紫州事変
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「え?秀麗が主上の妃に?」
「そうなんだよ。ごめんね、突然のことだったから君に伝えている暇もなくて」
先日、朝廷三師のうちのお一人である霄大師が訪れて、高貴妃として宮城に入り王の教育係をしてほしいと言われたのだとか。
そのことを聞いて、なんとなく秀麗と主上が仲睦まじくお話しされている光景が目に浮かんだ。
「では邵可さんも今はお忙しいのでしょう?お邪魔してしまい、すみません」
「そんなことはないよ。秀麗は宮城に行ってしまったし、静蘭も護衛として行ってしまったからね。あぁ、そうだ―――――」
そういえば、また府庫の手伝いをしてほしいんだけど、駄目かな?
そう問われれば、答えはもちろん決まっていた。
「私でよければ喜んで。お菓子を持って行っても大丈夫ですか?」
「もちろんだよ。きっと主上も喜ばれる」
そんなことを話していたのが、昨日。
そして、今日に至るわけなのだが―――――
「お、お初にお目にかかります。本日で二回目ではございますが、紅邵可様より一日だけの臨時侍憧として府庫の整理を手伝わせていただいております、天月ヒカルと申します」
目の前にいるのは、なんと妓楼で噂の藍楸瑛将軍と、吏部侍郎である李絳攸様だった。
そして、椅子に腰かけているのは国王陛下、そして秀麗。
立って私の隣にいるのが静蘭だ。
な、なんてすごいところに来てしまったのだろう……
帰りたくなってきた。
「へ~、邵可様が侍憧を……珍しいですね」
「お前、変わった名だが、出身は?」
名前だけ名乗れば良かったなどと後悔しても、もう遅い。
あまり自分の国のことは語りたくないのだけれど、ここは仕方がないか。
「遥か東にある国より参りました」
「東?東のどこだ」
「それは………」
私が答えを渋っていると、思わぬところから助け舟が出てきた。
「絳攸、そんなことよりも、早く勉強を始めなくて良いのか?余は、あまりに遅いと先にヒカルのお菓子を食べてしまうぞ」
「主上、言ってくれますね……いいでしょう、さっさと始めましょう」
心の中で陛下に感謝の意を込めて合掌しつつ、私は勉強に参加していない邵可さんと藍将軍の分のお茶を淹れに一旦府庫から出た。
「どこに行かれるんですか?」
すると、部屋から出てすぐに背後から藍将軍に声をかけられた。
「君も侍憧なら、絳攸の講義を聞きたいとは思わないのかい?」
確かに、普通の侍憧ならそうなるところだが、私は違う。
「先ほども申し上げましたが、私は本日のみ臨時で邵可様のお手伝いをさせていただくだけですので、そのようなことは―――――」
「臨時でも一日でも、侍憧をしたくても出来ない人がいる中で、君はそんな中途半端な気持ちでここにホイホイやってきたんだ?なるほどねぇ」
(ホイホイって、ゴキブリじゃないんだから……)
私に一歩近付き、壁にもたれかかって彼は私を上から下までじっと見つめた。
なるほど、この人は吏部侍郎を尊敬してるのかもしれない。
確か、吏部侍郎は国試で最も良い成績で合格された方だとか。しかも、その時に最年少記録もあっさり塗り替えられてしまったと聞いたことがある。
だから、臨時でも侍憧をさせてもらっている身で、たまたま普段は絶対に聞けないような講義を、あの吏部侍郎ご本人から直々に聞けるのだからちゃんと聞きやがれこのヤロウ、ということなのだと思う。
「あの、私は勉強をしても意味がないんです。侍憧をさせていただいているのにも、そういうことではなく別の理由があってさせていただいていますので……それに、」
「それに?」
そう、私はその後の言葉を実に単純明快に、彼の講義を聞かない理由としての原因を藍楸瑛に告げた。
「私は女ですし」
「え?女?」
「はい、ですから国試を受けることも勿論叶いませんし、勉強する必要もありません。あと、私は既に町の料理店で仕事をしておりますので、ここで働くという選択肢もありません」
(女だったのか…)
妓楼に何度も通っている楸瑛としては、女だと見抜けなかったことが実にショックだったらしい。
もたれていた壁から身を離し、ただ呆然と私を見つめていた。
「ちなみに、このことって邵可様や他の人は?」
「え?さぁ、どうなんでしょうか?特にそんな宣言しなければならないということではありませんし、そのような話をしたことはないので……」
きっと皆も、自分と同じように絶対に気付いていない。
そう楸瑛は思い、一人ほくそ笑んだことを、私は気付かなかった。
後に皆がヒカルのことを知った時の反応が、とても楽しみになってきた楸瑛は、最初は、名前からして異国の者だろうと思い、この宮城内にいるのも何か目的があるのではないかと、探りを入れるために部屋から出たのを見計らって声をかけたのだが、思わぬところで毒気を抜かれてしまっていた。
いつの間にか、楸瑛は主上のこと以外でとても楽しい思いをしている。
しかし、それらのことを私は知る由もなかった。
「あ、あの?どうかされましたか、藍将軍」
「いえ、お茶を淹れに行くんでしたよね?私も付き合いますよ」
先ほどまで、何か考え事をして黙っていた藍将軍は、突然びっくりするような美しい微笑を浮かべて私にそう言った。
「え?いえ、お部屋でお待ちいただいて構いませんので」
将軍様にお茶を淹れに行くのについてきてもらうということは、私を護衛してもらうということになるのではないか。
そんな大層なことをしていただけるような身分では勿論ないし、今のここでの立場は侍憧だ。
将軍が、どこの馬の骨とも知れない侍憧なんぞを警護して一緒にお茶を淹れに行ったことが他の官吏の方々に知られれば、立場が悪くなるのは目に見えている。
そう思い、私がやんわりとなるべく言葉を選んで藍将軍には部屋に戻ってもらえるように頼んだつもりだったが、わかっているのかいないのか、彼は私の言葉を爽やかに流した。
「彼らの勉強も、そろそろ一息つくことですし、全員分のお茶を運ぶのは重たいですから」
「あ、ありがとうございます」
じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますと答えると、藍将軍は噴出して一生懸命に笑いを堪えていた。
何か、面白いことでも言ったのだろうか。
(なるほど、これは面白い)
「何か、おっしゃいましたか?」
私が振り向くと、まだ笑っていたのか、藍将軍は片手で笑みを隠しつつ「なんでもないよ」と嬉しそうに答えた。
「あ!そういえば、楸瑛とヒカルはどこに行ったのだ?」
「そう言われれば、さっきから姿が見えないわね」
「ヒカルと藍将軍なら、お茶を淹れに行ってくれていますよ」
「それにしては帰りが遅すぎる。道にでも迷っているのではないか?」
「それは君にだけは言われたくない台詞だね、絳攸」
「ヒカル、藍将軍!お茶、ありがとうございます」
「二人して、ずっと何をしていたのだ?」
帰ってきた二人に対して、主上から尋ねられて、私と藍将軍は思わず顔を見合わせてしまった。
別に、話してまずいようなことを話していたわけではないが、なんとなく話す必要がないためどうしたものかと悩んでいると、その様子をずっと見ていた吏部侍郎と主上がそれぞれぼそりと呟いた。
「まさか、楸瑛も余と同じように夜は……」
「万年常春男だとは思っていたが、まさか男にも手を出すようになっていたとはな」
「ちょ、ちょっと待った!なんか、二人ともすごく見当違いなことを考えていないかい!?私は、至って健全な一男子だよ!」
そんな藍将軍の叫びの後に、秀麗が言った。
「藍将軍まで……主上と同じだったのですね」
呆然と藍将軍を見つめる秀麗に青ざめる藍将軍と、呆れて果てている吏部侍郎、少し同志を見つけたようにほくそ笑んでいる主上、そして全ての物事を見つめてもなお、始終笑顔な邵可さん。
そんな彼らを見て、私は思った。
(やっぱり、私は男と思われているのか)
「そうなんだよ。ごめんね、突然のことだったから君に伝えている暇もなくて」
先日、朝廷三師のうちのお一人である霄大師が訪れて、高貴妃として宮城に入り王の教育係をしてほしいと言われたのだとか。
そのことを聞いて、なんとなく秀麗と主上が仲睦まじくお話しされている光景が目に浮かんだ。
「では邵可さんも今はお忙しいのでしょう?お邪魔してしまい、すみません」
「そんなことはないよ。秀麗は宮城に行ってしまったし、静蘭も護衛として行ってしまったからね。あぁ、そうだ―――――」
そういえば、また府庫の手伝いをしてほしいんだけど、駄目かな?
そう問われれば、答えはもちろん決まっていた。
「私でよければ喜んで。お菓子を持って行っても大丈夫ですか?」
「もちろんだよ。きっと主上も喜ばれる」
そんなことを話していたのが、昨日。
そして、今日に至るわけなのだが―――――
「お、お初にお目にかかります。本日で二回目ではございますが、紅邵可様より一日だけの臨時侍憧として府庫の整理を手伝わせていただいております、天月ヒカルと申します」
目の前にいるのは、なんと妓楼で噂の藍楸瑛将軍と、吏部侍郎である李絳攸様だった。
そして、椅子に腰かけているのは国王陛下、そして秀麗。
立って私の隣にいるのが静蘭だ。
な、なんてすごいところに来てしまったのだろう……
帰りたくなってきた。
「へ~、邵可様が侍憧を……珍しいですね」
「お前、変わった名だが、出身は?」
名前だけ名乗れば良かったなどと後悔しても、もう遅い。
あまり自分の国のことは語りたくないのだけれど、ここは仕方がないか。
「遥か東にある国より参りました」
「東?東のどこだ」
「それは………」
私が答えを渋っていると、思わぬところから助け舟が出てきた。
「絳攸、そんなことよりも、早く勉強を始めなくて良いのか?余は、あまりに遅いと先にヒカルのお菓子を食べてしまうぞ」
「主上、言ってくれますね……いいでしょう、さっさと始めましょう」
心の中で陛下に感謝の意を込めて合掌しつつ、私は勉強に参加していない邵可さんと藍将軍の分のお茶を淹れに一旦府庫から出た。
「どこに行かれるんですか?」
すると、部屋から出てすぐに背後から藍将軍に声をかけられた。
「君も侍憧なら、絳攸の講義を聞きたいとは思わないのかい?」
確かに、普通の侍憧ならそうなるところだが、私は違う。
「先ほども申し上げましたが、私は本日のみ臨時で邵可様のお手伝いをさせていただくだけですので、そのようなことは―――――」
「臨時でも一日でも、侍憧をしたくても出来ない人がいる中で、君はそんな中途半端な気持ちでここにホイホイやってきたんだ?なるほどねぇ」
(ホイホイって、ゴキブリじゃないんだから……)
私に一歩近付き、壁にもたれかかって彼は私を上から下までじっと見つめた。
なるほど、この人は吏部侍郎を尊敬してるのかもしれない。
確か、吏部侍郎は国試で最も良い成績で合格された方だとか。しかも、その時に最年少記録もあっさり塗り替えられてしまったと聞いたことがある。
だから、臨時でも侍憧をさせてもらっている身で、たまたま普段は絶対に聞けないような講義を、あの吏部侍郎ご本人から直々に聞けるのだからちゃんと聞きやがれこのヤロウ、ということなのだと思う。
「あの、私は勉強をしても意味がないんです。侍憧をさせていただいているのにも、そういうことではなく別の理由があってさせていただいていますので……それに、」
「それに?」
そう、私はその後の言葉を実に単純明快に、彼の講義を聞かない理由としての原因を藍楸瑛に告げた。
「私は女ですし」
「え?女?」
「はい、ですから国試を受けることも勿論叶いませんし、勉強する必要もありません。あと、私は既に町の料理店で仕事をしておりますので、ここで働くという選択肢もありません」
(女だったのか…)
妓楼に何度も通っている楸瑛としては、女だと見抜けなかったことが実にショックだったらしい。
もたれていた壁から身を離し、ただ呆然と私を見つめていた。
「ちなみに、このことって邵可様や他の人は?」
「え?さぁ、どうなんでしょうか?特にそんな宣言しなければならないということではありませんし、そのような話をしたことはないので……」
きっと皆も、自分と同じように絶対に気付いていない。
そう楸瑛は思い、一人ほくそ笑んだことを、私は気付かなかった。
後に皆がヒカルのことを知った時の反応が、とても楽しみになってきた楸瑛は、最初は、名前からして異国の者だろうと思い、この宮城内にいるのも何か目的があるのではないかと、探りを入れるために部屋から出たのを見計らって声をかけたのだが、思わぬところで毒気を抜かれてしまっていた。
いつの間にか、楸瑛は主上のこと以外でとても楽しい思いをしている。
しかし、それらのことを私は知る由もなかった。
「あ、あの?どうかされましたか、藍将軍」
「いえ、お茶を淹れに行くんでしたよね?私も付き合いますよ」
先ほどまで、何か考え事をして黙っていた藍将軍は、突然びっくりするような美しい微笑を浮かべて私にそう言った。
「え?いえ、お部屋でお待ちいただいて構いませんので」
将軍様にお茶を淹れに行くのについてきてもらうということは、私を護衛してもらうということになるのではないか。
そんな大層なことをしていただけるような身分では勿論ないし、今のここでの立場は侍憧だ。
将軍が、どこの馬の骨とも知れない侍憧なんぞを警護して一緒にお茶を淹れに行ったことが他の官吏の方々に知られれば、立場が悪くなるのは目に見えている。
そう思い、私がやんわりとなるべく言葉を選んで藍将軍には部屋に戻ってもらえるように頼んだつもりだったが、わかっているのかいないのか、彼は私の言葉を爽やかに流した。
「彼らの勉強も、そろそろ一息つくことですし、全員分のお茶を運ぶのは重たいですから」
「あ、ありがとうございます」
じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますと答えると、藍将軍は噴出して一生懸命に笑いを堪えていた。
何か、面白いことでも言ったのだろうか。
(なるほど、これは面白い)
「何か、おっしゃいましたか?」
私が振り向くと、まだ笑っていたのか、藍将軍は片手で笑みを隠しつつ「なんでもないよ」と嬉しそうに答えた。
「あ!そういえば、楸瑛とヒカルはどこに行ったのだ?」
「そう言われれば、さっきから姿が見えないわね」
「ヒカルと藍将軍なら、お茶を淹れに行ってくれていますよ」
「それにしては帰りが遅すぎる。道にでも迷っているのではないか?」
「それは君にだけは言われたくない台詞だね、絳攸」
「ヒカル、藍将軍!お茶、ありがとうございます」
「二人して、ずっと何をしていたのだ?」
帰ってきた二人に対して、主上から尋ねられて、私と藍将軍は思わず顔を見合わせてしまった。
別に、話してまずいようなことを話していたわけではないが、なんとなく話す必要がないためどうしたものかと悩んでいると、その様子をずっと見ていた吏部侍郎と主上がそれぞれぼそりと呟いた。
「まさか、楸瑛も余と同じように夜は……」
「万年常春男だとは思っていたが、まさか男にも手を出すようになっていたとはな」
「ちょ、ちょっと待った!なんか、二人ともすごく見当違いなことを考えていないかい!?私は、至って健全な一男子だよ!」
そんな藍将軍の叫びの後に、秀麗が言った。
「藍将軍まで……主上と同じだったのですね」
呆然と藍将軍を見つめる秀麗に青ざめる藍将軍と、呆れて果てている吏部侍郎、少し同志を見つけたようにほくそ笑んでいる主上、そして全ての物事を見つめてもなお、始終笑顔な邵可さん。
そんな彼らを見て、私は思った。
(やっぱり、私は男と思われているのか)