紫州事変
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秀麗達が茶州へ旅立ってから、どのくらい経っただろうか。
彼女達から文が来ることはなかったが、邵可さんと度々会うことがあり、その際府庫の手伝いなどをさせてもらった時に、主上から秀麗の現在の様子などを聞いていたため、特に心配することなどはなかった。
状況は悪いらしいけれども、彼女たちなら大丈夫だろうと、漠然とした思いがあったからかもしれない。
「おや、ヒカル。おはようございます、今日は仕事ですか?」
朝、日が昇る頃に早めに家を出たため、のんびりと仕事場へ向かう途中、邵可さんに会った。
「おはようございます、そうなんです。邵可さんは、お散歩ですか?」
「えぇ、そんなものですね。仕事が長引いてしまって、府庫に泊まったんです。少し家に帰ったら、また府庫に戻りますよ」
「では邵可さん、寝てないんじゃないですか?」
「向こうで少し仮眠を取っているので、大丈夫ですよ」
「駄目ですよ?睡眠不足は体調を崩しやすくしてしまいます。せめて、朝ご飯はしっかり食べてくださいね」
そこで、ふと私は自身が今何を持っているのかを思い出して、徐にカバンからある袋を一つ取り出した。
「これ、どうしても忙しい時には、ぱくっと一口で食べてみてください」
「ありがとう、これはなんだい?」
「私の国のものではないんですけど、クッキーです。甘い茶葉があったので、一緒に入れて焼いてみたんです。お茶は眠気覚ましにもいいですし、丁度いいかと思って……」
邵可さんは、袋をじっと見つめてから少し微笑んでもう一度礼を言った。
「いえ、じゃあ私はここで。また、明日か明後日にでも、そちらにお伺いしてもいいですか?」
「えぇ、もちろんです」
ニッコリと互いに微笑み合って、私は仕事場へ向かった。
秀麗達に頼まれていたということもあるが、邵可さんは本当に彼女たちがいなくなってから元気がないように見える。
加えて、料理は物凄く苦手との話も聞いていたため、彼女たちの留守中定期的に様子を見ていた。もちろん、これも頼まれていたことのうちの一つであったが、そんなこと関係なく彼女は、明日また彼の家を伺おうと頭の中でスケジュールを考えたのだった。
「…………いらっしゃいませ」
「あぁ」
ここ最近、人の出入りが激しかった理由は、国試を受けにあらゆる場所から人が集まっていたからだということは知っていた。
だが、その人の多さが納まってきた頃になって、この方はやってきたのだ。
つまりは、国試は終わったということなのだろう。
しかし、珍しい。
いつも夜に三人でしか来られない方々のうちの一人が、私と同い年か少し若い青年を連れてやってきたのだから。
「葵皇毅様、お久しぶりでございます。本日は、特別室が清掃中のため利用できない状態にあるのですが……」
「構わん、今日はすぐに御史台へ戻らねばならん。腹ごしらえがしたい。何か適当に頼む」
「か、かしこまりました」
二名を案内し、早速厨房に料理を頼む。
「葵皇毅様だって!?お昼に来られるなんて珍しいな」
「はい、料理は特に何か指定されなかったんですが、何だか忙しいようでした。お腹が膨れるもので、すぐに食べられそうなものがいいのかもしれません。あと、腹持ちがいいものがいいと思います」
「なるほどなぁ……わかった、こっちは俺らに任せて、お前はさっさとお茶を持って行って来い」
「わかりました!」
さて、今日はどの茶葉を使おうか。
迷った末に、飲みやすさを重視して茶葉を選んだ。
すぐに出来上がったそれを持って、席へと向かう。
「お待たせいたしました」
私がお茶を置くと、彼らは二人して怪訝そうにその茶器を持つ。
「おい、これはどういうことだ?」
「はい、冷たいお茶にしました。茉莉花茶です。こちらの国では、あまり冷たいお茶というのはないようだったのですが、私の故郷ではよくあって、すぐに飲めて朝から疲れっぱなしの頭をリフレッシュされるのに、最適かと思ったのですが……」
段々自信がなくなってきて、最後の方は少し尻すぼみになってしまったが、しっかり伝えると葵皇毅様に同伴してきた青年がプッと静かに笑いを零した。
「なるほど、長官。貴方がこのお店に執着する理由、少しわかったような気がします」
葵皇毅様は、青年の言葉に返答することなく一口茶を飲んだ。
それを見て、青年も茶を口に含む。
「確かに、飲みやすいな」
「そう言っていただけて、良かったです」
一つ何か間違えるだけでも、何が起こるかわからない貴族の方々へのお茶や食事を運ぶのは、本当に骨が折れる。
「初めて来ましたが、ここはいつもこんな風に、その人に合わせて茶を出してくれるんですか?」
「はい、なるべくお客様に美味しく楽しく、幸せになってもらうための場所だと思っていますので」
「へぇ~」
何故かにんまりと笑う彼は、葵皇毅様とどこか似た雰囲気を持つ青年だと思った。
「それでは、失礼いたします」
まぁ、彼との出会いもこれで終わりだろう。
忙しいようだったし、当分はまた平和な仕事生活を送ることが出来るだろうと油断していた私の心は、一瞬で吹き飛ばされることとなる。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
なぜまた来た、青年。
疑問符を頭に沢山浮かべながら、しかし料理を気に入ってくれたのならまぁ、嬉しい限りだと思いながら席に案内する。
彼も貴族か何かかと思ったが、特別室に案内しなくても何とも思っていなさそうだったため、そのまま普通の一人席へと案内した。
「夜も、こんなに賑わっているんですか?」
「え、えぇ、そうですね。日によって、多少の変動はありますが」
次は何を聞かれるのかと思っていると、昨日とは違い、毒気のない笑顔で料理を普通に注文された。
呆気にとられたのは一瞬で、すぐさま厨房にメニューを伝えて、どの茶を淹れようかと思案する。
(どうしよう、あの人って若いみたいだけど、あんまり甘いお茶とか好きそうな感じじゃないし……かといって、高級茶を飲んでそうなイメージもないし)
ちらりと彼のいる方へ目を向けると、両目の目頭を抑えて少し目を閉じていた。
(目が、疲れてる?)
しかし、目の疲れが取れるような茶などは、もちろんない。
だが、もうそんなことを言っている暇はない。
早くお茶を出さなければと思い、パッと目についた茶葉を選んだ。
この世界では珍しい、透明な茶器に入れて茶を出すと、彼は「今日は冷たいお茶ではないんですね」と微笑んだ。
「これは……花茶か」
「はい、天堂鳥です。少し、目が疲れているようでしたので、遠くを見たり、緑を見たりすると目の疲れが少しは改善されるかと」
「よくわかったな」
「先ほど、少し目を抑えていらっしゃいましたから」
「……なるほど」
どうやら満足していただけたらしい。
それを確認して、すぐにその場から下がった。
後は、料理を出すだけだと思っていると、不意にフロアに目を向けていると、彼と目が合いちょいちょいと手招きされたため、そちらに向かった。
「何か、御用でしょうか?」
「何か、もう一品頼もうかと思うんですけど、何かおすすめのものはありますか?」
「そうですね……」
一度注文した後に突然呼ばれると、先ほどの注文を変えたいのか、または何か不備があって呼ばれたのかと、つい緊張してしまうのは、仕方のないことだと思う。
「まだお腹が空いているようでしたら、こちらのご飯物がおすすめですが、あまり空いていないようでしたら、こちらの胡麻団子などが良いのではないかと思います」
「そうですか……じゃあ、胡麻団子をお願いします」
「かしこまりました」
すぐさま厨房に引っ込み、胡麻団子を追加注文した。
(良かった~、何か粗相があったのかとビビってしまった)
その後、彼は胡麻団子を食べ終えてすぐに店を出て行ったらしく、忙しくて彼がいつの間にか帰ったことを、後から同僚に聞いた。
何日か経った日、気付けば常連となっていた青年は、今日はお店に来ていなかった。
それでも忙しい日々に変わりはなく、ただただ慌ただしくミスのないように丁寧に素早い接客を行うことを心掛けて、一日の仕事を何とか無事に終えることが出来た。
「お疲れ様でしたー」
余った野菜をいただいて、ようやく店を出る頃には、やはり外はどっぷりと夜になっていた。
もうすっかり慣れた道を通りながら、今日手に入った野菜で明日の朝ご飯は何を食べようかと思案していると、不意に路地裏から声が聞こえてきた。
「――――めぇは、そこで――――――――」
「それがいいな。――――――――」
「おい、でけぇ声で喋るな!――――」
何やら、小さな声で呟いていた声が聞こえてきたため、物陰に隠れて目を凝らしながら様子を伺った。
そこには、刀を持った数人の男がいて、彼らは倒れた男一人を囲うように立っていた。
(え、殺人!? どうしよう! とりあえず、御史台に報告すればいいのかな。でも、民間人がどうやって御史台に報告すればいいんだろうか)
とにかく、要らぬ火の粉を浴びぬ内に、ひとまず家に帰って野菜を置いてきてから、葵長官に連絡を取る手段でも考えよう。
そう決めて動こうとした瞬間に、彼らは何かを見つけたのか「逃げろ!」と小さく叫んで、散り散りになってどこかへと消えて行ってしまった。
どこからも人の気配がしなくなったのを確認してから、倒れている人のところへ駆け寄ると、その人の姿を見て私は思わず唖然としてしまった。
今日は珍しく来ないと思っていた、例の青年が倒れていたからだ。
呼びかけると、何とか意識はあったようで、医者の所へ運ぼうと彼をなんとか抱え上げると、彼は辛そうに御史台へ行って欲しいと告げた。
「…………すまない」
「大丈夫ですよ。では、御史台まで行きますね」
そういえば、彼は葵長官の部下だったと思い出した私は、素直に彼を御史台まで運ぼうと彼を抱え直して、そこへ向かった。
しかし、御史台へ向かうまでは良かったのだが、御史台前の門番に私は捕えられてしまった。
「こんな夜中に陸御史に何をした!? そのうえ、この御史台へ堂々と踏み込もうなど、この不届き者めが!」
と怒鳴り散らされ、青年は門番に連れて行かれ、私は地下牢へと連行されてしまった。
(なぜこんなことに……)
ただ運んできただけなのに、どこをどう勘違いしたのか、絶対十中八九私が青年を傷つけた犯人だと思われているに違いない。
誤解が解けるまでは、絶対にここから解放されることはないだろう。
しかし、一応葵長官とも陸という青年とも顔見知りだ。
そんなことはしていないと理解してくれれば、きっと助けに来てくれるだろう。
そうでない場合は仕方がないので、別の方法を考えなくてはならないが。
それでも、今こんなことを考えても仕方がない。
ぐぅぅぅ、きゅるるぅうぅぅ…………
とりあえずは、この空腹を何とかしなければならない。
豪快に地下牢に鳴り響いた腹の音に、自分の腹をやわやわと撫でる。
タイミングよくと言っていいのか、とりあえず運ばれてきた食事を静かに食べ始めることにした。
彼女達から文が来ることはなかったが、邵可さんと度々会うことがあり、その際府庫の手伝いなどをさせてもらった時に、主上から秀麗の現在の様子などを聞いていたため、特に心配することなどはなかった。
状況は悪いらしいけれども、彼女たちなら大丈夫だろうと、漠然とした思いがあったからかもしれない。
「おや、ヒカル。おはようございます、今日は仕事ですか?」
朝、日が昇る頃に早めに家を出たため、のんびりと仕事場へ向かう途中、邵可さんに会った。
「おはようございます、そうなんです。邵可さんは、お散歩ですか?」
「えぇ、そんなものですね。仕事が長引いてしまって、府庫に泊まったんです。少し家に帰ったら、また府庫に戻りますよ」
「では邵可さん、寝てないんじゃないですか?」
「向こうで少し仮眠を取っているので、大丈夫ですよ」
「駄目ですよ?睡眠不足は体調を崩しやすくしてしまいます。せめて、朝ご飯はしっかり食べてくださいね」
そこで、ふと私は自身が今何を持っているのかを思い出して、徐にカバンからある袋を一つ取り出した。
「これ、どうしても忙しい時には、ぱくっと一口で食べてみてください」
「ありがとう、これはなんだい?」
「私の国のものではないんですけど、クッキーです。甘い茶葉があったので、一緒に入れて焼いてみたんです。お茶は眠気覚ましにもいいですし、丁度いいかと思って……」
邵可さんは、袋をじっと見つめてから少し微笑んでもう一度礼を言った。
「いえ、じゃあ私はここで。また、明日か明後日にでも、そちらにお伺いしてもいいですか?」
「えぇ、もちろんです」
ニッコリと互いに微笑み合って、私は仕事場へ向かった。
秀麗達に頼まれていたということもあるが、邵可さんは本当に彼女たちがいなくなってから元気がないように見える。
加えて、料理は物凄く苦手との話も聞いていたため、彼女たちの留守中定期的に様子を見ていた。もちろん、これも頼まれていたことのうちの一つであったが、そんなこと関係なく彼女は、明日また彼の家を伺おうと頭の中でスケジュールを考えたのだった。
「…………いらっしゃいませ」
「あぁ」
ここ最近、人の出入りが激しかった理由は、国試を受けにあらゆる場所から人が集まっていたからだということは知っていた。
だが、その人の多さが納まってきた頃になって、この方はやってきたのだ。
つまりは、国試は終わったということなのだろう。
しかし、珍しい。
いつも夜に三人でしか来られない方々のうちの一人が、私と同い年か少し若い青年を連れてやってきたのだから。
「葵皇毅様、お久しぶりでございます。本日は、特別室が清掃中のため利用できない状態にあるのですが……」
「構わん、今日はすぐに御史台へ戻らねばならん。腹ごしらえがしたい。何か適当に頼む」
「か、かしこまりました」
二名を案内し、早速厨房に料理を頼む。
「葵皇毅様だって!?お昼に来られるなんて珍しいな」
「はい、料理は特に何か指定されなかったんですが、何だか忙しいようでした。お腹が膨れるもので、すぐに食べられそうなものがいいのかもしれません。あと、腹持ちがいいものがいいと思います」
「なるほどなぁ……わかった、こっちは俺らに任せて、お前はさっさとお茶を持って行って来い」
「わかりました!」
さて、今日はどの茶葉を使おうか。
迷った末に、飲みやすさを重視して茶葉を選んだ。
すぐに出来上がったそれを持って、席へと向かう。
「お待たせいたしました」
私がお茶を置くと、彼らは二人して怪訝そうにその茶器を持つ。
「おい、これはどういうことだ?」
「はい、冷たいお茶にしました。茉莉花茶です。こちらの国では、あまり冷たいお茶というのはないようだったのですが、私の故郷ではよくあって、すぐに飲めて朝から疲れっぱなしの頭をリフレッシュされるのに、最適かと思ったのですが……」
段々自信がなくなってきて、最後の方は少し尻すぼみになってしまったが、しっかり伝えると葵皇毅様に同伴してきた青年がプッと静かに笑いを零した。
「なるほど、長官。貴方がこのお店に執着する理由、少しわかったような気がします」
葵皇毅様は、青年の言葉に返答することなく一口茶を飲んだ。
それを見て、青年も茶を口に含む。
「確かに、飲みやすいな」
「そう言っていただけて、良かったです」
一つ何か間違えるだけでも、何が起こるかわからない貴族の方々へのお茶や食事を運ぶのは、本当に骨が折れる。
「初めて来ましたが、ここはいつもこんな風に、その人に合わせて茶を出してくれるんですか?」
「はい、なるべくお客様に美味しく楽しく、幸せになってもらうための場所だと思っていますので」
「へぇ~」
何故かにんまりと笑う彼は、葵皇毅様とどこか似た雰囲気を持つ青年だと思った。
「それでは、失礼いたします」
まぁ、彼との出会いもこれで終わりだろう。
忙しいようだったし、当分はまた平和な仕事生活を送ることが出来るだろうと油断していた私の心は、一瞬で吹き飛ばされることとなる。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
なぜまた来た、青年。
疑問符を頭に沢山浮かべながら、しかし料理を気に入ってくれたのならまぁ、嬉しい限りだと思いながら席に案内する。
彼も貴族か何かかと思ったが、特別室に案内しなくても何とも思っていなさそうだったため、そのまま普通の一人席へと案内した。
「夜も、こんなに賑わっているんですか?」
「え、えぇ、そうですね。日によって、多少の変動はありますが」
次は何を聞かれるのかと思っていると、昨日とは違い、毒気のない笑顔で料理を普通に注文された。
呆気にとられたのは一瞬で、すぐさま厨房にメニューを伝えて、どの茶を淹れようかと思案する。
(どうしよう、あの人って若いみたいだけど、あんまり甘いお茶とか好きそうな感じじゃないし……かといって、高級茶を飲んでそうなイメージもないし)
ちらりと彼のいる方へ目を向けると、両目の目頭を抑えて少し目を閉じていた。
(目が、疲れてる?)
しかし、目の疲れが取れるような茶などは、もちろんない。
だが、もうそんなことを言っている暇はない。
早くお茶を出さなければと思い、パッと目についた茶葉を選んだ。
この世界では珍しい、透明な茶器に入れて茶を出すと、彼は「今日は冷たいお茶ではないんですね」と微笑んだ。
「これは……花茶か」
「はい、天堂鳥です。少し、目が疲れているようでしたので、遠くを見たり、緑を見たりすると目の疲れが少しは改善されるかと」
「よくわかったな」
「先ほど、少し目を抑えていらっしゃいましたから」
「……なるほど」
どうやら満足していただけたらしい。
それを確認して、すぐにその場から下がった。
後は、料理を出すだけだと思っていると、不意にフロアに目を向けていると、彼と目が合いちょいちょいと手招きされたため、そちらに向かった。
「何か、御用でしょうか?」
「何か、もう一品頼もうかと思うんですけど、何かおすすめのものはありますか?」
「そうですね……」
一度注文した後に突然呼ばれると、先ほどの注文を変えたいのか、または何か不備があって呼ばれたのかと、つい緊張してしまうのは、仕方のないことだと思う。
「まだお腹が空いているようでしたら、こちらのご飯物がおすすめですが、あまり空いていないようでしたら、こちらの胡麻団子などが良いのではないかと思います」
「そうですか……じゃあ、胡麻団子をお願いします」
「かしこまりました」
すぐさま厨房に引っ込み、胡麻団子を追加注文した。
(良かった~、何か粗相があったのかとビビってしまった)
その後、彼は胡麻団子を食べ終えてすぐに店を出て行ったらしく、忙しくて彼がいつの間にか帰ったことを、後から同僚に聞いた。
何日か経った日、気付けば常連となっていた青年は、今日はお店に来ていなかった。
それでも忙しい日々に変わりはなく、ただただ慌ただしくミスのないように丁寧に素早い接客を行うことを心掛けて、一日の仕事を何とか無事に終えることが出来た。
「お疲れ様でしたー」
余った野菜をいただいて、ようやく店を出る頃には、やはり外はどっぷりと夜になっていた。
もうすっかり慣れた道を通りながら、今日手に入った野菜で明日の朝ご飯は何を食べようかと思案していると、不意に路地裏から声が聞こえてきた。
「――――めぇは、そこで――――――――」
「それがいいな。――――――――」
「おい、でけぇ声で喋るな!――――」
何やら、小さな声で呟いていた声が聞こえてきたため、物陰に隠れて目を凝らしながら様子を伺った。
そこには、刀を持った数人の男がいて、彼らは倒れた男一人を囲うように立っていた。
(え、殺人!? どうしよう! とりあえず、御史台に報告すればいいのかな。でも、民間人がどうやって御史台に報告すればいいんだろうか)
とにかく、要らぬ火の粉を浴びぬ内に、ひとまず家に帰って野菜を置いてきてから、葵長官に連絡を取る手段でも考えよう。
そう決めて動こうとした瞬間に、彼らは何かを見つけたのか「逃げろ!」と小さく叫んで、散り散りになってどこかへと消えて行ってしまった。
どこからも人の気配がしなくなったのを確認してから、倒れている人のところへ駆け寄ると、その人の姿を見て私は思わず唖然としてしまった。
今日は珍しく来ないと思っていた、例の青年が倒れていたからだ。
呼びかけると、何とか意識はあったようで、医者の所へ運ぼうと彼をなんとか抱え上げると、彼は辛そうに御史台へ行って欲しいと告げた。
「…………すまない」
「大丈夫ですよ。では、御史台まで行きますね」
そういえば、彼は葵長官の部下だったと思い出した私は、素直に彼を御史台まで運ぼうと彼を抱え直して、そこへ向かった。
しかし、御史台へ向かうまでは良かったのだが、御史台前の門番に私は捕えられてしまった。
「こんな夜中に陸御史に何をした!? そのうえ、この御史台へ堂々と踏み込もうなど、この不届き者めが!」
と怒鳴り散らされ、青年は門番に連れて行かれ、私は地下牢へと連行されてしまった。
(なぜこんなことに……)
ただ運んできただけなのに、どこをどう勘違いしたのか、絶対十中八九私が青年を傷つけた犯人だと思われているに違いない。
誤解が解けるまでは、絶対にここから解放されることはないだろう。
しかし、一応葵長官とも陸という青年とも顔見知りだ。
そんなことはしていないと理解してくれれば、きっと助けに来てくれるだろう。
そうでない場合は仕方がないので、別の方法を考えなくてはならないが。
それでも、今こんなことを考えても仕方がない。
ぐぅぅぅ、きゅるるぅうぅぅ…………
とりあえずは、この空腹を何とかしなければならない。
豪快に地下牢に鳴り響いた腹の音に、自分の腹をやわやわと撫でる。
タイミングよくと言っていいのか、とりあえず運ばれてきた食事を静かに食べ始めることにした。