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tkrvで吸血鬼パロ

ここが吸血鬼の世界だと、そういうタケミチの言葉が例えば本当だったとする。
そうだとしても、私は今もこの世界から抜け出す道を見つけられずにいた。
夢なら、そろそろ目覚めてくれてもいい頃なのに。





コンコン、と控えめに部屋の扉がノックされる。
くぁ、と大きな欠伸をして天蓋付きのベッドから起きて窓を見るが、とても朝には見えない。

「起きてるか? もうすぐ朝食だ」

ドラケンの声だ。

「はーい」

この世界には、朝日というものがない。
空はずっと赤く色づいていて、月も赤い。
月はあるのに太陽がないので、ずっと赤黒い不気味な光が外を包んでいて、時間感覚がなくなっていく。
彼らが起こしてくれる時間が朝で、自分が眠くなったら夜。そんなイメージだ。
のそのそと体を起こし、クローゼットから適当な服を引っ張り出す。
ここに来てすぐに、ここで暮らせと強制的に言われたけれど、意外にも普通の毎日を送っている。
帰らせてくれる気はさらさらないだろうし、勿論彼らが吸血鬼である以上食べられる危険性はあるけれど、今のところは部屋も豪華でクローゼットには彼らが用意してくれたブランドもののおしゃれな服がたくさん。
不可解なことに、暮らしにくいどころか暮らしやすさしかないので、私は帰りたいというより、帰らなければという使命感のみで動いていた。
不可解なことは、もう一つ。


「あ。おはよう、なっち」
「おはよー、なっち」

「……………おはよう……」

部屋を出ると、みんなが絶対に笑顔で挨拶してくれる。
みんなの人相が正直悪いので、恐ろしいことこの上ない。
しかも、なっちと呼ばれているが、私の苗字にも名前にも「な」はつかない。
呼ばれ始めた頃に聞いたところ、「名無しの権兵衛」だからと言われた。

(確かに名乗ってなかったけれども!!)

最早呼び方が定着してしまい、完全に否定する機会を失った。
今はもう、私も慣れてしまったということもあるけど。

「おはよう、寝癖ついてるぞ」

考え事をしながら食堂に向かっていると、後ろから髪を撫でられる。

「おはよう、三ツ谷。うそ、どこ?」
「ここ」

立ち止まり、寝癖の箇所を確認しようとするが、彼の手が既に私の寝癖を撫でているため触れない。

「ん、直った。行くか」
「うん、ありがとう」

三ツ谷は、撫でていた手をするりと私の肩、腕へと滑らせていき私の右手の指を絡め取る。
その動作が、ひどくゆっくりとした緩慢な動きで私はビクッと体を震わせてしまう。

「……どうした?」
「…………なんでもない」

彼に手を引かれ、階段を降りていく。
三ツ谷は、この家の中では一見人畜無害そうに見えるけれど、近付かれる度にドキッとさせられる。
それは、初対面で血を舐められたからなのか、彼のこういう行動が頻繁にされるせいなのか。

(心臓に悪い……)

「あー、それにしてもここって家っていうより、館っぽいよね。すごく広くない?」
「仲間はみんなここに住んでるからな」
「何人ぐらい住んでいるの?」
「正確な人数は分からないが、二十人以上はいるんじゃないか?」
「シェアハウスにしては多すぎる人数だね」
「これだけ大所帯だからな。毎日退屈はしないだろ?」

確かに。毎日何かしら私も遊びに誘われたり、突然窓が割れるような音が聞こえてきたり色々と起こっている気はする。

「(退屈でいいから、安全が欲しい…とは言えないよね)確かに」

確かに、と答えると彼は「だろ?」と嬉しそうに笑った。
あまりにも屈託なく笑うから、彼が吸血鬼であることを忘れそうになる。
普通の男の人で、普通に一緒にいる仲間を大切に思っていることが伝わるだけに、彼が私や他の人間を餌にしているなんて思いたくない。
でも、何度考えても彼らはやっぱり吸血鬼で、どうしたって私とは相容れない考え方だって持っている。
そんな彼らに、安全が欲しい。なんていうのは無意味だ。
彼らがヴァンパイア、吸血鬼であることは初日に証明されてしまった。
願うなら、今までの出来事全て夢であって欲しいとはまだ思っているけれど、だんだん私にもこれが夢ではないのではないかという思いになってきている。



初日に、タケミチにここに連れて来られた時に今後はここで暮らせとドラケンに言われ、戻ってきたマイキーに彼の部屋に無理やり連れていかれた。
彼ら曰く、部屋はまだ用意できていないから今日はマイキーの部屋で休めとのことだった。

「いい、いい!! 私、さっきの大広間のソファで寝させてもらいますから!」
「いいけど、寝ている間に死んでもいいの?」
「は…………?」
「ここ、俺の屋敷だけどさ……全員の意思を完全に統一できてるわけじゃないし、まだみんなにお前のこと言ってない」
「……だから?」
「お前が大広間みたいなところで寝てたら、誰に襲われても喰われても文句言えないってこと」
「…………」
「俺の部屋で寝れば? 俺の部屋を襲いに来るバカは、流石にいねぇから」

つまりそれは、ここで寝ないなら命の保証はしない。ということだろう。

「……さっき、あなたに殺されそうになりました…」
「うん、ごめんね」

さらっと謝罪されるが、ちっとも謝られている気がしない。
彼が笑顔でいうせいだろうか。

「ほら、おいで? 一緒に寝てあげるから怖くないよ」
「なんでですか!? いいです、私床で寝ますので!」
「女の子でしょ? 冷えちゃうよ?」
「女だからこそです!」

今日さっき知り合ったばかりの人と一緒のベッドで寝られるほど、私の神経は図太くもないし、馬鹿でもない。
殺されそうになった相手と同じベッドなんて、普通の男性だったとしても警戒するのに、彼相手なら普通の警戒以上に警戒してしまう。




「もー……めんどくさいな」


彼は、しばらく私と見つめあっていたが私が彼の部屋の扉の前から絶対に動かないのを見て、頭をガシガシと掻くとズンズンとこちらに歩いてきた。

(また血を取られる!?)

咄嗟にファイティングポーズを取り、いつでも何をされても反撃できる体制を整えたが、無駄だった。

「うわっ!?」
「大人しくしてね」

カクン、と両膝が崩れたかと思うと彼の腕に両膝を担がれてから、背中に彼の大きな手が添えられた。

「え、あ、わっ…………」
「なに? 落としたりしないよ。肌に傷つけないように、爪も当ててない」

突然の配慮に、びっくりする。
初対面の大広間での人と、本当に同一人物だろうか。

「ご、ご配慮どーも……」
「うん」

ドサリと、結構乱暴にベッドに落とされたが、よほどふかふかなベッドらしい。
全く痛みを感じなかった。

「じゃあ、寝よ。俺、もう眠いから」

彼はそう言って、私をベッドに落としたままごろりと寝転んで目を閉じてしまった。

「え、えぇ〜…………」

羞恥を感じている暇も隙も何もない。
しかも、別に抱きしめられて寝るわけでもない。
てっきり……

(いやいやいや、てっきりって何。なに、私。なんにもされないんだからこのままベッドで寝ればいいじゃない。そうでしょ、そうだよ! 勝手に連れてきたの向こうなんだし、もう私の寝相で蹴落とすぐらいの────!?)

勢いで寝てやる。そう意気込もうとした私の眼前に飛び込んできた足。
咄嗟になんとか避けたが、ドスっ! と結構重たい音が聞こえた。

「な、なんつー寝相……こんなのに寝てる時に暴れられたら死ぬ…」

やっぱりソファでと思ったら、彼は寝ながらいつの間にか私の服の裾を掴んでいたらしい。
全然離れない。

「くっ……このっ…」

指一本も動かすことができない。
鉛か何かでできているのかと言うぐらいに指の節々が硬すぎる。
再度飛んできた足を、もう一度避ける。

「このっ、暴れないでっ……」

両足を抑え込もうとしたが、彼の足はスルスルと逃げてしまう。

「本当に寝てるんでしょうね!? 狸寝入りだったらほんと怒る!!」

だが、大きな声を出そうとも彼からは規則正しい鼻息しか聞こえてこない。
呑気そうな顔で寝ており、大広間で急に包丁を振り下ろしてきた狂気的な人には見えない。



何度か模索した結果、彼に掴まれた服の裾がどうにもならないのでベッドで寝るしかなく。
彼の暴れる足を封じるために、まずは彼の頭の動きを封じてみた。
そうすると、私は彼より上に体が来ることになるので彼の足がいくら暴れようと彼の頭を越えてはこないので、足が当たらない。
ただ、この体制だと私がマイキーの頭を抱きしめてあげているみたいに見えるけど。

まぁ、とにかく無事に解決できた、と安心した私は想像より疲弊していたらしい。
すぐに睡魔がやってきて、大人しく瞼を閉じた。




朝、かどうかは分からないが目が覚めてきて、うつらうつらと目を開いていく中でふと気づく。
なんか、胸元がスースーするのに、心臓付近だけ熱いような。

「あ、起きた?」

ジュル、と液体か何かを吸う音が小さく聞こえる。

(どこから? 自分の胸元、から……)

音がもう一度なる前に、目を思いきり開いた。

「んー、っちゅ……じゅる…んっ……昨日より美味しいね」

胸元から、血が出ている。
いや、それよりもブラ外されている。
ていうか、パジャマの前が肌蹴ている。
そもそも、目の前の男は…………


昨日の包丁振り下ろしていたマイキーじゃん?


そりゃ、血ぐらい吸うよね。吸血鬼だもんね。
でもなんで心臓付近?

「あ、なんかちょっと味変わったかも。今、なに考えてるの?」

ていうかこれ、朝から立派なセクハラだよね。
私了承してないのに、こんなことされている。

(なんか、おかしくない?……胸丸見えだし、牙が肌に埋まってるし、血出てるし……)

「んー、なんかこの血の匂い良いね……俺、ヤバいかも…」

やめさせよう、そう思った時にはすでに彼の手が私のズボンにかかっていた。
あ、これやばい。
瞬間的に脳が目覚め、自分の危機を察知した私の脳は考えるより早くそれを口へ伝えていた。


「ぎゃああああああああああああ!! セクハラあああああああああああ!」

特に誰かにこの状況を助けてもらえるとは思えなかったけれど、叫ばずにはいられなかった。
その後、飛んできたドラケンによってマイキーは勝手に私を食べたから、私は早朝から大声で叫んでいたからといって、大広間で二人で正座させられた。
助けてくれたのは本当に助かったけれど、なぜ正座。

「私のは正当防衛!」

そう言っても、ここは吸血鬼の世界。
警戒せず呑気に寝ていた私も悪いと言われてしまえば、反論はできなかった。

「今日中に部屋作らせるから、今日のことは水に流せ」

部屋ができなかったら、俺の部屋で一人で寝ていいから。ドラケンからその言葉が出た時は喜んだけど、後から考えるとなんでそれを昨日のうちにしてくれなかったんだと思った。




そんなことがあって、それでも私は今もここにいる。
その後は、マイキーにも無理やり血を吸われることはなくなったし、みんなもそれは同じだった。
吸血鬼だということは分かっているけれど、だからこそ血を吸わないでいてくれるのは私にとってこの上ない信頼に繋りつつあった。
彼らにとって私は食糧でしかないはずなのに、食べるのを我慢してくれている。
それが、まるで私を大切にしてくれているように感じている。
そんな風に、最近は思い始めてしまっていることが問題だ。





「どうした? なんか悩み事か?」

気付けば、すでに食堂でみんなとご飯を食べていた。
隣にはドラケンとマイキーが陣取り、向かい側にはタケミチや三ツ谷、パーちんたちがいる。
ここに来てからいろんな人、いや吸血鬼と話しているが基本的に見知った顔の人しかいない。

「ううん、何でもない。いただきます」

三ツ矢が先ほどは、ここには十人以上の吸血鬼が暮らしていると言っていたし、それなりにみんなとは会って面識もあるけど、この世界には他にも吸血鬼がいるんだろうか。




「なっちー、ゲームすんぞー」
「するする!」

今日も、ペーやんからゲームのお誘いがありみんなで一緒に遊んでいたため、この世界から出るための場所を探すことはできなかった。
信用できそうな人に聞いてみるのも一つの手かもしれないが、彼らが吸血鬼である以上、やはりそれは最終手段にすべきなのだろうと思う。
下手をすれば、こうして自由に屋敷の中を彷徨くこともできなくなってしまうかもしれないだろうし。
眠たくなってきた頃に、ペーやんたちの輪から抜けて自分の部屋へ向かう。

「あ、なっちだ。寝るの?」
「マイキー。うん、ペーやん達ならまだ下でゲームしてるよ」
「まじか、俺も混ざってこよ。あ、それか一緒に寝てあげよ「大丈夫ですありがとうおやすみなさい!」」

ちぇ、と口を尖らせるマイキーは、本当に人畜無害に見えるけれど私は決して騙されない。
早口で彼がいうより早く言葉を被せ、部屋の扉を閉めた。

「危ない、ほんと」

ふぅ、と一息ついた時に自分の髪がふわりと揺れた。
そこでようやく気付く。
この部屋の窓を、私は開けたことがない。
ドラケンが、屋敷の外にいる蝙蝠は吸血鬼の一種だから、迂闊に窓を開けるなと言われたからだ。
けど今、私の髪を揺らしていった風は間違いなく外の風だ。
敷かれたカーペットから視線を上げて見ると、一つの窓が全開に開いており分厚いカーテンが静かに揺れる。
カーテンが揺れて、窓に誰かが腰掛けていることに気付いた。


「良い夜だね」


低すぎず、高すぎない耳心地の良い声が聞こえ、その人は窓から空を見上げた。

「……あなたは…?」

私の問いに、ゆっくりと振り返ったその人の耳飾りが見えた。

(なに、あれ……)

「月が隠れていて、君を攫うには絶好の夜だ」


聞こえた声に浮かんだ疑問を言葉にすることはできなかった。
意識が、薄れていく。

(なに、されたの…私……)

「おやすみ、囚われのお姫様……」




簡単に気を失った彼女を抱えた人影は、ゆらりと窓からどこかへ向かって歩き出す。

「あ、そういえば名前を聞かれてたんだった。僕はイザナ……って聞こえないか…」

俵のように抱えられた彼女からは、もちろん返事がない。

「ふふっ、あいつ悔しがるかなぁ……真一郎を目覚めさせるのは、俺だよ」

屋敷を振り返り、ニヤリと顔を歪めて笑ったイザナは、そのまま闇の中へ消えていった。
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