紫州事変
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「……はぁ、タンタンさんですか…………」
「違うけどね。まぁ、いいけどさ」
ずず、とお茶を啜る音が二人の間を流れていく。
「なんか、貴方達落ち着いているわね」
「第一印象は驚いたけど、まぁ特にお互い何もありませんし。秀麗は求婚されたんでしょ?」
「あれを求婚というのなら、そうね」
「ドキドキした?」
「驚きはしたけど、呆れもしたわね」
「そうなんだ」
ヒカルの言葉に、タンタンと呼ばれた金の狸を大事そうに抱える男性はぼんやりした目のまま隣に座る秀麗に言った。
「アンタ、名家のお嬢さんなのに一般人にも仲良い奴いるんだな」
秀麗とヒカルを見ながら、彼はそう言った。
「お嬢様は誰からも好かれますから。ねぇ、ヒカル?」
そしてヒカルの隣に座る静蘭に問われ、ヒカルはぞくりと背筋が凍った。
「も、ちろん」
「歯切れが悪いですよ」
「もちろん」
最早彼の言葉に被せる勢いで再び言ったヒカルに、静蘭は満足そうに頷いた。
「タンタン君も、勿論そう思いますよね?」
当然彼も、首を縦に振らざるを得ない。
(なんで今日、彼こんなに怖いんだろうか……)
ヒカルはそう思いながら、どうか火の粉が降りかかりませんようにと祈った。
秀麗の調査を手伝っていたという静蘭。
そしてタンタン、本名を榛蘇芳という男。
ヒカルは、午後から久しぶりの休暇を満喫しようと食材を物色しにきていた。
(今日まで、ずっと忙しかったからなぁ)
彼女の脳内には、今日も忙しくしているであろう陸清雅が浮かんでいた。
そんな風にのんびり歩いていたところ、色々と抱えて歩く秀麗を見かけて冒頭の会話となった。
今は茶屋で四人が長椅子に二人ずつ座り、向かい合っている形だ。
「でも秀麗も静蘭も、元気そうで良かった」
「色々あるんだけどね……あ、そういえばヒカル、最近変わったこととかない?」
「変わったこと?」
「そう!」
身を乗り出して意気揚々と問うてきた秀麗に驚きながら、ヒカルは最近の出来事を振り返る。
(ヤバイ……御史台の手伝いしか浮かばない…………しかも、このことは他言無用って言われてるしなぁ)
他言無用にしてくれと、その分お給金を上乗せして渡されている。
そんなことせずとも話したりする気はなかったが、きっとこれはそれだけ重要案件なのだろうとヒカルなりに理解していた。
(つまり、塩のことを話せない……)
「……料理長がお腹壊して休んだことぐらいしか浮かばないかな?」
「え? 大丈夫だったの? 何か食べ物にあたったとか?」
「さぁ、理由までは聞かなかったんだけど」
「そう……」
秀麗は、そう言って何か考え込んでいる様子だった。
「お嬢様?」
静蘭の言葉にハッとすると、秀麗は慌てたように笑った。
「ごめんなさい! つい考え事をしてしまっていたわ。今日はこの辺で帰るわね」
そう言われ、ふと外を見るともう夕暮れだった。
「もう夕暮れだったんだね。じゃあ、久しぶりに会えて大変楽しかったよ」
「私もよ! 何故かわからないけど、いつもヒカルと会うと元気になれる気がするのよね」
秀麗とヒカルは、互いに笑った。
「あはは! 私もだから、お互いに元気を分け合ってるのかもね」
「そうね!」
「じゃ、またね~」
秀麗達と別れてから、町を歩きながらヒカルは考えていた。
(秀麗……大量に塩買ってたな。あと掛け軸……絵が描かれているみたいだった)
秀麗も静蘭も、絵に造詣が深いわけではないはず。
ある程度の知識はあるだろうけど、何か仕事なんだろうか。
(塩のこと調べているんだったら、陸さんのこと教えた方が良いのかな……いやでも、他言無用だしなぁ)
秀麗は、町に何か異変が起きていると確信しているような雰囲気だったとヒカルは考えている。
だとすると、塩の異変だけではない。
(…………まさか、塩みたいに絵も粗悪品……贋作だったりして?)
いやいやいや、と首を横に振る。
関わるべきではない。
はっきりとヒカルの脳内は、赤信号を出した。
「当たりだな」
「うわっ!?」
さっさと帰宅しようと急ぎ始めた瞬間、路地裏から出てきた男性に言われた言葉と突然の登場にヒカルは後ろに慌てて下がろうとして、服の裾を踏みすっ転びそうになった。
だが、それを男性がヒカルの手を引いたことで、彼女は男性の胸に飛び込む形で転ばずに済んだ。
「す、すみません……陸さん」
「あの女、知り合いか?」
あの女、と問われ誰のことかと首を傾げると、陸清雅は離しぎゅっと眉を寄せた。
「え、あ、私がさっき茶屋にいたのを見てたんですか?」
「たまたまだが、あの女は紅家の奴だぞ?」
「あ、陸さんも知ってるんですね。秀麗は友達ですよ」
「何も、あの女に話さなかったんだな」
「お給金貰ってますから」
そう答えると、彼はすっと口を閉じて何か思案しているようだった。
「大丈夫ですよ。他言しません」
「お前、あれを見て気付いただろ」
語尾が下がり、断言される。
「な、なんのことですか?」
「ヒカル、関わるなよ。今回の件は、お前の考えてる通りだ」
「…………」
「安心しろ。お前に調査させられる案件じゃない。勿論、あの女にも扱いきれる案件じゃないがな」
「秀麗は……皆の為に動いています」
「………………お前は?」
彼の言葉に、少し嫌な空気を感じて秀麗の想いを少し述べたヒカル。
だが、返された言葉にヒカルは答えが喉で止まってしまった。
「…………協力しないんですか」
「あんな足手まといはいらない。で?」
町行く人々は、足を止めず二人を避けて進んでいく。
夕暮れに照らされた陸清雅の凛とした佇まいに、ヒカルは一歩後退った。
「言いたくありません」
「……お前、いつまでそうしてるつもりだ」
彼は御史台。
いくつもの悪事を暴いてきた凄腕である。
そんな彼相手に、自分の考えが悪いことではないとしても見抜かれたくはなかった。
これはあくまでヒカル自身が考えたことであり、他人にそれを悟って欲しいわけでも認めて欲しいわけでもないからだ。
(この世界で良くしてくれた人に、恩を返したい。そして……)
自分が返せた、そう思えたら帰る。
それは彼女が一番お世話になった老人に、何一つ恩返しが出来なかったことが大きな要因となっていた。
だが、彼女の他人に対する献身的な姿勢は陸清雅にとって理解しがたいものであった。
自己犠牲、それ以外の何物でもない。
だから、色んな奴に良いように利用されているのだと、彼はそう思っていた。
彼は何度も彼女が、自分より他人に心を砕き尽くそうと努力する姿を見てきている。
それはどこにいっても変わらない。
料理店でも、御史台でも。
牢屋に入れられた時に、警備の者にまで気遣うような者など今までいなかった。
それほどに、彼女は特殊な存在なのだと彼は思っていた。
そして同時に使える人材だと自分が認める者が、一文の得にもならないことをすることに腹を立てていた。
「そうしてる、の指す意味が分かりませんが、私は私です。これが私です。不快な思いをさせているのでしたら、すみません」
「不快だ。俺が認める奴が、自己犠牲しかしてないような奴だとはな」
「自己満足ですよ」
「そのうち死ぬぞ。ここはお前が思うほど良い国ではない」
彼の言葉に、ヒカルはようやく彼が何を言いたいのか理解した。
なんとも遠回しで、そしてヒカルを責める様な言葉も多く何より態度が彼女を批判しているようにしか思えなかったせいで、ヒカルは今気付いた。
「……心配していただいて、ありがとうございます」
「は? 何故そうなる?」
「あれ? 違うんですか?」
「違うだろ」
(違ったのかな……とんだ誤解をしてしまった)
噛み合わない二人。
結局いくら話せど意見が噛み合わない二人は、「今回の案件に関わらない」ということにのみ理解を得て互いに帰宅した。
「違うけどね。まぁ、いいけどさ」
ずず、とお茶を啜る音が二人の間を流れていく。
「なんか、貴方達落ち着いているわね」
「第一印象は驚いたけど、まぁ特にお互い何もありませんし。秀麗は求婚されたんでしょ?」
「あれを求婚というのなら、そうね」
「ドキドキした?」
「驚きはしたけど、呆れもしたわね」
「そうなんだ」
ヒカルの言葉に、タンタンと呼ばれた金の狸を大事そうに抱える男性はぼんやりした目のまま隣に座る秀麗に言った。
「アンタ、名家のお嬢さんなのに一般人にも仲良い奴いるんだな」
秀麗とヒカルを見ながら、彼はそう言った。
「お嬢様は誰からも好かれますから。ねぇ、ヒカル?」
そしてヒカルの隣に座る静蘭に問われ、ヒカルはぞくりと背筋が凍った。
「も、ちろん」
「歯切れが悪いですよ」
「もちろん」
最早彼の言葉に被せる勢いで再び言ったヒカルに、静蘭は満足そうに頷いた。
「タンタン君も、勿論そう思いますよね?」
当然彼も、首を縦に振らざるを得ない。
(なんで今日、彼こんなに怖いんだろうか……)
ヒカルはそう思いながら、どうか火の粉が降りかかりませんようにと祈った。
秀麗の調査を手伝っていたという静蘭。
そしてタンタン、本名を榛蘇芳という男。
ヒカルは、午後から久しぶりの休暇を満喫しようと食材を物色しにきていた。
(今日まで、ずっと忙しかったからなぁ)
彼女の脳内には、今日も忙しくしているであろう陸清雅が浮かんでいた。
そんな風にのんびり歩いていたところ、色々と抱えて歩く秀麗を見かけて冒頭の会話となった。
今は茶屋で四人が長椅子に二人ずつ座り、向かい合っている形だ。
「でも秀麗も静蘭も、元気そうで良かった」
「色々あるんだけどね……あ、そういえばヒカル、最近変わったこととかない?」
「変わったこと?」
「そう!」
身を乗り出して意気揚々と問うてきた秀麗に驚きながら、ヒカルは最近の出来事を振り返る。
(ヤバイ……御史台の手伝いしか浮かばない…………しかも、このことは他言無用って言われてるしなぁ)
他言無用にしてくれと、その分お給金を上乗せして渡されている。
そんなことせずとも話したりする気はなかったが、きっとこれはそれだけ重要案件なのだろうとヒカルなりに理解していた。
(つまり、塩のことを話せない……)
「……料理長がお腹壊して休んだことぐらいしか浮かばないかな?」
「え? 大丈夫だったの? 何か食べ物にあたったとか?」
「さぁ、理由までは聞かなかったんだけど」
「そう……」
秀麗は、そう言って何か考え込んでいる様子だった。
「お嬢様?」
静蘭の言葉にハッとすると、秀麗は慌てたように笑った。
「ごめんなさい! つい考え事をしてしまっていたわ。今日はこの辺で帰るわね」
そう言われ、ふと外を見るともう夕暮れだった。
「もう夕暮れだったんだね。じゃあ、久しぶりに会えて大変楽しかったよ」
「私もよ! 何故かわからないけど、いつもヒカルと会うと元気になれる気がするのよね」
秀麗とヒカルは、互いに笑った。
「あはは! 私もだから、お互いに元気を分け合ってるのかもね」
「そうね!」
「じゃ、またね~」
秀麗達と別れてから、町を歩きながらヒカルは考えていた。
(秀麗……大量に塩買ってたな。あと掛け軸……絵が描かれているみたいだった)
秀麗も静蘭も、絵に造詣が深いわけではないはず。
ある程度の知識はあるだろうけど、何か仕事なんだろうか。
(塩のこと調べているんだったら、陸さんのこと教えた方が良いのかな……いやでも、他言無用だしなぁ)
秀麗は、町に何か異変が起きていると確信しているような雰囲気だったとヒカルは考えている。
だとすると、塩の異変だけではない。
(…………まさか、塩みたいに絵も粗悪品……贋作だったりして?)
いやいやいや、と首を横に振る。
関わるべきではない。
はっきりとヒカルの脳内は、赤信号を出した。
「当たりだな」
「うわっ!?」
さっさと帰宅しようと急ぎ始めた瞬間、路地裏から出てきた男性に言われた言葉と突然の登場にヒカルは後ろに慌てて下がろうとして、服の裾を踏みすっ転びそうになった。
だが、それを男性がヒカルの手を引いたことで、彼女は男性の胸に飛び込む形で転ばずに済んだ。
「す、すみません……陸さん」
「あの女、知り合いか?」
あの女、と問われ誰のことかと首を傾げると、陸清雅は離しぎゅっと眉を寄せた。
「え、あ、私がさっき茶屋にいたのを見てたんですか?」
「たまたまだが、あの女は紅家の奴だぞ?」
「あ、陸さんも知ってるんですね。秀麗は友達ですよ」
「何も、あの女に話さなかったんだな」
「お給金貰ってますから」
そう答えると、彼はすっと口を閉じて何か思案しているようだった。
「大丈夫ですよ。他言しません」
「お前、あれを見て気付いただろ」
語尾が下がり、断言される。
「な、なんのことですか?」
「ヒカル、関わるなよ。今回の件は、お前の考えてる通りだ」
「…………」
「安心しろ。お前に調査させられる案件じゃない。勿論、あの女にも扱いきれる案件じゃないがな」
「秀麗は……皆の為に動いています」
「………………お前は?」
彼の言葉に、少し嫌な空気を感じて秀麗の想いを少し述べたヒカル。
だが、返された言葉にヒカルは答えが喉で止まってしまった。
「…………協力しないんですか」
「あんな足手まといはいらない。で?」
町行く人々は、足を止めず二人を避けて進んでいく。
夕暮れに照らされた陸清雅の凛とした佇まいに、ヒカルは一歩後退った。
「言いたくありません」
「……お前、いつまでそうしてるつもりだ」
彼は御史台。
いくつもの悪事を暴いてきた凄腕である。
そんな彼相手に、自分の考えが悪いことではないとしても見抜かれたくはなかった。
これはあくまでヒカル自身が考えたことであり、他人にそれを悟って欲しいわけでも認めて欲しいわけでもないからだ。
(この世界で良くしてくれた人に、恩を返したい。そして……)
自分が返せた、そう思えたら帰る。
それは彼女が一番お世話になった老人に、何一つ恩返しが出来なかったことが大きな要因となっていた。
だが、彼女の他人に対する献身的な姿勢は陸清雅にとって理解しがたいものであった。
自己犠牲、それ以外の何物でもない。
だから、色んな奴に良いように利用されているのだと、彼はそう思っていた。
彼は何度も彼女が、自分より他人に心を砕き尽くそうと努力する姿を見てきている。
それはどこにいっても変わらない。
料理店でも、御史台でも。
牢屋に入れられた時に、警備の者にまで気遣うような者など今までいなかった。
それほどに、彼女は特殊な存在なのだと彼は思っていた。
そして同時に使える人材だと自分が認める者が、一文の得にもならないことをすることに腹を立てていた。
「そうしてる、の指す意味が分かりませんが、私は私です。これが私です。不快な思いをさせているのでしたら、すみません」
「不快だ。俺が認める奴が、自己犠牲しかしてないような奴だとはな」
「自己満足ですよ」
「そのうち死ぬぞ。ここはお前が思うほど良い国ではない」
彼の言葉に、ヒカルはようやく彼が何を言いたいのか理解した。
なんとも遠回しで、そしてヒカルを責める様な言葉も多く何より態度が彼女を批判しているようにしか思えなかったせいで、ヒカルは今気付いた。
「……心配していただいて、ありがとうございます」
「は? 何故そうなる?」
「あれ? 違うんですか?」
「違うだろ」
(違ったのかな……とんだ誤解をしてしまった)
噛み合わない二人。
結局いくら話せど意見が噛み合わない二人は、「今回の案件に関わらない」ということにのみ理解を得て互いに帰宅した。