結び守

「全然、出会いませんね」

「……全く出会わんな。何処にいるんだ、困った村人は」

「まぁでも、崇められてはいるみたいだね」


髭切の言葉に、審神者はげんなりした。

賊から教えてもらった村には、確かに村人がいた。

それなりに発展している村で、審神者たちは一先ず休憩にと茶屋に入ったのだが、そこで店主に審神者の存在が目に留まった。


「なんと!? こんな村に、巫女様が来て下さるとは……ここ数日で作物の出来が良かったのは巫女様が来て下さったからだったのですね!」


店主のお爺さんの言葉に、茶屋にいた村人たちは皆審神者を見ておぉ! と口を揃えて感嘆の言葉を述べていく。

勿論審神者は何もしていないので村人たちの勘違いなのだが、何度それを説明しても村人たちは聞かなかった。

集団が一つのことをそうだと認識すると、幾らそれが間違いだと指摘しても集団の意識を変えられないことが多い。

一つの正しい意見は百の誤った意見に勝てず、そして百が認めた誤りはやがて正しいと認識される。

そうして間違いを正しいものへ強制してしまう程に、集団意識とは強い。

そして、小さな女の子が極めつけだった。


「みこさま。ありがとう」


少女が審神者に手を合わせたことで、村人たちは修行でやってきているという審神者たちが考えた作り話を聞く耳持たず、巫女が村の厄を払ったと吹聴。

審神者たちは困る村人を探すどころか、村長の家に招かれ盛大な宴を開かれてしまう始末である。


「まぁ、今日の寝床は確保出来たんだ。主を野宿させずに済むのは有り難い」

「ですが、これでは何の調べようも……」


お誕生日席のように上座に一人座らされた審神者は、次々と振舞われる料理の数々に圧倒されている。

そして集まった村人たちも酒を飲み始め、仲間内での会話に入ってしまっている。

審神者が何かを聞けるような状態ではない。


「大丈夫……明日、となりの村へ行こう」

「何か情報が?」

「うん、さっき村長が隣村の娘が神隠しにあったって」


髭切の言葉に、鶴丸と審神者は顔を見合わせた。


「そういう事件でしょ? 僕たちが仕事と称してやろうとしていることって」

「いや、そうなんだが……そんな簡単に見つかるとは」

「そちらも気になりますが、ここでも目撃情報がないかだけでも聞いてみたいですね……」

「そこは明日ここを発つまで時間はあるし、のんびりやろう」

「ありがとうございます髭切。情報を早速得られるとは思いませんでした」

「ふふ、主の為なら」


そう言って、髭切は審神者の頬をさらりと撫でた。


「……どうか、しましたか?」

「うん、主可愛いなぁと思って」

「…………それは……どうも」

「照れてる?」

「………………えぇ、言われ慣れてないので。此方を見ないで下さい」


審神者は、ぱっと顔を二人から背けた。

だが、髪から覗く耳が真っ赤に染まっており蝋燭の火がゆらゆらとそれを見せた。

その様子に髭切は、仕方ないなぁと眉を寄せて笑った。


「…………」


そんな二人の様子を見ていた鶴丸は、ぶすっと胡坐を掻いた片膝に腕を乗せて二人をジロジロと見た。


「つまらんな」

「拗ねない拗ねない……お子様だねぇ鶴丸は」


小声で零した言葉に、髭切は笑顔のまま同じように小声でそう返す。

審神者には聞こえないよう呟かれた声に、鶴丸はギロリと髭切を睨んだ。


「抜け駆けする気か?」

「まさか。僕等今は協力体制だろう?」

「協力の、きの字もないが?」

「そこは君の力不足だねぇ」

「君は昔から底意地が悪い」

「褒め言葉だねぇ」

「そう聞こえたか?」


そんなやり取りをしている間に、審神者の顔色は戻り彼女が立ち上がったことで二振りも同じように立ち上がった。

村人達には姿が見えない為、常に審神者の近くに一振りが必ずいるようにしていた。

もう一人は、何かない限りは同じように審神者の傍にいたが、先ほどの様に審神者が動けない状態であれば変わりに村人の近くに行き、話している彼等の様子を伺うことも行う。

今は二振りとも、審神者の傍に付いた。


「すみません、少しよろしいでしょうか?」


審神者がそう言って声をかけたのは、先ほどまで村長と仲良さげに話していた村人男性だ。

まだ若いが、しっかりとした体つきに他の男性のようにだらしなく着物を着ていないことから、審神者はある程度教育を受けて育った者だと認識した。


「何でしょう」


そして、審神者の予想通り冷静な男性は、酒をくいっと煽っても顔色一つ変えない。

審神者は、男性の正面に脚付きのお膳の前に正座して向かい合う。

そして、片袖を抑えながらそっと男性の左肩を二度ほど払う。


「…………何の真似でしょうか」

「突然失礼いたしました。良くないものが……」

「そうですか。村の者は信心深いのですが、私は生憎」


男性の言葉に、審神者はニッコリと笑みを浮かべた。

それを見て、二振りはよく政府に対して審神者が浮かべている貼りついた笑みだと気付く。


「えぇ、そうでしょうね……村長様とは親しいのですか?」


審神者は、男性から隣の村の神隠しについて何か情報はないか聞き出そうと、あれやこれやと質問を重ねた。


「————ではやはり、貴方は神隠しだとは思っていないと?」

「えぇ。それより怪しいのは、その村にいる領主様だろう」

「この村にも領土を広げつつある方、でしたね」

「何人も娶っているらしいが、その全員が一度屋敷に入ったら最後、二度と姿を見ることはないという」

「それは恐ろしい……神隠しとは、そういう意味でしょうか?」

「それは私にも分からんが、あまり首を突っ込まん方が良いと思うぞ」

「…………そうですね。ご忠告いただき感謝いたします」


審神者は小さく頭を下げ、二振りを伴って大部屋を後にした。

しばらく歩き、人気のない廊下でピタリと彼女は足を止めた。


「さっきの話、二人はどう思いますか?」

「怪しいのは、十中八九その領主だろう」

「神隠しはその領主が娶った嫁を殺してたって? ぞっとしない話だねぇ」

「…………それか、本当に神隠しであった場合は?」


審神者の言葉に、二振りは動きを止めた。


「あの人の話では、女性たちが減っているのはその村でも把握されているそうです。けれど、誰がいつどうやったかが分かっていないから、神隠しと言われているんですよね?」

「確かに。そうだとしたら、領主が犯人なら神隠しとは言われないな」

「主は、神隠しの原因があの大穴の犯人の可能性もあると見ているんだね?」

「……可能性としては低いですが、ない話ではないでしょう。現に私は本丸から神隠しにあったようなものですから。原因や理由がわからないまま、いた場所から姿を消すことを神隠しと呼ぶのなら、という話ですが」

「なら決まりだな。明日その早朝にその隣村とやらへ向かおう。礼の目撃情報については、主が朝餉を食べている間に俺達でやってみよう」


鶴丸の言葉に、髭切と審神者は頷いた。






次の日、審神者たちは村を発った。


「巫女様……もし昨日のお話を聞いて、何とかなさるおつもりなら止めなさい」


発つ直前、村長のそんな言葉を聞いて審神者は益々やる気を出していた。

村長の手前、気を付けますとだけ述べて審神者は礼をしたが、今までも歴史を守るという大役をしていた彼女だ。

祓う力はなくとも、助けられるものなら助けたい。と審神者は思っていた。


「主は何でそう堅いんだか……」


審神者が意気込む様子を見て、鶴丸は項垂れた。


「そんなもの、自分に関係ないと割り切れば良いものを」

「そうそう。助けたからって、相手が自分を助けてくれるわけでもなし」


鶴丸と髭切の言葉にも、審神者は首を横に振った。


「そんな問題ではありません。知っていて無視するなんて、私が出来ないだけです」

「真面目すぎるんだ」

「でも、助けてくれるのでしょう?」


審神者は二振りの前に出て、通路を塞ぐように立った。

二振りは、互いに顔を見合わせて苦笑した。


「俺達を良く理解している」

「でも主も理解していてね。僕等は何を置いても主が大切だよ」

「はい。私もお二人が大切です」

「それは嬉しい言葉だな。だが主、例えば俺達が破壊されることになっても、君は生きる道を選んでくれ」


鶴丸の言葉に、審神者は言葉に詰まった。


「…………それは」


彼から述べられたそれは、大切だと審神者が口にした重さとは重みが違う。

命より、大切だと言われたのだからそう簡単に審神者もはいとは言えない。

審神者にとって、彼等が大切だからだ。


「俺達は、例え破壊されようとも主が無事でいられるならその道を選ぶ。その時は主が泣こうが喚こうが譲らない。それを理解していてくれ」

「………………そんな状況にならないようにしてください」


鶴丸の言葉に、絞り出すように小さな声で答えた審神者。

それを聞くと、鶴丸は声を出して笑った。

審神者は真面目に答えたのにと憤慨するが、隣を見ると髭切も笑っていた。


「何故笑うのですか」

「いや……本丸にいた頃は、君のそんな一面を見たことがなかったからな…………」


そういって、鶴丸はそっと審神者の頭に手を置いた。

審神者の頭には手袋越しでも、彼の温かい温度が伝わる。

数度撫でられ、審神者が身を捩り彼を見上げる。


「勿論例え話で、そうならんよう努力はする」

「では理解します」

「素直だねぇ主」


いつも無理をして、気を張り続けていた審神者。

その様子は刀剣男士達は知っていたし、いつでも審神者が疲れたなら自分たちが。と彼等は考えていた。

だからこそ、審神者の気持ちが天候に現れていたあの本丸では、雨季が多く皆心配していた。

表面上の彼女がどれだけ笑みを浮かべても、天気が彼女の心情を物語っていたから。

審神者の本心では泣いているだろうに、気丈にふるまう彼女の理由が分からず刀剣男士たちは戸惑い、だからこそ過保護になっていったのだが。

今、本来の彼女の姿を二振りは垣間見た。

誰かに大切にされることに慣れていないだけの、普通の女性だった。

それは、二振りにとって少し予想外であり、そんな一面を自分たちに見せてくれた嬉しさに笑ってしまったのだが、それは審神者が知る必要のないこと。


(もっと、俺達に見せて欲しい)

(もっと、見てみたいなぁ)


二振りは、そう思いながら審神者の歩き出した横につく。

そうして少し歩き、小さな山を越えれば昼には隣の村へ着いた。

昨日と違い、この村は何処か閑散としていた。

三人が茶屋に入っても、客は彼女たちだけだ。


「お客さん、余所者だろ……」

「何か、問題でしょうか」


店主のやつれた顔を見ながら審神者が問うと、店主はジロリと上から下まで舐め回すように審神者を見た。

それを見て瞬時に髭切が刀を抜こうとしたが、鶴丸がそれを抑えた。


「止めろ。主の許可なしに人を斬ろうとするな」

「下卑た男は鬼と同じ。殺しても構わないさ」


(止めて下さい、髭切)


背後でのやり取りが聞こえていた審神者は、振り返り髭切に目で訴えた。


「…………主が、そう言うなら」


チャキ、と柄の鳴る音に彼が剣を納めたのが分かり、審神者から少し肩の力が抜けた。


「…………アンタ、気を付けな……領主の関係者に見られんうちに、ここを出た方がえぇ」

「何故?」

「……嫁にされるからだ」


店主の言葉に、三人は顔を見合わせた。


「…………私は巫女ですよ」

「巫女だからって、かちゃらのげるでねぇ(でしゃばるんじゃない)」

「……多く娶ったのであれば、この村はもっと栄えても良いのでは? 見たところ、閑散としていますが」

「…………俺達は搾取され続けるだけ。この村じゃ金は全て領主様のモノさ。俺も、こんなことを余所者にバラしたとあっちゃ命がない」

「………………」

「悪いことは言わねぇ。とっとと出ていきな」


盆に乗せた茶を、荒々しく置いて店主は奥へと引っ込んでいった。

審神者は置かれた茶を飲むことも出来ず、ただ茶屋から見える寂れた景色にぎゅっと拳を握り締める。


「…………歴史を、変えてでも……」


何とかしたい。

審神者の中で、強く決意された瞬間だった。
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