紫州事変
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「国試?」
「そう、貴方も受けない?ヒカル」
秀麗が最近、めっきり働いていないという噂を聞き、どうやら宮廷から出てからとずっと勉学に励んでいると、周りの人たちから聞いた。
そこで私は、星型のクッキーを作り、勉強の合間にでも食べてもらおうと差し入れのつもりで持って行った。
すると、そこには藍将軍や、吏部侍郎もいた。
どうやら、晩御飯を食べに来ているらしく、私が来たことで一旦休憩しようとした秀麗が、突然私に国試の話を持ちかけてきたのだ。
もちろん、受けるつもりなどさらさらない。
「いや〜、私はまだこの国のことに詳しくないし、何より今の仕事に満足してるし。これ以上何かしようとは今のところ考えてないよ」
「そう……貴方が一緒に受けてくれたら、とても心強かったのに。でも、仕方ないわね。待っててね、ヒカル。私が官吏になったら、今よりもっとこの国を住みやすい豊かな国にするからね!」
「ありがとう。でも、秀麗の身体を大事にしてね。豊かな国になっても、秀麗が元気じゃなくちゃ、私は悲しいから」
「ヒカル………」
ガバッと抱きつかれ、秀麗は嬉しそうなので、ついつい私までつられて笑顔になってしまう。
「やれやれ。良いところを全部持っていかれてしまったようだ」
「お前は常に、そういうことにしか頭を使っていないのか、楸瑛」
「おや?君だって今、そう思っていただろう?」
「馬鹿が」
「さて、みなさんどうぞ座ってください。秀麗が作った菜がもう食卓に並んでいますよ」
「あ、邵可さん。こんばんは」
「やぁ、君も来ていたんだね。一緒に夕食でもどうだい?」
「いえ、今から仕事がありますので。すみませんが、今日はこれで」
「え?ヒカル、今日も仕事なの?最近、ずっと働いているって静蘭から聞いてるわよ?」
「え?そうかな……適当に休みはもらってるよ。じゃあね、秀麗、みなさんも。突然訪問してすみませんでした、失礼します」
ペコリと頭を下げて、颯爽と去って行ったヒカルを見て、秀麗はとてもガッカリとしていた。
それを見て、周りは苦笑いを浮かべながら、さぁ食事にしよう!と秀麗を席に座らせた。
紅家を出ると、すぐそこには静蘭がいた。
「こんばんは」
「お嬢様に、何か御用だったんですか?」
「はい。最近仕事にも全く出ず、仕事仲間が皆心配していたので、私が代表で様子を見に来たんです」
「そうですか。もう夜です。気を付けて帰ってくださいね」
「ありがとうございます」
そう言って、静蘭の横を通り過ぎようとすると、やんわりと腕を掴まれた。
「お嬢様は、これから忙しくなります。貴方に会う機会も、これからは随分と減るでしょう。私が言いたいことが、わかりますか?」
暗い中でもわかる。
彼の醸し出す雰囲気が、秀麗といる時とはまるで違う。
紅家の家人として働いているのだから、もしかすると秀麗が狙われているのを助けたりしたことがあるのかもしれない。
だとすると、納得できる。
これは、間違いなく殺気というやつだろう。
アニメや漫画などでしか聞いたことのない、空想の言葉だと思っていたものを現実に突き付けられて、思わず一歩後退ろうとした。
だが、静蘭に腕を掴まれているせいで、動けない。
暫くの沈黙の後、私は一度深い深呼吸をしてから、ようやく言葉を話した。
「……えぇ、まぁ。別に、今日は皆さんが心配していたので来ただけですよ。邪魔しにきたつもりではありませんし」
「そうですか、それは大変失礼いたしました」
一瞬にして、殺気は消え去る。
まるで、夢でも見ていたかの如く、綺麗さっぱりなくなってしまったそれは、静蘭の中に引っ込んで行ってしまったようだ。
「いえ、それじゃ。おやすみなさい」
「はい」
腕が離れたので、そそくさと私は紅家から離れ、仕事場へと向かう。
(それにしても、私が秀麗の邪魔をするような奴だと思われていたなんて、知らなかった……)
これからは、極力近付かないようにしようと心の奥底から自分に誓って、彼女は背後から静蘭が追いかけていないかを確認すると、早足で仕事場へと逃げて行ったのだった。
「いらっしゃいませ!」
私は、仕事場について早々に働き出していた。
なんでも、途中で熱を出して倒れてしまった子がいたらしく、今日の楽虹天はもう日が沈んで随分時間が経つというのに、大繁盛状態が続いていた。
いつもより早めに仕事場に辿り着いた途端、助けてくれ!と同僚から言われ、慌てて仕事に入り始めてからどれだけの時間が経っただろうか。
ようやく人も疎らになり、ひと段落ついたころだった。
そのお客様たちがやってきたのは————。
「三人だ。席は空いているのか?」
現れた三人は、一目見ただけでわかるほど、金持ちの匂いが漂っていた。
一番前に立ち、今しがた話したこの男性は、目つきが悪く無表情だ。
隣にいる人は、少し性別が判断しづらい。長い金髪のくるくるとした巻き髪で、綺麗な服をゆったりと着こなしている。
(男の人だろうか)
そして、二人の少し後ろにいるのは、二人の仕事場での上司だと思われる。
一番この人が、高貴な雰囲気を醸し出している。
そして、何より着ている服が明らかに高そうで、金色の刺繍が施されるなど細かなところにまで気を配られたその服を、自分が着ていて当然だと言うように、容易く着こなしているその三人の姿が、普段来ているお客様とは格が違うのだとはっきり理解できた。
これらのことから導き出される答えは、ただ一つ。
(お金持ちの人たちか、すごい役職に就いている人たちだっ!)
一瞬で導き出された答えに、ふと遠くにいる店長の顔を見た。
目が合った瞬間に、彼は大きく頷いたため、私は三人を見てニッコリと笑った。
「はい、もちろんでございます。こちらへどうぞ」
ここ、楽虹天では金持ちが来たら特別に通される秘密の場所がある。
言わば、個室のようなものだ。
客が金持ちかどうかは店長が判断するのだが、今回は誰が見ても一目瞭然だと思った。
(そういえば、主上も高貴な服着てたなぁ)
適当にそんなことを考えながら、あぁそうだ今自分は接客中だったと、頭を切り替える。
「お客様は、大変運が良いです。この席から見える夜の景色はとても綺麗ですよ」
椅子を引いて、三人が席に座るのを確認してから、私はその場から去ろうとした。
「ただいまお茶をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「運が良い?」
ふと、三人のうちもっとも若そうな、金髪にくるくるとした巻き髪の綺麗な男性が微笑みながらそう言った。
「はい。先ほどまではとても混雑していたのですが、今なら静かにごゆっくりと召し上がっていただけると思います」
「ふふふ、違うよ」
「?」
笑顔が、とても綺麗で恐ろしい人のように思えた。
何か、粗相でもあったのだろうか。
怒っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「我々が、貴族だからだろう」
椅子に腰かけて、静かに話したその人は、先ほどの微笑んでいる人とは違い、見た目からして冷たい。
目つきが悪くて無表情なだけでも冷たく見えると言うのに、言葉を切るような話し方で、私の意見など求めていないかのように話す。
(しまった……この人たちはさっきのような言われ方が気に食わなかったのか)
「運が良いじゃなくて、金持ちだからここに座れる。そうだろう?」
微笑んだまま言うこの人も、さっきの冷たい人と同様だ。
言い方は違えど、私に意見など求めていない。
とんでもない冷気のある威圧感に、非常に嫌な空気を感じる。
「き、気を悪くされたのなら、申し訳ありません。ですが、夜の景色が綺麗なことも、静かに食事ができるということも嘘ではありません。先ほどまでは、この席も埋まっておりましたし、静かに食事を摂ることもできなかったでしょうから」
頭を深く下げて、なるべくこれ以上彼らの威圧感が増さないようにと祈りながらそう話すと、くすっと小さく笑う声が聞こえた。
「ふふっ、必死だね」
微笑んでいた人は、口元を抑えている。
どうやら、笑いを堪えているようだが、なんだか私には訳がわからない。
「もう止めろ、晏樹」
今まで一言も話さなかったその人は、凛とした声でそう言った。
思っていたよりも、声は柔らかく、しかし厳しさを兼ね備えたものだった。
「冗談ですよ、冗談」
「お前のは、いつも冗談に聞こえん」
「御史台長官殿には、言われたくない台詞だねぇ」
「ふん、私は事実を述べただけだ」
「止めろと言っているだろう、お前たちは」
はぁ、とため息を零した後、その人は私の方を見た。
「早く、お茶を持ってきてくれぬか。外は幾分か寒かったのでな」
先ほどの人に話す時とは違い、柔らかな声でそう告げられて、私は急いで「少々お待ちください!」と言い、お茶を淹れに行った。
「どうした?ヒカル」
同僚に慌てる姿を見られ、声をかけられて事情を話すと彼は随分驚いているようだった。
「な、お前、御史台長官!?晏樹って……そりゃ、本物の貴族たちだぜ!?」
「え、そうなの?」
「そうなの!とにかく、俺はこのこと店長に報告してくるから、お前はさっさと温かい茶を淹れて持って行って来い!気合入れろよ!」
遠くから応援されつつ、貴族というのは本当だったのかと、同僚の話を聞いていて私は驚いていた。
(確かに金持ちだとは思っていたけど、貴族かぁ)
貴族————現代の日本にいたころは、歴史なんかでも習ったなぁと思い返しつつ、ふと今淹れているお茶を見た。
彼山銀針(かざんぎんしん)、最高級茶葉の一つである、とっても高い茶葉だ。
同僚に、これを淹れて来いと言われて渡されたが、しばらく考えた後、私は違う茶葉を手に取った。
「お待たせいたしました」
茶を運び終えて、注文を取っていると、ふと一人が私を見た。
「これは、龍泉茶(りゅうせんちゃ)か?」
一口飲んだだけでわかるなんて、さすが金持ちだなと思いながら、私はニッコリと笑った。
「はい、そうです。一口でわかるなんて、すごいですね」
上司が先に飲むのを待っていたのか、後の二人も一口飲み、確かにこれは龍泉茶だと二人して納得しているようだった。
「なぜ、この茶を選んだ?」
「皆様は、貴族だとおっしゃられていましたので……」
「我々が貴族なら、彼山銀針などの高級茶葉を出すように言われなかったのか?」
「はい。ですが、貴族の方々でこのような夜も更けてきた中で飲食店に来られるということは、何か特別な役職に就かれているのだろうと思いまして……先ほど、御史台長官という言葉も聞こえましたし」
「それが、この茶を出す理由だと?私の知る普通とは、随分違うようだな」
「いえ、特別な役職に就いているということは、その分お疲れだと思ったので、高級で香りの良い茶葉も良いかもしれませんが、疲れの取れるさっぱりとした龍泉茶の方が、体には良いと思い淹れさせていただきました」
「………なるほど」
私が言ってから、しばらくして、その人は静かに微笑んだ。
「珍しい。旺季様が笑うなんて」
こうして、龍泉茶のおかげでなんとか冷たい威圧感を乗り越えて、私の一日は終わったのだった。
「そう、貴方も受けない?ヒカル」
秀麗が最近、めっきり働いていないという噂を聞き、どうやら宮廷から出てからとずっと勉学に励んでいると、周りの人たちから聞いた。
そこで私は、星型のクッキーを作り、勉強の合間にでも食べてもらおうと差し入れのつもりで持って行った。
すると、そこには藍将軍や、吏部侍郎もいた。
どうやら、晩御飯を食べに来ているらしく、私が来たことで一旦休憩しようとした秀麗が、突然私に国試の話を持ちかけてきたのだ。
もちろん、受けるつもりなどさらさらない。
「いや〜、私はまだこの国のことに詳しくないし、何より今の仕事に満足してるし。これ以上何かしようとは今のところ考えてないよ」
「そう……貴方が一緒に受けてくれたら、とても心強かったのに。でも、仕方ないわね。待っててね、ヒカル。私が官吏になったら、今よりもっとこの国を住みやすい豊かな国にするからね!」
「ありがとう。でも、秀麗の身体を大事にしてね。豊かな国になっても、秀麗が元気じゃなくちゃ、私は悲しいから」
「ヒカル………」
ガバッと抱きつかれ、秀麗は嬉しそうなので、ついつい私までつられて笑顔になってしまう。
「やれやれ。良いところを全部持っていかれてしまったようだ」
「お前は常に、そういうことにしか頭を使っていないのか、楸瑛」
「おや?君だって今、そう思っていただろう?」
「馬鹿が」
「さて、みなさんどうぞ座ってください。秀麗が作った菜がもう食卓に並んでいますよ」
「あ、邵可さん。こんばんは」
「やぁ、君も来ていたんだね。一緒に夕食でもどうだい?」
「いえ、今から仕事がありますので。すみませんが、今日はこれで」
「え?ヒカル、今日も仕事なの?最近、ずっと働いているって静蘭から聞いてるわよ?」
「え?そうかな……適当に休みはもらってるよ。じゃあね、秀麗、みなさんも。突然訪問してすみませんでした、失礼します」
ペコリと頭を下げて、颯爽と去って行ったヒカルを見て、秀麗はとてもガッカリとしていた。
それを見て、周りは苦笑いを浮かべながら、さぁ食事にしよう!と秀麗を席に座らせた。
紅家を出ると、すぐそこには静蘭がいた。
「こんばんは」
「お嬢様に、何か御用だったんですか?」
「はい。最近仕事にも全く出ず、仕事仲間が皆心配していたので、私が代表で様子を見に来たんです」
「そうですか。もう夜です。気を付けて帰ってくださいね」
「ありがとうございます」
そう言って、静蘭の横を通り過ぎようとすると、やんわりと腕を掴まれた。
「お嬢様は、これから忙しくなります。貴方に会う機会も、これからは随分と減るでしょう。私が言いたいことが、わかりますか?」
暗い中でもわかる。
彼の醸し出す雰囲気が、秀麗といる時とはまるで違う。
紅家の家人として働いているのだから、もしかすると秀麗が狙われているのを助けたりしたことがあるのかもしれない。
だとすると、納得できる。
これは、間違いなく殺気というやつだろう。
アニメや漫画などでしか聞いたことのない、空想の言葉だと思っていたものを現実に突き付けられて、思わず一歩後退ろうとした。
だが、静蘭に腕を掴まれているせいで、動けない。
暫くの沈黙の後、私は一度深い深呼吸をしてから、ようやく言葉を話した。
「……えぇ、まぁ。別に、今日は皆さんが心配していたので来ただけですよ。邪魔しにきたつもりではありませんし」
「そうですか、それは大変失礼いたしました」
一瞬にして、殺気は消え去る。
まるで、夢でも見ていたかの如く、綺麗さっぱりなくなってしまったそれは、静蘭の中に引っ込んで行ってしまったようだ。
「いえ、それじゃ。おやすみなさい」
「はい」
腕が離れたので、そそくさと私は紅家から離れ、仕事場へと向かう。
(それにしても、私が秀麗の邪魔をするような奴だと思われていたなんて、知らなかった……)
これからは、極力近付かないようにしようと心の奥底から自分に誓って、彼女は背後から静蘭が追いかけていないかを確認すると、早足で仕事場へと逃げて行ったのだった。
「いらっしゃいませ!」
私は、仕事場について早々に働き出していた。
なんでも、途中で熱を出して倒れてしまった子がいたらしく、今日の楽虹天はもう日が沈んで随分時間が経つというのに、大繁盛状態が続いていた。
いつもより早めに仕事場に辿り着いた途端、助けてくれ!と同僚から言われ、慌てて仕事に入り始めてからどれだけの時間が経っただろうか。
ようやく人も疎らになり、ひと段落ついたころだった。
そのお客様たちがやってきたのは————。
「三人だ。席は空いているのか?」
現れた三人は、一目見ただけでわかるほど、金持ちの匂いが漂っていた。
一番前に立ち、今しがた話したこの男性は、目つきが悪く無表情だ。
隣にいる人は、少し性別が判断しづらい。長い金髪のくるくるとした巻き髪で、綺麗な服をゆったりと着こなしている。
(男の人だろうか)
そして、二人の少し後ろにいるのは、二人の仕事場での上司だと思われる。
一番この人が、高貴な雰囲気を醸し出している。
そして、何より着ている服が明らかに高そうで、金色の刺繍が施されるなど細かなところにまで気を配られたその服を、自分が着ていて当然だと言うように、容易く着こなしているその三人の姿が、普段来ているお客様とは格が違うのだとはっきり理解できた。
これらのことから導き出される答えは、ただ一つ。
(お金持ちの人たちか、すごい役職に就いている人たちだっ!)
一瞬で導き出された答えに、ふと遠くにいる店長の顔を見た。
目が合った瞬間に、彼は大きく頷いたため、私は三人を見てニッコリと笑った。
「はい、もちろんでございます。こちらへどうぞ」
ここ、楽虹天では金持ちが来たら特別に通される秘密の場所がある。
言わば、個室のようなものだ。
客が金持ちかどうかは店長が判断するのだが、今回は誰が見ても一目瞭然だと思った。
(そういえば、主上も高貴な服着てたなぁ)
適当にそんなことを考えながら、あぁそうだ今自分は接客中だったと、頭を切り替える。
「お客様は、大変運が良いです。この席から見える夜の景色はとても綺麗ですよ」
椅子を引いて、三人が席に座るのを確認してから、私はその場から去ろうとした。
「ただいまお茶をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「運が良い?」
ふと、三人のうちもっとも若そうな、金髪にくるくるとした巻き髪の綺麗な男性が微笑みながらそう言った。
「はい。先ほどまではとても混雑していたのですが、今なら静かにごゆっくりと召し上がっていただけると思います」
「ふふふ、違うよ」
「?」
笑顔が、とても綺麗で恐ろしい人のように思えた。
何か、粗相でもあったのだろうか。
怒っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「我々が、貴族だからだろう」
椅子に腰かけて、静かに話したその人は、先ほどの微笑んでいる人とは違い、見た目からして冷たい。
目つきが悪くて無表情なだけでも冷たく見えると言うのに、言葉を切るような話し方で、私の意見など求めていないかのように話す。
(しまった……この人たちはさっきのような言われ方が気に食わなかったのか)
「運が良いじゃなくて、金持ちだからここに座れる。そうだろう?」
微笑んだまま言うこの人も、さっきの冷たい人と同様だ。
言い方は違えど、私に意見など求めていない。
とんでもない冷気のある威圧感に、非常に嫌な空気を感じる。
「き、気を悪くされたのなら、申し訳ありません。ですが、夜の景色が綺麗なことも、静かに食事ができるということも嘘ではありません。先ほどまでは、この席も埋まっておりましたし、静かに食事を摂ることもできなかったでしょうから」
頭を深く下げて、なるべくこれ以上彼らの威圧感が増さないようにと祈りながらそう話すと、くすっと小さく笑う声が聞こえた。
「ふふっ、必死だね」
微笑んでいた人は、口元を抑えている。
どうやら、笑いを堪えているようだが、なんだか私には訳がわからない。
「もう止めろ、晏樹」
今まで一言も話さなかったその人は、凛とした声でそう言った。
思っていたよりも、声は柔らかく、しかし厳しさを兼ね備えたものだった。
「冗談ですよ、冗談」
「お前のは、いつも冗談に聞こえん」
「御史台長官殿には、言われたくない台詞だねぇ」
「ふん、私は事実を述べただけだ」
「止めろと言っているだろう、お前たちは」
はぁ、とため息を零した後、その人は私の方を見た。
「早く、お茶を持ってきてくれぬか。外は幾分か寒かったのでな」
先ほどの人に話す時とは違い、柔らかな声でそう告げられて、私は急いで「少々お待ちください!」と言い、お茶を淹れに行った。
「どうした?ヒカル」
同僚に慌てる姿を見られ、声をかけられて事情を話すと彼は随分驚いているようだった。
「な、お前、御史台長官!?晏樹って……そりゃ、本物の貴族たちだぜ!?」
「え、そうなの?」
「そうなの!とにかく、俺はこのこと店長に報告してくるから、お前はさっさと温かい茶を淹れて持って行って来い!気合入れろよ!」
遠くから応援されつつ、貴族というのは本当だったのかと、同僚の話を聞いていて私は驚いていた。
(確かに金持ちだとは思っていたけど、貴族かぁ)
貴族————現代の日本にいたころは、歴史なんかでも習ったなぁと思い返しつつ、ふと今淹れているお茶を見た。
彼山銀針(かざんぎんしん)、最高級茶葉の一つである、とっても高い茶葉だ。
同僚に、これを淹れて来いと言われて渡されたが、しばらく考えた後、私は違う茶葉を手に取った。
「お待たせいたしました」
茶を運び終えて、注文を取っていると、ふと一人が私を見た。
「これは、龍泉茶(りゅうせんちゃ)か?」
一口飲んだだけでわかるなんて、さすが金持ちだなと思いながら、私はニッコリと笑った。
「はい、そうです。一口でわかるなんて、すごいですね」
上司が先に飲むのを待っていたのか、後の二人も一口飲み、確かにこれは龍泉茶だと二人して納得しているようだった。
「なぜ、この茶を選んだ?」
「皆様は、貴族だとおっしゃられていましたので……」
「我々が貴族なら、彼山銀針などの高級茶葉を出すように言われなかったのか?」
「はい。ですが、貴族の方々でこのような夜も更けてきた中で飲食店に来られるということは、何か特別な役職に就かれているのだろうと思いまして……先ほど、御史台長官という言葉も聞こえましたし」
「それが、この茶を出す理由だと?私の知る普通とは、随分違うようだな」
「いえ、特別な役職に就いているということは、その分お疲れだと思ったので、高級で香りの良い茶葉も良いかもしれませんが、疲れの取れるさっぱりとした龍泉茶の方が、体には良いと思い淹れさせていただきました」
「………なるほど」
私が言ってから、しばらくして、その人は静かに微笑んだ。
「珍しい。旺季様が笑うなんて」
こうして、龍泉茶のおかげでなんとか冷たい威圧感を乗り越えて、私の一日は終わったのだった。