月代と清庭と

視界がぼんやりする。

体もなんだかフワフワしていて夢見心地だ。


「…………ぃ……ぉい!」


誰かの声で目を覚ます。




目覚めた審神者は驚いた。

自分の体が思い通りに動かないからだ。


(なに? どうなってるの?)

「主、気がついたか……どうだ? 体が重かったり、不快感はないか?」


聞こえた鶴丸の声に、見える視界を探すが彼はいない。

というより彼の声がまるですぐ耳元から囁かれるように頭に響き、審神者は困惑しながら大丈夫だと答えた。


「憑依は成功したようだな」


自分の体が勝手に動き、右手に鶴丸の刀を持っている状況を見て審神者は先程自分から憑依しろと言い出したことを思い出した。


(そっか……あ、敵の大太刀は?)

「君が気を失ってる間に屠ったさ。さて、まだ敵の気配が近くにある。君は目を閉じているといい」

(そうした方がいいのかもしれないけど、見るよ)


「……主」

(だって、今まで私が指示を出してやらせてきた事を見ないって、おかしいと思うから)

「…………君のその真面目さが、余計に傷つく原因だと俺は思う」


彼の心配そうな声に、審神者は思わず笑った。

彼に心配されるのなんて、彼女にとっては初めてで何だかくすぐったい気持ちになる。


(人間丈夫なの。刀みたいに手入れしなくたって心の持ちようで何とでも出来るよ)


安心させるように、優しい声音で言う審神者に鶴丸は苦笑する。

この主、弱い癖に変な所で強い。と。


「……だといいが…………来たな。行くぞ、主」

(はい! 師匠!)


審神者の体で、鶴丸がフッと笑った声が聞こえる。

それは紛れもなく審神者の声なのだが、彼女にはちゃんと鶴丸の笑った声に聞こえた。

まず一撃、地を這うような低い姿勢で敵の懐に飛び込んだ鶴丸は下段の構えから一気に刀を突き上げ打刀を倒す。

血飛沫を浴びる間もなく、次の敵へ。

審神者は普段の自分より早い視点移動と、思ったように動かない自分自身の体に戸惑いながらも彼の戦いぶりを見届けた。








近くの敵を全て倒した頃、本丸にいた刀剣達が道場へやってきた。


「主! 血だらけじゃねぇかっ!!」

「……御手杵か。これは返り血だ」

「…………主? 少し見ねぇ間に変わったな」

「当たり前だ。俺は主じゃない、鶴丸だ」



「「「「「鶴丸?!」」」」」




刀剣達の驚いた声に、審神者の姿で鶴丸は笑う。


「あぁ、色々あってな。襲撃が終わるまでの間、憑依してる」

「どういうことだ。主の御身と精神はご無事なのか?!」


凄む勢いで鶴丸の側へやってきたへし切は彼の胸ぐらを掴もうとして、それが審神者であることを思い出し何とかその手を下へおろした。


(平気だよー、って聞こえないか。鶴丸、大丈夫って伝えてよ)




「……俺に惚れたんだとさ」





「「「「「?!?!!!?!」」」」」

「……いやいや、鶴丸嘘つくなよ。さすがにねぇよ」

(何言い出してんのこの刀剣あり得ないんだけど!!? 嘘にも程があって急に意味わかんないしっ!! もっと強く言ってよ獅子王! なんなら殴ってくれていいよ!)


審神者の声が出ないことが悔しい。

そしてそれを逆手に取り、とんでもない嘘をかましてきた鶴丸。

彼はニヤリと笑い、刀を鞘に納め腕を組んだ。

手慣れたその動作に、あぁ本当に見た目は審神者で中身は鶴丸なんだな。と一同は納得する。

そして同時に彼の笑みに不信感を募らせた。


「主の声は今は俺にしか聞こえん。俺の言葉が正しい。だろ?」

(全然正しくない!! せめて正しく私の言葉を伝えてからそういう事言え馬鹿!)




「まぁ……憑依が解ければ、主の口から真実が聞けよう。今は襲撃者の残党排除が優先ではないか?」





場が和み始めたところで、三日月がのんびりとした声で、けれどしっかりと引き締めて見せた。


(来た当初から、三日月の凄いところだよね。見習わなきゃ)

「おいおい、早速浮気か?」

「あ? なんか言ったか鶴丸の旦那」


近くにいた薬研に問われ、鶴丸は手を横に払う。

そして両手をパン! と叩き、場の視線を集めた。


「主、指示を」


突然鶴丸からハッキリそう言われ、まだまだ彼に言いたい文句を押し込み、思考を切り替える。


(…………出陣部隊と遠征部隊がまだ帰ってない。とりあえず、転移装置付近の安全確保が最優先。そこからこの道場までの道、後は手入れ部屋、執務室の安全確保を順に目指しましょう)

「転移装置付近の制圧、三日月が率いて三条で行け」

「承知! 腕が鳴るな!」

「ふふ、さっきも暴れたじゃないですか岩融」

「ふむ。行くか」


三日月達は、道場から離れていく時足音なく去って行った。

気配も急速に薄くなっていく。

敵に捕捉されないよう、また敵の背後を取り一撃で片付けるつもりなのだと、周囲にいた刀剣達は静かに震えた。

彼等ほど敵に回したくない者はいないだろう。

全員が、そう思っていた。


「次、手入れ部屋だが────────」


鶴丸は、審神者が優先して決めた安全確保を目指す配置に合わせて人員を配置していく。

その采配は見事なものだった。

数刻後、出陣部隊、遠征部隊が全て帰還し一日も経たないうちに本丸を襲った襲撃者達は全て葬られた。







「事実無根です。鶴丸の言葉は全て嘘」


憑依が解かれ審神者は開口一番、そう大声で告げた。

その言葉に刀剣男士達は皆、息を吐いたり笑ったりと様々な反応を見せたが、それには審神者も安心した。


(なんだ、誰も信じてなかったのか……必死に否定しちゃったよ)


そう思い隣を見ると、彼は不貞腐れていた。


(…………子どもか)


簡単に嘘がバレてつまらない、大方そんなところだろうと審神者はため息をついた。

だがそんな不貞腐れた彼を見て審神者は改めて思う。


(今日、彼が傍にいてくれて本当に良かった)


聞けば、執務室には大量の襲撃者がいたという。

つまり、道場で鍛錬せず執務室で仕事をしていたなら審神者は間違いなく死んでいた。

道場にいて、尚且つ彼がいたからこそ生き残れたのだ。


(しかもさぁ…………)




さぁ、いくらでもかかって来いよ




審神者を守るため、彼は命を懸けて戦ってくれた。

もう手入れも終わった状態なので彼は血塗れではないが、憑依を解いた後彼は人の姿になり倒れるほど力を消耗していた。


(そんな姿見て……いや違う!)


彼女は、以前のように彼を見ることが出来なくなっている自分に気付きたくないと、大きく首を横に振る。

その姿に、鶴丸は眉を寄せた。


「主、何してる?」

「うるさい」

「挙動不審だぞ」


彼に顔を覗き込まれ、カッと顔が熱くなった。

審神者はそれを誤魔化そうと、急いで彼から距離を取る。


「わ、私は! 鶴丸のこと嫌いなんだから!」


突然の叫びに、彼はきょとんと首を傾げた。


「知ってるが?」

「っ……分かってればいい!!」

「何を今更。何の驚きもない」

「……もう黙って」


腕を組み、彼から視線を外した審神者は大きくため息をついた。


(もう、もうもう!! 有り得ない!)


吊り橋効果、一夜の過ち、一目惚れ、片思い。

そんな単語が頭に溢れてくる自分の脳内を叩きのめすが如く、審神者は大きく拳を作った。


(ないないないない! そんな言葉一つもない! 二個目が一番有り得ない!!)



「さぁ! 早く本丸修繕しよう!!」


彼女の溢れんばかりのヤル気に、視線を逸らされた鶴丸は背後からその様子を窺い笑った。
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