結び守

髭切と寝酒と言いつつ、かなりの量を飲み明かした審神者。

彼女は、そのまま彼と縁側で眠ってしまっていた。



夜明け前に目覚めた審神者は、慌てて飛び起き髭切に毛布をかけて自室へと戻る。


「……皆にあれだけ心配をかけておきながら、次の日酒の飲み過ぎで縁側で発見……そんな事態にならなくて良かった」


髭切をそのまま放置してしまったことには申し訳なく感じていた審神者だが、これ以上刀剣達からの評価が下がるような行動は避けたいのが彼女の本音だった。


(昨日は鶴丸にも溜息をつかれてしまったし……それよりも、目覚めた髭切は怒る? 一応、朝餉の前に様子を見に行った方が良いかもしれない)



審神者は二日酔いにならないよう、ひたひたと静かに歩きながら調理場へ向かった。

水を多く飲み、さっさとアルコールを胃から追い出す作戦である。

その前に自室で、しっかりと化粧も着替えも済ませた。

もし誰かがいた時のためだ。

審神者は本丸に住み込みで働いているが、自室と風呂の後以外は一応キチンとするようにしていた。





調理場に着くと、既に朝餉の担当である刀剣達が下ごしらえをしているところだった。


「おぅ、大将。朝にはまだ早いぜ?」

「おはようございます。水を貰えますか?」

「あぁ、昨日は暑くて蒸してたからな」


自分が酒臭くないかと審神者は心配したが、薬研は暑くて水が欲しいと思ったのだろう。

審神者に水を渡すと、彼は昆布を千切り水を入れた鍋にそれも入れた。


「……出汁、ですよね?」

「ん? あぁ、一番だしと二番だしをな。一番だしは夕餉に使うんだと」


薬研はそう言い、野菜をリズム良く切る燭台切を指差した。


「旦那は細かくていけねぇや」


小声で、審神者に近付きこっそり愚痴る薬研。

彼はニヤッと笑ったかと思うと、すぐに審神者から離れ大袈裟に咳払いをした。


「大将は、もう起きるのか?」

「え? 早くないかい? 主は今日当番じゃないんだし、ゆっくりしてなよ」


薬研の言葉が聞こえたのか、燭台切はまな板から目を離し審神者を見た。

この本丸では、全員がそれぞれの家事を当番制で分担している。

審神者も例外ではない。


「何だか目が冴えてしまって……何か手伝えることはありますか?」


審神者がそう言った時だった。



ゴオォンッ!!



物凄い轟音が本丸内に響き渡る。

思わず審神者の側にいた刀剣達は自身の柄に手をやり審神者の周囲を囲んだ。


「襲撃かっ?!」

「…………落ち着きましょう。まずは音の正体を突き止めましょう。皆さん、私を守ってください」

「任せろ」


燭台切の殺気を収めさせ、審神者は薬研と彼を伴い轟音のした庭の方へ走った。


(……向こうには髭切が…………)


毛布をかけてあのまま寝かせるのではなかったと後悔しても遅い。

審神者は最悪の事態となっていないことを祈りながら先を急いだ。



庭の方へ着くと、髭切の姿は既にそこになく審神者は一先ず安堵する。

降り頻る雨は、審神者に昨夜の酒を思い出させた。


「主、これ…………」


縁側を見ていた審神者を呼んだ燭台切は、庭のある部分を指差した。


「これは…………薬研、全ての刀剣に連絡を。食堂に全員集めて下さい。くれぐれも庭には近付かないように」


審神者の言葉に、薬研は音もなく瞬時に姿を消した。

この場にいる燭台切のような太刀とは違う、短刀の機動ならではの素早い動きである。

彼が去ったのを見て、審神者は再び庭の真ん中にぽっかりと空いた大穴を見た。

審神者はすぐに端末を取り出し、政府へ連絡を取る。


「こんのすけ、轟音があったと思ったら庭に大穴が空きました。見たところ禍々しい気配はないけれど、あまり良いものではなさそうです。すぐに政府の緊急部隊の派遣を要請して下さい」

『かしこまりました』


「おいおい、なんだこれは」

「ありゃ、爆弾ってやつかな? 襲撃?」


審神者が端末を切ると、背後から鶴丸と髭切が現れる。

二振りは既に着替えを終えており、帯刀していた。


「詳しいことはわかりません。全員、食堂へ。私はここを調べてから向かいます」

「そんな、主を一人置いていけないよ」

「なら光忠、お前が先に食堂に行き、集まった奴等に説明しろ。俺と髭切が主につく」


いつになく真面目な鶴丸の声に、燭台切は一瞬呆気にとられた。


「いつもそうなら……いや、今言うことじゃないね。分かった、任せて」


そう言い燭台切は、食堂へ向かった。

いつも真面目なら、へし切長谷部や加州清光らから追いかけ回されたりしないだろうに。

そう言いたかった言葉を飲み込み、彼は走る。

今はそんな場合ではない。

後で彼に伝えよう、と心に秘めて。


「……勝手な指示を出してすまん」

「いえ、助かります。とにかくこの穴が何なのか分かれば良いのですが……雨を弾いていることからしても、只の穴で落ちるとは考えにくいですし」


鶴丸の言葉に、審神者は首を横に振った。

彼が言わなければ審神者が言おうとしていたことだった。

審神者は呼び出した刀剣男士が自分の考えを理解し、行動で示してくれることに感慨深い思いを抱いていた。

鶴丸の言動も、そしてそれを聞いてすぐに理解し動いてくれる燭台切にも、それはとても嬉しいものなのだと審神者は思った。


(長い付き合いにはなるけれど……長いからといって、分かり合えるわけではないのに…………)


審神者は少し、現世のことを思い出した。

すぐにそれは自身の脳内から掻き消したが、二振りは怪訝な顔を見せる。

雨音が少し強くなったからだろう。

彼女が気持ちを落ち着けようと深呼吸し、目蓋を閉じようとした────


が、穴から手が二本現れた。

ドロリと手全体を覆う赤黒い何かの液体が、穴の中に落ちる。


「主避けろっ!」
「主離れてっ!!」


深く息を吸った審神者は、穴に背を向けていたため両腕を掴まれる。

グニャグニャのゼリーのようなものに腕を掴まれる感覚。

だが、審神者がそれに気付いた時にはもう穴の中へ引き摺り込まれるところだった。


「「主!!」」


二人の声が聞こえたが審神者は体を動かせず、黒い水のような中へ引き摺り込まれた。

彼女の視界は、暗い闇に覆われたのだった。
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