猫可愛がり

草原の朝露が小さく光る頃。一匹の白銀の猫が長い尻尾をぴんと立てて歩いていた。その猫は一見普通の猫のようである。しかし、よく見てみると羽のようなものや紅色の隈取が見えてくる。
太陽神アマテラス大神がヤマタノオロチの戦いで負傷し、十三の筆神に別れ、各地に散らばったという伝説がある。実はこの猫こそ、その筆神の中の一神、壁足を司る壁神なのである。 太陽の光を受けて壁神の美しい白毛はよりいっそう輝いてた。

壁神が心地よい朝の草原を楽しんでいると、向こうの方に大福のようなものが見えた。壁神がそうっと近づいてみるとすぐに“ソレ”の正体に気づいた。そして、壁神は身を低くし、その瞳孔が開く。その姿はまさに獲物を狙う猫そのものであった。
壁神が大福に忍び寄る。一定の距離に来たら一気に距離を縮め、大福に飛びかかる。そうして大福を捕まえ…られなかった…。
壁神が不思議そうに首を傾げると、後ろの方で声がした。幼子のような声である。壁神は振り向く。
「よし、これでおれの九十六勝四敗だな!」
「あー、また断神に逃げられちゃったー。今回はイケると思ったんだけど。きみって本当すばしっこいよね。」
「断神」と呼ばれた大福は白銀の鼠の姿をしており、壁神と同じような隈取をしている。そう、この鼠も筆神の一神で、筆しらべは横一文字に筆を引くと対象を断ち切る「一閃」である。
「ふん、まぁな。」
断神が誇らしげに言う。とても小さな体ではあるが、自信の大きさはどの筆神よりも勝っているかのようだ。
「おっと、そうだった。今夜もちゃんと来いよ。」 「う、うん…。」
断神の誘いにあまり乗り気ではなさそうに壁神は答えた。

月の光が妖しく照らす夜。壁神は断神の元へと向かっている。蒼白の尻尾は機嫌が悪そうに激しく揺れている。 壁神が着くと、断神がすぐに出てきて言う。
「入っていいぞ。」
ニヤリと笑う鼠と浮かない顔の猫はなんとも滑稽だった。

(はあっ。はあっ。体が、熱い。断神、激しすぎる…。) 壁神がすっかり疲れ切って倒れ込んでいる。相当な運動を行っていたのだろう。
一方、断神の方は元気そうである。壁神に向かってこう言う。
「壁神!今休憩したらあともう一回やるぞ!」 「…え…まだやるの…?」
ものすごく嫌そうな顔で壁神は言った。尻尾の振り具合が尋常ではない。

「うん、やはり、壁神とやるのが一番いいな!“鍛錬”というものは!!」
断神が目を輝かせて言った。その声は一段と甲高い。さらに続ける。
「壁神がおれを狙う時、本当に『あ、やばい、食われる。』という感覚があるんだよな。だから一番実戦時のように戦えるのがいい!」
「うわーん、わたしその話何回も聞いたよ〜。」
壁神が泣きながらそう言うと断神は立ち上がり、また激しい鍛錬が始まる。
ケガはするし、疲れるし、壁神には何が楽しいのかさっぱりである。しかし、武人気質の断神は己の力がついていくのが分かるのが気持ち良いと言って聞かないのである。
___そうではあるが、嫌々ながらも結局断神に会いに行くのは、壁神にとっても楽しいからなのであろう。

子の刻だろうか。断神の時計が鳴る。
「あぁ、もうこんな時間か。今夜もありがとな、壁神。」
「うーん、じゃあねー。」
一刻も早く自分の布団で寝たい壁神は、挨拶を軽く済ませ急いで帰路につく。

壁神の帰った物寂しい鍛錬場の中で白い鼠は呟く。
「はあ、今宵も壁神と夜を共にできなかったか…。」
断神はいつも“その気”で壁神を誘うのだが、いざとなると言い出せなくなるのであった。
(次こそは、壁神!お前と…!)
そう意気込む小さな背中はなんとも可愛らしいものである。
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