結び守
領主の反省の言葉は聞いたものの、今一つ信用出来ない審神者は、少しの間領主の屋敷に滞在し彼の行動を観察していた。
早く本丸に戻らなければならないという思いはあったが、方法がわからないことと、領主がその後また悪化するのではと危惧していたためだ。
髭切が逃した領主の妻達は、結局家に帰ったものの一度は嫁いだ身だ。と追い返される形で屋敷に戻って来るものが大半だった。
だが、それを領主は全て迎え入れた。
謝罪の言葉と共に、出来るなら関係をやり直したいと頭を下げて。
そして領主は、屋敷の中の部屋を開放し、そこに妻達を住まわせたことで審神者は目を丸くした。
「ビンタ一つで、そんなに変わるものでしょうか……」
彼女の小さな呟きに反応したのは、鶴丸だった。
「主の霊力をもった強い感情がぶつけられたことで、穢れが吹き飛んだんだ…………しかし、斬り合いの最中に割り込まれるとは思わなかったが」
ちらりと彼から睨むように視線を向けられ、審神者はうっ、と言葉に詰まった。
「か、考え無しに気付いたら飛び込んでいました。すみません」
「謝罪はいらんが肝が冷えた。二度はやらんでくれ」
そう言って、彼はそっと審神者の右肩を自分の方へ引き寄せた。
審神者の左肩が、鶴丸の胸に当たるよう抱きこまれる形となり彼女は鶴丸を見上げた。
端正な顔立ちが高く感じられ、審神者は初めて彼を男性なのだと強く認識した。
骨張った硬い胸が当たり、何故か審神者は彼から離れたくなった。
(な、な、ななんか恥ずかしい気がする!)
離れようと審神者は身動いだが、彼はぎゅっと審神者を片腕で抱き寄せたまま離さない。
「今、此処が何処か分からん状態で主が怪我したらどうなるか分からんだろう? 万が一も考えたくないんだ」
「……き、気を付けます」
「本当に理解したか? 俺も髭切も、他の主にこんな思いを抱いたことはないんだ。一等君が大事だと、そう言っているんだ」
鶴丸の真剣で少し掠れた声に、審神者は彼の真っ直ぐな瞳を見て首を縦に振った。
彼女もまた、真摯に彼の言葉を受け止めた。
「はい、嬉しいです。お二人の気持ちに応え、一刻も早く本丸に戻れるよう頑張ります」
「…………」
「鶴丸?」
「………………」
抱き寄せられた手は固まっており、審神者はいつまでも無表情な鶴丸に首を傾げる。
(……真剣に応えたのだけれど、もしかして伝わってないんだろうか?)
「鶴丸、主が困ってるよ」
「…………笑うな髭切」
二人の背後に現れた髭切。
審神者は横を向き彼が笑顔で現れた事に気付いたが、鶴丸は振り返る事なくそれを言い当てた。
(やっぱり二人は仲が良い……互いを見ずに感情が分かるほどに)
審神者の見当違いな思いも知らず、鶴丸はそっと審神者から手を離した。
「いや〜、ここは愉快だねぇ」
「? 何か面白いことがあったのですか?」
「うんうん、内緒にしてね?」
髭切は人差し指を自分の口元に当て、ニッコリと笑みを浮かべた。
(なぜ?)
髭切の言葉に内心首を傾げながら、審神者は頷いた。
彼の言葉よりも、その仕草が審神者には気になった。
それは、昨日の領主との戦いを審神者に思い出させた。
(思えば、彼は心で呼んだ時すぐに駆け付けてくれた。あれはヒーローみたいで、とても格好良かった)
ぼぅ、と髭切を見つめながらそんなことを考えていると、二人の間に鶴丸が立ちゴホン、とワザとらしく大きな咳払いをした。
「さて、今後のことだが────」
鶴丸の今後、という言葉に審神者は気を引き締めた。
「主はどうするつもりだ?」
「……神隠しの件は、領主によって一応解決しました。例の大穴の犯人は関与していないみたいですし、引き続き探すしかありません」
「問題はそこだよねぇ。奇怪現象を追うにしても、実際中々見つからないし」
「だな。少し離れた村に行ってみるのもいいかも知れんが、ここからだとかなり遠いらしい」
「私は構いません。何をどう選択しても、ここから動かないことには何も始まりませんから」
審神者はそう言って、身支度を始めた。
広げた風呂敷に、ここの領主から貰った小物や鶴丸と髭切の衣服を包んでいく。
普段は姿が見えることはないので必要ないかもしれないが、審神者は念の為に領主が何か恩返しをしたいという言葉に甘え頂いていた。
それらを包んでいると、不意に部屋に影が落ちる。
鶴丸と髭切は、寛ぎ茶を飲んでいた手を止めた。
「……何でしょう。昼にもなっていないのに、これ程空が暗くなるなんて…………」
「…………気を付けろ主。何か来るぞ」
審神者は鶴丸の声を聞き、慌てて風呂敷を包み斜めにそれを背負った。
すると、畳だった部屋の床が急に抜ける。
「っ、ぅわっ…………鶴丸! 髭切!」
ただ単に床が抜けているのではない。
畳が、あの大穴の時と同じように穴になっている。
「っくそ! また吸い込まれるぞ!」
「主っ!」
鶴丸と髭切は、三人揃ってズブズブと穴に飲み込まれながら互いの手を取った。
「探す手間が省けて良かったねぇ」
「これじゃ動きようもない」
「二人とも呑気ですが、これどうするんですか?!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ主」
ズブズブ、もう首まで穴の中に沈んでいく審神者。
「お、落ち着けるわけ────」
審神者の声は途中で消えてしまった。
二人の声もすぐに聞こえなくなり、穴は跡形もなく消え去った。
そこへ、障子の向こうに領主がやってきた。
「巫女様、巫女様? 入っても構いませんか?」
障子を開けた領主は、まるで何事もなかったように三人がいた痕跡ひとつない部屋に、慌てて屋敷内の者達を総動員して近隣の村まで捜索した。
しかし、巫女が見つかることは二度となかった。
早く本丸に戻らなければならないという思いはあったが、方法がわからないことと、領主がその後また悪化するのではと危惧していたためだ。
髭切が逃した領主の妻達は、結局家に帰ったものの一度は嫁いだ身だ。と追い返される形で屋敷に戻って来るものが大半だった。
だが、それを領主は全て迎え入れた。
謝罪の言葉と共に、出来るなら関係をやり直したいと頭を下げて。
そして領主は、屋敷の中の部屋を開放し、そこに妻達を住まわせたことで審神者は目を丸くした。
「ビンタ一つで、そんなに変わるものでしょうか……」
彼女の小さな呟きに反応したのは、鶴丸だった。
「主の霊力をもった強い感情がぶつけられたことで、穢れが吹き飛んだんだ…………しかし、斬り合いの最中に割り込まれるとは思わなかったが」
ちらりと彼から睨むように視線を向けられ、審神者はうっ、と言葉に詰まった。
「か、考え無しに気付いたら飛び込んでいました。すみません」
「謝罪はいらんが肝が冷えた。二度はやらんでくれ」
そう言って、彼はそっと審神者の右肩を自分の方へ引き寄せた。
審神者の左肩が、鶴丸の胸に当たるよう抱きこまれる形となり彼女は鶴丸を見上げた。
端正な顔立ちが高く感じられ、審神者は初めて彼を男性なのだと強く認識した。
骨張った硬い胸が当たり、何故か審神者は彼から離れたくなった。
(な、な、ななんか恥ずかしい気がする!)
離れようと審神者は身動いだが、彼はぎゅっと審神者を片腕で抱き寄せたまま離さない。
「今、此処が何処か分からん状態で主が怪我したらどうなるか分からんだろう? 万が一も考えたくないんだ」
「……き、気を付けます」
「本当に理解したか? 俺も髭切も、他の主にこんな思いを抱いたことはないんだ。一等君が大事だと、そう言っているんだ」
鶴丸の真剣で少し掠れた声に、審神者は彼の真っ直ぐな瞳を見て首を縦に振った。
彼女もまた、真摯に彼の言葉を受け止めた。
「はい、嬉しいです。お二人の気持ちに応え、一刻も早く本丸に戻れるよう頑張ります」
「…………」
「鶴丸?」
「………………」
抱き寄せられた手は固まっており、審神者はいつまでも無表情な鶴丸に首を傾げる。
(……真剣に応えたのだけれど、もしかして伝わってないんだろうか?)
「鶴丸、主が困ってるよ」
「…………笑うな髭切」
二人の背後に現れた髭切。
審神者は横を向き彼が笑顔で現れた事に気付いたが、鶴丸は振り返る事なくそれを言い当てた。
(やっぱり二人は仲が良い……互いを見ずに感情が分かるほどに)
審神者の見当違いな思いも知らず、鶴丸はそっと審神者から手を離した。
「いや〜、ここは愉快だねぇ」
「? 何か面白いことがあったのですか?」
「うんうん、内緒にしてね?」
髭切は人差し指を自分の口元に当て、ニッコリと笑みを浮かべた。
(なぜ?)
髭切の言葉に内心首を傾げながら、審神者は頷いた。
彼の言葉よりも、その仕草が審神者には気になった。
それは、昨日の領主との戦いを審神者に思い出させた。
(思えば、彼は心で呼んだ時すぐに駆け付けてくれた。あれはヒーローみたいで、とても格好良かった)
ぼぅ、と髭切を見つめながらそんなことを考えていると、二人の間に鶴丸が立ちゴホン、とワザとらしく大きな咳払いをした。
「さて、今後のことだが────」
鶴丸の今後、という言葉に審神者は気を引き締めた。
「主はどうするつもりだ?」
「……神隠しの件は、領主によって一応解決しました。例の大穴の犯人は関与していないみたいですし、引き続き探すしかありません」
「問題はそこだよねぇ。奇怪現象を追うにしても、実際中々見つからないし」
「だな。少し離れた村に行ってみるのもいいかも知れんが、ここからだとかなり遠いらしい」
「私は構いません。何をどう選択しても、ここから動かないことには何も始まりませんから」
審神者はそう言って、身支度を始めた。
広げた風呂敷に、ここの領主から貰った小物や鶴丸と髭切の衣服を包んでいく。
普段は姿が見えることはないので必要ないかもしれないが、審神者は念の為に領主が何か恩返しをしたいという言葉に甘え頂いていた。
それらを包んでいると、不意に部屋に影が落ちる。
鶴丸と髭切は、寛ぎ茶を飲んでいた手を止めた。
「……何でしょう。昼にもなっていないのに、これ程空が暗くなるなんて…………」
「…………気を付けろ主。何か来るぞ」
審神者は鶴丸の声を聞き、慌てて風呂敷を包み斜めにそれを背負った。
すると、畳だった部屋の床が急に抜ける。
「っ、ぅわっ…………鶴丸! 髭切!」
ただ単に床が抜けているのではない。
畳が、あの大穴の時と同じように穴になっている。
「っくそ! また吸い込まれるぞ!」
「主っ!」
鶴丸と髭切は、三人揃ってズブズブと穴に飲み込まれながら互いの手を取った。
「探す手間が省けて良かったねぇ」
「これじゃ動きようもない」
「二人とも呑気ですが、これどうするんですか?!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ主」
ズブズブ、もう首まで穴の中に沈んでいく審神者。
「お、落ち着けるわけ────」
審神者の声は途中で消えてしまった。
二人の声もすぐに聞こえなくなり、穴は跡形もなく消え去った。
そこへ、障子の向こうに領主がやってきた。
「巫女様、巫女様? 入っても構いませんか?」
障子を開けた領主は、まるで何事もなかったように三人がいた痕跡ひとつない部屋に、慌てて屋敷内の者達を総動員して近隣の村まで捜索した。
しかし、巫女が見つかることは二度となかった。