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マレビトとして来ちゃった島で奇跡を起こすまで

「あ、璃空さん」
「貴女は、マレビトの……」

【赤紫】で働くにあたって、色々とお話が聞ければと隣人の扶桑さんを探しに黄泉に向かう途中、黄泉への入り口【クナド】で璃空さんに出会った。

「ここは、軍が管理しているんですか?」

先ほどから、通る人たちは皆何かを璃空さんに見せてから階段を降りていく。

「はい。黄泉へ御用ですか?」
「あー、えっと……【赤紫】で働くにあたって色々と知ってそうな人に話を聞きたかったんですけど、黄泉へ行ったと聞いたので」
「そうでしたか…黄泉へ降りるためには通行手形が必要となります。それに、手軽に降りていいような良い場所ではありません」

(やっぱり、黄泉と言うからには良い場所ではないんだ……でも、そんな場所に扶桑さんが用事があって行くようなこと、あるんだろうか…………わかんないなぁ)

黄泉、という場所は思ったよりよくわからない場所で、私にとってはやっぱり不気味な存在であることには変わらない。
璃空さんの言葉を聞いて、やはり追いかけるのは止めて戻ってくるのを待とうと踵を返すと璃空さんに呼び止められた。

「【赤紫】についてでしたら、我が【青】の珠藍大師や【赤】の慈眼大師もお詳しいです。元々、【赤紫】は【青】と【赤】から産まれた色層ですから」

彼の言葉に、そうかと気付く。
新しい色が生まれる時、必ず原色は関わっているはず。
ならば色々と知っていても不思議ではない。

「でも、お二人ってかなりお忙しいのでは?」
「慈眼大師は分かりませんが、珠藍大師は本日の午後は少し時間があると聞いています。よろしければ、俺から連絡しましょうか?」
「え、いいんですか!?」

珠藍大師は、正直ミステリアスな人だったので仲良くできるか不安な人ではあるが、同じ女性同士の方が色々と聞きやすいかもしれないとも思った。

(初対面も、結局は直接言葉交わしたのは一言、二言ぐらいだし……ちゃんと話せば仲良くなれるかもしれないよね…)

「璃空さんが良ければ、ぜひお願いいたします」
「承知した…………しかし、何か、その……堅苦しいな」
「え?」

(軍人は皆、こういう話し方じゃないの? すごく気遣って話してたんだけど、もしかして違った?)

「いや、その…朱砂から貴女が【赤紫】になったと聞いた時は驚いたが、奴から聞いた話では貴女はもっと……」
「??」

言葉の続きを待ったが、彼は急に私から顔を背けてしまいどうしたらいいのか分からない。

「……と、とにかく! 敬語で話す必要はない! 俺は勤務中のため仕方ないが、貴女まで合わせる必要はない、と言いたいだけだ!」
「は、はい!」

顔を真っ赤にして手で口元を抑えながら言う彼の姿に、笑ってしまいそうになったが、矢継ぎ早に告げられた敬語ではなくて良いと言う言葉に思わず元気良く返事してしまった。

「「……っあははは!」」

敬語で話さなくていいと言われたばかりなのに、つい癖で返事してしまい、互いに顔を見合わせて笑った。
どうやら、顔を真っ赤にした璃空によると彼の口調が堅いのは、意識してそのように振る舞う癖がついてしまっているとのこと(生まれながらの軍人気質、とでも言うのだろうか)。
友人たちは、気にせず自由に話していると聞いて、軍人さんたちの中にも普通の人たちがいることも知れて良かった。

「軍の人って、堅苦しい印象だったからそう言ってもらえて気がラクになった。じゃ、改めてこれからもよろしく、璃空」
「こちらこそ、よろしく頼む」

(璃空って、想像以上に真面目なのかも)

下手に顔を赤らめている姿をからかえなかった。
これが、朱砂や玄葉なら遠慮なくできただろうに。
そんなことを思いながら、私は璃空が珠藍大師に連絡をとってくれている間、その返事がいつ来ても良いように家で待機することにした。










「お待たせしたかしら?」

伊舎那天で初めて会った時と同じ、青い服に白いファーが映える珠藍大師とは崖の下にできたという新しいカフェで会っていた。

「いえ、先ほど来たばかりです。お忙しいところすみません」
「あら、殿方のようなことを言ってくれるのね」

海が見える景色の良い場所に、二人して腰掛ける。

「璃空と仲良くなったのね。嬉しいわ」
「珠藍大師とも仲良しなんですか?」
「面白いことを言うのね。仲は良いけれど、貴女とは違う仲良しね」

意味深な言葉に、首を傾げる。

(私とは違う…友達ではないということ? でも、璃空の言い方からして二人が付き合っていると言うような印象ではなかったように思えたけど……)

「ふふ…混乱させてしまったかしら? あの子は、この【青】の次期長にと思っているのよ」
「あ、後継者ってことですか?」
「そうなるわね」
「じゃあ、親子みたいな感じなんですか? 歳近そうですけど」

素直に思ったことを述べると、珠藍大師は運ばれてきた花茶を一口飲んでから声を上げて笑った。

「本当に、殿方に口説かれているような気分になるわ」
「え、すみません。そんなつもりで言った訳ではないんですけど……ご不快でしたか?」
「不快なら、こんなに声を上げて笑ったりしないわ」
「なら良かったです。珠藍大師って、もっと達観したような人かと思っていたんですけど、意外と普通なんですね」
「そうかしら? それは初めて言われた言葉だわ。私が、普通に見えるの?」
「はい」
「……本当にマレビトね…失礼、今はセツカと名乗っているのだったわね」
「はい、前長の扶桑さんに名付けていただきました」
「良い名をいただいたのね……それで、彼に聞きたかったことというのを、私に聞きたいと聞いたのだけれど?」

すっかり本題のことを忘れていた。
昔中華料理で飲んだことがある工芸茶と同じ、お湯を入れると花が咲く紅茶に見惚れながら珠藍大師と話していて、世間話だけで会話が終わってしまうところだった。

「マレビトはこの島に何らかの奇跡を起こすと聞きましたが、今の私にそんな力があるとは思えません。ですが、せっかく私の身元を引き受けてくださった【赤紫】には何か貢献したいんです」
「でも、具体的にどうしたらいいのか分からないのね?」
「……はい。ですから、それぞれの色層に特徴があるようなので、【赤紫】の特徴を知った上で私にどんな仕事ができるのか考えようかと」

最後の方は、焦るように早口になってしまったが、きちんと私の考えは伝わっただろうか。
珠藍大師には初対面で衛兵を退けて逃亡する姿を見られていたため、この世界で働く気のないプータローとは思われたくなかった。
もしそう思われているのだとしたら、そのイメージを変えたいという思いが先走ってしまったが。

「……貴女のいた国では、女性もどんな仕事をするのか考え、選ぶことができるの?」
「?はい、力仕事などはやはり男性の方が良いかもしれませんが、事務作業などは女性の方が多いかと…」
「結婚は、考えないのかしら?」
「あー、確かに結婚して退職される方は多いと聞きます」
「貴女は、結婚することは考えていないの?」
「はい、全く」

(現実に戻れるのがいつになるかはわからないけど、時間がかかってしまえばまずは大学のやり直しからだろうから、そのあと就職してお金を貯めてから結婚を考えるとしても……うん、今この世界で考える必要のないことで間違いはない)

帰ることを諦めたことなど、この世界に来てから一度もないのだから、この世界で結婚するという考えになることもない。
そう思い言い切った私に、珠藍大師は大きなため息をついた。

「貴女はマレビトであるのと同時に、この島での貴重な独色の女性なのよ?」
「はい、そうですね」
「色を、子孫を残すことも【赤紫】に貢献することの一つだとは思わないのかしら?」
「それは他の女性に任せます。私は、私にできることを」
「……この島で、貴女のような考え方をする女性が、果たして何人いるのかしらね…………」

その後、仕方なさそうに珠藍大師は【赤紫】について色々と教えてくれた。
少しだけ、【紫】の色についても。
色々な状況が重なり、現在は一名の生き残りを除いて全滅したのだとか。
その一名も色の犯した罪を被り、黄泉で永遠に生きることを余儀なくされていると。
そして、【紫】は薬学に優れた一族だったと。
その穴を埋めるために、【青紫】【赤紫】は現在特に密に協力し合っているとも。
【赤紫】は元々、【赤】が発見した鉱物などを加工するような工業地帯だったようだが、急に薬学もと言われてさぞかし苦労しているようだ。

「では今は、薬学と工学に優れた色ということでしょうか?」
「薬学については、【青紫】の手伝い程度のようよ。それよりも医術で使用する備品などを作る方が【青紫】にとっては必要でしょうから、それを【赤紫】にしてもらう分は向こうが引き受けているのでしょうね」
「薬学が進歩しないのは困りますよね…この世界って、変な病があると聞いたこともありますし」
「剥(ハク)のことね。この天供島を蝕む難病よ」
「罹患の原因も不明だと、街の人たちが噂しているのを聞きました」
「そうね……突如発症するのが主だけれど、死体を放置すると感染することが確認されているわ。だから私たち【青】の抜の力が必要とされているのよ」

抜…人を晶へ変える力。
正確には、人の体から魂を抜き出しそれを結晶化させる技術。
今、私の中には一つの赤紫色の晶がある。
それは、男性だったのか女性だったのか、どんな人だったのかすら晶になった後は誰もわからないのだという。
晶は話もしないし、体内に入れても特に夢を見ることもなければ、体に異変もない。

(入れた初日は、夜疲れすぎていて泥のように眠ったけれど、次の日は緊張して眠れなかった……人の魂を結晶にするなんて、【青】は不思議な力を持っている)

「赤紫色の人で、それをできる人って存在するんですか? 絶対に青色の人だけができる不思議な能力なんですか?」
「稀に、他の色で抜の力を受け継ぐ物が現れることはあるわ。けれど、ほぼないわね。だから私たちは、よりこの力を守り受け継いでいくために結婚を大切に考えているのよ」
「あ、私は決して結婚を蔑ろに考えていたわけではないですよ!? ただ、結婚して子を産むよりも、他にできることがあればそちらを先にやりたいと私が思っただけで……」

(そういえば、私の年でこんなに結婚って言われるのなら、珠藍大師は後継者も作るぐらいだし、既婚者なんだろうか…? この世界の人たちは、別に結婚したからと言って指輪をする習慣がないらしく、既婚者か未婚者かの区別がつかない)

そう考えると、一目で既婚者とわかる指輪って実は便利だったのかもしれない。

(手や腕周りに装飾があると、そっちに気が入ってしまうからあまり得意じゃなかったから、結婚して指輪するのちょっと億劫だなと思っていたけれど…宣言しなくても結婚していることを周囲に認知させられるスーパーアイテムだったんだな……)

そんなことに感心している場合ではなかった。

「とにかく、研究についてなら少しは私でも力になれることがあるかもしれません……まだ学生の身ですから、どこまでお役に立てるか分かりませんが…マレビトとして、ではなくセツカとして頑張ってみます」

お忙しいところ、お話を聞かせていただきありがとうございました。
礼の言葉とともに私は席を立ち上がった。

「あら、もういいのかしら?」
「はい…あの、もしご迷惑でなければまたお誘いしても構いませんか? 次は、ただの世間話になっちゃうかもしれませんけど」
「ふふ、もちろんよ。いつでも声をかけて頂戴。待っているわ」

さっさと勘定を済ませようとしたのだが、珠藍大師に奢ってもらってしまった。
珠藍大師に「私にも殿方らしく貴女をエスコートさせて頂戴? 貴女ばかりではずるいでしょう?」とよくわからないことを言われ、渡そうとした私の分の代金はかわされた。

「うーん……手強い」

次は私が奢りますと強く言えば、あら嬉しいと返される。
やっぱり珠藍大師はミステリアスな人かもしれないと思わずにはいられなかった。








「黄泉への通行手形が欲しい?」
「欲しい」
「そうか…………」
「何勿体つけてるんだよ、朱砂。もうできてるんだろ?」

珠藍大師とお茶をしながら、【赤紫】について色々とお話を聞かせてもらった次の日、仕事のためにもと黄泉へ行くための通行手形の申請をすべくコトワリへ来ていた。
しかし、頼んだところ朱砂の部屋の横の扉からひょっこり開き出てきた玄葉が言った言葉に、思わず目を見開いて二人を交互に見た。

「エスパー!?」
「必要になるだろうなと思っていたからな。セツカの戸籍申請と共に、通行手形の申請も行っていた」
「さすが朱砂、手際良いね」
「何しに黄泉へ行くつもりだ?」

朱砂の言葉に、コホンと私は大袈裟に咳払いした。

「昨日、【赤紫】について色々と調べてたら黄泉への物資提供とか供給とかも行ってるらしいから、どんな風に運ばれて使用されているのか見てみたいなと思って。私にできることを探すためにも、現状把握は必要でしょ?」
「正論だが、【赤紫】が工業を生業としていることをどこで?」
「珠藍大師」

そういうと、玄葉が飲んでいたコーヒーを吹いた。

「おまっ……この間から妙な人たちとの縁が強いな」
「まぁ、珠藍大師なら色々と詳しいだろうが」
「【紫】の色の生き残った人も黄泉にいるって聞いたよ」
「……そうだな。いるな」
「できるならその人にも会って、薬学のこととか教えてもらいたいし」
「まぁ、詳しいだろうが……」
「あれ、二人とも知り合いなの?」
「「知り合いっちゃあ、知り合いだが……」」

なぜ言葉を濁す。

「まぁ、悪い奴じゃない」
「敵に回さない方がいいな」
「それ悪いやつじゃないの?」

私のツッコミをスルーして、二人は何やらコソコソと話している。

「丁度良い、そろそろオランピアも来る頃だろう。俺たちは用事があって黄泉へ行くところだった。四人で行かないか?」
「え、なんで急に…しかも四人で?」
「まぁまぁ、初めての黄泉はガイドがいた方がいいと思うぜ?」

実際、黄泉がどんなところか今一つ分かっていないので心強いのは心強いのだが、この二人がその前にコソコソ話していたことが私に素直に返事するのを躊躇わせる。

(なーんか企んでそうな気がするのは何でなんだろう……まぁ、行ってみればわかるか…やばそうなら、すぐ帰ろう)

「行く」
「よし、決まりな! じゃあ、オランピアが来るまで俺の部屋でコーヒーでも飲むか?」
「ぜひ」

こうして、オランピアがコトワリに来るのを待って朱砂、玄葉、オランピア、私の四人で黄泉へ行くこととなった。




「オランピア、改めて初めまして」
「こちらこそ! 浜辺に打ち上げられてから、色々あったって朱砂たちから聞いてるわ。私でよければ何でも力になるから言ってね」
「ありがとう、すごく心強い」

最初にこの天供島で目覚めた時にいたオランピアは、完璧なコスプレイヤーだと思ったが今見ると可愛さと綺麗さを兼ね備えているなと、改めて彼女に見惚れた。

「って言っても、私もついこの間までこの島について知らないことが多かったから、まだ勉強中なの」
「そうなの?」
「オランピアは【白】ですから、彼女は元は天女島の住人ですからここのことを知らないのも当然です」
「あ、島って天供島だけじゃないんだ……それは初耳」
「天女島は、自然が多くてとても綺麗なところよ。セツカのいたところは、どんなところだったの?」

オランピアからそう問われ、返答に困った。
大学生活では課題に追われて、正直遊ぶ暇もなかった。
周辺の地理なんて家から大学までの道のりしか知らないし、どんなところかと聞かれても閑静な住宅街とショッピングモールがあったぐらいしか答えようがない。
思えば、自分の住んでいる地域が何に特化しているとか、特産物が何かとか、そんなことを気にしたこともなかった。

(いた時は、そんなこと知る必要もないと思ってたし…気にしたこともなかったけど……こうして違う土地に来た時に、それを答えられないって何か恥ずかしい……)

「あー、えっと……」
「オランピア、彼女はまだ記憶が全て戻ったわけではありませんし、彼女が思い出してからゆっくり話を聞いても良いのでは?」
「あ、ごめんなさい! そうだったわね。つい、気になってしまって」
「いやいや、自分の住んでいたところについては覚えてるよ……ただ、この島に住む色層ごとにある特色や、天女島みたいな自慢できるような部分があったかどうか、知らないんだよね」
「そうなの?」
「そういうの、知らなくても生きてこれたから、知る気もなかったというか…無関心だったというか……でも、オランピアの話を聞いて、それって恥ずかしいことなんだなぁって思っていたの」

彼女には、適当なことを言って会話を有耶無耶にしたくなかった。
折角朱砂が出してくれた助け舟を蹴って、私は正直に今の自分の気持ちを精一杯言葉にしてみる。

「私は自分のいた場所に戻ることを諦めたつもりはないから、いつか必ず帰る。そうしたら、自分の住んでいたところが何を特産物にしているかとか、何が有名だとか調べてみる。それで、もう一度ここにきてオランピアに話すね? で、オランピアが面白そうって思ったら、こっちに遊びにきて欲しいな」
「もちろんよ! セツカが育った場所、とっても気になるわ! 駅があるって聞いた時から、すごく興味があったの!」
「あぁ、電車? そんなのどこにでも走ってるよ。みんなの交通手段だから」
「どこにでも走っているものなの!?」
「え? あー、えっと…線路っていう、電車についている車輪専用の道を敷いてその上を電車が走るの。だから、その線路の合間合間に停留所があって、そこを駅って言うんだけど……」

電車を知らない人に、どうやって説明したものか。
生まれた時から当たり前に存在し、動いているものを知らない人に説明するのは難しい。
原理を知っていつも乗っていたわけではないし。

(あんなに毎日乗り換えながら使ってるのに、ろくに説明もできない…)

「本で読んだことがあるの! ポッポー!って音が鳴るのよね!?」

興奮気味なオランピアは、楽しそうに自分の頭上に手を置き、効果音に合わせて手を上下させる。
多分、おそらく蒸気機関車の汽笛のことを言っているのだろう。

「いや、私が知ってる電車は蒸気出さないけど……もうちょっと昔だったら、そう言うのが走っていたって言うのは海外ドラマとかで見たよ」
「海外ドラマって何!?」

(やばい、また何か彼女のスイッチ踏んだ……)

オリンピアの第一印象:可愛くて綺麗な完璧コスプレイヤー
オランピアの第二印象:元気いっぱい好奇心MAX

(そういえば、初対面の時から慈眼大師に楽しそうに話していたし、第一印象から元気いっぱいだったかもしれない)

そんなことを思いながらオランピアと話していると、あっという間にクナドに着いたらしい。
私は、先ほど朱砂から渡された綺麗な通行手形を軍人に見せると、すんなり通行の許可が出た。



深く、だんだんと暗くなっていく階段を降り続けると、突然開けた場所へ出た。




「セツカ、ここが黄泉よっ!!」



オランピアが両手をいっぱいに広げてくれたところから、視界が上に上がっていく。
降りた分以上の広い天井が広がるここは、元はだだっ広い洞窟だったのだろうか。
人の手により、そこは地上と変わらない明るさと江戸時代の町民たちが住んでそうな平屋が目立つ街が大きく広がっている。
どことなく、ドラマや映画で見たような赤い屋根や、行灯の光が太陽の光が一切届かないこの場所が遊郭や花街を彷彿とさせられる。
しかし、どちらにせよ私が思い描いていた黄泉とは全く違うようだ。
ここは地獄どころか、下手をすれば地上より文化の発展した街なのではないだろうか。

(そもそも、どうやってこんな地下にいっぱいの家を建てて、外より暗いとはいえ昼のような明るい光を取り入れることができているの。行灯の光では届くはずがない……電気が、この世界にはあるのだろうか)

「黄泉って、なんで太陽ないのにこんなに明るいの?」

だが、私が呟いた言葉は小さすぎて黄泉の賑やかさにかき消されてしまう。

「おーい、さっさと来い。置いてくぞー」
「……ま、今はいっか…………今行く」

私は小走りで三人の元へ駆け寄った。

「あのねあのね、死菫城シキンジョウっていうお湯屋があってね! そこの料理はとっても美味しいの!」
「そうなんだ……って待って、紫禁城?! 中国の歴史建造物をここに建てちゃったの!?」
「ちゅーごく?」

ハッとする。

(そうだった……オランピアたちは日本のことは知っていても、海外のことは知らないんだった…………いやでもじゃあなんで紫禁城? 学生の頃の世界史が今走馬灯のように駆け抜けていって記憶から追い出されたよ。びっくりするわ)


「セツカ、多分お前の思う城じゃない。湯屋だよ、かなり効果があって上の住人もわざわざ通行手形を作ってでも通いたがるぐらいにすごいんだ」

朱砂の言葉に、なるほどと思った。
確かに、上には娯楽らしい娯楽施設がなかった。
あっても、日時計広場の屋台ぐらいだろう。
黄泉に来た方が、楽しい思いはできるだろうと思った。


「着いたぜ、ここが死菫城だ」
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