Existant Hero
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当初の計画通り、マリア奪還作戦は成功した。
多大な犠牲を出し、生還したものは調査兵団数人と、リヴァイという地下でゴロツキだった男だけだった。
酷い惨状だったにも関わらず、壁内にいる人々にはあまりそのことについて語られることはなく、生還した者達は怪我の治療に専念していた。
「まったく……骨折するなんて不甲斐ないわねぇ、エルヴィン兵士長?」
「もう治った」
「知ってる。だから会いに来たんじゃないの。なんか、無事に帰れたら話があるとか言ってたでしょ? あれ、聞きに来たのよ」
ほらお見舞い、と大きな袋を差し出されて、エルヴィンは恐る恐るそれを開いてみると、中には上質な霜降り肉と一枚の紙が入っていた。
中には、ナイルと書かれており、エルヴィンは小さく笑った。
「これは、俺専用の肉ということか?」
「そうよ、私はもう別で貰ったからね。でも、お見舞いの品なんだから、見舞いに来た人にも振舞ってよね!」
「ジーン、俺の話を聞くためじゃなく、これを食べるために来たのか」
「そうよ。さっきナイルに会って、これ渡しに行くっていうから奪ったの。何か文句ある?」
「ナイルに礼を言いたいんだが」
「私に言えばいいじゃない。持ってきたのは私よ」
「くれたのはナイルだろう」
「最終的に手渡ししたのは、私よ」
「…………」
「さて、それじゃ話を聞くわ」
彼女の切り替えの早さに、いい加減慣れてきたエルヴィンは、ゴホンと一つ咳払いをして簡潔に用件を述べることにした。
「先日のマリア奪還作戦で、俺たち調査兵団以外にも生き残った男が一人いたのを、覚えているか?」
「あぁ、闘技場でエルヴィンと互角以上に戦ったリヴァイって男のことでしょ」
「あいつを、調査兵団に入れることはできないか? あいつの力は、尋常ではない。立体起動装置と剣を持って数日で、あんな動きが出来るとは到底思えない。リヴァイという男は、人類が巨人に勝つためには必要不可欠な者の一人だと思う」
「そう?」
「そうだ! お前の強さが尋常ではないことは知っていたが、まさか他にも人外のような動きを見せる者がいるとは思わなかった」
「……どうしても、彼が必要だと思う?」
「必ず、奴が人類の進撃において役立つ存在に成ると、既に確信している」
「そう」
暫く黙った彼女の返事を、エルヴィンは静かに待った。
そして、その時顔を上げた彼女がとんでもなく笑顔だった瞬間に、彼は自身の出した提案に激しく後悔することとなった。
「そこまでいうのなら、仕方ないわね~。じゃあ、エルヴィンが彼を直々に育ててあげてね」
なぜそうなる!?
心底叫びたかったエルヴィンだったが、如何せん、傷が完全に塞がったわけではなかったため、傷が開く恐れを考えて叫ぶことができなかった。
「さて、話もまとまったことだし、肉を焼きましょう」
(何もまとまってない! 丸投げしただけだろう、俺に!)
いくら彼女を睨んでみても、既に彼女の関心はエルヴィンから肉へと移ってしまっており、まるでジーンは彼の睨みに気付かない。
いや、彼女の心はエルヴィンの部屋へ入ってきた時からずっと、彼ではなく肉へと神経を注ぎ込んでいたのかもしれない。
エルヴィンは、現在でも自身と互角以上に戦える彼を、これからどう鍛えればいいのか、これから頭を悩ませることとなるのだった。
エルヴィンと二人で肉を分け合い、非常に満足した彼女はその後調査兵団本部へとやってきていた。
マリア奪還作戦の報告書を提出するまでにも様々な苦労があったというのに、次は今季卒業する新兵への演説の準備やら、次の壁外調査の日程及び諸々の準備を行わなければならないため、彼女は再び資料と睨めっこする日々がやってきたことを、心底嘆いていた。
「あー、めんどくさい」
団長の部屋に、普通はあってはならない酒が常備された棚から一本の酒を取り出した彼女は、机の上に置きっ放しにされているグラスいっぱいに、それを注いだ。
そして、一気にそれを飲み干して、もう一杯分を注ぎ入れて、ようやく彼女は資料と向き合い始めたのだった。
彼女の仕事がひと段落ついたころ、タイミング良くドアのノック音が聞こえて、彼女は酒をぐいっと飲み干して返事をした。
部屋に入ってきたのは、キース元団長だった。
「キース元団長! あ、今はキース教官でしたっけ?」
「相も変わらず、元気そうだなお前は」
「他の軟弱者なんかと一緒にしないでください。それはそうと、どうかしたんですか?」
「今年の新兵のデータだ」
ドサッと机の上に、資料が置かれたのを見て、ジーンはげんなりとした。
「ちょっと、いくら私が優秀でも、出来る範囲ってのがあるんですけど! 元団長だったからって、私に嫌がらせしないでくださいよ」
「何言ってる。これぐらいのことは出来て当然だろう。調査兵団団長ならばの話だが」
「…………そうですね、ここに酒でもあればできるでしょうけど。肉を持ってきていただければ、三日以内に全て終わらせられます。最上級のステーキをご馳走していただけるなら、今日中に全て片付けることも可能ですけど」
「今夜の王都で行われる豪華ディナーへ行くことを許可する」
「今日中に終わらせて参加させていただきます。食べ放題ですか」
「当然だ。だが、お前一人で来るなよ。せめて二人程度はお前の護衛を連れて来い」
「私にそんな心配は無用です! 一人で行かせていただきます」
「一人なら来ることは許可できん。そこまでの食い意地を、いい加減に直して部下にも与えると言う言葉を覚えろ」
「与えろ? そんな甘っちょろい言葉いりませんよ。欲しいなら奪えばいいんです!」
本当にキースが辞めてから何一つとして変わっていないジーンの言葉を聞いて、キースは何だか嬉しいような、進歩しない部下に対して言い知れぬ不安を感じていた。
このまま彼女が成長しても、嫁の貰い手がないのではないだろうかなどと、一瞬父親のような妄想をしてしまうぐらいだ。
彼は目頭を抑えて、目の凝りをゆっくりと解した。
「さて、冗談はさておき、キース団長はどんな御用でこちらに?」
キースから貰った資料を、パパッとまとめて彼女は頬杖をつきながら彼に尋ねた。
「新兵のデータを渡しに来ただけだ。あとは、お前の無事を確認することだったからな。元気そうで何よりだ」
「……元気? そんなはずないじゃないですか。この通り、しょぼくれてますよ」
「団長である者が、そんな態度では先が思いやられるな」
「――――だったら、貴方が団長に戻ればいい」
彼女の言葉に、キースは先ほどまでの表情から一変して、鋭い目を彼女にやる。
「…………」
しかし、彼の視線に構わず彼女は続けた。
「どうして、辞めちゃったんですか。私は、貴方の下で必死に働きました。貴方のために、キース団長のために心臓を捧げたんですよ? それを、あっさり私に団長の座を譲ったりしないで下さいよ。お陰で、あんなに沢山死んじゃいました。私は、貴方のためなら地獄に行く覚悟なんていくらでも出来ます。でも、どこかの誰とも知らない人間のために地獄に行くなんて、私にはできないです」
暫く沈黙したキースは、頭を掻き苦笑した。
「今日はまた、豪く饒舌だな。その元気があるのなら、さっさと壁外調査の準備でも進めろ。お前は、私より余程優秀な団長なのだろう? 上に立つべき人間として、お前は足る人間だ。私がそう判断したのだが、文句でもあるのか」
「…………私ほど優秀で使える人類など、この先二度と現れることはありませんよ。私を部下にできていたキース教官は、きっとさぞかし幸せだったことでしょうね!」
「調子に乗るな。さっさと仕事をしろ、スミス」
仕事ならもうしてます!そういって、彼女はバリバリと仕事を片付け始める。
その様子を見て、キースは無言でその場を後にした。
彼が部屋から去った後、彼女はペンを置いて椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。
しばらく、足音一つ聞こえてこない静かな部屋で、ただただ天井を見つめていたジーンは、ふとあることを思い出した。
「……あ、リヴァイのこと忘れてた」
突如、思い出したかのように彼女は部屋を飛び出した。
彼女が向かったのは、調査兵団本部の地下に存在する牢屋だ。
そこに悲しくも監禁されているのは、リヴァイというマリア奪還作戦での貴重な生存者の一人である。
彼は、エルヴィンがきちんと調査兵団の兵士と働けるようにするということになってしまったため、彼女は彼をエルヴィンの下へ連れて行こうと思い立ったのである。
そして、牢屋に辿り着くとそこには殺気むき出しの男が一人だけ無残にも閉じ込められていた。
「こんにちは、リヴァイ。調子はどう?」
「お前か、さっさと鍵を開けろ。ここにいる連中、皆殺しにしてやる」
「そう殺気立たないでよ。今日は、アンタに朗報だよ。エルヴィンがアンタを兵士として一から育ててやるってさ。だから……しまった、エルヴィンのところに連れて行ってやろうと思ったんだけど、彼今怪我してて動けないんだった。悪いわね、彼の怪我が治ったらアンタをここから出してあげるからさ、それまでもうちょっとそこで大人しくしててくれる?」
「ざけんな! さっさとここから出しやがれ! このクソババァ!!」
「あ゛ぁ!? ふざけてんのはアンタだクソガキ! 文句があるなら、エルヴィンに勝ってからにして。そしたら、私がアンタの相手をしてあげる。もしそこで私に勝てたら、アンタを内地で悠々自適に過ごせるようにしてあげる。それでどう?」
「何度も言わせんな。俺をここから出せ、鍵を開けろ」
「それはこっちの台詞よ。アンタの意見なんて聞いてない、これは命令なの。言ったでしょ? 文句を言いたいなら、私に勝てばいい。精々そこから出られるまでの間に、筋トレでもするのね」
ジーンは、本当ならすぐにこの牢屋からリヴァイを出して、訓練の一つでもエルヴィンにさせてやるように言おうとしていたのだが、エルヴィンは未だに療養中だったことをすっかり忘れていたのだ。
そのため、来たのは良いものの何もリヴァイにしてやれることがなかった。
仕方なく、とりあえず話だけはと思ったが、彼女は考えてもいなかったことを言ってしまった。
(内地で悠々自適な生活か……ま、私が負けなきゃ大丈夫か。こんなクソガキ程度の強さじゃ、負ける心配もなさそうだし)
自身が負けることなど微塵も考えていない彼女は、楽観的な気持ちのまま自室へと戻っていた。
それからというものの、リヴァイはエルヴィンが彼の下へ来るまでの間、毎日欠かさず筋トレを行っていたという……。
同日の深夜、ジーンはミケとハンジを連れて王都へとやってきていた。
「うわー、すっげー」
「ハンジ、はしゃいでもいいけど、自分が調査兵団の兵士だなんて言わないでね。恥になるから」
「はいはい、大人しく肉を食べさせてもらいますよ、団長」
「ミケも、沢山美味しい料理食べてねー。アンタには、奪還作戦の時に、壁内のこと全部任せっぱなしでお世話になったからねー」
「……ふっ」
ミケは、小さく笑うとジーンの頭を軽く撫でて、すぐに料理を取りに行ってしまった。
それを見ていたハンジは不思議そうに問う。
「ミケ分隊長って、団長と仲良しなんですか?」
「同期だからねー。私とミケ、エルヴィン、それと今憲兵団団長をやってるナイル」
「え、じゃあ団長って何歳!?」
「同期なだけで、アイツ等と同い年じゃないけどねー」
「え!? じゃあ、分隊長や兵士長、憲兵団団長よりも年寄り……ってことは、40歳後半ぐらい!?」
「ぶっ殺すわよ」
「いやいやいや! 冗談ですよ、冗談!」
ハンジの首元に薄らと手を当てて、にっこりと笑顔で問うジーンに、ハンジは顔を真っ青にして手と首を横に振った。
「あら、残念」
スッ、と首元から手が引いたのを確認して、ハンジはようやく息が出来た。
「あ、そういえば団長、こんなところで言うのも何なんですけど、ちょっとご相談が……」
「ん?」
飲み物と食べ物を物色していたジーンは、ふとワントーン低くなったハンジの声に、物色していた手を止めてハンジを見た。
「外、行く?」
「あ、はい」
ジーンは、外へ行こうとすると、すぐ横にはいつの間にかミケが立っており、彼はジーンとハンジの分も料理を取ってきてくれていた。
彼女は、少し微笑んでそれを貰い、二人を連れ立って近くのテラスへと出た。
きっちりと窓を閉めて、彼女は「で?」とハンジの方へと振り向いた。
「単刀直入にお願いね、回りくどいのは好きじゃないから」
何か悩んでいる様子だったハンジを見て、ジーンは先を促した。
すると、吹っ切れたようにハンジが前を向いて答えた。
「では、お言葉に甘えて……巨人の生態調査を、したいです!」
ハンジの言葉に、ミケとジーンは呆気にとられた。
ジーンは、元々ミケから兵士の中のハンジという人物が何やら思案していることがあるようだと聞いて、兵士であろうと何か提案があるのなら意見を聞くジーンは、とりあえず何をハンジが考えているのか知ろうと、今日のパーティにハンジを連れて行くことを決めた。
しかし、まさかそんなことを言われるなどとは思っていなかったジーンは、ハンジの言葉を脳内で半濁していた。
「…………理由は?」
「今回のマリア奪還作戦の時、私は巨人の頭を蹴りました。その時、あんな巨体の頭にも関わらず、それは私の脚力だけで空へ飛んだんです。巨人は、本来あるはずの体重というものが脳にはないのか、それとも巨人は人よりも軽いのかもしれません。とにかく、彼らには謎が多すぎる。我々調査兵団は、それを調査するための兵団のはずです。なので、以前まで行っていた巨人の捕獲作業を行い、生態調査を行って巨人の正体を一刻も早く解明することが、人類が巨人に勝利するために必要なことだと考えたからです」
えらく変わった物の見方をするやつだと、ジーンとミケは思った。
人類なら、憎まずにはいられない彼らの存在を、何らかの憎悪の気持ちから蹴ったはずの巨人の謎を発見した途端、ハンジはその謎を解き明かさなければならないと判断した。
それは、通常の人にはできない考え方である。
どれだけ謎があっても、人は怒りに忘れて物事に囚われてしまっていることが多いからだ。
「なるほど……理由は分かった」
「私は、巨人を違う視点から捕えたいんです」
この考えは、巨人に勝つことを諦めていないからこそ出るものであることを二人は、理解していた。
「ミケ、アンタはどう思う?」
「考え方や、理由には納得が行く。しかし、巨人の捕獲には今まで成功したとしても多大な犠牲を払っている。それを考慮すると、そこまでの犠牲を出してまで行うべきことではないと判断されて、巨人の捕獲作業は行われなくなった。つい先日、奪還作戦で多くの犠牲者が出た今、すぐにそれを行うことはあまり好ましくないと思う」
「同感。つまり、ちょっと時を置いたら巨人の捕獲作戦を出来るってことよ。次の壁外調査の後、その作戦を会議に出しましょう。ハンジは、それまでに企画書を作成しておくこと。もちろん次の壁外調査には出てもらうから、死なないことと、後は戦果を何か挙げておいてちょうだい」
「なぜ、戦果を挙げる必要が?」
「アンタが主体となって巨人の生態調査をやってもらうことになると思う。でも、ただの兵士にそんな資格を与えることは出来ない。だから、何か戦果を挙げてもらえば私が分隊長にしてあげられる。そうすれば、堂々と巨人の生態調査をすることを公言して場所を確保することも可能だし、会議での発言権もあるから巨人捕獲作戦については、皆に説明してもらえる」
「わかりました! 絶対に、やってみせます!」
「うん、頑張って。じゃあ、そろそろ屋内に戻りましょ。料理食べなきゃ」
ハンジが、その言葉を聞いてジーンの皿を見ると、彼女の皿に盛られていた肉やサラダなどが忽然と姿を消していた。
(いつ食べたんだ!?)
ずっと彼女と話をしていたはずなのに、彼女がいつ食べ終えたかわからなかったハンジは、驚きを隠せなかった。
だが、それ以上に団長から直々に頑張れと応援の言葉を貰えたことに喜びを隠せなかったハンジは、その日のパーティ中、ずっとスキップをするかのようにパーティを楽しんだとらしい。
多大な犠牲を出し、生還したものは調査兵団数人と、リヴァイという地下でゴロツキだった男だけだった。
酷い惨状だったにも関わらず、壁内にいる人々にはあまりそのことについて語られることはなく、生還した者達は怪我の治療に専念していた。
「まったく……骨折するなんて不甲斐ないわねぇ、エルヴィン兵士長?」
「もう治った」
「知ってる。だから会いに来たんじゃないの。なんか、無事に帰れたら話があるとか言ってたでしょ? あれ、聞きに来たのよ」
ほらお見舞い、と大きな袋を差し出されて、エルヴィンは恐る恐るそれを開いてみると、中には上質な霜降り肉と一枚の紙が入っていた。
中には、ナイルと書かれており、エルヴィンは小さく笑った。
「これは、俺専用の肉ということか?」
「そうよ、私はもう別で貰ったからね。でも、お見舞いの品なんだから、見舞いに来た人にも振舞ってよね!」
「ジーン、俺の話を聞くためじゃなく、これを食べるために来たのか」
「そうよ。さっきナイルに会って、これ渡しに行くっていうから奪ったの。何か文句ある?」
「ナイルに礼を言いたいんだが」
「私に言えばいいじゃない。持ってきたのは私よ」
「くれたのはナイルだろう」
「最終的に手渡ししたのは、私よ」
「…………」
「さて、それじゃ話を聞くわ」
彼女の切り替えの早さに、いい加減慣れてきたエルヴィンは、ゴホンと一つ咳払いをして簡潔に用件を述べることにした。
「先日のマリア奪還作戦で、俺たち調査兵団以外にも生き残った男が一人いたのを、覚えているか?」
「あぁ、闘技場でエルヴィンと互角以上に戦ったリヴァイって男のことでしょ」
「あいつを、調査兵団に入れることはできないか? あいつの力は、尋常ではない。立体起動装置と剣を持って数日で、あんな動きが出来るとは到底思えない。リヴァイという男は、人類が巨人に勝つためには必要不可欠な者の一人だと思う」
「そう?」
「そうだ! お前の強さが尋常ではないことは知っていたが、まさか他にも人外のような動きを見せる者がいるとは思わなかった」
「……どうしても、彼が必要だと思う?」
「必ず、奴が人類の進撃において役立つ存在に成ると、既に確信している」
「そう」
暫く黙った彼女の返事を、エルヴィンは静かに待った。
そして、その時顔を上げた彼女がとんでもなく笑顔だった瞬間に、彼は自身の出した提案に激しく後悔することとなった。
「そこまでいうのなら、仕方ないわね~。じゃあ、エルヴィンが彼を直々に育ててあげてね」
なぜそうなる!?
心底叫びたかったエルヴィンだったが、如何せん、傷が完全に塞がったわけではなかったため、傷が開く恐れを考えて叫ぶことができなかった。
「さて、話もまとまったことだし、肉を焼きましょう」
(何もまとまってない! 丸投げしただけだろう、俺に!)
いくら彼女を睨んでみても、既に彼女の関心はエルヴィンから肉へと移ってしまっており、まるでジーンは彼の睨みに気付かない。
いや、彼女の心はエルヴィンの部屋へ入ってきた時からずっと、彼ではなく肉へと神経を注ぎ込んでいたのかもしれない。
エルヴィンは、現在でも自身と互角以上に戦える彼を、これからどう鍛えればいいのか、これから頭を悩ませることとなるのだった。
エルヴィンと二人で肉を分け合い、非常に満足した彼女はその後調査兵団本部へとやってきていた。
マリア奪還作戦の報告書を提出するまでにも様々な苦労があったというのに、次は今季卒業する新兵への演説の準備やら、次の壁外調査の日程及び諸々の準備を行わなければならないため、彼女は再び資料と睨めっこする日々がやってきたことを、心底嘆いていた。
「あー、めんどくさい」
団長の部屋に、普通はあってはならない酒が常備された棚から一本の酒を取り出した彼女は、机の上に置きっ放しにされているグラスいっぱいに、それを注いだ。
そして、一気にそれを飲み干して、もう一杯分を注ぎ入れて、ようやく彼女は資料と向き合い始めたのだった。
彼女の仕事がひと段落ついたころ、タイミング良くドアのノック音が聞こえて、彼女は酒をぐいっと飲み干して返事をした。
部屋に入ってきたのは、キース元団長だった。
「キース元団長! あ、今はキース教官でしたっけ?」
「相も変わらず、元気そうだなお前は」
「他の軟弱者なんかと一緒にしないでください。それはそうと、どうかしたんですか?」
「今年の新兵のデータだ」
ドサッと机の上に、資料が置かれたのを見て、ジーンはげんなりとした。
「ちょっと、いくら私が優秀でも、出来る範囲ってのがあるんですけど! 元団長だったからって、私に嫌がらせしないでくださいよ」
「何言ってる。これぐらいのことは出来て当然だろう。調査兵団団長ならばの話だが」
「…………そうですね、ここに酒でもあればできるでしょうけど。肉を持ってきていただければ、三日以内に全て終わらせられます。最上級のステーキをご馳走していただけるなら、今日中に全て片付けることも可能ですけど」
「今夜の王都で行われる豪華ディナーへ行くことを許可する」
「今日中に終わらせて参加させていただきます。食べ放題ですか」
「当然だ。だが、お前一人で来るなよ。せめて二人程度はお前の護衛を連れて来い」
「私にそんな心配は無用です! 一人で行かせていただきます」
「一人なら来ることは許可できん。そこまでの食い意地を、いい加減に直して部下にも与えると言う言葉を覚えろ」
「与えろ? そんな甘っちょろい言葉いりませんよ。欲しいなら奪えばいいんです!」
本当にキースが辞めてから何一つとして変わっていないジーンの言葉を聞いて、キースは何だか嬉しいような、進歩しない部下に対して言い知れぬ不安を感じていた。
このまま彼女が成長しても、嫁の貰い手がないのではないだろうかなどと、一瞬父親のような妄想をしてしまうぐらいだ。
彼は目頭を抑えて、目の凝りをゆっくりと解した。
「さて、冗談はさておき、キース団長はどんな御用でこちらに?」
キースから貰った資料を、パパッとまとめて彼女は頬杖をつきながら彼に尋ねた。
「新兵のデータを渡しに来ただけだ。あとは、お前の無事を確認することだったからな。元気そうで何よりだ」
「……元気? そんなはずないじゃないですか。この通り、しょぼくれてますよ」
「団長である者が、そんな態度では先が思いやられるな」
「――――だったら、貴方が団長に戻ればいい」
彼女の言葉に、キースは先ほどまでの表情から一変して、鋭い目を彼女にやる。
「…………」
しかし、彼の視線に構わず彼女は続けた。
「どうして、辞めちゃったんですか。私は、貴方の下で必死に働きました。貴方のために、キース団長のために心臓を捧げたんですよ? それを、あっさり私に団長の座を譲ったりしないで下さいよ。お陰で、あんなに沢山死んじゃいました。私は、貴方のためなら地獄に行く覚悟なんていくらでも出来ます。でも、どこかの誰とも知らない人間のために地獄に行くなんて、私にはできないです」
暫く沈黙したキースは、頭を掻き苦笑した。
「今日はまた、豪く饒舌だな。その元気があるのなら、さっさと壁外調査の準備でも進めろ。お前は、私より余程優秀な団長なのだろう? 上に立つべき人間として、お前は足る人間だ。私がそう判断したのだが、文句でもあるのか」
「…………私ほど優秀で使える人類など、この先二度と現れることはありませんよ。私を部下にできていたキース教官は、きっとさぞかし幸せだったことでしょうね!」
「調子に乗るな。さっさと仕事をしろ、スミス」
仕事ならもうしてます!そういって、彼女はバリバリと仕事を片付け始める。
その様子を見て、キースは無言でその場を後にした。
彼が部屋から去った後、彼女はペンを置いて椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。
しばらく、足音一つ聞こえてこない静かな部屋で、ただただ天井を見つめていたジーンは、ふとあることを思い出した。
「……あ、リヴァイのこと忘れてた」
突如、思い出したかのように彼女は部屋を飛び出した。
彼女が向かったのは、調査兵団本部の地下に存在する牢屋だ。
そこに悲しくも監禁されているのは、リヴァイというマリア奪還作戦での貴重な生存者の一人である。
彼は、エルヴィンがきちんと調査兵団の兵士と働けるようにするということになってしまったため、彼女は彼をエルヴィンの下へ連れて行こうと思い立ったのである。
そして、牢屋に辿り着くとそこには殺気むき出しの男が一人だけ無残にも閉じ込められていた。
「こんにちは、リヴァイ。調子はどう?」
「お前か、さっさと鍵を開けろ。ここにいる連中、皆殺しにしてやる」
「そう殺気立たないでよ。今日は、アンタに朗報だよ。エルヴィンがアンタを兵士として一から育ててやるってさ。だから……しまった、エルヴィンのところに連れて行ってやろうと思ったんだけど、彼今怪我してて動けないんだった。悪いわね、彼の怪我が治ったらアンタをここから出してあげるからさ、それまでもうちょっとそこで大人しくしててくれる?」
「ざけんな! さっさとここから出しやがれ! このクソババァ!!」
「あ゛ぁ!? ふざけてんのはアンタだクソガキ! 文句があるなら、エルヴィンに勝ってからにして。そしたら、私がアンタの相手をしてあげる。もしそこで私に勝てたら、アンタを内地で悠々自適に過ごせるようにしてあげる。それでどう?」
「何度も言わせんな。俺をここから出せ、鍵を開けろ」
「それはこっちの台詞よ。アンタの意見なんて聞いてない、これは命令なの。言ったでしょ? 文句を言いたいなら、私に勝てばいい。精々そこから出られるまでの間に、筋トレでもするのね」
ジーンは、本当ならすぐにこの牢屋からリヴァイを出して、訓練の一つでもエルヴィンにさせてやるように言おうとしていたのだが、エルヴィンは未だに療養中だったことをすっかり忘れていたのだ。
そのため、来たのは良いものの何もリヴァイにしてやれることがなかった。
仕方なく、とりあえず話だけはと思ったが、彼女は考えてもいなかったことを言ってしまった。
(内地で悠々自適な生活か……ま、私が負けなきゃ大丈夫か。こんなクソガキ程度の強さじゃ、負ける心配もなさそうだし)
自身が負けることなど微塵も考えていない彼女は、楽観的な気持ちのまま自室へと戻っていた。
それからというものの、リヴァイはエルヴィンが彼の下へ来るまでの間、毎日欠かさず筋トレを行っていたという……。
同日の深夜、ジーンはミケとハンジを連れて王都へとやってきていた。
「うわー、すっげー」
「ハンジ、はしゃいでもいいけど、自分が調査兵団の兵士だなんて言わないでね。恥になるから」
「はいはい、大人しく肉を食べさせてもらいますよ、団長」
「ミケも、沢山美味しい料理食べてねー。アンタには、奪還作戦の時に、壁内のこと全部任せっぱなしでお世話になったからねー」
「……ふっ」
ミケは、小さく笑うとジーンの頭を軽く撫でて、すぐに料理を取りに行ってしまった。
それを見ていたハンジは不思議そうに問う。
「ミケ分隊長って、団長と仲良しなんですか?」
「同期だからねー。私とミケ、エルヴィン、それと今憲兵団団長をやってるナイル」
「え、じゃあ団長って何歳!?」
「同期なだけで、アイツ等と同い年じゃないけどねー」
「え!? じゃあ、分隊長や兵士長、憲兵団団長よりも年寄り……ってことは、40歳後半ぐらい!?」
「ぶっ殺すわよ」
「いやいやいや! 冗談ですよ、冗談!」
ハンジの首元に薄らと手を当てて、にっこりと笑顔で問うジーンに、ハンジは顔を真っ青にして手と首を横に振った。
「あら、残念」
スッ、と首元から手が引いたのを確認して、ハンジはようやく息が出来た。
「あ、そういえば団長、こんなところで言うのも何なんですけど、ちょっとご相談が……」
「ん?」
飲み物と食べ物を物色していたジーンは、ふとワントーン低くなったハンジの声に、物色していた手を止めてハンジを見た。
「外、行く?」
「あ、はい」
ジーンは、外へ行こうとすると、すぐ横にはいつの間にかミケが立っており、彼はジーンとハンジの分も料理を取ってきてくれていた。
彼女は、少し微笑んでそれを貰い、二人を連れ立って近くのテラスへと出た。
きっちりと窓を閉めて、彼女は「で?」とハンジの方へと振り向いた。
「単刀直入にお願いね、回りくどいのは好きじゃないから」
何か悩んでいる様子だったハンジを見て、ジーンは先を促した。
すると、吹っ切れたようにハンジが前を向いて答えた。
「では、お言葉に甘えて……巨人の生態調査を、したいです!」
ハンジの言葉に、ミケとジーンは呆気にとられた。
ジーンは、元々ミケから兵士の中のハンジという人物が何やら思案していることがあるようだと聞いて、兵士であろうと何か提案があるのなら意見を聞くジーンは、とりあえず何をハンジが考えているのか知ろうと、今日のパーティにハンジを連れて行くことを決めた。
しかし、まさかそんなことを言われるなどとは思っていなかったジーンは、ハンジの言葉を脳内で半濁していた。
「…………理由は?」
「今回のマリア奪還作戦の時、私は巨人の頭を蹴りました。その時、あんな巨体の頭にも関わらず、それは私の脚力だけで空へ飛んだんです。巨人は、本来あるはずの体重というものが脳にはないのか、それとも巨人は人よりも軽いのかもしれません。とにかく、彼らには謎が多すぎる。我々調査兵団は、それを調査するための兵団のはずです。なので、以前まで行っていた巨人の捕獲作業を行い、生態調査を行って巨人の正体を一刻も早く解明することが、人類が巨人に勝利するために必要なことだと考えたからです」
えらく変わった物の見方をするやつだと、ジーンとミケは思った。
人類なら、憎まずにはいられない彼らの存在を、何らかの憎悪の気持ちから蹴ったはずの巨人の謎を発見した途端、ハンジはその謎を解き明かさなければならないと判断した。
それは、通常の人にはできない考え方である。
どれだけ謎があっても、人は怒りに忘れて物事に囚われてしまっていることが多いからだ。
「なるほど……理由は分かった」
「私は、巨人を違う視点から捕えたいんです」
この考えは、巨人に勝つことを諦めていないからこそ出るものであることを二人は、理解していた。
「ミケ、アンタはどう思う?」
「考え方や、理由には納得が行く。しかし、巨人の捕獲には今まで成功したとしても多大な犠牲を払っている。それを考慮すると、そこまでの犠牲を出してまで行うべきことではないと判断されて、巨人の捕獲作業は行われなくなった。つい先日、奪還作戦で多くの犠牲者が出た今、すぐにそれを行うことはあまり好ましくないと思う」
「同感。つまり、ちょっと時を置いたら巨人の捕獲作戦を出来るってことよ。次の壁外調査の後、その作戦を会議に出しましょう。ハンジは、それまでに企画書を作成しておくこと。もちろん次の壁外調査には出てもらうから、死なないことと、後は戦果を何か挙げておいてちょうだい」
「なぜ、戦果を挙げる必要が?」
「アンタが主体となって巨人の生態調査をやってもらうことになると思う。でも、ただの兵士にそんな資格を与えることは出来ない。だから、何か戦果を挙げてもらえば私が分隊長にしてあげられる。そうすれば、堂々と巨人の生態調査をすることを公言して場所を確保することも可能だし、会議での発言権もあるから巨人捕獲作戦については、皆に説明してもらえる」
「わかりました! 絶対に、やってみせます!」
「うん、頑張って。じゃあ、そろそろ屋内に戻りましょ。料理食べなきゃ」
ハンジが、その言葉を聞いてジーンの皿を見ると、彼女の皿に盛られていた肉やサラダなどが忽然と姿を消していた。
(いつ食べたんだ!?)
ずっと彼女と話をしていたはずなのに、彼女がいつ食べ終えたかわからなかったハンジは、驚きを隠せなかった。
だが、それ以上に団長から直々に頑張れと応援の言葉を貰えたことに喜びを隠せなかったハンジは、その日のパーティ中、ずっとスキップをするかのようにパーティを楽しんだとらしい。