月代と清庭と

「脇を締めろっ!」


鶴丸から怒号が飛ぶ。

それと共に竹刀で薙ぎ払われ、審神者は道場の床を転がった。


「うぅ……」

「返事!」

「くそぉ……はいっ!」

「まだ十本中一本しか避けられていないぞ」

「一本避けただけでも進歩してます」

「減らず口叩くな。次、行くぞ」

「わわわっ?!」


次、と言った時点で斬り込んできた彼の一撃を何とか避けた審神者。

ふらふらと覚束ない足取りではあるが、一応鶴丸の太刀筋を読めてはいるのだ。


「はやっ?! 手加減を……」


次々に繰り出される連撃に、足どころか竹刀を扱う手もふらふらだ。


「体で覚えろ。そら、次は足だ」


竹刀で足を払われ、ドターン! と見事に頭から床に打ち付けながら転ぶ審神者。


「くっ……こンのっ!」


転んだ彼女に容赦なく鶴丸が竹刀を突き立てようとしてきたところを、寸前で避ける。

そして次に狙われるであろう頭への一撃を防ぐため、竹刀をおでこの少し上で横に構えそのまま彼から距離を取りながら立ち上がる。


「………………」


すると、鶴丸の攻撃が止まった。

今の動きがまずかったのだろうかと、審神者はオロオロしだす。


(いやいや、むしろ良い動き出来たと思ったのに……何が悪かったんだろ?)


恐る恐る彼に声をかけようと数歩ずつ審神者が近寄った時、彼は道場の外へ向けていた顔を急に審神者の方へ戻した。




焦り。




彼の表情はそれ一つだった。


「伏せろっ!!」


顔面から床に叩きつけられる形で、審神者を伏せさせた鶴丸。

審神者は何がなんだか分からなかったが、とんでもない轟音と共に自身で管理していたはずの結界が壊れるのが分かり、これは襲撃だと理解した。

粉塵が舞い、道場が壊されたことを物語っている。

暫くして鶴丸の手が頭から離れ、審神者はようやく顔を上げた。

審神者はすぐさま通信機器を取り出す。


「全刀剣男士に通達。本丸に襲撃者、人数不明。全ての遠征および出陣部隊は帰還。待機者は道場へ集合。繰り返す────────」


これで、本丸内と遠征と出陣部隊への通達は出来た。

この本丸内の刀剣男士が揃えば、襲撃者を退けることは容易だ。

問題は全部隊が揃うまでの間、この道場の安全を死守することだろう。

それが分かり、鶴丸と審神者は互いの目を見ず竹刀を道場の端に放り投げる。


「私はここに簡易結界を」

「俺はここに来る敵の掃討を」


鶴丸は自身の刀を抜き、審神者は肌身離さず持っていた護符を取り出した。

だが、事態はそう簡単ではない。

屋根が半分以上倒壊した道場は、壁も崩れている部分が多く、修復に時間がかかる上敵の侵入をそれまで許し易い環境だ。

本丸内に残る刀剣達がここへ辿り着けるまで、およそ五分、十分といったところ。

敵が本丸内にも侵入していることを考えると、足止めを食らえばもう少し時間がかかる。

そして、審神者が結界を貼り終えるのが丁度五分から十分程度だ。

つまり、その間鶴丸は一人で侵入してくる敵を退けながら審神者を守らなければならない。

明らかに、二人が不利な状況である。


「…………主、頼むから剣は手に取るなよ」

「流石に、この状況で役に立てるほどの実力がないことぐらい私にも分かる」

「ならいい。指導した甲斐がある」

「…………死なないでよね」


審神者が心配そうにそう告げると、彼は羽織を翻し背を向けながら、顔だけ審神者の方へ向けた。




「任せろ」




それは、審神者が初めて見た彼の笑顔だった。

嫌味っぽい感じでも、馬鹿にするような笑いじゃない。

審神者はこんな状況であるにも関わらず、彼はこんな風に屈託なく笑うのかと、少し見惚れてしまった。


(普段からそんな風に笑えばいいのに……)


だが、それは今言うことではない。


(全部終わったら言ってやろう。そうだ、可愛かったとからかいながら)


それは少し先の未来、彼女が予想しうる彼の反応は不快感を露わにしたような不機嫌な顔だったが、それもまた平和な光景の一つなのだと、こういう時には思い知らされる。


「じゃ、始めます」


護符を道場の中心地に置き、印を結び言葉を唱え始める審神者。

彼女の周りに、風が吹き始める。

それは彼女が結界の準備に入った証拠だ。

鶴丸はその様子を視界の端に捉えながら、道場の出入り口二箇所と、倒壊して敵が侵入して来れるであろう場所を全て視界に入れられる場所へ立った。

すらりと刀身が光りに照らされ、彼と審神者の周囲の空気が澄んでいく。

どこにも隙が見当たらない、どこにも力が入りすぎていない鶴丸の構え。

彼は、ゆっくりと目を閉じた。

ゆっくり、ゆっくりと深く呼吸を繰り返していた彼は、襲撃者の太刀が道場内へ侵入し物音を立てた瞬間動いた。

残像も残さない程の速さで敵の目の前に飛び上がった彼は、飛んだ反動と体の捻りを入れ、一撃で敵を屠った。


「…………さぁ、いくらでもかかって来いよ」


敵の返り血すら浴びないまま刀身についた血を振り払う。

そして刀を肩に乗せ、まだ遠くから走ってくる敵を見て笑みを浮かべた。






「……っよし! 鶴丸、結界張れ…………」


た、という言葉は続かなかった。

先ほどまで続いていた剣戟の音が消えていたのは、彼がまた敵を屠ったと思ったからだ。

だが違った。


「鶴丸っ!!」


彼は、大太刀と短刀に貫かれていた。

慌てて彼に駆け寄ろうとした審神者を左手で制した鶴丸は、声を出そうとして吐血する。


「ゃだっ……鶴丸!」


審神者の目には涙が溜まる。

彼が刺されることなど、想像もしていなかった。

襲撃者は強い。

それは知っていた。けれど、彼の方が強いと信じて疑わなかった。

不利な状況であろうと、普段指導してもらっている審神者は彼がどれほど強いか知っていたから。

彼の眼前にいる大太刀を蹴り、貫かれた刀ごと吹っ飛ばす。

次に背後にいる短刀を、そのまま自分の刀で自分ごと貫く。

短刀は一撃で動かなくなった。

だがまだ大太刀は生きている。

膝をつき肩で息をする鶴丸の元へ、審神者は慌てて駆け寄った。


「鶴丸っ! 鶴丸っ!!」


こんな時、審神者は何も出来ない。

手入れ部屋に行かなければ治療出来ないことが、こんなに不甲斐ないと思わなかった。


(私の霊力で治癒が出来れば……)


考えたところで、今出来るわけではない。

それには修練が必要だ。


「……ははっ、情けな、い顔だな」

「鶴丸…………」

「逃げろ……あいつは俺が、食い止める。君は、もうすぐ着く、他のやつ、になんとか」

「嫌! この本丸で誰かが死ぬなんて許さない!」


そうは言っても、審神者にも今ここにいても審神者自身が邪魔でしかないことも、彼が今のままでは大太刀に勝てないことも充分理解出来ている。


(どうしよう……どうすれば…………)


そこで審神者は鶴丸の刀を視界に入れた。




「………………鶴丸、刀に戻りなさい」

「なっ?! 何言って……」


彼は満身創痍ながらも審神者を睨んだ。

しかし、審神者の強い瞳に思わず怯む。


「刀に戻ったら、私が貴方の刀を使う」

「出来るわけないだろ?! 君が大太刀と戦えるわけない!」

「分かってる。だから、貴方が刀を通して私の体に憑依して」

「……は? 何を」

「迷ってる暇はない。早く!」

「…………どうなっても知らんぞ?」

「二人して死ぬよりマシ」


審神者が立ち上がり、鶴丸はそれを見上げた。

しかし彼に迷ってる暇はない。

鶴丸に吹き飛ばされた大太刀が、既に態勢を立て直しこちらへ向かってきている。


「鶴丸っ! 早く!!」


審神者が叫び、鶴丸が目を見開き、大太刀が二人目掛けて刀を大きく薙ぎ払った。




(鶴丸!!)




視界は、真っ白になった。
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