月代と清庭と

「めえええええええええぇっん!!」



防具を身に着けた審神者が、竹刀を思いっきり振り下ろす。

本丸の離れに建設された道場では、その姿が良く目撃されていた。

今日も今日とて、審神者のそんな様子を見ていた鶴丸国永は声を出して笑った。







「いや~、主の叫びは何時聞いてもらーめんが食べたくなるな」


クスクスと笑いながら、疲れて道場の端で水分を取る審神者に彼はそう声をかけた。

審神者は、むっと顔を顰める。


「一生懸命やってるのに、毎度馬鹿にするのは止めて下さい」


審神者の言葉に、鶴丸は笑みを止める。


すっ、と消えた表情に開け放たれた道場の外で鳴っていた木々の音も消える。

彼はいつもそうだった。

審神者が彼に対し不満を述べると、とても冷たい空気を出す。


「そういう主こそ、戦いは俺等の領分だ。気軽に足を踏み入れようとするな」


そして無表情に審神者を見下ろしながら、淡々と告げた。

淡々としているが故に、とても鋭いその言葉に審神者は毎度ぐっと言葉に詰まる。

そんな彼等のやりとりは毎度のことだった。

傍で木刀を振り回していた同田貫も獅子王も、二人の言い合いを聞いても特に止めようとはしない。

そして、刀剣たちにとって主が刀を持つことはやはり好ましいとは思っていなかった。

それは、自分たちの領分だからという理由もあるが、主が自分たちを頼ろうとしてくれないことへの不満の現れだったのだが、審神者は知らない。




「……皆さんのようになれるとは思っていません。けれど、少しでも何かしていたいんです」

「指示を出して、政府に報告しているだろう」

「でも! 私だけ安全な場所で待っているだけだなんて、おかしいでしょう。私は皆さんの上に立つ者として、足手まといになりたくないんです」

「……何度も聞いた。だから敢えて俺も何度でも言おう。君に戦わせるようでは俺達は終わりだ」


ハッ、と小馬鹿にするような笑い方に、審神者は悔しそうに拳を握り締める。

この問答も何度もしている。

けれど、何度しても互いに歩み寄ることが出来ない。

他の刀剣たちはそうでもないのに、彼だけが。

彼女は、鶴丸は自分のことを嫌っているのだと理解している。

だからこそ、話すことで互いに理解しなければならないとも思っている。



全く上手くいかないが。






「…………理解、していただけないんですね」

「している。だから道場で主がどれだけ竹刀を振り回そうと止めていないだろう」

「けれど、そうやって私を見ている」

「……どうやって?」

「憐れむような、蔑むような……戦えない私を馬鹿にしている目です」

「そんな風に見たことはない。そう思ったこともない」


すぐにそう返答が返ってきたことに、審神者は少し肩の力を抜いた。

だが、彼の目を見るとやはり力が入る。

彼は、言葉ではそう言っていても彼の目がそう言わない。

鋭く審神者を貫きそうな黄蘗きはだの瞳が、彼の真意を分からなくさせる。


「……貴方の言葉と態度が、そぐわないんです」

「…………君こそ、俺を理解していない」

「「………………」」


そう言って、互いに道場から別の場所へ去っていく。

何度話しても、二人は理解し合えない。

二人はいつも、互いが自分を理解していないことしか分からない。

木刀を打ち込みながら聞いていた同田貫と獅子王は、二人の足音が完全に聞こえなくなったのを確認して手を止めた。



そして、同時に溜息をつく。



「……なんだって、あの二人はああなんだ」

「全くだ。集中出来ねぇ」

「俺は、鶴丸ほど反対じゃねぇんだけどな。主が剣術を覚えようとしてるのはさ、俺等を理解しようとしてくれてるってことだろ?」

「まぁ……実際の斬り合いはさせたくないがな」

「型を覚えるまで、だよなぁ……やっぱり」


二人も、やはり審神者が本格的に刀を握ろうとすることには反対しているようだった。

そうでないのなら、といったところだろうか。


「あんな平和ボケした主が、耐えられるとも思えねぇよ」


同田貫の言葉に、獅子王は強く頷いた。


「見せたくもねぇな」


本当の斬り合いなんてよ。

二人の瞳は暗く沈んだ。




刀は所詮、人を斬るための道具でしかない。

それを覚える、理解するということは、誰かを殺す術を覚えるという事だ。

それは争いのない世界を生きてきたという審神者に覚えさせることは、刀剣たちには憚られるのも当然のことだろう。

それが勉学のように、覚えたものに純粋な利をもたらすとは限らないのなら、なおさらだ。











その日の夕餉、先に席について三日月達と談笑していた鶴丸の元へ審神者がやってきた。


「鶴丸、隣に座っても構いませんか?」


突然の審神者の申し出に、答えたのは三日月だった。

彼は、終始微笑みを浮かべている。


「勿論だとも。ここではどこに座ろうと自由なのだから。なぁ、鶴丸」

「…………あ、あぁ」

「ありがとうございます」


審神者の心理を測りかねる鶴丸は、怪訝な目で彼女を見る。

けれど彼女は鶴丸に目を向けることなく、正面に座っている燭台切と話し始めた。


(なんなんだ……)


審神者が鶴丸の隣に座ろうとしたことは、今まで一度もなかった。

彼も当然、今後も彼女は自分の隣に座ることないだろうと思っていた。

仲が良い、と言えない程二人はぶつかり合っているからだ。

そんな中での今日、夕餉が運ばれてきて食べても鶴丸には何の味かも分からない。


(らーめんか。誰か俺に恨みでもあるのか)


たまたまなのだが、らーめんを啜る度に彼は今朝の審神者との会話を思い出してしまう。

それほどに、隣に座る審神者を意識していた。


そして、半分ほど食べ終えたところで審神者が箸を置いた。


「鶴丸……お願いがあります」

「…………」


真剣な眼差しを向けられ、鶴丸は自身が刀解でもされるのかと身構えた。

けれど、彼女の口から出た言葉は全く違っていた。


「貴方が私を理解し、認めていただけないことは今までのやりとりで十分理解しました」


それは俺もだ、と鶴丸は思った。




「ですから、鶴丸。貴方が私に剣術を教えてください」








「……………………は? 何故俺が?」



審神者の言葉に、周囲でご飯を食べていた者たちも皆手が止まった。

皆、審神者と鶴丸の動向が気になって夕餉どころではなかった。

直接視線を向けないものの、耳は完全に審神者と鶴丸に向けていた。


「ずっと考えていました。私に殺しをしてほしくない理由は理解しているつもりです。でも、私は自分が無能なままでいたくないんです。ですから一番反対している貴方が、危ないことをしないよう私を指導してください」


強い意思を向けられ、鶴丸は言い淀む。


「…………しない、という選択肢はないのか」


威嚇するように、鋭い目を審神者に向ける。

彼にとってはそれが最善だ。

一瞬ビクッと震えた審神者だったが、それでも彼女は怯まなかった。

ただ、無言のまま彼を見つめ続ける。





根負けしたのは、鶴丸だった。


「……仕方ないか。主が、そう望むなら」

「はい。お願いします」


こうして、二人の主従関係と師弟関係が始まった。
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