紫州事変
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塩の実地検分も大方終わった頃、年の瀬を迎えるにあたってお店の方が忙しくなってきたこともあり、彼からの仕事は一旦終了した。
「また折を見て呼ぶ」
「え……」
「給金だ。店の方にもまた顔を出すからな」
「え」
ずっしりとした袋を渡され、中身の金の重さに驚く暇もない。
彼は今、また呼ぶと言い店にも来ると言ったことの方に驚き、頭が追い付かない。
全てが陸清雅の決定事項であり、当然のようにヒカルの意思は無視である。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はぜひともこれっきりでお願いしたいです! 私にこんな政の手伝いは出来ませんよ」
「それは俺が決める。長官だってそう判断したんだ。喜べよ、あの人と俺のお墨付きだ」
(全然喜べない……)
「まぁ、そっちがお前の本業だろ? 邪魔はしませんよ」
ニッコリと人の好い笑みを浮かべられ、思わずヒカルは後退った。
散々こき使われて、好青年の印象は大分薄くなったのだ。
今更初対面の時のように、物腰を和らげられたところで彼の言葉が信用できるはずもなかった。
彼は本来、人をこき使いとにかく頭の回転の速い仕事人間であり、非情な性格も垣間見ている。
そんな彼が今更人の好い顔をしたところで、ヒカルとしてはちっとも良い印象にはならないのだ。
「…………ぜひ」
一つため息をついた彼女だったが、結局は苦笑しつつもそう答えた。
だが、それに驚いた清雅は目を見開いた。
「てっきりお前は、金輪際俺に関わりたくないんだと思っていたんだが? それはまた俺にこき使われたいということか?」
「まさか。でも、お客さんとして来て下さる陸さんは大歓迎ですから」
「…………変わってる、と言われないか?」
「他の人と比べれば、言われませんよ」
それでは、と彩雲国での礼をして退室していったヒカルを見送った清雅は、彼女の姿が見えなくなってから口元を抑えた。
(これほど……これほど、面白いと思った奴などいただろうか)
口元が緩むのを手で隠し、ようやく収まったころに空を仰ぐ。
晴天の空に、天高く浮かぶ雲に、清雅はまた笑みが零れた。
「…………認めるしかないか」
初めは不慣れながらも、何とか仕事をこなし続けた努力と、どんな時でも自分を曲げない根性、そして自分の補佐をしながら対等に会話できる一般市民。
それは紛れもなく、彼にとって初めて芽生えた感情。
そう思えば、彼女の稀有なその考えや態度は一般市民とは到底思えないのだが、彼は一先ずその考えを先送りにした。
まずは有益である彼女の存在が、彼にとって必要なものだと感じたからだ。
ようやく陸清雅の仕事を終え、市場を通り一度帰宅してから楽虹天へ向おうと歩いていたヒカル。
だが、彼女は前から歩いてくる男に思わず足を止めた。
周りの町の者達も同様であり、皆歩いてくる男の異質さに怪訝な視線を向けるのだが、当の本人は何食わぬ顔で歩いていた。
(お、おかしい人がいる……いや、私が疲れているから見える夢?)
しかもよく見ると、何故かずぶ濡れである。
そして男は、何故か彼女の前で立ち止まった。
無言で見つめ合うヒカルと不審な男。
「………………な、何か?」
辛うじて絞り出した声に、男はしっかりとヒカルと目を合わせて言った。
「俺、なんでフラれたと思う?」
「……………………はい?」
上から下まで彼をもう一度確認したヒカルは、もう一度彼に問うた。
彼の問いが理解できる言葉のはずなのに、彼女の頭に入ってこなかったのだ。
「俺、これ開運だっていうからわざわざ買ったわけ。結婚してもらうには最適なものばっかり揃えたのに、なんで?」
なんで?と両手を上げて首を傾げる、所謂アメリカンなリアクションをした彼に合わせて、ジャラジャラとギラギラ輝く装飾品が音を鳴らした。
彼女は開いた口が塞がらない。
どこぞの成金かと思ったが、どうやら本当に彼はその趣味の悪いジャラジャラとつけた金色に輝く装飾品が告白を成功させるものだと信じているようだった。
どう考えてもそれは詐欺に遭ったのだと、そう言えれば良いのだが如何せん彼女は男とこれが初対面である。
一番男をおかしいと思わせるのは、装飾品ではない。
手に抱える金ピカの狸の置物だろう。
明らかにおかしいのだが、彼の性格が分からなければこれまでの経緯も分からない。
取り敢えず彼が騙され、見事に玉砕したのだという事実だけが彼女の知ることだ。
考えあぐねた結果、危なくはなさそうだが関わり合いになりたくない類の男だと判断し、ヒカルは冷静に彼に告げた。
「見た目」
例え彼を傷つける結果になろうとも、彼のその見た目に問題があるのだと気付くきっかけにでもなってくれれば。
そんな思い出の言葉であった。
だが、当の本人は声を掛けてきた時から何も変わらぬ表情のまま、うんうんと頷いた。
「そっか。そりゃしょうがないね」
「え?」
「まぁ、俺もこれで通ってたら困ってたんだけどさ。親父納得してくれっかなぁ……」
そうぼやきながら、男はスタスタと歩いて行った。
(何だったんだろう……)
関わらないのが一番であり、彼の方から過ぎ去ってくれたことは救いであるのだから、さっさと忘れるべきである。
が、到底忘れられそうにない。
「金の狸って……幸運っていうより、不運な感じかも」
当分記憶から消せない程のインパクトを残した男。
彼とはこの後、秀麗によって再び出会うこととなる。
「また折を見て呼ぶ」
「え……」
「給金だ。店の方にもまた顔を出すからな」
「え」
ずっしりとした袋を渡され、中身の金の重さに驚く暇もない。
彼は今、また呼ぶと言い店にも来ると言ったことの方に驚き、頭が追い付かない。
全てが陸清雅の決定事項であり、当然のようにヒカルの意思は無視である。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はぜひともこれっきりでお願いしたいです! 私にこんな政の手伝いは出来ませんよ」
「それは俺が決める。長官だってそう判断したんだ。喜べよ、あの人と俺のお墨付きだ」
(全然喜べない……)
「まぁ、そっちがお前の本業だろ? 邪魔はしませんよ」
ニッコリと人の好い笑みを浮かべられ、思わずヒカルは後退った。
散々こき使われて、好青年の印象は大分薄くなったのだ。
今更初対面の時のように、物腰を和らげられたところで彼の言葉が信用できるはずもなかった。
彼は本来、人をこき使いとにかく頭の回転の速い仕事人間であり、非情な性格も垣間見ている。
そんな彼が今更人の好い顔をしたところで、ヒカルとしてはちっとも良い印象にはならないのだ。
「…………ぜひ」
一つため息をついた彼女だったが、結局は苦笑しつつもそう答えた。
だが、それに驚いた清雅は目を見開いた。
「てっきりお前は、金輪際俺に関わりたくないんだと思っていたんだが? それはまた俺にこき使われたいということか?」
「まさか。でも、お客さんとして来て下さる陸さんは大歓迎ですから」
「…………変わってる、と言われないか?」
「他の人と比べれば、言われませんよ」
それでは、と彩雲国での礼をして退室していったヒカルを見送った清雅は、彼女の姿が見えなくなってから口元を抑えた。
(これほど……これほど、面白いと思った奴などいただろうか)
口元が緩むのを手で隠し、ようやく収まったころに空を仰ぐ。
晴天の空に、天高く浮かぶ雲に、清雅はまた笑みが零れた。
「…………認めるしかないか」
初めは不慣れながらも、何とか仕事をこなし続けた努力と、どんな時でも自分を曲げない根性、そして自分の補佐をしながら対等に会話できる一般市民。
それは紛れもなく、彼にとって初めて芽生えた感情。
そう思えば、彼女の稀有なその考えや態度は一般市民とは到底思えないのだが、彼は一先ずその考えを先送りにした。
まずは有益である彼女の存在が、彼にとって必要なものだと感じたからだ。
ようやく陸清雅の仕事を終え、市場を通り一度帰宅してから楽虹天へ向おうと歩いていたヒカル。
だが、彼女は前から歩いてくる男に思わず足を止めた。
周りの町の者達も同様であり、皆歩いてくる男の異質さに怪訝な視線を向けるのだが、当の本人は何食わぬ顔で歩いていた。
(お、おかしい人がいる……いや、私が疲れているから見える夢?)
しかもよく見ると、何故かずぶ濡れである。
そして男は、何故か彼女の前で立ち止まった。
無言で見つめ合うヒカルと不審な男。
「………………な、何か?」
辛うじて絞り出した声に、男はしっかりとヒカルと目を合わせて言った。
「俺、なんでフラれたと思う?」
「……………………はい?」
上から下まで彼をもう一度確認したヒカルは、もう一度彼に問うた。
彼の問いが理解できる言葉のはずなのに、彼女の頭に入ってこなかったのだ。
「俺、これ開運だっていうからわざわざ買ったわけ。結婚してもらうには最適なものばっかり揃えたのに、なんで?」
なんで?と両手を上げて首を傾げる、所謂アメリカンなリアクションをした彼に合わせて、ジャラジャラとギラギラ輝く装飾品が音を鳴らした。
彼女は開いた口が塞がらない。
どこぞの成金かと思ったが、どうやら本当に彼はその趣味の悪いジャラジャラとつけた金色に輝く装飾品が告白を成功させるものだと信じているようだった。
どう考えてもそれは詐欺に遭ったのだと、そう言えれば良いのだが如何せん彼女は男とこれが初対面である。
一番男をおかしいと思わせるのは、装飾品ではない。
手に抱える金ピカの狸の置物だろう。
明らかにおかしいのだが、彼の性格が分からなければこれまでの経緯も分からない。
取り敢えず彼が騙され、見事に玉砕したのだという事実だけが彼女の知ることだ。
考えあぐねた結果、危なくはなさそうだが関わり合いになりたくない類の男だと判断し、ヒカルは冷静に彼に告げた。
「見た目」
例え彼を傷つける結果になろうとも、彼のその見た目に問題があるのだと気付くきっかけにでもなってくれれば。
そんな思い出の言葉であった。
だが、当の本人は声を掛けてきた時から何も変わらぬ表情のまま、うんうんと頷いた。
「そっか。そりゃしょうがないね」
「え?」
「まぁ、俺もこれで通ってたら困ってたんだけどさ。親父納得してくれっかなぁ……」
そうぼやきながら、男はスタスタと歩いて行った。
(何だったんだろう……)
関わらないのが一番であり、彼の方から過ぎ去ってくれたことは救いであるのだから、さっさと忘れるべきである。
が、到底忘れられそうにない。
「金の狸って……幸運っていうより、不運な感じかも」
当分記憶から消せない程のインパクトを残した男。
彼とはこの後、秀麗によって再び出会うこととなる。