紫州事変
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「こんばんは~」
いつも通り、仕事場に着いて裏に入り挨拶をしていると、店長が血相を変えて飛びついてきた。
「遅かったじゃないか!?」
「え?あ、すみません。でも、今日は夜から仕事って………」
「君じゃなきゃ相手できないんだ!早くお茶持って、ほら行って行って!!粗相のないようにね!」
来た途端に、お茶を三つ渡された私は、ぽいっと厨房から追い出された。
一体何事か、いまいち状況がよく読めない中、店長に言われた通り金持ち専用の特別室へとお茶を……………
(金持ち、三人組、店長でもお手上げ、夜、粗相のないように……)
まさか、そんなわけはない。
彼等は、ここ二週間ほど夜になると毎日やってきては、私にお茶を淹れるように頼んでいた。
毎日、彼らの体調に合わせてお茶の種類を変えてみたり、リラックスしたいように見えたら、リラックスできるような香りの茶葉を選んでみたりと、三日ほど毎日通われたときに工夫したところ、どうにもそれが大変お気に召したようだった。
それからというもの、彼等は二週間休みなく来ては茶を淹れろと頼まれていた。
正直言って、迷惑なほど毎日通われており、最早常連と化してきていたのだが。
数日前より、二日続けて来ることがなくなり、彼らもやはり金持ちと言えどお忙しい身の上なのだろうと皆でホッとして、いつも通りこれで仕事できると思った矢先の出来事である。
これじゃ、安心して仕事できるわけもない。
店長は、新手の嫌がらせなのかと嘆きながらも、羽振りのいい彼等の来店には喜んでいたため、無碍に扱うこともできず丁重なおもてなしを行っていた。
(それが、いつも私に皺寄せが来ていたわけなのだけれど……)
ドアをノックして、ゆっくりと開けると、やはりそこには三人がいた。
「こんばんは、ヒカルちゃん」
「お久しぶりですね、凌晏樹様」
「さて、今日の茶はなんだ?」
「え、あ、いえ!これは、その、淹れなおして参りますので、しばらくお待ちください!」
しまった。
この茶は、私が淹れたものではない。
店長が適当に高級茶葉を選んで慌てて淹れたものだ。
これを私が出すということは、私が淹れたことになる。
だが、彼等は高級茶葉には慣れているため、少し変わった趣向のものがお好きだと言うことがここ最近わかったので、このお茶では彼等は満足しないことなど、火を見るより明らかだった。
「なぜ?」
「これは、その、違う方に出すもので……皆様には、ご挨拶にとお伺いさせていただきに来た次第でございまして。見逃していただけると、非常に有難いのですが」
「その茶で良い。私は今、喉が渇いている。いただくわけには行かぬのか?」
「で、ですが……」
「ダメなの?」
「こ、これはその……私が淹れたお茶ではないのですが………」
「なら、さっさと淹れてこい」
「は、はいぃぃぃ!!」
相も変わらず冷たい葵皇毅様より、お許しの言葉を頂けたため、私は慌てて厨房に戻りお茶を淹れる。
(さて、今日はどうしようか……)
最近、疲れが取れるものや高級茶葉など、結構な種類のお茶を出したため、そろそろこの店で出せる種類ももう少ない。
(あれ?)
そこで、ふと私の目に留まったのは、変わった茶葉。
「あの、店長!」
店長に教えてもらった初めて見た茶葉で早速茶を淹れて、私は特別室へと向かった。
「失礼します」
部屋に入ると、もういくつかの料理が既にそこには運ばれていた。
そういえば、私もお腹空いたなぁと思いながらも、空いている場所にお茶を置いた。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「この香りは……甘露茶かな?」
「さすが凌晏樹様ですね。そうです、茶州で有名なお茶だとか」
「そうだな。飲むのは、久しぶりかもしれんな」
「甘い茶など、邪道だ」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。たまには、こういうのも悪くないでしょ」
「黙れ。お前がいるだけで、料理も酒も不味くなる」
「なら来なければいいのに。素直じゃないね、御史台長官サマは」
「相も変わらず、仲が良いなお前たちは」
何故だろうか。
お茶だけで、こんなにこの人たちは和やかになるなんて。
ずっと思っていたけれど、この人たちって実は仕事場で山のようにストレスを抱え込んだりしているのではないだろうか。
凌晏樹様を除いて、二人だけ。
彼は、ストレスを感じるような生活とは、無縁の人生を送っているように見える。
とにもかくにも、そんなことはどうでもいい。
(やるべきことはやった。さっさとこの場から下がろう)
ススス、と静かな声で「失礼いたしました」と言って下がろうとすると、旺季様に「ちょっと待て」と止められてしまった。
やっぱり、素直に返してはくれないらしい。
今までだって、一度も素直に厨房に戻れたことなどなかったから。
「きょ、今日はどんな御用でしょうか?」
「お前は、ヒカルと言ったな。ここで働いているということは、お前も料理が作れるということか?」
「え?いいえ全然!!」
咄嗟に、「家庭料理のような粗末なものですが…」と言いそうになった言葉を、いいえ全然と変更した。
料理を作ることはあるなんて言った日には、絶対に作らされる。
挙句の果てに、毎回来るたびに作らされる羽目になる。
ような気がする。
(それは断固阻止!)
「作れるでしょ…前に、ここの従業員が話していたよ。君の作るまかない料理は斬新で美味しいってね」
髪の毛をくるくると手で弄びながら、ちらりと私の方に視線を向けられる。
「………いやですよ」
「まだ何も言っていないではないか」
「旺季様……御三方の言いたいことは、大体わかります」
「へ~、わかるんだ?」
「はい、絶対嫌です」
「では、二択にしてやろう」
とうとう葵皇毅様までもが、この話題に食いついてきた。
三対一なんて、どう足掻いたってこちらの方が分が悪い。
しかも、この三人はそこら辺で働くオジサマ方とは違い、国の中枢で政をしている頭が非常にキレるオジサマ方だ。
(なんて恐ろしいトライアングル……!)
「一つは、お前の料理を我々に食させること。もう一つ目は、お前が官吏になること。さぁ、どちらかを選べ」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんで、その二択なんですか!?おかしいですよ!明らかにどちらも、こっちの要望無視じゃないですか!」
「えー、だって二択ってそういうものでしょ?」
「凌晏樹様、わざと言ってませんか、それ」
「んふふ、さぁ?」
「まぁ、ヒカルとて今は業務時間で忙しいだろう。また、日を改めて来たら良いのではないか?」
旺季様の助け舟に、思わず飛びついた私だった。
作らされるという事実に変わりはないものの、いい加減に特別室だけでなく、他のところにも回らなければならない。
人手が足りないと、今頃厨房などでは大慌て状態では困る。
「次に来るときは、二人分の食事を用意してやってくれ」
「え?二人分ですか?」
「私は、ヒカルの茶が飲めるだけで十分だ」
あぁ、家で食べるのかなと思っていると、旺季様の両脇から心配そうな声が聞こえてきた。
「駄目ですよ、旺季様。せっかくヒカルがご飯を作ってくれるんですから、食べましょう一緒に」
「ずっと食べていないのは、身体に良くありません。何か食べてください」
「ずっと、食べていないんですか、旺季様」
私たち三人から言われた旺季様は、苦笑いしながら言った。
「少し食欲がないだけだ。前は、茶を飲むことすら億劫だったのだが、ヒカルの茶は美味いからな。ついつい、飲み過ぎてしまう」
「少しじゃないじゃないですか!」
凌晏樹様が、物凄く心配そうに言う。
葵皇毅様も、心配そうに旺季様の顔色を窺っている。
そんなことをされてしまうと、こちらも心配になってしまうのは仕方がない。
「………わかりました、簡単なものでよろしければ一品だけ用意させていただきます。それ以外に何か頼まれる場合は、厨房にいる者が作りますが、構いませんか?」
「いや、私は「あぁ、じゃあお願いするよ」」
旺季様の言葉を遮って言われた言葉に頷いて、私は特別室を後にした。
店長に事情を説明すると、快く厨房を使っていいという許可をいただいたため、腕を捲り手をよく洗いながら、何を作ろうかと考える。
(食欲が出て、見た目でも楽しめて、美味しいもの……)
「あ、そうだ!」
見た目でも楽しめて、お茶しか飲めない程食欲がない人が食べれる、美味しいもの!
思いついたら、行動は早い。
ついでに、この料理を作った後に、材料を多めに作っておき、アレンジしたものを今日のまかない料理の一品目にしてしまおうと決めた。
だしを取り、きのこを使い、着々と出来上がっていくその料理に厨房にいる仲間たちも興味津々だ。
「上手そうな匂いがするなぁ」
「はい、これは具を食べるよりも香りを楽しむ料理なんです」
「「へ~」」
仲間たちにも軽く説明しながら、出来上がったそれを持って私は特別室へと向かった。
扉を開けると、そこには既に平らげられたいくつかの皿があり、それを下げてから作ってきた料理を並べた。
「どうぞ、松茸の土瓶蒸しです」
「土瓶蒸し?」
「はい、まずはお猪口にだしをこうして、注いでください」
一人分注いで、旺季様に渡すと、二人も同じようにした。
「食べ方が決まっているのか?」
「いえ。ですが、これは食べることよりも香りを楽しむための料理なので、そのだしを飲みながら、香りを楽しんでください」
三人が、ほぼ同時にお猪口を傾けてそれを飲み干す。
旺季様も、お茶が飲めるので、それもくいっと軽く飲んだ。
「うむ、初めて飲む味だ。さっぱりとしている中に、きのこの旨味や色々な味が濃縮されている」
「美味しいね~、初めて飲む味だよ」
「この土瓶の中に、具が入っているのか?」
「そうです、具も召し上がれますよ。では、私はこれで失礼します。どうぞ、ごゆっくり」
ほう、とかへ~、とか三人が感心しているうちに、ささっと食べ終えた皿などをまとめて特別室から出た。
ふぅ~っと一息ついて、まかない料理を仕上げに急ぐ。
あと一時間で閉店だ。
それまでに終わらせて、皆の仕事に合流したいと思いながら、頭の中でまた計算をする。
(さっき、もう卵は溶いておいたから、あとは濾してからさっき大目に作っただしと具材と合わせて……その前に、蒸し器の準備もしておかないと)
きっちりと算段をつけて、料理に取り掛かる。
三十分ほどで全員分のまかない料理を作り終えたので、それから閉店までは通常通りの仕事を行った。
「ありがとうございました!」
閉店間近になり、帰っていくお客様を見送っていると、旺季様達が会計を済ませているところに出くわした。
「あぁ、ヒカル。先ほどの土瓶蒸しとやら、とても美味しかった」
「ありがとうございます。久しぶりの食事だったのなら、美味しさも倍増ですしね」
「ありがとうね、ヒカル。旺季様が食事をするなんて、久しぶりに見れたんだよ」
「これから暫く来れない日が続くのが、残念だな」
「何かあるんですか?」
「お前も知っているはずだ。もうすぐ、国試が始まる。我々も、忙しくなる」
葵皇毅様の言葉で、ふと思い出したのは秀麗の顔だった。
そういえば、ここ暫く会っていないけれど(静蘭に釘を刺されたから)、秀麗は元気だろうか。
「落ち着いたら、また来る」
「はい、ありがとうございました!またのご来店を、お待ちしております」
三人を見送り、ようやく閉店した楽虹天。
だが、店内はガヤガヤと賑やかなままだ。
「どうぞー、今日のまかないは茶碗蒸しと、豚肉の蒲焼丼です!」
「「「「「いっただっきまーす!!」」」」」
「これって、あれだろ?土瓶蒸しってやつから、アレンジして作ったんだろ?茶碗蒸し!」
「そうですよ、故郷ではよく祖母に作ってもらっていて……大好きなんです、茶碗蒸し」
「なるほどなー、お前の故郷ってほんと変わっているよな!」
「オレも行ってみたいぜー、こんな斬新な料理があるんだからさ!」
「豚肉の蒲焼丼も美味しい~!」
「ありがとうございます」
こうして、今日の楽虹天での日々も終了した。
いつも通り、仕事場に着いて裏に入り挨拶をしていると、店長が血相を変えて飛びついてきた。
「遅かったじゃないか!?」
「え?あ、すみません。でも、今日は夜から仕事って………」
「君じゃなきゃ相手できないんだ!早くお茶持って、ほら行って行って!!粗相のないようにね!」
来た途端に、お茶を三つ渡された私は、ぽいっと厨房から追い出された。
一体何事か、いまいち状況がよく読めない中、店長に言われた通り金持ち専用の特別室へとお茶を……………
(金持ち、三人組、店長でもお手上げ、夜、粗相のないように……)
まさか、そんなわけはない。
彼等は、ここ二週間ほど夜になると毎日やってきては、私にお茶を淹れるように頼んでいた。
毎日、彼らの体調に合わせてお茶の種類を変えてみたり、リラックスしたいように見えたら、リラックスできるような香りの茶葉を選んでみたりと、三日ほど毎日通われたときに工夫したところ、どうにもそれが大変お気に召したようだった。
それからというもの、彼等は二週間休みなく来ては茶を淹れろと頼まれていた。
正直言って、迷惑なほど毎日通われており、最早常連と化してきていたのだが。
数日前より、二日続けて来ることがなくなり、彼らもやはり金持ちと言えどお忙しい身の上なのだろうと皆でホッとして、いつも通りこれで仕事できると思った矢先の出来事である。
これじゃ、安心して仕事できるわけもない。
店長は、新手の嫌がらせなのかと嘆きながらも、羽振りのいい彼等の来店には喜んでいたため、無碍に扱うこともできず丁重なおもてなしを行っていた。
(それが、いつも私に皺寄せが来ていたわけなのだけれど……)
ドアをノックして、ゆっくりと開けると、やはりそこには三人がいた。
「こんばんは、ヒカルちゃん」
「お久しぶりですね、凌晏樹様」
「さて、今日の茶はなんだ?」
「え、あ、いえ!これは、その、淹れなおして参りますので、しばらくお待ちください!」
しまった。
この茶は、私が淹れたものではない。
店長が適当に高級茶葉を選んで慌てて淹れたものだ。
これを私が出すということは、私が淹れたことになる。
だが、彼等は高級茶葉には慣れているため、少し変わった趣向のものがお好きだと言うことがここ最近わかったので、このお茶では彼等は満足しないことなど、火を見るより明らかだった。
「なぜ?」
「これは、その、違う方に出すもので……皆様には、ご挨拶にとお伺いさせていただきに来た次第でございまして。見逃していただけると、非常に有難いのですが」
「その茶で良い。私は今、喉が渇いている。いただくわけには行かぬのか?」
「で、ですが……」
「ダメなの?」
「こ、これはその……私が淹れたお茶ではないのですが………」
「なら、さっさと淹れてこい」
「は、はいぃぃぃ!!」
相も変わらず冷たい葵皇毅様より、お許しの言葉を頂けたため、私は慌てて厨房に戻りお茶を淹れる。
(さて、今日はどうしようか……)
最近、疲れが取れるものや高級茶葉など、結構な種類のお茶を出したため、そろそろこの店で出せる種類ももう少ない。
(あれ?)
そこで、ふと私の目に留まったのは、変わった茶葉。
「あの、店長!」
店長に教えてもらった初めて見た茶葉で早速茶を淹れて、私は特別室へと向かった。
「失礼します」
部屋に入ると、もういくつかの料理が既にそこには運ばれていた。
そういえば、私もお腹空いたなぁと思いながらも、空いている場所にお茶を置いた。
「遅くなってしまい、申し訳ありません」
「この香りは……甘露茶かな?」
「さすが凌晏樹様ですね。そうです、茶州で有名なお茶だとか」
「そうだな。飲むのは、久しぶりかもしれんな」
「甘い茶など、邪道だ」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。たまには、こういうのも悪くないでしょ」
「黙れ。お前がいるだけで、料理も酒も不味くなる」
「なら来なければいいのに。素直じゃないね、御史台長官サマは」
「相も変わらず、仲が良いなお前たちは」
何故だろうか。
お茶だけで、こんなにこの人たちは和やかになるなんて。
ずっと思っていたけれど、この人たちって実は仕事場で山のようにストレスを抱え込んだりしているのではないだろうか。
凌晏樹様を除いて、二人だけ。
彼は、ストレスを感じるような生活とは、無縁の人生を送っているように見える。
とにもかくにも、そんなことはどうでもいい。
(やるべきことはやった。さっさとこの場から下がろう)
ススス、と静かな声で「失礼いたしました」と言って下がろうとすると、旺季様に「ちょっと待て」と止められてしまった。
やっぱり、素直に返してはくれないらしい。
今までだって、一度も素直に厨房に戻れたことなどなかったから。
「きょ、今日はどんな御用でしょうか?」
「お前は、ヒカルと言ったな。ここで働いているということは、お前も料理が作れるということか?」
「え?いいえ全然!!」
咄嗟に、「家庭料理のような粗末なものですが…」と言いそうになった言葉を、いいえ全然と変更した。
料理を作ることはあるなんて言った日には、絶対に作らされる。
挙句の果てに、毎回来るたびに作らされる羽目になる。
ような気がする。
(それは断固阻止!)
「作れるでしょ…前に、ここの従業員が話していたよ。君の作るまかない料理は斬新で美味しいってね」
髪の毛をくるくると手で弄びながら、ちらりと私の方に視線を向けられる。
「………いやですよ」
「まだ何も言っていないではないか」
「旺季様……御三方の言いたいことは、大体わかります」
「へ~、わかるんだ?」
「はい、絶対嫌です」
「では、二択にしてやろう」
とうとう葵皇毅様までもが、この話題に食いついてきた。
三対一なんて、どう足掻いたってこちらの方が分が悪い。
しかも、この三人はそこら辺で働くオジサマ方とは違い、国の中枢で政をしている頭が非常にキレるオジサマ方だ。
(なんて恐ろしいトライアングル……!)
「一つは、お前の料理を我々に食させること。もう一つ目は、お前が官吏になること。さぁ、どちらかを選べ」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんで、その二択なんですか!?おかしいですよ!明らかにどちらも、こっちの要望無視じゃないですか!」
「えー、だって二択ってそういうものでしょ?」
「凌晏樹様、わざと言ってませんか、それ」
「んふふ、さぁ?」
「まぁ、ヒカルとて今は業務時間で忙しいだろう。また、日を改めて来たら良いのではないか?」
旺季様の助け舟に、思わず飛びついた私だった。
作らされるという事実に変わりはないものの、いい加減に特別室だけでなく、他のところにも回らなければならない。
人手が足りないと、今頃厨房などでは大慌て状態では困る。
「次に来るときは、二人分の食事を用意してやってくれ」
「え?二人分ですか?」
「私は、ヒカルの茶が飲めるだけで十分だ」
あぁ、家で食べるのかなと思っていると、旺季様の両脇から心配そうな声が聞こえてきた。
「駄目ですよ、旺季様。せっかくヒカルがご飯を作ってくれるんですから、食べましょう一緒に」
「ずっと食べていないのは、身体に良くありません。何か食べてください」
「ずっと、食べていないんですか、旺季様」
私たち三人から言われた旺季様は、苦笑いしながら言った。
「少し食欲がないだけだ。前は、茶を飲むことすら億劫だったのだが、ヒカルの茶は美味いからな。ついつい、飲み過ぎてしまう」
「少しじゃないじゃないですか!」
凌晏樹様が、物凄く心配そうに言う。
葵皇毅様も、心配そうに旺季様の顔色を窺っている。
そんなことをされてしまうと、こちらも心配になってしまうのは仕方がない。
「………わかりました、簡単なものでよろしければ一品だけ用意させていただきます。それ以外に何か頼まれる場合は、厨房にいる者が作りますが、構いませんか?」
「いや、私は「あぁ、じゃあお願いするよ」」
旺季様の言葉を遮って言われた言葉に頷いて、私は特別室を後にした。
店長に事情を説明すると、快く厨房を使っていいという許可をいただいたため、腕を捲り手をよく洗いながら、何を作ろうかと考える。
(食欲が出て、見た目でも楽しめて、美味しいもの……)
「あ、そうだ!」
見た目でも楽しめて、お茶しか飲めない程食欲がない人が食べれる、美味しいもの!
思いついたら、行動は早い。
ついでに、この料理を作った後に、材料を多めに作っておき、アレンジしたものを今日のまかない料理の一品目にしてしまおうと決めた。
だしを取り、きのこを使い、着々と出来上がっていくその料理に厨房にいる仲間たちも興味津々だ。
「上手そうな匂いがするなぁ」
「はい、これは具を食べるよりも香りを楽しむ料理なんです」
「「へ~」」
仲間たちにも軽く説明しながら、出来上がったそれを持って私は特別室へと向かった。
扉を開けると、そこには既に平らげられたいくつかの皿があり、それを下げてから作ってきた料理を並べた。
「どうぞ、松茸の土瓶蒸しです」
「土瓶蒸し?」
「はい、まずはお猪口にだしをこうして、注いでください」
一人分注いで、旺季様に渡すと、二人も同じようにした。
「食べ方が決まっているのか?」
「いえ。ですが、これは食べることよりも香りを楽しむための料理なので、そのだしを飲みながら、香りを楽しんでください」
三人が、ほぼ同時にお猪口を傾けてそれを飲み干す。
旺季様も、お茶が飲めるので、それもくいっと軽く飲んだ。
「うむ、初めて飲む味だ。さっぱりとしている中に、きのこの旨味や色々な味が濃縮されている」
「美味しいね~、初めて飲む味だよ」
「この土瓶の中に、具が入っているのか?」
「そうです、具も召し上がれますよ。では、私はこれで失礼します。どうぞ、ごゆっくり」
ほう、とかへ~、とか三人が感心しているうちに、ささっと食べ終えた皿などをまとめて特別室から出た。
ふぅ~っと一息ついて、まかない料理を仕上げに急ぐ。
あと一時間で閉店だ。
それまでに終わらせて、皆の仕事に合流したいと思いながら、頭の中でまた計算をする。
(さっき、もう卵は溶いておいたから、あとは濾してからさっき大目に作っただしと具材と合わせて……その前に、蒸し器の準備もしておかないと)
きっちりと算段をつけて、料理に取り掛かる。
三十分ほどで全員分のまかない料理を作り終えたので、それから閉店までは通常通りの仕事を行った。
「ありがとうございました!」
閉店間近になり、帰っていくお客様を見送っていると、旺季様達が会計を済ませているところに出くわした。
「あぁ、ヒカル。先ほどの土瓶蒸しとやら、とても美味しかった」
「ありがとうございます。久しぶりの食事だったのなら、美味しさも倍増ですしね」
「ありがとうね、ヒカル。旺季様が食事をするなんて、久しぶりに見れたんだよ」
「これから暫く来れない日が続くのが、残念だな」
「何かあるんですか?」
「お前も知っているはずだ。もうすぐ、国試が始まる。我々も、忙しくなる」
葵皇毅様の言葉で、ふと思い出したのは秀麗の顔だった。
そういえば、ここ暫く会っていないけれど(静蘭に釘を刺されたから)、秀麗は元気だろうか。
「落ち着いたら、また来る」
「はい、ありがとうございました!またのご来店を、お待ちしております」
三人を見送り、ようやく閉店した楽虹天。
だが、店内はガヤガヤと賑やかなままだ。
「どうぞー、今日のまかないは茶碗蒸しと、豚肉の蒲焼丼です!」
「「「「「いっただっきまーす!!」」」」」
「これって、あれだろ?土瓶蒸しってやつから、アレンジして作ったんだろ?茶碗蒸し!」
「そうですよ、故郷ではよく祖母に作ってもらっていて……大好きなんです、茶碗蒸し」
「なるほどなー、お前の故郷ってほんと変わっているよな!」
「オレも行ってみたいぜー、こんな斬新な料理があるんだからさ!」
「豚肉の蒲焼丼も美味しい~!」
「ありがとうございます」
こうして、今日の楽虹天での日々も終了した。