紫州事変
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「秀麗が冗官に降格?それは何かの冗談では?」
今日は開店からの勤務だったので、夕方には仕事が終わり帰ってのんびりしようとしていたところ、藍将軍と遭遇した。
彼は何やら神妙な表情で、秀麗が茶州で事件に巻き込まれ責任を取る形で降格と謹慎処分となったのだとか。
(秀麗が悪いわけじゃないんだろうけど……主上も辛かったんだろうな)
そういう手段を取らざるを得ない何かがあったのだと思うが、私では当然何もできない。
仕事の方も最近まで忙しく、邵可さんのいる紅家にも本を借りに行けなかったぐらいだ。
「藍将軍は、今から秀麗の様子を見に?」
「いや、私の立場的に行くのは難しいだろうね……」
ちらりと視線を向けられる。
「最近秀麗を見たのは、静蘭とタンタンという青年と塩や絵画をもって走り回っていた時ぐらいです」
「絵画?それはどんな?」
タンタンという謎の名前に喰いつかれるかと思いきや、予想外のところに藍将軍が反応してきて私は内心驚きながら絵を思い出そうとする。
「…………んー、すみません。綺麗な風景画だったことしか。山とか、お庭の風景みたいな雰囲気だったと思うんですけど」
「ありがとうヒカル。それじゃ、僕はここで失礼するよ」
藍将軍は、慌てた様子で妓楼の方角に向かって走っていった。
「絵画が気になって走っていく先が、妓楼?」
やっぱり藍将軍って読めない人だな、と私は思った。
そんな秀麗の話を聞いてから数日後、ようやく休みの日になった私は珍しく家の厨房で蒸し器と格闘していた。
「これを、こうして……添えるものは、さやえんどうとヤングコーン。これを、こう切って……」
先日、花の咲く春の季節にぴったりな飾りつけを楽虹天で見て、教えてもらったものだ。
「まさかヤングコーンを輪切りにして、お花に見立てるとは……かわいい」
蒸し器で出来上がったシュウマイに、さやえんどうとヤングコーンを飾れば、ころんとかわいいシュウマイの出来上がりだ。
メインのブロッコリーの蟹あんかけは卵白で作る蟹あんかけなので白と緑色で華やかに、その周囲をさっきのシュウマイで囲んで完成。
ラーメンの出前箱のような箱にお皿ごと盛り付けた料理を入れて、いざ紅家へ。
……紅家へ、行こうとしたはずだったのに。
「何故私を誘拐するんですか、凌晏樹様」
「誘拐だなんて、人聞きの悪い。来なきゃ店潰しちゃうかも、って言っただけだよ」
「脅迫ですよ、それは」
「かもだよ?僕が潰さないと思うのなら、誘いを断れば良かったのに」
自分の金髪をくるくると指に巻いて遊びながら、彼はニッコリと笑う。
「お世話になっているお店です。冗談でも、そのようなお言葉は困ります」
「ふふっ、でもまぁ誘拐ではないよ」
「料理も取り上げられて、乗る以外の選択肢をくれなかったじゃないですか」
「だって君、それ以外の選択肢選んじゃうだろう?」
そんなのつまらない、と言われてしまい、思わず脱力する。
ちなみに馬車に乗ったら、料理は返してもらえた。
凌晏樹様は、料理を自分が持っていて零してしまったら大変だと言っていたが、この料理は秀麗たちに食べてもらおうと思って作った私の料理だ。
それを何故彼が心配するのか分からなかったが、とにかく今は馬車から降ろしてもらえそうにないこの状況をどうにかしたい。
「……私に何か御用でしたか?」
「そうそう、ちょっとね」
用については、今教えてくれるつもりはないらしい。
秀麗と約束していたわけではなかったが、今日はやっと取れた休日だったというのに自分の予定を狂わされたことは悲しいが、嬉しそうに笑っている凌晏樹様を見ていると、仕方ないかと思えてきて不思議だった。
しばらく馬車に揺られていると、急に馬車の窓が開けられたが、凌晏樹様の顔を見るなりその人は怯えた顔をして「失礼しました!」とピシャリと窓を閉めてしまった。
「……今の人は?」
「この馬車を見ても、僕と分かってくれない人だね」
「?」
さっき窓を開けてきた人は、兜らしきものを被っていた。
(もしかして、武装した人?ってことは警備の人?)
警備が必要で、なおかつ馬車で入ってくる人の中を確認するほど重要な場所。
そんなの貴陽という都には、一つしかない。
「凌晏樹様、今どこに向かってます?」
「うーん?どこだろうね?」
ニコニコと笑う彼の笑みは柔らかいが、とっても嬉しそうだ。
私が眉を寄せると、殊更嬉しそうに笑う。
「王城、とか言いませんよね?一般人立ち入り禁止ですよね?私一般人ですよ」
「ほんとだー。じゃあ、バレたら大変だね」
彼の暢気な声と共に、馬車が止まる。
「ほら、お手をどうぞ?」
馬車から先に降りた彼から手を伸ばされ、取るしかない。
「不法侵入者なんですけど……」
「大丈夫、大丈夫」
根拠のない凌晏樹様の言葉を、今は信じるしかないが、ニコニコと終始嬉しそうな彼の笑顔を見てしまうと、とてもじゃないが信じられない。
「本当に、今から行くのは兵部だよ」
「ヘイブ?」
「武官の荒くれものたちを統括する人間に、ちょっとね」
「なんでそんなところに私まで連れて来ちゃうんですか?!」
「だって、一人は怖いから」
(嘘だ!そんなことあるわけないでしょ!)
だが、そう思っていても相手は凌晏樹様。
官吏の偉い人でもあり、貴族という身分も偉い人。
そんな人を相手に喧嘩を吹っ掛ける人がいるなら、その人は余程今の地位が要らない人か、何も考えていない人しかあり得ない。
だから、凌晏樹様相手に何か起こり得るなんてことは滅多にないはずなんだから、そこまで怖がる必要はないはずだ。
けれど、反論やツッコミなんて、とてもじゃないが入れられない。
「ヘー、ソウデスカ」
「あはは、全然信じてないね」
ゆるゆるな服を着て、裾はだらりと地面を擦っているというのに、彼の足取りは軽くて裾が引っかかる様子も見られない。
やはり上流階級らしく、裾裁きがきれいなんだろうなと思いながら彼の少し後ろを歩いていると、敷地と敷地内にある少し人気のない東屋が見えた。
その東屋には、二人の人影も。
「旺季様、孫尚書、お待たせいたしました」
凌晏樹様はそう言って、私が今まで持っていた箱を取り上げて二人の元へ運んで行ってしまう。
「ちょ、ちょっと!?」
旺季様が、凌晏樹様より偉い人なことは、何度も楽虹天に来店されていた頃に知っていた。
その旺季様と対等に話しており、凌晏樹様が尚書と役職名を付けて呼ぶ人。
(絶対この人も偉い人だ!)
そんな人たちを前に大声を出せるはずもなく、奪われた料理を取り返したくても小声でしか声をかけることができない。
しかも、颯爽と歩いて行ってしまった凌晏樹様は、もうその料理を二人の前に出してしまっている。
「迎えに行ったらもう料理は出来ていたので、早かったでしょう?」
「これは、ヒカルが自分で食べようとしていたのではないのか?」
凌晏樹様の言葉に、旺季様は心配そうに私を見てくれた。
しかし、以前お店に通われていた頃に旺季様は、ほとんど食事が喉を通らないような状態だと聞いている。
それを料理がもう出されてしまった後に、「違う人にあげるものでした」と言ったら、旺季様はきっと私に料理を返してくれるだろう。
それで正しいはずなのだが、そうなったときその後の食事はどうなるのだろうと、心配もしてしまう。
(前、土瓶蒸しは食べていただけた。それよりはかなり、しっかりとした料理だけど、旺季様が食べられれば……)
彼と視線が合った時、以前より痩せているようにも見えた。
(うーん…………しょうがないか)
秀麗にあげるためにと作ったが、彼女とは約束もしていなかったし、次また休みの日にでも再チャレンジしよう。
そう心に決めて、私は旺季様に向かって頭を下げた。
「旺季様がもしよろしければ、お召し上がりくださいませ」
と、私が行ってるそばから凌晏樹様と孫尚書はガッツリ食べ始めている。
「これはなかなか……春を思わせる色彩豊かな料理だな」
孫尚書は、そう言って美味しそうに頬張って、旺季様に視線を向けた。
「お前も、どうだ?」
その言葉かけに、彼もまた旺季様を心配している一人なんだなと思う。
そう思って孫尚書を見ていると、バッチリと目が合ってしまった。
慌てて礼を取って頭を下げると、「顔を上げろ」と言われてしまう。
「お前が噂の子だろう?」
「噂、ですか?」
「楽虹天で働く、頭のキレる子がいると聞いたぞ」
「……楽虹天では、働かせていただいております」
「御史台の手伝いもやってのけたそうじゃないか。一度、楽虹天に食べに行ってみたいと思ってたんだ」
何故孫尚書が知っているのかと尋ねたくなったが、彼は旺季様と話す仲。
その旺季様は、御史台長官の上にいる人だ。
以前御史台の仕事で塩を調べさせられた陸さんは、その長官の下。
スルスルと関係性が繋がっていき、私のことがバレているのだと気付く。
「……陸御史の指示通りにしたまでです」
決して自分の頭が良いわけではない、そんなに頭が良ければ日本にいた頃も有名なところに進学していた。
そう思い答えたつもりだったが、凌晏樹様は声に出して笑った。
「あはは!その御史の指示通りに動ける子なんて、普通いないよ。あの御史台長官の葵皇毅ですら、認めたぐらいだ」
「そうだぞ、誇っていい」
旺季様はそう言いながら、シュウマイを一口で口に入れた。
「あぁ。その上、料理も上手い」
孫尚書も頷いている。
旺季様が美味しそうに咀嚼する姿に、何の話だったか忘れて私は少しホッとしてしまった。
それは他の二人も同様だったらしく、そのまま話をしながらもう一つ、二つと旺季様の箸が伸びるのを見ながら緩やかに時間は過ぎて行った。
「————次も、よろしくね」
空の箱を手に、家までどうしても送ると言って聞かない凌晏樹様に再び馬車に押し込められた私は、彼が唐突に言った言葉に目を丸くした。
「つ、次、ですか……」
「やっぱり君の料理なら、旺季様は食べてくれるみたいだから」
「いえ、あの、ですが……」
「大丈夫だよ。君の休みの日は、君のとこの支配人から知らせが入るようになってるから」
な・ん・で・す・っ・て・?
「じゃあ、まさか……今日、タイミングよく凌晏樹様が来られたのは……」
「またね」
馬車が止まり、降ろされる。
そして、すぐさま走り去っていく馬車。
(うっそだー…………これからは休み、あってないようなものじゃない?)
その後、本当に休みの度に家まで押しかけてくるようになった凌晏樹様に、ご本人様と立派な馬車は必要ありませんので、お時間と王城へ入れるようご手配だけお願いして、押しかけて来るのをどうにかこうにか止めてもらった。
「楽虹天辞めさせて、旺季様の専属料理人にしてもいいよね」
馬車に同乗させられる度、そんな不穏な言葉が出るのを聞くのは、正直怖すぎる。
(静蘭とはまた違った怖い人だよね、凌晏樹様って)
私はまた次の休みの日から、許可は正式に貰ったものの、こそこそと王城へと伺うことになった。
今日は開店からの勤務だったので、夕方には仕事が終わり帰ってのんびりしようとしていたところ、藍将軍と遭遇した。
彼は何やら神妙な表情で、秀麗が茶州で事件に巻き込まれ責任を取る形で降格と謹慎処分となったのだとか。
(秀麗が悪いわけじゃないんだろうけど……主上も辛かったんだろうな)
そういう手段を取らざるを得ない何かがあったのだと思うが、私では当然何もできない。
仕事の方も最近まで忙しく、邵可さんのいる紅家にも本を借りに行けなかったぐらいだ。
「藍将軍は、今から秀麗の様子を見に?」
「いや、私の立場的に行くのは難しいだろうね……」
ちらりと視線を向けられる。
「最近秀麗を見たのは、静蘭とタンタンという青年と塩や絵画をもって走り回っていた時ぐらいです」
「絵画?それはどんな?」
タンタンという謎の名前に喰いつかれるかと思いきや、予想外のところに藍将軍が反応してきて私は内心驚きながら絵を思い出そうとする。
「…………んー、すみません。綺麗な風景画だったことしか。山とか、お庭の風景みたいな雰囲気だったと思うんですけど」
「ありがとうヒカル。それじゃ、僕はここで失礼するよ」
藍将軍は、慌てた様子で妓楼の方角に向かって走っていった。
「絵画が気になって走っていく先が、妓楼?」
やっぱり藍将軍って読めない人だな、と私は思った。
そんな秀麗の話を聞いてから数日後、ようやく休みの日になった私は珍しく家の厨房で蒸し器と格闘していた。
「これを、こうして……添えるものは、さやえんどうとヤングコーン。これを、こう切って……」
先日、花の咲く春の季節にぴったりな飾りつけを楽虹天で見て、教えてもらったものだ。
「まさかヤングコーンを輪切りにして、お花に見立てるとは……かわいい」
蒸し器で出来上がったシュウマイに、さやえんどうとヤングコーンを飾れば、ころんとかわいいシュウマイの出来上がりだ。
メインのブロッコリーの蟹あんかけは卵白で作る蟹あんかけなので白と緑色で華やかに、その周囲をさっきのシュウマイで囲んで完成。
ラーメンの出前箱のような箱にお皿ごと盛り付けた料理を入れて、いざ紅家へ。
……紅家へ、行こうとしたはずだったのに。
「何故私を誘拐するんですか、凌晏樹様」
「誘拐だなんて、人聞きの悪い。来なきゃ店潰しちゃうかも、って言っただけだよ」
「脅迫ですよ、それは」
「かもだよ?僕が潰さないと思うのなら、誘いを断れば良かったのに」
自分の金髪をくるくると指に巻いて遊びながら、彼はニッコリと笑う。
「お世話になっているお店です。冗談でも、そのようなお言葉は困ります」
「ふふっ、でもまぁ誘拐ではないよ」
「料理も取り上げられて、乗る以外の選択肢をくれなかったじゃないですか」
「だって君、それ以外の選択肢選んじゃうだろう?」
そんなのつまらない、と言われてしまい、思わず脱力する。
ちなみに馬車に乗ったら、料理は返してもらえた。
凌晏樹様は、料理を自分が持っていて零してしまったら大変だと言っていたが、この料理は秀麗たちに食べてもらおうと思って作った私の料理だ。
それを何故彼が心配するのか分からなかったが、とにかく今は馬車から降ろしてもらえそうにないこの状況をどうにかしたい。
「……私に何か御用でしたか?」
「そうそう、ちょっとね」
用については、今教えてくれるつもりはないらしい。
秀麗と約束していたわけではなかったが、今日はやっと取れた休日だったというのに自分の予定を狂わされたことは悲しいが、嬉しそうに笑っている凌晏樹様を見ていると、仕方ないかと思えてきて不思議だった。
しばらく馬車に揺られていると、急に馬車の窓が開けられたが、凌晏樹様の顔を見るなりその人は怯えた顔をして「失礼しました!」とピシャリと窓を閉めてしまった。
「……今の人は?」
「この馬車を見ても、僕と分かってくれない人だね」
「?」
さっき窓を開けてきた人は、兜らしきものを被っていた。
(もしかして、武装した人?ってことは警備の人?)
警備が必要で、なおかつ馬車で入ってくる人の中を確認するほど重要な場所。
そんなの貴陽という都には、一つしかない。
「凌晏樹様、今どこに向かってます?」
「うーん?どこだろうね?」
ニコニコと笑う彼の笑みは柔らかいが、とっても嬉しそうだ。
私が眉を寄せると、殊更嬉しそうに笑う。
「王城、とか言いませんよね?一般人立ち入り禁止ですよね?私一般人ですよ」
「ほんとだー。じゃあ、バレたら大変だね」
彼の暢気な声と共に、馬車が止まる。
「ほら、お手をどうぞ?」
馬車から先に降りた彼から手を伸ばされ、取るしかない。
「不法侵入者なんですけど……」
「大丈夫、大丈夫」
根拠のない凌晏樹様の言葉を、今は信じるしかないが、ニコニコと終始嬉しそうな彼の笑顔を見てしまうと、とてもじゃないが信じられない。
「本当に、今から行くのは兵部だよ」
「ヘイブ?」
「武官の荒くれものたちを統括する人間に、ちょっとね」
「なんでそんなところに私まで連れて来ちゃうんですか?!」
「だって、一人は怖いから」
(嘘だ!そんなことあるわけないでしょ!)
だが、そう思っていても相手は凌晏樹様。
官吏の偉い人でもあり、貴族という身分も偉い人。
そんな人を相手に喧嘩を吹っ掛ける人がいるなら、その人は余程今の地位が要らない人か、何も考えていない人しかあり得ない。
だから、凌晏樹様相手に何か起こり得るなんてことは滅多にないはずなんだから、そこまで怖がる必要はないはずだ。
けれど、反論やツッコミなんて、とてもじゃないが入れられない。
「ヘー、ソウデスカ」
「あはは、全然信じてないね」
ゆるゆるな服を着て、裾はだらりと地面を擦っているというのに、彼の足取りは軽くて裾が引っかかる様子も見られない。
やはり上流階級らしく、裾裁きがきれいなんだろうなと思いながら彼の少し後ろを歩いていると、敷地と敷地内にある少し人気のない東屋が見えた。
その東屋には、二人の人影も。
「旺季様、孫尚書、お待たせいたしました」
凌晏樹様はそう言って、私が今まで持っていた箱を取り上げて二人の元へ運んで行ってしまう。
「ちょ、ちょっと!?」
旺季様が、凌晏樹様より偉い人なことは、何度も楽虹天に来店されていた頃に知っていた。
その旺季様と対等に話しており、凌晏樹様が尚書と役職名を付けて呼ぶ人。
(絶対この人も偉い人だ!)
そんな人たちを前に大声を出せるはずもなく、奪われた料理を取り返したくても小声でしか声をかけることができない。
しかも、颯爽と歩いて行ってしまった凌晏樹様は、もうその料理を二人の前に出してしまっている。
「迎えに行ったらもう料理は出来ていたので、早かったでしょう?」
「これは、ヒカルが自分で食べようとしていたのではないのか?」
凌晏樹様の言葉に、旺季様は心配そうに私を見てくれた。
しかし、以前お店に通われていた頃に旺季様は、ほとんど食事が喉を通らないような状態だと聞いている。
それを料理がもう出されてしまった後に、「違う人にあげるものでした」と言ったら、旺季様はきっと私に料理を返してくれるだろう。
それで正しいはずなのだが、そうなったときその後の食事はどうなるのだろうと、心配もしてしまう。
(前、土瓶蒸しは食べていただけた。それよりはかなり、しっかりとした料理だけど、旺季様が食べられれば……)
彼と視線が合った時、以前より痩せているようにも見えた。
(うーん…………しょうがないか)
秀麗にあげるためにと作ったが、彼女とは約束もしていなかったし、次また休みの日にでも再チャレンジしよう。
そう心に決めて、私は旺季様に向かって頭を下げた。
「旺季様がもしよろしければ、お召し上がりくださいませ」
と、私が行ってるそばから凌晏樹様と孫尚書はガッツリ食べ始めている。
「これはなかなか……春を思わせる色彩豊かな料理だな」
孫尚書は、そう言って美味しそうに頬張って、旺季様に視線を向けた。
「お前も、どうだ?」
その言葉かけに、彼もまた旺季様を心配している一人なんだなと思う。
そう思って孫尚書を見ていると、バッチリと目が合ってしまった。
慌てて礼を取って頭を下げると、「顔を上げろ」と言われてしまう。
「お前が噂の子だろう?」
「噂、ですか?」
「楽虹天で働く、頭のキレる子がいると聞いたぞ」
「……楽虹天では、働かせていただいております」
「御史台の手伝いもやってのけたそうじゃないか。一度、楽虹天に食べに行ってみたいと思ってたんだ」
何故孫尚書が知っているのかと尋ねたくなったが、彼は旺季様と話す仲。
その旺季様は、御史台長官の上にいる人だ。
以前御史台の仕事で塩を調べさせられた陸さんは、その長官の下。
スルスルと関係性が繋がっていき、私のことがバレているのだと気付く。
「……陸御史の指示通りにしたまでです」
決して自分の頭が良いわけではない、そんなに頭が良ければ日本にいた頃も有名なところに進学していた。
そう思い答えたつもりだったが、凌晏樹様は声に出して笑った。
「あはは!その御史の指示通りに動ける子なんて、普通いないよ。あの御史台長官の葵皇毅ですら、認めたぐらいだ」
「そうだぞ、誇っていい」
旺季様はそう言いながら、シュウマイを一口で口に入れた。
「あぁ。その上、料理も上手い」
孫尚書も頷いている。
旺季様が美味しそうに咀嚼する姿に、何の話だったか忘れて私は少しホッとしてしまった。
それは他の二人も同様だったらしく、そのまま話をしながらもう一つ、二つと旺季様の箸が伸びるのを見ながら緩やかに時間は過ぎて行った。
「————次も、よろしくね」
空の箱を手に、家までどうしても送ると言って聞かない凌晏樹様に再び馬車に押し込められた私は、彼が唐突に言った言葉に目を丸くした。
「つ、次、ですか……」
「やっぱり君の料理なら、旺季様は食べてくれるみたいだから」
「いえ、あの、ですが……」
「大丈夫だよ。君の休みの日は、君のとこの支配人から知らせが入るようになってるから」
な・ん・で・す・っ・て・?
「じゃあ、まさか……今日、タイミングよく凌晏樹様が来られたのは……」
「またね」
馬車が止まり、降ろされる。
そして、すぐさま走り去っていく馬車。
(うっそだー…………これからは休み、あってないようなものじゃない?)
その後、本当に休みの度に家まで押しかけてくるようになった凌晏樹様に、ご本人様と立派な馬車は必要ありませんので、お時間と王城へ入れるようご手配だけお願いして、押しかけて来るのをどうにかこうにか止めてもらった。
「楽虹天辞めさせて、旺季様の専属料理人にしてもいいよね」
馬車に同乗させられる度、そんな不穏な言葉が出るのを聞くのは、正直怖すぎる。
(静蘭とはまた違った怖い人だよね、凌晏樹様って)
私はまた次の休みの日から、許可は正式に貰ったものの、こそこそと王城へと伺うことになった。
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