紫州事変
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私にとって、人生の転機は大学に入学したばかりの頃だった。
目まぐるしいほどの受験戦争に、ギリギリ生き残った私が入った大学は、専門学校や短大並に忙しいところだった。
「大学ってラクで楽しいよね~」
誰だそんなウソついたのは
と、思わず叫びたくなったこともあった。
先輩の話では、単位をどれだけ取るのかも自由で放置状態だと聞いていたのに、見当はずれもいいところだった。
単位は上限が決まっているし、座席も常に出席番号順。
毎日レポート提出に追われ、苦しいことこの上なかった。
だが、違う大学に入った友達に聞くと、彼女たちは私とは違ってとても楽しそうだった。
大学によってこんなにも差があったとは思わず、まぁそれでも自分で選んだ道だと、二か月も経てばそれなりに大学生活が楽しめるようになっていた。
そんな忙しさの中、あと一か月でようやく夏休みに入るため、テスト期間を含めたこの一か月が勝負だったのに―――――
「なんでこんなことになってるんだろうな~、ほんと」
私は、今―――――
「いらっしゃいませ、ようこそ楽虹天へ」
楽虹天という中華料理店で働いていた。
「八宝菜と点心を一つずつ追加でお願いしまーす!」
厨房に行き、書き留めておいた注文を言い、メモを置く。
中華料理は、もちろん全て漢字であり最初は注文をメモに書き留めるのに苦労していたが、ここで働き始めるようになってから早一年。
まだまだ小さなミスはあるものの、だいぶ慣れてきていた。
店内を見渡し、お客様が店を出ればすぐに食器などを下げ、テーブルを拭き調味料などが少なくなっていないかを確認し、椅子を整える。
そして、すぐに次のお客様をご案内する。
この店は、都の中でも一、二を争うほどの名店であることもあり、常に満員状態である。
目まぐるしい忙しさで時は刻一刻と過ぎていき、気が付けば日も暮れていた。
どっぷりと夜になって、ようやく店は閉店する。
「おーい、ヒカル。こっちに来てくれ!」
「はーい」
店内を掃除していたのだが、厨房の人に呼ばれてトコトコとそちらへ向かうと、料理長がニッコリと素敵な笑顔で出迎えてくれた。
「今日は、お前のまかないを食べさせてくれるんだろう?」
「あ、はい!」
朝早くに来て今日の分のまかないを既に用意していたので、その鍋を厨房の奥から引っ張り出してきて、火をつけ温め始める。
「お前のまかないは、一風変わっていてとても興味深いからな!楽しみにしてるぞーっ!」
がっはっは!と大きな声で笑いながら、料理長は「皆で座って待ってるぞー」などと言って厨房から去って行った。
この国では、和食や洋食が今までなかったらしく、珍味だと言われたこともある。
だが、皆からは結構評判が良いため、たまにこうしてまかないを作らせてもらえることもあり、料理長や皆には日々感謝の気持ちでいっぱいだった。
「できましたよー!」
「おー、待ってたぜヒカル!」
「今日はなに?」
「ホワイトシチューとザクロゼリーです」
ザクロゼリーは、冷蔵庫でそれぞれ人数分を取り分けて既に冷やしてあったため、取り出すだけで、早速シチューを全員分配り終えて食べ始める。
「おぉー!上手いぞ、このしちゅうって!」
「ざくろぜりいも美味しいよ!ざくろの甘さがよく出てる」
「おい、なんでデザートから食ってんだよ?」
「いいじゃん別に!」
「みなさんのお口に合っているようで、何よりです」
「やっぱヒカルの作る珍料理は美味しいなっ!」
珍料理、そう言われるのは仕方がないことなのだろうが、何故かあまり良いイメージがしないなー。
とにもかくにも、今こうして皆とご飯を食べて笑いあって過ごせているということが、とても幸せなことだと思えた。
一年前の、人生の転機が訪れたときは本当に驚いた。
あの日は丁度一回生の前期終了前のテストが始まる日だった。
これから一か月が勝負だと、気合を入れて家を出た。
いつもと違う道を通って通学していると、朝の早くから開いている小さな雑貨屋さんを見つけてしまった。
思わず足を止めてしまった私は、その店内に入って驚いた。
そこには小さな箱に入れられた七つの指輪しか置かれていなかったのだ。
中でも、一際輝いていた紫色の指輪は、私の視界に一番に飛び込んできた。
思わず購入してしまった私は、早速袋からその指輪を取り出して指に填めてみた。
キラキラと光るそれはとても綺麗で、思わず見惚れてしまうほど。
だが、そんなことをしている場合では勿論なくて、慌てて私が走り出した瞬間――――
そこは風が心地よく吹き抜ける森になってしまった。
―――――え、なんだこれ
不思議な光景に、思わず息を飲んだ。
森はどうやら相当深いようで、そう簡単に抜け出せそうになかった。
しかも、見れば指にはめたはずの指輪も消えていた。
帰る手がかりになりそうなものも、何一つない。
助けが来るかどうかもわからないため、とりあえず木を削って矢印を書き、道に迷わないように進んで行くと、小さい小屋を発見した。
中に住んでいるらしいおじいさんは、凄く嫌そうに私を小屋の中へと招き入れてくれたのだった。
『お前、見慣れない服を着ているようだが…』
『はぁ、あの…ここは一体どこなんでしょうか?』
『お前、ここをどこかもわからず登ってきたのか!?』
『え、いや…気づいたらここにいたんですが……あー、富士山ですか?』
『違うわいっ!どこの山じゃそれは…まぁ、ええ。だいぶ衰弱しとる、少し休め』
『で、あの…ここはどこですか?』
ベッドに横になり、おじいさんに尋ねると、薬草を煎じながらも答えてくれた。
『ここは彩雲国の端にあるどこの州にも属さない、別名死の森と言われておる』
『彩雲国……日本じゃないの?』
『にほん?聞いたことがないが、それがお前のいた国か』
『はい、そうです』
それから、薬草を飲ませてくれたり、ご飯をご馳走してくれたりとおじいさんはとても親切だった。
彩雲国のことを全く知らなかった私に、国の様々なことを教えてくれたおじいさん。
昔、初代の王様が彩八仙の力を借りて彩雲国を建国された。
そして、現在の彩雲国に魑魅魍魎は存在していない。
現在の彩雲国は、王様のいる都がある紫州、そして紅州、藍州、茶州、黄州、黒州、白州の七つの州に区切られている。
政治においては、国試を受けて通った者や、貴族の者がいて今の王様はダラけていて頼りにならないとか、それぞれの州の名を持つ人には気をつけるべきだ、などなど。
それにしても、なぜいつの間にこんな訳のわからない国、彩雲国のしかもどこの州にも属さない辺鄙な山に来てしまったのか。
あぁ、訳がわらかなさすぎて泣きたい……
それから、三か月ほどおじいさんのお世話になっていると、おじいさんが急に彩雲国の都、貴陽へ移住するなどと言い始めた。
山籠もりを始めて三か月、彩雲国の王様がいるという紫州へ赴いた私たちは小さな家を買い、そこに移り住んだ。
そして、私がこの彩雲国に来てから半年経った日に、おじいさんは初代の王様の名を一言呟いて穏やかに息を引き取った。
彩雲国のこと、通貨の数え方、政治のことなど、すべておじいさんに教えてもらった。
―――――困ったことがあれば、近所にある大きなボロ屋敷に住む紅家に助けてもらえ。お前は、お前らしく生きなきゃならんぞ。
おじいさんの使っていた机には、そう書かれた紙が一枚だけ置かれていた。
知らない土地、知らない国で、どう生きていくべきか。
郷に入っては、郷に従えということわざの通りに生きなければならないと思っていたが、おじいさんの言葉で私は決心した。
「ねぇ、ヒカル…ヒカルってば!」
「うわっ、はいっ!!」
「このざくろぜりいって、どうやって作るの?」
「え?あぁ、これは杏仁豆腐みたいにして作ったんだけど―――――」
作り方を簡単に説明すると、少女はすぐに理解したらしくなるほど、と頷いた。
「やっぱり秀麗って頭良いよね、先生やってるし」
「そうかしら?私なんてまだまだよ」
「秀麗ちゃーん、ヒカルー!今日残った野菜、持って帰る~?」
「「はーい!」」
私は毎日、秀麗はここに臨時バイトで来たときに、それぞれ今日残った野菜や米、肉など様々なものなどをいただいて帰るのがいつものことで、私たちは互いに顔を見合わせて笑いながら返事をした。
「さて、お野菜も沢山いただいたし、私はもう帰るけどヒカルは?」
「私も帰るよー」
店を出て、お互いに両手いっぱいに野菜を抱えながら昼とはまた違った賑やかさのある夜の道を歩いていく。
「この辺はまだ開いているお店も多いから、まだまだ賑わってるね」
「そうね、でも気をつけなきゃだめよ。いつどこで何があるかわからないんだからね!」
秀麗に言われたくない。
だが、彼女には凄腕のボディーガードがついている。
「お嬢様、ヒカル、お疲れ様です」
「静蘭!」
秀麗は静蘭の元へと走って行く。
彼は秀麗の父、つまり紅邵可さんのところの家人で、いつもこうして秀麗を迎えに来ている。
「お疲れ様です、静蘭」
静蘭は、秀麗と私の持っていた野菜を持ってくれた。
「聞いて、静蘭!今日は売れ行きがいつもより好調だったらしくってね、お給金もいつもより多くしてくれてるの!」
「それは良かったですね」
「あ、あと今日はヒカルのまかないを少しいただいて、また新しいお料理を教えてもらったの!今度静蘭に作ってあげるからね!」
「それは楽しみです。ヒカルの料理は一風変わっていて、とても斬新ですから」
褒めているのか貶しているのか、どちらともとれるような言い方をされた。
彼のことだ、きっと貶されているに違いない。
爽やかな笑顔で言われたのが、何よりも胡散臭かった。
「その時は、ヒカルも招待するからね!」
「うん、楽しみにしてるね」
日本にいた頃と変わらない、平和な日常。
だが、日本でも昔戦争があったように、ここ彩雲国でも八年前に王位争いが起きている。
戦争ではないけれど、それはとても悲惨なものだったと聞く。
それを経験したからか、秀麗も静蘭も、この町に住む人々は皆しっかりしている。
この貴陽に移住してきてすぐの頃、周りの人たちは慣れない私とおじいさんにとても親切にしてくれた。
返しきれないほどの恩を、この町の人たちは私にくれた。
秀麗も静蘭もそのうちの中の一人で、今でもこうして私と一緒に居てくれる。
(これから、ゆっくりとその恩を返していきたいな……)
目まぐるしいほどの受験戦争に、ギリギリ生き残った私が入った大学は、専門学校や短大並に忙しいところだった。
「大学ってラクで楽しいよね~」
誰だそんなウソついたのは
と、思わず叫びたくなったこともあった。
先輩の話では、単位をどれだけ取るのかも自由で放置状態だと聞いていたのに、見当はずれもいいところだった。
単位は上限が決まっているし、座席も常に出席番号順。
毎日レポート提出に追われ、苦しいことこの上なかった。
だが、違う大学に入った友達に聞くと、彼女たちは私とは違ってとても楽しそうだった。
大学によってこんなにも差があったとは思わず、まぁそれでも自分で選んだ道だと、二か月も経てばそれなりに大学生活が楽しめるようになっていた。
そんな忙しさの中、あと一か月でようやく夏休みに入るため、テスト期間を含めたこの一か月が勝負だったのに―――――
「なんでこんなことになってるんだろうな~、ほんと」
私は、今―――――
「いらっしゃいませ、ようこそ楽虹天へ」
楽虹天という中華料理店で働いていた。
「八宝菜と点心を一つずつ追加でお願いしまーす!」
厨房に行き、書き留めておいた注文を言い、メモを置く。
中華料理は、もちろん全て漢字であり最初は注文をメモに書き留めるのに苦労していたが、ここで働き始めるようになってから早一年。
まだまだ小さなミスはあるものの、だいぶ慣れてきていた。
店内を見渡し、お客様が店を出ればすぐに食器などを下げ、テーブルを拭き調味料などが少なくなっていないかを確認し、椅子を整える。
そして、すぐに次のお客様をご案内する。
この店は、都の中でも一、二を争うほどの名店であることもあり、常に満員状態である。
目まぐるしい忙しさで時は刻一刻と過ぎていき、気が付けば日も暮れていた。
どっぷりと夜になって、ようやく店は閉店する。
「おーい、ヒカル。こっちに来てくれ!」
「はーい」
店内を掃除していたのだが、厨房の人に呼ばれてトコトコとそちらへ向かうと、料理長がニッコリと素敵な笑顔で出迎えてくれた。
「今日は、お前のまかないを食べさせてくれるんだろう?」
「あ、はい!」
朝早くに来て今日の分のまかないを既に用意していたので、その鍋を厨房の奥から引っ張り出してきて、火をつけ温め始める。
「お前のまかないは、一風変わっていてとても興味深いからな!楽しみにしてるぞーっ!」
がっはっは!と大きな声で笑いながら、料理長は「皆で座って待ってるぞー」などと言って厨房から去って行った。
この国では、和食や洋食が今までなかったらしく、珍味だと言われたこともある。
だが、皆からは結構評判が良いため、たまにこうしてまかないを作らせてもらえることもあり、料理長や皆には日々感謝の気持ちでいっぱいだった。
「できましたよー!」
「おー、待ってたぜヒカル!」
「今日はなに?」
「ホワイトシチューとザクロゼリーです」
ザクロゼリーは、冷蔵庫でそれぞれ人数分を取り分けて既に冷やしてあったため、取り出すだけで、早速シチューを全員分配り終えて食べ始める。
「おぉー!上手いぞ、このしちゅうって!」
「ざくろぜりいも美味しいよ!ざくろの甘さがよく出てる」
「おい、なんでデザートから食ってんだよ?」
「いいじゃん別に!」
「みなさんのお口に合っているようで、何よりです」
「やっぱヒカルの作る珍料理は美味しいなっ!」
珍料理、そう言われるのは仕方がないことなのだろうが、何故かあまり良いイメージがしないなー。
とにもかくにも、今こうして皆とご飯を食べて笑いあって過ごせているということが、とても幸せなことだと思えた。
一年前の、人生の転機が訪れたときは本当に驚いた。
あの日は丁度一回生の前期終了前のテストが始まる日だった。
これから一か月が勝負だと、気合を入れて家を出た。
いつもと違う道を通って通学していると、朝の早くから開いている小さな雑貨屋さんを見つけてしまった。
思わず足を止めてしまった私は、その店内に入って驚いた。
そこには小さな箱に入れられた七つの指輪しか置かれていなかったのだ。
中でも、一際輝いていた紫色の指輪は、私の視界に一番に飛び込んできた。
思わず購入してしまった私は、早速袋からその指輪を取り出して指に填めてみた。
キラキラと光るそれはとても綺麗で、思わず見惚れてしまうほど。
だが、そんなことをしている場合では勿論なくて、慌てて私が走り出した瞬間――――
そこは風が心地よく吹き抜ける森になってしまった。
―――――え、なんだこれ
不思議な光景に、思わず息を飲んだ。
森はどうやら相当深いようで、そう簡単に抜け出せそうになかった。
しかも、見れば指にはめたはずの指輪も消えていた。
帰る手がかりになりそうなものも、何一つない。
助けが来るかどうかもわからないため、とりあえず木を削って矢印を書き、道に迷わないように進んで行くと、小さい小屋を発見した。
中に住んでいるらしいおじいさんは、凄く嫌そうに私を小屋の中へと招き入れてくれたのだった。
『お前、見慣れない服を着ているようだが…』
『はぁ、あの…ここは一体どこなんでしょうか?』
『お前、ここをどこかもわからず登ってきたのか!?』
『え、いや…気づいたらここにいたんですが……あー、富士山ですか?』
『違うわいっ!どこの山じゃそれは…まぁ、ええ。だいぶ衰弱しとる、少し休め』
『で、あの…ここはどこですか?』
ベッドに横になり、おじいさんに尋ねると、薬草を煎じながらも答えてくれた。
『ここは彩雲国の端にあるどこの州にも属さない、別名死の森と言われておる』
『彩雲国……日本じゃないの?』
『にほん?聞いたことがないが、それがお前のいた国か』
『はい、そうです』
それから、薬草を飲ませてくれたり、ご飯をご馳走してくれたりとおじいさんはとても親切だった。
彩雲国のことを全く知らなかった私に、国の様々なことを教えてくれたおじいさん。
昔、初代の王様が彩八仙の力を借りて彩雲国を建国された。
そして、現在の彩雲国に魑魅魍魎は存在していない。
現在の彩雲国は、王様のいる都がある紫州、そして紅州、藍州、茶州、黄州、黒州、白州の七つの州に区切られている。
政治においては、国試を受けて通った者や、貴族の者がいて今の王様はダラけていて頼りにならないとか、それぞれの州の名を持つ人には気をつけるべきだ、などなど。
それにしても、なぜいつの間にこんな訳のわからない国、彩雲国のしかもどこの州にも属さない辺鄙な山に来てしまったのか。
あぁ、訳がわらかなさすぎて泣きたい……
それから、三か月ほどおじいさんのお世話になっていると、おじいさんが急に彩雲国の都、貴陽へ移住するなどと言い始めた。
山籠もりを始めて三か月、彩雲国の王様がいるという紫州へ赴いた私たちは小さな家を買い、そこに移り住んだ。
そして、私がこの彩雲国に来てから半年経った日に、おじいさんは初代の王様の名を一言呟いて穏やかに息を引き取った。
彩雲国のこと、通貨の数え方、政治のことなど、すべておじいさんに教えてもらった。
―――――困ったことがあれば、近所にある大きなボロ屋敷に住む紅家に助けてもらえ。お前は、お前らしく生きなきゃならんぞ。
おじいさんの使っていた机には、そう書かれた紙が一枚だけ置かれていた。
知らない土地、知らない国で、どう生きていくべきか。
郷に入っては、郷に従えということわざの通りに生きなければならないと思っていたが、おじいさんの言葉で私は決心した。
「ねぇ、ヒカル…ヒカルってば!」
「うわっ、はいっ!!」
「このざくろぜりいって、どうやって作るの?」
「え?あぁ、これは杏仁豆腐みたいにして作ったんだけど―――――」
作り方を簡単に説明すると、少女はすぐに理解したらしくなるほど、と頷いた。
「やっぱり秀麗って頭良いよね、先生やってるし」
「そうかしら?私なんてまだまだよ」
「秀麗ちゃーん、ヒカルー!今日残った野菜、持って帰る~?」
「「はーい!」」
私は毎日、秀麗はここに臨時バイトで来たときに、それぞれ今日残った野菜や米、肉など様々なものなどをいただいて帰るのがいつものことで、私たちは互いに顔を見合わせて笑いながら返事をした。
「さて、お野菜も沢山いただいたし、私はもう帰るけどヒカルは?」
「私も帰るよー」
店を出て、お互いに両手いっぱいに野菜を抱えながら昼とはまた違った賑やかさのある夜の道を歩いていく。
「この辺はまだ開いているお店も多いから、まだまだ賑わってるね」
「そうね、でも気をつけなきゃだめよ。いつどこで何があるかわからないんだからね!」
秀麗に言われたくない。
だが、彼女には凄腕のボディーガードがついている。
「お嬢様、ヒカル、お疲れ様です」
「静蘭!」
秀麗は静蘭の元へと走って行く。
彼は秀麗の父、つまり紅邵可さんのところの家人で、いつもこうして秀麗を迎えに来ている。
「お疲れ様です、静蘭」
静蘭は、秀麗と私の持っていた野菜を持ってくれた。
「聞いて、静蘭!今日は売れ行きがいつもより好調だったらしくってね、お給金もいつもより多くしてくれてるの!」
「それは良かったですね」
「あ、あと今日はヒカルのまかないを少しいただいて、また新しいお料理を教えてもらったの!今度静蘭に作ってあげるからね!」
「それは楽しみです。ヒカルの料理は一風変わっていて、とても斬新ですから」
褒めているのか貶しているのか、どちらともとれるような言い方をされた。
彼のことだ、きっと貶されているに違いない。
爽やかな笑顔で言われたのが、何よりも胡散臭かった。
「その時は、ヒカルも招待するからね!」
「うん、楽しみにしてるね」
日本にいた頃と変わらない、平和な日常。
だが、日本でも昔戦争があったように、ここ彩雲国でも八年前に王位争いが起きている。
戦争ではないけれど、それはとても悲惨なものだったと聞く。
それを経験したからか、秀麗も静蘭も、この町に住む人々は皆しっかりしている。
この貴陽に移住してきてすぐの頃、周りの人たちは慣れない私とおじいさんにとても親切にしてくれた。
返しきれないほどの恩を、この町の人たちは私にくれた。
秀麗も静蘭もそのうちの中の一人で、今でもこうして私と一緒に居てくれる。
(これから、ゆっくりとその恩を返していきたいな……)
1/12ページ