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加州清光

「ちょちょちょちょ!? それナシだよ!」

「大丈夫だって」

「何その根拠のない言葉! 無理だしっ!」


そう言って審神者は畳に突っ伏し、コントローラーを投げた。

現世で大流行の据え置きゲーム機。

友達とやると喧嘩になる、手加減をしない奴がいる、など色んな噂がある。

審神者もまた、そのように隣で上機嫌な加州を見た。

他の面子とやる前に特訓したい。

そんな彼の言葉から始まった特訓という名の一対一の戦い。

始めた当初、審神者は一切手抜きしなかった。


「何事もやるからには全力。これ家訓だから」


そう言って、くる日もくる日も加州をボコボコにしてきた審神者が、ある日突如として成長した加州に勝てなくなった。

考えてみれば彼は刀の付喪神。

戦うことに長けた彼に全力スパルタし続けた結果、他の面子にも追随を許さぬ程のゲーマーとなった。


「むかつく」

「全力だからかな〜」


ニヤニヤと笑いながらいう彼の腕をパシン、と軽く叩いて怒りを表す審神者。


「調子に乗るな」

「主が弱いからじゃん?」

「腹立つこのっ! ちょっと前まで凄く弱かった癖に!!」


パスパスパスパスパス、

軽いものの数が多い審神者の叩き攻撃。

音も何だか拍子抜けするような軽さである。


「何それ主ゲームだけじゃなくて攻撃もよわっ」

「普段実戦してる人に本気で攻撃なんてしないし。私が戦いに行けないから行ってもらってるんだから、流石にそんな失礼なことはしないよ。腹立つから攻撃はするけど」

「真面目だよねほんと」

「当然でしょ」

「頭固いし」


余計な一言が多い加州を小突き、審神者は放り投げたコントローラーを拾う。

そして、テーブルに置かれたお茶を飲み干しテレビへ向き直る。


「復讐戦よっ!」

「しょーがない。受けて立つ」


からん、とコップの中の氷が音を立てた。





一日が終わる頃、夜中に手入れ部屋の電気がついていた。

審神者と薬研である。

だが、手入れ部屋で手入れされていたのは審神者だ。


「面目ない」

「大将、俺だって仕事のしすぎや他の理由ならこんなこと言わないんだがな」

「申し訳ない」

「腱鞘炎はなぁ……」


言わずもがな、ゲームのしすぎである。


「あとはなんだっけか……充血、眼精疲労だな」

「……はい」



「…………」



薬研の沈黙が、審神者にチクチクと刺さる。




「説教、いるか?」

「いえ……自分でも十分わかってます、やり過ぎたと」


湿布を貼られた利き腕の手首をペシン、と軽く叩かれる。


「ゲームやってたのは、加州か?」

「そうです。彼はぴんぴんしてます」

「そりゃそうだろうよ」


こんな馬鹿みたいなことをやった審神者を治療してくれる彼に、罪悪感がこみ上げてくる彼女はそっと薬研を盗み見た。

すると、彼は既に審神者を見ており視線が合う。

薬研は審神者の表情を見て苦笑した。


「気ぃつけろよ、大将」

「はい」

「……まぁ、いいか」


薬研のお許しが出たところで、畳から立ち上がる。

動くと、手入れ部屋からは消毒液の独特の臭いが鼻につく。


「……なぁ、大将」


障子に手を掛けた審神者を呼び止める声に、審神者が振り返る。

薬研は審神者と目を合わさず、彼女からは薬研の横顔だけが見えたが、彼の髪で表情までは見えない。
カタカタと救急箱を片付ける音だけが耳に入った。


「…………いや、いい」

「? うん。治療ありがとう」


珍しく歯切れの悪い薬研に首を傾げながらも、審神者は手入れ部屋を後にした。

(やっぱ説教しておこう、とか思って止めてくれたのかな? 薬研は優しいなぁ、ほんと申し訳ない)


長い廊下を歩きながら、彼を想いながら拝んだ。


(次からは気をつけます)




「何拝んでんの?」


ひょこっ、と廊下の角から現れたのは審神者をボコボコにした加州である。

ゲームでの話だが。


「説教なしでありがたや〜ってね」

「薬研は主に甘いからね」

「彼は誰にでも優しいよ」

「主がいる時限定だよ」

「そうなの? 知られざる秘密だね」


笑いながらそう言えば、加州も笑った。


「粟田口は基本そうだよ」

「まー、みんな若く見えても私より何百倍も生きてる猛者だからねー」

「猛者って」


加州はブハッと吹き出した。


「歴戦の猛者たちなわけだし、そりゃ優しいだけじゃないでしょ」

「そー思ってるんだ?」

「私じゃ到底思い浮かばないような凄まじい感じなんだろうなぁ〜、ってね」


加州を見ながらニヤニヤと笑う審神者。


「それ俺の性格を貶そうとしてるの? それとも褒められてるの?」

「両方」

「喜んでいいのか、怒るべきか分かんないような微妙なボケしないで。難しい」


加州の言葉にケラケラと審神者は笑った。


「ドス黒い考えしてていいからさ、私の味方でいてよね」


自己中心的な発言だが、彼女の発言はいつも変なところで度量が深い。

加州はそんな主の言葉に、何度も心が震えるのを感じていた。


「主が望むなら」


どこまでも、いつまでも。





「じゃあさ、後日改めて対戦してよ?」


そういって、コントローラーを持つ手を作ると、彼は吹き出して笑った。


「懲りてないね、主」

「油断してたら、足元掬われるから」


ふっ、と笑った加州は私の頭を優しく撫でながら言う。


「何百年と生きてる俺に、勝てるとでも?」

「そこ引き合いに出されたら勝ち目ないんだけど」


そう返して、二人して同時に笑い合った。

後日、再びコントローラーを手に白熱する加州と私を見つけた薬研が、今度こそお説教をしてきたのは言うまでもない。


(だって、ゲームでしか加州と二人っきりになれる手段が分からないなんて、薬研に言えるわけない)
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