ピオフィ短編

「ツモ、リーチのみです」

ここは、夢の中。
なぜそうだとわかるのか。
それは、ここが空中に浮いた雀卓で、周りには何もない空間が漂っていて私と赤髪のチャイナ服を着た男性、帽子を被った白スーツの男性、隻眼の男性の四人でその卓を囲っている。
この異様な空間を夢と言わず、果たして何と言うのか。

「…………」
「………………サイコロ、振ります」

麻雀は、ルールは知っていてもゲームで打てる程度で、実際の卓についたことなど一度もない。
サイコロを振るというルールも、今日初めてチャイナ服の男性から教えてもらったばかりだ。
しかも不思議なことに、チャイナ服の男性とは意思疎通が取れるのに、残りの二名には何を言おうともどうしようとも反応がない。
反応がないことは、先ほどチャイナ服の男性が確かめた。
先程まで手に持っていた鋭い武器で二名をぶった斬って。

(死ぬどころか、実在しないみたいにふわふわしただけで、血飛沫も何も出なくて本当によかった。目の前でスプラッタでも見せられるのかと……)

この時点でもう、夢でしかあり得ないと私は確信した。
現実で、こんな目の前で人を急にぶった斬るような人に出会いたくはない。

「…………つまらんな」

チャイナ服の男性は、牌を捨てながら長くため息をついてからそう零した。

「……」
「お前、何か話せ」
「え、私?!」
「お前以外、話せるものがいないだろう」
「…………えーっと…」
「早くしろ」

彼の横に座る私は、彼が牌を捨てたら次は私の手番だ。
牌が積まれた山から一個を持ってきて、いらないものを捨てなければならない。
私がしないと、次の人が進められないのであまり時間をかけられないのだけど、何か話せと言われて考えながらでは気が散漫になる。
早く牌を捨てたほうがいいのか、早く話して欲しいのか。
きっと両方なのだろう。
東、と書かれた牌を捨てながら私は最早条件反射のような言葉を吐き出した。

「貴方の、お名前は?」
「ポン」

捨てた東を鳴かれた。

「……ヤン

(びっくりした。一瞬名前ポンさんかと思った。楊さんね)

「楊さんは、このお二人とも知り合いですか?」
「…………知り合い、ではあるな」
「私、誰とも知り合いじゃないなぁ…どうやったら、ここから出られるんでしょうね」
「これだろうな」

そう言って、彼はまた牌を捨てる。

「さんをつけるな。気色悪い」
「え、でも……」

目でギロリと睨まれてしまえば、従うしかない。

(そういえば、今初めて目を見たけど……お月様みたいな色の目だなぁ…)

また牌を捨てて、手番を回していく。
私の牌は、ちっとも進まず数字が疎らに並んでいる。

「カン…………ツモ、嶺上開花」
「げっ」

私の捨てた牌にカンをした楊さん……楊は、そのまま取ってきた牌でアガリだったらしい。

「……点数、高くないですか…」
「倍満だな」
「…えげつなっ」

ジャラジャラと、牌が混ざっていく。

「これ、次で最後の一局ですけど……これが終わったら、この変な空間も消えると思います?」
「……さて、な」
「楊さん……楊、すごく冷静ですよねずっと。私なんて焦りっぱなしで」
「その割には、何度かあがっているだろう? 俺の後ろをついてきているではないか」
「いやぁ、これは正直運が良くてあがれているだけですよ…こうやって実際の牌を使って打つのは初めてなので」
「…………」
「あ、ダブルリーチです」
「……ポン」
「楊、ポン好きですね」
「………………」
(何か喋れって言う割には、返答返ってこないんだよねぇ…別にいいけど)

ふぅ、と少し息を吐いた彼はチラリと私を見る。

「さて……何で待つ、か…」

どうやら私の牌が気になっているらしい。

「だがまぁ…俺があがれば、同じこと……」

そんなことを言いながら、彼は牌を引くと指先だけで牌が何かを確認すると、ちらりと指を退けてその牌を見る。
そして、ニヤリと笑い手牌の中にそれを入れると、彼は捨て牌を横に向けて堂々と宣言する。

「リーチ」

私のダブルリーチから、僅か二巡の出来事である。

「ロン、リーチ一発」

そして、あがったのは楊。
私のダブルリーチは無惨に消え去り、彼の一人勝ちということで勝負は終わる。





「あ、やっぱり…………夢、だったんだ」

点棒を楊に手渡した後、すぐに私は目を覚ました。
そして、やっぱりさっきのは夢だったんだと安堵して、安堵して……

「楊の手……あったかかった………………」

ただの夢。
分かっているのに、もうちょっと彼と話してみたかった気もするのは何故だろう。
そして、次の日の夜にその願いは簡単に叶うこととなる。








「……どーも」
「………………………………またか」

すっごい長い溜息の後、彼は渋々雀卓にある四つの牌のうち一つをひっくり返し、「北」の場所へ座った。
私も同様に、牌を一つ選ぶ。
ゲームで麻雀をする時にはこんなことをしないのだが、本来最初の席決めはランダムになるようこのような形らしい。
「南」、彼のちょうど向かい側に私が腰掛けると、またどこからともなく帽子の男性と隻眼の男性が現れてサイコロが振られる。



・・・・・・・・・・



ラスト対局、今日も楊の一人勝ちかと牌を捨てながら思っていると、ふと彼の足と私の足がぶつかる。
彼の長い足が、私の靴にぶつかったのだろう。
仕方なく、足を少し下げるがまたぶつかる。
は?と思い、牌を見ていた視線を向ければ、彼は薄く笑みを浮かべていた。
そして、彼は手番に牌を捨てながら、私の足に自分の足を擦り付けてくる。

(何してんの、この人!?)

すぐにまた私の番が来たため牌を取るが、彼の足が私の靴に引っかかり踵から靴が少し脱げる。

「あっ…ちょっと!?」
「どうした? 牌が見えているぞ」

煙管を吸いながら、彼はククッと笑う。
足裏が靴が少し脱げたことで、外気が入ってきてスースーする。
それにびっくりした私は、持っていた牌を落としてしまった。
仕方なく、その牌をそのまま捨てる。

「ロンだ」
「最悪………………」
「悪くはないな」

結局、その日も楊の一人勝ちで勝負は終了。
次の日、またその次の日と眠る度に私と楊の麻雀勝負は続いた。
そして、日を追うごとに明らかに彼の悪戯が酷くなっていった。



「けほっ、ゴホッ……ちょっと、楊。煙たい」

彼は煙管を吸い、私がどの牌を捨てようか悩んでいたところに吹きかけてきた。
足がぶつかって以降、彼のこういった悪戯が毎度続いている。
麻雀にも飽きてきているんだろう。
いつも、結果は彼の一人勝ちで勝負になっていない。
私だって、これだけ毎日打っていれば多少は考えを巡らせたりできるようになってきているのだが、何故か勝てない。
それが悔しい。

「……リーチ!」

リーチ棒を卓に置き、牌を横に向けて捨てる。

「……………………………………………」

彼はしばらく私の捨て牌を見ると、自分の中の牌から一つを選び捨てた。

「あ、それロン!」

点数の高いアガリに、思わずテンションが上がる。

「やった! これで楊と点数近くなったんじゃない!? 今日こそ私が一位になれるかも!」
「……………………」

彼は、何も言わずに点棒を私の方へ置こうとして、それを放り投げた。

「……っ!?」

そして、その手がそのまま私のところへ伸びてきて、後頭部を掴まれ無理矢理引き寄せられる。
一瞬の出来事すぎて、体が反発できないまま彼に引き寄せられたかと思ったらキスされていた。
彼は、綺麗な月と同じ色の瞳を今は閉じている。
近くで見ても、綺麗な顔をしている。
そんな呑気なことを、私は思った。

「………………………来い」

唇が離れると、彼と至近距離で目が合い、彼はそう言った。
その意味が分かるからこそ、私は首を横に振る。

(だってこれは、私の夢で……どうやってもきっとそれは叶わないこと)

楊が実在するかどうかすら分からない。
何度か夢で会った後、私はネットで調べてみたが中国人の名前としてヒットはしたものの楊のような人を写真で探すことはできなかった。
彼がどの国で生きているのか、本当に生きているのか。
調べようと思ったこともあったけど、結局それらを私は調べないことと決めた。

(夢だと、思いたくなかった……)

それが何よりの答えであると分かっているのに、彼の言葉に首を縦に振ることができないのが悔しい。

「……………………」

彼は麻雀卓を蹴り飛ばし、私の方へ一歩詰め寄り抱き寄せられる。
今まで囲んでいた卓は、たった一歩の距離。
でも、私と彼の距離は夢でしか縮まらない。
実際に会うことのない人。

「……楊」
「…………………………」

体がふわふわする。
もうすぐ夢から目覚めてしまう。
私だって、彼ともっと一緒にいたい。
来いと言ってくれて嬉しいし、答えたい。

ぎゅっと彼の胸にしがみつく。
抱き締められた腕の力が、私に答えるように強くなった。



・・・・・・・・・・



「…………うそぉ……」

目が覚めると、いつもの部屋ではなかった。
中華な雰囲気のベッドに寝ていて、隣には楊がいた。

「これも夢、かな……」
「………………………………夢にはしない」

楊は目を開けると、私に覆い被さった。



その後、私は夢が永遠となる。
この夢は覚めない。


「リーチ!」
「あ、それロン」
「あ!? てっめぇ、さっきそれ楊が捨てただろ!?」
「直撃狙いだよ。一位は追い落としておかないと」
「クク、滑稽だなレッドフォード」
「次、サイコロ振るよー?」

その後、いつも夢では一切話さなかった帽子の男性と、隻眼の男性の二人を楊が紹介してくれたおかげで、四人で麻雀をすることができた。


おしまい
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