月代と清庭と

鶴丸の風呂覗き事件から、彼と審神者の関係に決定的な亀裂が入った。

けれど、二人が道場で竹刀を振るう姿が消えることはなかった。


(嫌だけど、正直止めたいけど!)


ここで止めてしまっては、彼の思う壺ではないか。

そう思うと、審神者としては彼への嫌悪感より闘争心が前に出る。


(嫌いな奴には、負けたくない!)


そんな一心だった。




対して鶴丸だが、彼の態度は最初から変わらない。

審神者が刀の扱いを覚えることには反対だが、渋々教えている。

彼は審神者の風呂を覗いたことなど、一ミリも気にしていない。

それも、彼女が鶴丸に対して苛つく原因の一つとなっている。


(せめて気にしろ! 非常識な刀め!!)


審神者がその苛つきを込めて、彼の構える竹刀に打ち込む。

竹刀のぶつかる良い音が鳴るが、すぐに彼に跳ね返されてしまう。


「あぁもうっ!! 悔しい!」


思わず審神者が地団駄を踏みながらキーッと唸ると、鶴丸は声を出して笑った。


「アハハッ! 君、戦場でもそんな風に感情を出すつもりか? そんなんじゃ……」


一呼吸、彼が間を置いたかと思えば次の瞬間には彼が目の前にいた。

持っていた竹刀が弾き飛ばされ、胸ぐらを掴まれる。





「すぐ死ぬぜ」




また、冷たい目を向けられる。

殺気、とでも言うのか。

審神者は鶴丸にこのまま殺されるのではないかと恐怖心を抱き、彼から離れようと必死にもがく。


「……っぐ…………だってムカつくんだもの。仕方ない」

「戦場で向かってくる敵は皆そうだ。互いに因縁や復讐心に燃える者ばかり。だが、そんな思いに駆られてちゃ刀が鈍るんだよ」

「何故? 憎悪や怒りだって、力になるんでしょう?」

「斬り合いってのは、如何に相手に動きを読まれないかだ。相手に感情を筒抜けさせてどうする」

「…………嫌いな相手を斬るのに、感情を消すの? よく分からないんだけど?」

「だから君は止めた方がいいんだ。こんなことも分からない程度ではな」


鶴丸は吐き捨てるようにそう言った。

掴まれていた手が離れ、審神者は慌てて弾き飛ばされた竹刀を拾い構え直した。




「ふーっ…………もう一本」


なるべく感情を出さないように、深く息を吐き構え直した審神者を見て、鶴丸もまた竹刀を構えた。


「…………今日の終いの一本だ」

「お願いします」


分からないからといって、投げ出す審神者ではない。

そんなにすぐ止めようと思えるなら、そもそもあれだけ嫌味を言われていた鶴丸に教えを乞うなどという考えにはならないのだ。

審神者は下段に構え、間合いに入り思い切り竹刀を振り上げた。








「なんで?」


指導終了後、茶と団子を持って審神者は鶴丸を呼び出し執務室でお茶をしていた。

嫌いな相手と言えど彼は師匠。

しかも彼、審神者が疑問を投げかけると必ず律儀に返答してくれる。

審神者は彼が嫌いだったが、師匠としては嫌みも多いが実技と理論の両方を教えてくれる素晴らしい師匠だと認めていた。

だからこそ、何故毎日毎日勝てないどころか一撃も鶴丸に与えられないのか、審神者は尋ねた。


「主の攻撃は基本的に遅い。その上大振りが多く、隙が多い割に一撃が軽いんだ」

「毎度力一杯なんだけど」

「それが良くない」

「良くない? だって私弱いから、一撃で敵倒さなきゃ駄目なんじゃ?」


審神者が首を傾げると、鶴丸はため息をついて項垂れた。


(だって分からないから聞いてるのに……)


「毎日毎日打ち込んできて、思うことはないか?」

「鶴丸が強い」

「分かりきったことを言うな」

「少しは謙遜しなよ」


ギロリと睨まれ、審神者はちゃんと考える。



彼女が毎日打ち込むと、竹刀はいつも床を叩きつけて跳ね返る。

その竹刀を握り、鶴丸が避けた方へ目を向けると蹴り飛ばされる。

または竹刀を叩き落とされる。

おかげで審神者は、お腹も手も青痣だらけだ。


(ちょっと待った。でもさっき鶴丸は私の一撃は振りが大きいのに軽いって言ってた)


つまり審神者の攻撃は避け易い。

女性なのだから、力もどれだけ込めても男性よりは弱い。


(たしかに、振り上げて力を込めてる間は隙だらけかも……それを避けて、振り下ろした私の横から蹴りを入れる…………そうか私一撃ばかりで、振り下ろした後がダメなんだ)





「…………攻撃した後を考えてない。だから全力で振っては吹っ飛ばされてた」


審神者は、目を見開きそう呟くように言った。

自分が間違えてるなど、彼女は今の今まで気付かなかった。


今まで審神者は強く一撃を打つことのみを考えていた。

だが、審神者が覚えようとしているのは戦うための刀の扱い。

それでは、彼が呆れるのも無理はない。

そう思い、呆れ顔だろう鶴丸の顔を見れば、彼は苦笑していた。


「……そうだ。ならどうする?」


そして、審神者の言葉をアッサリ肯定した。

それは審神者にとって、鶴丸からもらった初めての嫌味や反対する言葉ではないもの。

彼女はまるで自分が認めてもらえたような気がして、彼の言葉から答えを自分の脳内で必死に考えた。





もっと、認めさせたい。





そんな思いが、審神者に芽生えた。


「……隙を減らす。攻撃を一撃じゃなく、複数叩き込む」

「他には?」

「うーん……思いつかない」

「敵の攻撃を避ける。敵の死角から攻撃する。素人はまず、敵の攻撃に当たらないことが重要だ。当たる瞬間に致命傷を外すような真似が出来ない以上、一撃が致命傷になる」

「うん。いつも致命傷」


そう審神者が言うと、鶴丸はハッと鼻で笑った。


「体で覚えるだろう? あんな馬鹿みたいな攻撃をすると、致命傷を与えられるんだ」

「うわー、鬼だ最悪」

「だから、明日からはお前は俺の攻撃を避け続けろ。竹刀を使っていい。一撃も当たらなくなったら、攻撃を覚えろ」


鶴丸は審神者を鍛えることを、ちゃんと考えていた。

それが今初めて理解できた審神者は、ニッコリと彼女も知らないうちに笑顔になった。


「はい! 師匠!」

「返事だけ一人前だな」

「はい! はいはい!!」

「煩い」


団子を頬張りながら、呑気な笑顔を浮かべる審神者に、鶴丸は少し意外に思った。


(戦い方を自分なりに考えていたんだな……)


互いが互いの認識を少しばかり改める、そんなお茶の時間となった。
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