結び守

「盲点でした…………」

「予想外だったな」

「見えないんだったねぇ」


審神者と二振りの刀剣男士は、板葺屋根に住む盗賊から近辺の村を教えてもらい、そこへ向かっている道中にそんな言葉を漏らした。


「でも、戦えるのであれば幸いです。これでお二人共が人に触れられなければ、私一人で何とかしなければなりませんでしたから」

「その場合は、また状況が変わってくるからな……にしても賊とやらは大したことなかったな」

「僕達が見えなかったから、主の巫女姿も相まって不気味で恐ろしい経験をしたと思ってるだろうね」

「顔が笑ってるぞ髭切」

「鬼退治でないことが残念だよ」


大穴に引き摺り込まれた三人は、現在ここが何処なのか。

また、自分たちを連れてきた者、つまり怪しい者がいないかの聞き込みを行うべく近くに見えた板葺屋根の家へ向かった。

結果そこにいた盗賊に襲われたのだが、鶴丸と髭切の相手ではない。

問題は、審神者以外の人には二振りの姿が見えないことだった。

本来、刀剣男士の姿がその時代の者達に見えないからこそ、時代を改編することなく歴史修正主義者を討伐出来ていたのだから当然のことではあったのだが、三人はすっかりそれを失念していた。

「しかし、この状況を考えると聞き込みには時間がかかりそうですね」

「そうだねぇ。いっその事、巫女としてお祓いの仕事でもしてみる?」

「してどうするんですか?」

「まずはそれで衣食住の確保、かな?」

「有りかも知れんぞ。変に聞き込みするより、自然に雇い主から話が聞ける」

「…………お祓い、ですか……審神者は付喪神を呼び出すことはできますが、祓うのは」

「そこで、俺達の出番だろう? 幸いな事に、鬼退治向きの刀もいる」

「幸いだねぇ」


二振りの姿が、他の人間に見えないとなると聞き込みを一人で行わなければならない為、大変な作業となる。

到底一日では終わらない。

となると、彼等のいう通り衣食住の確保が先決だろう。

衣服に関しては、審神者の巫女姿であれば問題ない。

食事と住居の問題解決の最短として、金銭が挙げられる。

その為にも、お祓いをしている巫女修行だとでも偽り、依頼を受けて身銭を稼ぐことは審神者にも必要だと感じられた。


「……やってみましょう…………とても不安ですが」

「何事も挑戦だ主」

「鶴丸、貴方この状況を楽しみ始めてますね?」

「そりゃあ面白いからな。長生きはしてみるもんだ」

「ありゃ、爺臭い発言だねぇ」

「黙れジジイ」

「お二人共仲良しですね」


審神者は苦笑して二人を見た。

すると二振りはきょとん、と主を見た。


「主も、そんなに気を張らなくて良い」

「そうそう。心配事は沢山あるけど、一つずつやっていこう」


審神者が緊張状態にあることを、二振りは理解していた。

審神者が少し笑ったことで、彼等も安堵したのだろう。

彼等の気遣いと、あくまでも本丸にいた時と同じように接する二人に審神者は心が温かくなる。


「ありがとう。少し、二人が羨ましいです」

「鶴丸と僕みたいなやりとりをしたいってこと? 主にさっきみたいなことは言いたくないなぁ」

「おい髭切、それは俺ならいいのか」

「お互い様だし、いいかな?」

「私はもう大丈夫ですから、二人も程々に」


審神者がようやく見せた純粋な微笑む姿らに、二振りも同じように笑みを浮かべた。







所変わって、大穴に三人が消えた後の本丸では、政府と残った刀剣男士達による懸命な捜索作業が行われていた。


「主ーっ!! 主どこにいるのー!!!」


加州は雨の降る本丸の中で、濡れることも厭わず声が枯れても叫び続けていた。


「主ーっ!!! ゴホッ、ゴホゴホッ」

「……清光、少し水分を取った方がいいよ」


大和守安定は傘を加州に傾ける。

だが、彼はそれを振り払った。

傘は壊れ庭に無残な形で崩れ、彼も加州と同様に濡れていく。


「……いい加減にしなよ。お前だけが主を心配してる訳じゃないんだ」

「…………」

「ここに居る刀は皆、心配で仕方ない思いを抑えて、政府とやらに従ってるんだ。奴等の方が主の居場所を探すのに長けた力を持つ奴がいるから……分かるだろ」

「知らないよ……主を探すのは俺だ。あんな得体の知れない奴等の言うことなんて信じられない」

「………………だから此処で泣き叫び続けるの? 滑稽だね」

「なんだと?」


大和守の小馬鹿にしたような声に、加州は今まで聞いたことのないような地を這うほど低い声で彼を睨みつけた。


「二人とも、そろそろ刀を納めてくれないかな?」


縁側から様子を見ていた燭台切は、貼り付けた笑みを二人に向けた。


「……燭台切は引っ込んでて」

「僕等はまだ刀なんて抜いちゃいないよ」


加州と大和守の言葉に、燭台切は優しく諭そうとしても無駄だと分かり笑みを引っ込めた。

無表情で二人より背の高い燭台切は、さらに縁側の段差で二人より高い場所から彼等を見下ろした。


「……それだけ言い合ってまだ足りないの? 刃のようなその言葉を謹めって言ったんだけど、其れすら理解できないのかな?」

「お前まで刀を抜いてどうする」


燭台切の言葉に背筋が凍った二人を見て、燭台切を呼びに来た大倶利伽羅は彼の胸を叩く。


「…………全員、集合しろ。政府と三日月が話し、今後の方針が決まったらしい」


その言葉に三人は顔を見合わせ、大広間へ走った。

去っていった三人を見送ると、大倶利伽羅は庭に空いた大穴へ視線を向ける。

今は政府が張った護符により、近付くことが出来ないようにされている。


(主……どこへ行ったんだ…………)


馴れ合うことを苦手とする彼でも、主を心配していた。

それは勿論、同時にいなくなった鶴丸と髭切のことも心配している。

彼等が一緒なら、きっと審神者は無事だろうと彼は思っていた。


(俺達は、俺達に出来ることをする……アンタ等も勝手にすればいいさ)


またすぐに会えることを願いながら、彼は大広間へと戻っていった。
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