、馬と牛に向かって言う。 「なんてことないさ、壁神。それより、ひげは大丈夫かい?」
鬣をなびかせて風神は爽やかな口調で言う。
「大丈夫!」と壁神は答え、綺麗なままのピンと張ったひげを見せる。それを見た風神は小さく微笑んだ。
「…まだ油断はできぬ。…あと二体…。」 凍神は至極冷静に口を開く。氷の車輪と風の車輪を静かに睨む。
氷の車輪__氷唇輪入道が口を開いた瞬間、中から氷が吹き出てくる。風神が先程のように尻尾で線を描くが、氷を吹き飛ばすことはできなかった。
危うく氷漬けにされる刹那、何処からか炎の塊が現れて、輪入道の放った氷を全て溶かした。
「待たせたなぁ!!お前ら!!この燃神に任せろ!」
彼らにとって聞き馴染みのある声が頭上から聞こえた。三柱が天を仰ぐと、煙管を咥えた白い火の鳥が巨大な翼を羽ばたかせていた。
燃神はその赤い尾を煙管の炎に向ける。そして、一直線に氷唇輪入道の方へと尾を動かした。その軌跡は炎の道となり、輪入道を燃やし尽くしてしまった。
「燃神も来てくれたんだ!ありがとう!」
壁神はまた尻尾を立てる。
「可愛い猫の危機には俺はどこからでも飛んでくるぜ。」
燃神はニヤリと笑って胸を張る。
「本当、助かったよ!ありがとな!」
「…私からも礼を言おう…。」
風神は朗らかに笑って、凍神は依然として静かに言った。
次の瞬間、びゅうううと音を立て、風の車輪__天狗輪入道が目にも止まらぬ速さで走り出した。
まずは風神が三の字を、次に凍神が米印を、そして燃神が∞の字を書くようにそれぞれの尾を動かした。竜巻が起こり、氷柱が降り注ぎ、最後に火の玉が燃え盛った。
しかし、輪入道の動きは止まらない。
「チッ、厄介なこったぁ。」
燃神が煙を吐いて言った。
「えっと…、この流れでいくと、幽神は来るんだよね?」
壁神は三柱に問う。しかし、誰も目を合わせようとしない。
「え…うそでしょ…。」
「いやぁ、来ると思うんだけどなぁ。」
「幽神だぞ?どこかで酔っ払って寝てんだろ。」
「…。」燃神の言葉に凍神は黙って小さく頷く。
すると、
「呼んだぁ?」
呂律の回ってない声が四柱の耳に入る。瓢箪を持った白羊がひょこりと現れた。
「お、噂をすれば。」と、風神。
「へへ〜、ぼくはなにすればいいのぉ〜?」
「筆しらべだ。筆しらべ。」と、燃神。
「りょ〜かい〜。」
幽神は線を横に二本引くように、その尻尾を動かす。やけに心地の良い霧に包まれ、輪入道も含め、そこにいる全員の動きが緩慢になる。
「あ゛〜、ッぱこれだよなぁ〜。」
「きもちぃ〜…。」
「良い…。」
燃神、風神、凍神の三柱は和やかな心地で佇んでいる。壁神は大きな欠伸と共に伸びをし、輪入道に向き直る。
快い霧の中を白猫は駆け抜け、小型肉食獣の鋭き爪と牙で天狗輪入道を切り裂いた。
「は〜、よかった。本当に皆、ありがとう!」
助けてくれた強力な仲間達に壁神は感謝する。
「礼には及ばないぜ、壁神。今日のお前にはやらなきゃなんねぇことがあるんだろ?その邪魔は誰にもさせねぇってわけさ。」
燃神はさらに続けて言う。
「お前のその燃える想い、撃神の野郎に伝わると良いな。」
「オレができるのはあくまで君の後押しだけだけど…、がんばれ、壁神!」
風神は壁神の大体肩辺りをポンと叩く。
「…お前の想いは…永遠に凍らぬだろう…。」
凍神は静かに、しかし力強く壁神を鼓舞する。
「えぇ~!?壁神ってぇ、撃神のこと好きだったのぉ〜!?」
幽神はひとりだけ驚いたような顔をして、そして、「がんばれ〜」と壁神に笑いかけた。
「皆ありがとう!」
壁神は四柱に手を振るかのようにして、想い人の元へ走り去っていった。
走り続けていた猫の表情がぱっと明るくなる。撃神のいる御殿が見えてきた。しかし、喜んだのも束の間、小さな滴が壁神の頭に落ちたと思ったら、滴は滝へと変わった。
濡れるのが嫌いな壁神は、突然の大雨で雨宿りが出来ずもう既にびしょ濡れになってしまった。
「…なんで。」震えながら壁神はポツリ。雨か涙かも分からない滴がそっと垂れる。
「なんで、なんで、こんな時に雨が降るの!?撃神に好きって言おうと思ったのに!なんで、今日に限って妖怪がたくさん出てくるの!?なんで、こういう日に不幸なことばかり起きるの!?」
壁神は黒い雲に覆われた天に向かって溜まっていた鬱憤を吐き散らかした。惨めな白猫をさらに嘲笑うかのように雨は激しさを増す。
雪のように白かった毛は汚れ、先程花神達からもらった花の首飾りも萎れてしまった。想い人の顔を思い描いては、黒く塗り潰した。
もう一歩の所で届かない。拒絶されることを恐れ、愛する気持ちに向き合うことから逃げてきたツケが回ってきたのかもしれない。
そんな絶望の淵に立つ白猫を連れ戻すかのように、突如黒雲の間を引き裂いて光が差しこんできた。
紅く燃える大いなる光が空で優しく微笑んでいる。如何なる神すらも慈しむかのように。
白猫は天を見上げる。彼女の心を覆っていた雲も切り開かれていく。壁神の目には雲一つない空が映っていた。
「慈母…?」
壁神が呟くと、その名の主らしき声が背後から聞こえた。振り向くと、綺麗な炎を纏った鏡の神器を身に着けた、神々しい白狼が立っていた。アマテラス大神である。そして、その後ろには自分を助けてくれた仲間達が横一列に並んでいた。
アマテラスは下向きに二本線を並べて引くように尻尾を動かす。また雨が降ってきたが、今度の雨は嫌な雨ではない。寧ろ、壁神の汚れを洗い流した。
今度は風の通り道を描くように小さく尻尾を振る。どこまででも優しい風が壁神を撫でる。全身が乾き、壁神は尻尾をゆらりと揺らす。
最後に壁神の首に向かって丸を描く。大雨で萎れた撫子は、また風情を取り戻し、壁神の首元を彩るかのように咲き誇る。
「慈母…、皆…、ありがとうございます…!」
神々に向かって壁神は深々と頭を下げる。筆神達は口々に壁神への励ましの言葉を送る。そして、アマテラスは古拙の笑みだけを浮かべ、壁神の頭をそっと撫でた。
仲間達の協力を得て、壁神はついに撃神の元にたどり着いた。勇猛な白虎は鍛錬の間でひたすらに矢を打っていた。彼の打つ稲妻の矢は的だけでなく、壁神の心の的も射抜いていた。壁神の心に電撃が走る。
「げ、撃神!」
壁神は大きく息を吸って、自分の心音を聞きながら想い人の名を口にする。撃神は弓を引くの止め、壁神の方を振り返る。
「壁神か。どうした?」
撃神は壁神を真っ直ぐに見つめる。その眼差しが壁神の心を痛いほど締め付けてしまう。
「あ、あのね、わたしね、撃神に言いたいことがあって…。」
壁神は彼を見上げる。体中が熱くなり、心臓が速くなるのを感じる。
愛してる。だからこそ、怖い。撃たれたこの心を君に打ち明けてしまうのが。それでも、言わなければならない。皆に助けられてここまで来たのだ。どうしてそれを蔑ろにできようか。
壁神はまた深呼吸をする。そして、やっとの思いでその言葉を口にする。
「わ、わたしね…、ずっと、心が雷に撃たれたみたいだった…。撃神がわたしのこと守ってくれたり、一緒に居てくれたりした時、うるさいほど心臓が鳴ってた。それでね、撃神が弓神や濡神ちゃんと話してる時、靄がかかってるみたいな気持ちだった。…ええっと、つまりね、わたしね、」
壁神は胸に手を当て、呼吸を整える。
「…わたし、撃神が好きなの…!ずっと、ずっと、ずうっと大好き!!」
言い切った壁神はその場で倒れ込みそうになる。立っているのもやっとだった。
撃神は壁神を変わらず見つめていた。すると、白虎の顔は段々と赤くなっていった。
「…先越された。」
撃神は呟く。そして顔を押さえ、その場にしゃがみ込む。その言葉の意味を察し、壁神は顔を赤らめる。
「へ?」
「…俺も、お前が好きだったよ…。ずっとな。」
撃神は再び立ち上がり、先程よりも真剣な眼差しで壁神を見つめた。
壁神の目から温かい涙がこぼれた。撃神は何も言わず、虎の大きな身体で猫の小さな身体を優しく包みこんだ。二柱の尻尾と尻尾が絡み合う。互いの体温を感じ、ただ幸福だけが二柱の心を満たしていた。
その様子を、筆神達は皆、涙をこらえきれずに柱の陰から見守っていた。
今宵は宴である。撃神と壁神の成就を盛大に祝っていた。弓神が餅をつき、濡神が酒を造った。桜花三神が音楽を奏で、断神は剣舞を演じる。夜空には花火まで上がっている。
壁神は隣で笑う撃神を見つめながら、ここまでの用意をしてくれた皆、特に自分の為に筆神達を集めてくれた友人の弓神に対し、感謝の気持ちでいっぱいだった。
宴好きな筆神達は、誰が主役なのかも忘れ飲んでは歌ってはの大騒ぎでその晩を過ごした。
そんな中、弓神はひとり夜の空を見上げ一言。
「こんな素晴らしい宴の夜は、月がいなくちゃ。」
そして、天に向かって弧を描くよう尻尾を動かした。弧は金色の光放ち、やがて三日月へと変わった。
月も二柱を祝すかのように、閑麗な光で地を照らし、夜空で輝いていた。
撃神と壁神は宴を抜け出して、明るい夜空を眺めていた。
「壁神…、その花…。」撃神は壁神の首元を見て口を開く。
「あぁ、これ?花神達がね、告白する時は可愛くした方がいい〜って、わたしにくれたの!」
壁神は月の光にも負けないくらい明るく笑う。それを見て撃神の口元も緩む。
「すごく、似合ってる。…可愛すぎんだろ…。」
「か、可愛い!?あ、花がってこと!?」
「何言ってんだ、お前に決まってんだろ。」
壁神の顔がまた真っ赤に染まる。その様子が撃神の心をさらに刺激したらしい。
撃神は壁神にそっと口づけをする。壁神の心臓が爆発しそうになる。
「ずっと、こうしてみたかった。」
撃神は壁神を真っ直ぐに見つめて微笑む。心臓の鼓動が抑えきれない壁神は恋人の顔を直視できずに呟く。
「…わたしも。」
尻尾だけを小さく揺らす。愛くるしい白猫の姿は白虎の心をさらに揺さぶり続けた。
月夜が照らす中、二柱はまた口づけをした。
雲が少しかかった淡い色の青空に、白猫の声が響いた。散々彼女の恋愛相談を聞かされてきた白兎の弓神は、杵を手に長い耳を揺らして苦笑する。
「やっと決心したのね…。ホント、いつまでウジウジやってんのかと思ったわ。」
呆れながらも少し嬉しそうな弓神の言葉に、白猫は照れながら答える。
「えへへ、わたし、頑張るね!」
「ええ、それじゃあ、いってらっしゃい。」
弓神は友人である白猫、壁神を優しく見送る。壁神はそれに応じ、尻尾を小さく揺らして走り出した。
壁神を見送った弓神は大きく息をついてつぶやく。
「…宴の準備をしなきゃね。」
猫は走る。地を蹴る足は止まることを知らない。壁神がしばらく走っていると、何処からか気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
その声に壁神は立ち止まる。辺りを見渡すと、面をつけ楽器を持った小鬼共、首のない地蔵妖怪共、その他様々な魑魅魍魎が壁神の行く手を阻む。
「あぁ!もう!なんでこんな時にこいつら…。」
何奴も此奴も壁神にとっては取るに足らない存在でしかないが、束で来られると困ったものである。仕方がないので一匹ずつ倒していくが、こんなに多くてはきりがない。
どうしようかと攻撃の手を緩めかけたその時、壁神の目の前に三つの火薬玉が現れた。玉は大きな音を立て、豪華な花火を咲かせて妖魔共を蹴散らした。
それだけでない。壁神の背後から襲いかかってきた妖魔が、突如として一刀両断されて消える。
壁神は仲間の助けを確信し、小さく笑みを零す。 「爆神!断神!」
壁神は二人の神の名を叫ぶ。すると、「爆神」と呼ばれた、火薬玉に乗った白猪が爆発させた妖魔の中から出てきては豪快に笑って答える。
「弓神から聞いたぜ。成功したらでっけえ花火上げてやるぜぇ!」
さらに、「断神」と呼ばれた、己の身体よりも遥かに大きな剣を持った白鼠も妖魔を切り捨て出てきては静かに答える。
「ここは俺達が片付ける。お前は早く行け。」
「…うん、わかった。二人ともありがとう!」
二柱に深く感謝しながら壁神は場を後にする。
しばらく走っていた壁神は急にその場に倒れそうになる。ずっと走り続けていたのと、先程の戦闘ですっかり体力を消耗してしまったようだ。
(み、水…!)
何とか震える足で立ち上がり、水辺を探してみる。草木や花々が気持ちよさそうに風に吹かれているのが見える。
ふらつきながらもしばらく辺りを探索していると、大きな池を見つけた。陽の光を受けて、水面は鏡のように輝いてた。
しかし、問題はここからであった。水を飲もうにも、池の深さに対して水面が低すぎる。これでは壁神の舌は池の水には届かない。
壁神が途方に暮れていると、水の中からガラス瓶がぬるりとでてきた。中には美麗な白い大蛇が。
「あ、濡神ちゃん…。た、たすけて…。」
「あら、壁神さん?どうしたのですか?」
濡神は、壁神を心配そうに見つめる。渇いた喉から何とか声を絞り出し、壁神は答える。
「み、水…、の、のませて…。」
「ああ、お水が飲みたいのですね。わかりました。」
池から出てきた濡神は、自身の尾を池の水に向ける。そして、筆で線を引くかのように尾を壁神の方へと向けた。すると、池の水が壁神の口の中に注がれていくではないか。
水を飲んだ壁神は再び元気を取り戻し、伸びをする。そして、命の恩人たる白蛇に向かって感謝の意を表する。
「ありがとう…!濡神ちゃん!おかげで助かったよ。」
「どういたしまして。あ、そう言えば壁神さん、急がなくても良いのですか?撃神さんに今日想いを打ち明けるとお聞きしたのですが…。」
「え、あ、そうだった!ごめんね、濡神ちゃん。わたしもう行くね!」
「ええ、きっと、壁神さんなら上手くいきますよ。」
先程までの疲れをすっかり忘れた白猫の後ろ姿を、白蛇は微笑みながら見届ける。
あれからかなり走った。東にいた日の輪は、今は南東で輝いている。今度は白猫は崖の前に突っ立っている。
それというのも、崖と崖の間に橋が架かっていたはずなのだが、それが全く見当たらないのである。このままでは向こう側には渡れない。
いくら猫であり、そして神であると言えども、跳躍力には限度がある。あまりにも離れすぎていては飛び移ることはできないことは言うまでもない。
何かないだろうかともう一度よく探してみると、“橋の消えた理由と思わしき光景”が目に飛び込んできた。
向こう側に、何かしらの造物の残骸を見つけた。二本の柱が建てられ、そこから綱が弱々しく垂れている。橋は消えたのではなく、壊れていたのだ。
橋の所在がわかったのは良いが、壊れていては渡れない。結局振り出しに戻ってしまった。こんな時、モノを直す力でもあればいいのだが…。
壁神がそんな風に考えていると、何かが空を駆けていった。見上げれば、絵巻物からその巨躯が飛び出ている、壮麗な白龍が鱗を煌めかせこちらに向かってくる。
「蘇神!!」
名を呼ばれた白龍は、ふっと笑み浮かべて口を開く。
「事情は分かっておるぞ。撃神の元へ向かうにはこの橋を渡る必要があるが、昨夜、妖魔共に壊されたと聞いてな。今直してやろう。」
蘇神は己の尾を壊れた橋に向ける。そして、黒く塗り潰すかのように尾を動かしたかと思うと、いつの間にやら崖の間に橋が架かっていた。
「お前のその清らかなる心…きっと撃神にも伝わるはずじゃろう。」
蘇神は龍の長い髭を翻し目を細めた。
「ありがとう、蘇神!わたしがんばるよ!」
壁神はにこやかに笑い、元通りになった橋を渡っていった。
走る猫の影は少し薄くなってきた。灰色の厚い雲が天の尊容を隠していた。 舞い散る花吹雪のような、雅な音楽が聞こえてくる。突如、壁神の目の前に桜色の烏帽子と前掛けをし、楽器を手にした三匹の白猿が飛び出してきた。
「我ら桜花三神、聞きましたよ」
「壁神殿が撃神殿に」
「その恋心、明かさんとすると」
流麗な調べを奏でながら、三柱は順々に言う。
「えへへ、そうなんだ!わたしね、今日こそは絶対、撃神に告白するんだ!」
壁神は誇らしげに笑う。それを見て桜花三神の一柱、咲ノ花神は言う。
「壁神殿、乙女が殿方に想いを明かすとならば、」 続けて蓮ノ花神は言う。
「やはり常よりも可憐な姿で行くべきでしょう。」 「ええ、そんなこと言われても、どうすればいいの!?」
戸惑う壁神に蔦ノ花神は答える。
「簡単ですよ。壁神殿は今でも愛くるしい姿ですが、花を飾ることでさらに愛らしくなるはずです。」
蔦ノ花神が言うと、花三神は小指で丸を描いた。すると、紫がかった淡い赤色の花が咲いた。それを一輪手にし、蔦ノ花神は壁神の首に着けた。 「撫子です。とてもよく似合ってますよ、壁神殿。」
咲ノ花神は柔らかく笑って言った。
「本物のお花の首飾り!ありがとう、三人とも!」
満面の笑みで壁神は礼を言う。
どういたしましてと言わんばかりに、三柱はまた音楽を奏で出す。その優美な音を聞きながら壁神はまた撃神の方へと走り出した。
殊勝なる白猫の恋路を阻む者、またあり。車輪のような見てくれで、その中央に人の顔面の一部が着いた、不気味な妖怪共が続々と湧き出てくる。
ギョロリとした大きな目を持つ炎を纏った車輪。女のようなふくよかな唇を持つ氷纏った車輪。大きさだけは大きい耳を持つ雷を纏った車輪。そして、天狗のような鼻を持つ風を纏った車輪共が壁神を取り囲んだ。
炎の車輪__朱目輪入道はその目玉から炎を放った。炎が壁神のひげを少し焦がしたかのように見えたその時、強い風が吹き、その炎をかき消してしまった。さらに、朱目輪入道の上から氷柱が降り注いだ。火でも溶かせぬ氷が輪入道の動きを封じた。
壁神が振り向くと、そこには団扇を背中に付けた美しい白馬と、法螺貝を首から下げた猛々しい白牛が立っていた。
白馬はそのまま輪入道に一直線に向かって行って、奴を蹴り上げた。馬の脚力を直に浴びた輪入道は耐えられるはずもなく、砕け散ってしまった。
次に、白馬が線を引くかのように尻尾を振ると、なんとそこから風が生まれた。そして、電気の玉を放っていた雷の車輪__雷耳輪入道の動きが止まった。今度は白牛が突進し、雷耳輪入道をぶっ飛ばした。
「風神、凍神、来てくれたんだね。ありがとう!」
壁神は尻尾を立てて、馬と牛に向かって言う。 「なんてことないさ、壁神。それより、ひげは大丈夫かい?」
鬣をなびかせて風神は爽やかな口調で言う。
「大丈夫!」と壁神は答え、綺麗なままのピンと張ったひげを見せる。それを見た風神は小さく微笑んだ。
「…まだ油断はできぬ。…あと二体…。」 凍神は至極冷静に口を開く。氷の車輪と風の車輪を静かに睨む。
氷の車輪__氷唇輪入道が口を開いた瞬間、中から氷が吹き出てくる。風神が先程のように尻尾で線を描くが、氷を吹き飛ばすことはできなかった。
危うく氷漬けにされる刹那、何処からか炎の塊が現れて、輪入道の放った氷を全て溶かした。
「待たせたなぁ!!お前ら!!この燃神に任せろ!」
彼らにとって聞き馴染みのある声が頭上から聞こえた。三柱が天を仰ぐと、煙管を咥えた白い火の鳥が巨大な翼を羽ばたかせていた。
燃神はその赤い尾を煙管の炎に向ける。そして、一直線に氷唇輪入道の方へと尾を動かした。その軌跡は炎の道となり、輪入道を燃やし尽くしてしまった。
「燃神も来てくれたんだ!ありがとう!」
壁神はまた尻尾を立てる。
「可愛い猫の危機には俺はどこからでも飛んでくるぜ。」
燃神はニヤリと笑って胸を張る。
「本当、助かったよ!ありがとな!」
「…私からも礼を言おう…。」
風神は朗らかに笑って、凍神は依然として静かに言った。
次の瞬間、びゅうううと音を立て、風の車輪__天狗輪入道が目にも止まらぬ速さで走り出した。
まずは風神が三の字を、次に凍神が米印を、そして燃神が∞の字を書くようにそれぞれの尾を動かした。竜巻が起こり、氷柱が降り注ぎ、最後に火の玉が燃え盛った。
しかし、輪入道の動きは止まらない。
「チッ、厄介なこったぁ。」
燃神が煙を吐いて言った。
「えっと…、この流れでいくと、幽神は来るんだよね?」
壁神は三柱に問う。しかし、誰も目を合わせようとしない。
「え…うそでしょ…。」
「いやぁ、来ると思うんだけどなぁ。」
「幽神だぞ?どこかで酔っ払って寝てんだろ。」
「…。」燃神の言葉に凍神は黙って小さく頷く。
すると、
「呼んだぁ?」
呂律の回ってない声が四柱の耳に入る。瓢箪を持った白羊がひょこりと現れた。
「お、噂をすれば。」と、風神。
「へへ〜、ぼくはなにすればいいのぉ〜?」
「筆しらべだ。筆しらべ。」と、燃神。
「りょ〜かい〜。」
幽神は線を横に二本引くように、その尻尾を動かす。やけに心地の良い霧に包まれ、輪入道も含め、そこにいる全員の動きが緩慢になる。
「あ゛〜、ッぱこれだよなぁ〜。」
「きもちぃ〜…。」
「良い…。」
燃神、風神、凍神の三柱は和やかな心地で佇んでいる。壁神は大きな欠伸と共に伸びをし、輪入道に向き直る。
快い霧の中を白猫は駆け抜け、小型肉食獣の鋭き爪と牙で天狗輪入道を切り裂いた。
「は〜、よかった。本当に皆、ありがとう!」
助けてくれた強力な仲間達に壁神は感謝する。
「礼には及ばないぜ、壁神。今日のお前にはやらなきゃなんねぇことがあるんだろ?その邪魔は誰にもさせねぇってわけさ。」
燃神はさらに続けて言う。
「お前のその燃える想い、撃神の野郎に伝わると良いな。」
「オレができるのはあくまで君の後押しだけだけど…、がんばれ、壁神!」
風神は壁神の大体肩辺りをポンと叩く。
「…お前の想いは…永遠に凍らぬだろう…。」
凍神は静かに、しかし力強く壁神を鼓舞する。
「えぇ~!?壁神ってぇ、撃神のこと好きだったのぉ〜!?」
幽神はひとりだけ驚いたような顔をして、そして、「がんばれ〜」と壁神に笑いかけた。
「皆ありがとう!」
壁神は四柱に手を振るかのようにして、想い人の元へ走り去っていった。
走り続けていた猫の表情がぱっと明るくなる。撃神のいる御殿が見えてきた。しかし、喜んだのも束の間、小さな滴が壁神の頭に落ちたと思ったら、滴は滝へと変わった。
濡れるのが嫌いな壁神は、突然の大雨で雨宿りが出来ずもう既にびしょ濡れになってしまった。
「…なんで。」震えながら壁神はポツリ。雨か涙かも分からない滴がそっと垂れる。
「なんで、なんで、こんな時に雨が降るの!?撃神に好きって言おうと思ったのに!なんで、今日に限って妖怪がたくさん出てくるの!?なんで、こういう日に不幸なことばかり起きるの!?」
壁神は黒い雲に覆われた天に向かって溜まっていた鬱憤を吐き散らかした。惨めな白猫をさらに嘲笑うかのように雨は激しさを増す。
雪のように白かった毛は汚れ、先程花神達からもらった花の首飾りも萎れてしまった。想い人の顔を思い描いては、黒く塗り潰した。
もう一歩の所で届かない。拒絶されることを恐れ、愛する気持ちに向き合うことから逃げてきたツケが回ってきたのかもしれない。
そんな絶望の淵に立つ白猫を連れ戻すかのように、突如黒雲の間を引き裂いて光が差しこんできた。
紅く燃える大いなる光が空で優しく微笑んでいる。如何なる神すらも慈しむかのように。
白猫は天を見上げる。彼女の心を覆っていた雲も切り開かれていく。壁神の目には雲一つない空が映っていた。
「慈母…?」
壁神が呟くと、その名の主らしき声が背後から聞こえた。振り向くと、綺麗な炎を纏った鏡の神器を身に着けた、神々しい白狼が立っていた。アマテラス大神である。そして、その後ろには自分を助けてくれた仲間達が横一列に並んでいた。
アマテラスは下向きに二本線を並べて引くように尻尾を動かす。また雨が降ってきたが、今度の雨は嫌な雨ではない。寧ろ、壁神の汚れを洗い流した。
今度は風の通り道を描くように小さく尻尾を振る。どこまででも優しい風が壁神を撫でる。全身が乾き、壁神は尻尾をゆらりと揺らす。
最後に壁神の首に向かって丸を描く。大雨で萎れた撫子は、また風情を取り戻し、壁神の首元を彩るかのように咲き誇る。
「慈母…、皆…、ありがとうございます…!」
神々に向かって壁神は深々と頭を下げる。筆神達は口々に壁神への励ましの言葉を送る。そして、アマテラスは古拙の笑みだけを浮かべ、壁神の頭をそっと撫でた。
仲間達の協力を得て、壁神はついに撃神の元にたどり着いた。勇猛な白虎は鍛錬の間でひたすらに矢を打っていた。彼の打つ稲妻の矢は的だけでなく、壁神の心の的も射抜いていた。壁神の心に電撃が走る。
「げ、撃神!」
壁神は大きく息を吸って、自分の心音を聞きながら想い人の名を口にする。撃神は弓を引くの止め、壁神の方を振り返る。
「壁神か。どうした?」
撃神は壁神を真っ直ぐに見つめる。その眼差しが壁神の心を痛いほど締め付けてしまう。
「あ、あのね、わたしね、撃神に言いたいことがあって…。」
壁神は彼を見上げる。体中が熱くなり、心臓が速くなるのを感じる。
愛してる。だからこそ、怖い。撃たれたこの心を君に打ち明けてしまうのが。それでも、言わなければならない。皆に助けられてここまで来たのだ。どうしてそれを蔑ろにできようか。
壁神はまた深呼吸をする。そして、やっとの思いでその言葉を口にする。
「わ、わたしね…、ずっと、心が雷に撃たれたみたいだった…。撃神がわたしのこと守ってくれたり、一緒に居てくれたりした時、うるさいほど心臓が鳴ってた。それでね、撃神が弓神や濡神ちゃんと話してる時、靄がかかってるみたいな気持ちだった。…ええっと、つまりね、わたしね、」
壁神は胸に手を当て、呼吸を整える。
「…わたし、撃神が好きなの…!ずっと、ずっと、ずうっと大好き!!」
言い切った壁神はその場で倒れ込みそうになる。立っているのもやっとだった。
撃神は壁神を変わらず見つめていた。すると、白虎の顔は段々と赤くなっていった。
「…先越された。」
撃神は呟く。そして顔を押さえ、その場にしゃがみ込む。その言葉の意味を察し、壁神は顔を赤らめる。
「へ?」
「…俺も、お前が好きだったよ…。ずっとな。」
撃神は再び立ち上がり、先程よりも真剣な眼差しで壁神を見つめた。
壁神の目から温かい涙がこぼれた。撃神は何も言わず、虎の大きな身体で猫の小さな身体を優しく包みこんだ。二柱の尻尾と尻尾が絡み合う。互いの体温を感じ、ただ幸福だけが二柱の心を満たしていた。
その様子を、筆神達は皆、涙をこらえきれずに柱の陰から見守っていた。
今宵は宴である。撃神と壁神の成就を盛大に祝っていた。弓神が餅をつき、濡神が酒を造った。桜花三神が音楽を奏で、断神は剣舞を演じる。夜空には花火まで上がっている。
壁神は隣で笑う撃神を見つめながら、ここまでの用意をしてくれた皆、特に自分の為に筆神達を集めてくれた友人の弓神に対し、感謝の気持ちでいっぱいだった。
宴好きな筆神達は、誰が主役なのかも忘れ飲んでは歌ってはの大騒ぎでその晩を過ごした。
そんな中、弓神はひとり夜の空を見上げ一言。
「こんな素晴らしい宴の夜は、月がいなくちゃ。」
そして、天に向かって弧を描くよう尻尾を動かした。弧は金色の光放ち、やがて三日月へと変わった。
月も二柱を祝すかのように、閑麗な光で地を照らし、夜空で輝いていた。
撃神と壁神は宴を抜け出して、明るい夜空を眺めていた。
「壁神…、その花…。」撃神は壁神の首元を見て口を開く。
「あぁ、これ?花神達がね、告白する時は可愛くした方がいい〜って、わたしにくれたの!」
壁神は月の光にも負けないくらい明るく笑う。それを見て撃神の口元も緩む。
「すごく、似合ってる。…可愛すぎんだろ…。」
「か、可愛い!?あ、花がってこと!?」
「何言ってんだ、お前に決まってんだろ。」
壁神の顔がまた真っ赤に染まる。その様子が撃神の心をさらに刺激したらしい。
撃神は壁神にそっと口づけをする。壁神の心臓が爆発しそうになる。
「ずっと、こうしてみたかった。」
撃神は壁神を真っ直ぐに見つめて微笑む。心臓の鼓動が抑えきれない壁神は恋人の顔を直視できずに呟く。
「…わたしも。」
尻尾だけを小さく揺らす。愛くるしい白猫の姿は白虎の心をさらに揺さぶり続けた。
月夜が照らす中、二柱はまた口づけをした。
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