結び守

審神者の指示通り連戦を終え帰還した鶴丸と髭切率いる第二部隊が、ひだまりの廊下を歩いていると襖から主が顔を出した。


「お帰りなさい。お疲れさまでした」

「おぉ、主。もう起きて大丈夫なのか?」

「はい、お騒がせしました。大穴の事件以降、急激に霊力が上昇した影響で私の場合は眠たくなってしまうみたいで…沢山休みましたので、もう大丈夫です」

「霊力の影響もあるだろうが、生身で何度も時代を越えたんだ。体に負荷がかかって当然だろうな」

「うんうん、大変だねぇ」


鶴丸と髭切が主の近くへ寄る。
ふと、それを遮るように二振りが前に出た。


「だらだらしてんじゃねぇよ。主、負傷者なし。戦果はこの通りだ」

「はい、いつもありがとうございます和泉守」

「すみません、主さん。兼さんせっかちで」

「んだよ堀川、俺が悪いとでも言いたげだな」

「勿論違うよ! 兼さんは、まだ体調が万全じゃない主さんを思って早く報告してあげようと思っただけなんですっ!」

「何とんでもない勘違いしてやがる堀川っ!! ち、違うからな主! 変な勘違いすんなよっ!」

「ふふっ…はい」

「何笑ってやがる…」

「すみません…こんなやりとりも久しぶりだなぁと思うと、懐かしくてつい…ふふっ」

「ちっ…おら、さっさと行くぞお前ら!」


和泉守はそう言うと、第二部隊を連れて審神者の前から去って行った。

審神者は、いつもの本丸と全く変わらないやりとりにホッとして笑ったが、事実は少し違った。

和泉守は第二部隊を全員大広間へ連れて来ていた。


「テメェら、油断も隙もねぇな」

「……なんの事かな?」

「髭切……しらばっくれようとしても無駄だぜ。主に近寄らないように、俺らが見張ってんだからな」

「まぁまぁ、落ち着けよ和泉守。俺と髭切だって馬鹿じゃないさ。あの場合は隊長を務めた俺が報告するべきだっただろう?」


そう、主の神格化を勝手に推し進めた鶴丸と髭切は、現在和泉守と堀川の二振りが見張についている。

これ以上、彼等が勝手な真似をしないようにするためだ。

主の神格化について、本丸内でも意見が分かれており近々主に真意を問いただすこととなっている。


「さっさと主に問えば良い話だろう? 何を悠長にしているんだか…」

「…鶴丸殿はやけに自信がお有りのご様子ですが、人の心は移ろうものでは?」


鶴丸の言葉に、首を傾げながら問うたのは共に第二部隊で出陣していた前田藤四郎だった。


「前田、それは主が今は意見を変えているとでも言いたげだな」

「以前聞いたと言うその言葉が、今の本心と同じとは限らない。と言いたいのです」

「…だったら何だと言うんだい? 君も、反対?」

「いいえ、髭切殿。主君の今のご意志を尊重したい。それだけです」


前田の意見に頷く者、否定する者がいる中で只壁にもたれ掛かり皆の意見を聞いていた小竜は、やれやれと頭をかいた。
彼もまた、第二部隊で前田同様出陣していた。

「僕としては、君らがそこまで執着して主の神格化を推し進めようとする意図を図りかねるよ。いいじゃないか、主が死ぬまで待ってからでも」

「小竜は反対か…」

「先送り賛成派、ってことにしておいてよ」


第二部隊のやりとりに、大広間にいた連中がザワザワと集まり出した。


「またやり合っているのか! 主と時代を越えてから変わったな鶴丸、髭切!」


ガハハ! と嬉しそうに笑う山伏に堀川は苦笑する。


「それで勝手されたんじゃ、僕らが困っちゃうよ」

「何が困るというのだ兄弟よ! 主がどの選択をしようと、俺たちは皆ずっと一緒にいるのだろう? 何も問題はない!!」


山伏の言葉にハッとさせられた何人かを、髭切はじっと見ていた。

鶴丸はというと、開け放たれたままの廊下を見ていた。





そこには、審神者が立っていた。






「……皆さんにお茶菓子をと思ったのですが、今のお話はどういうことでしょうか?」


審神者の声に、周囲の刀剣男子達が顔を向ける。

皆が同様する中、鶴丸と髭切だけがただ真っ直ぐに今の審神者へと視線を向けていた。


「「「「「………………」」」」」

「おぉ、菓子か。鶯丸、すまんが茶を淹れてくれ」


誰も言葉を発しない空気の中、いつの間にか彼女の隣に三日月宗近が立っていた。

彼は廊下を歩いてきた鶯丸へ声をかける。

すると鶯丸は、一瞬大広間へ視線を向けて全てを察したように目を閉じ、優しく微笑んだ。


「……いいだろう」


すぐに、鶯丸は台所の方へと歩いて行ってしまう。


「三日月、これは「落ち着け主よ。菓子と茶が揃ったら、俺の口から説明しよう。良いな?」」


最後の言葉は、審神者ではなく鶴丸と髭切に向けられた。

二振りが目で頷くと、三日月はにっこりと微笑みを浮かべた。


「主は彼奴らの想いなど、気付いてはいないのだろうな…………さしも知らじな……はて、なんの句だったか」

「? 三日月、何か言いましたか?」

「いや、爺の独り言に過ぎん。さて主よ、座って茶を待とう」




「────それで、先程の話はいったいどういうことなんでしょうか?」

「主はどこから話を聞いていたのだ?」

「小竜の神格化が云々…の辺りからです。鶴丸、髭切、あなた方も何か知っているのでしょう?」

「「…………」」

「何故、答えてくれないのですか?」

「……やりやがったなジジィ」


鶴丸は苦虫を潰したような顔で三日月を見る。


「はて? なんのことやら……主よ、お前が聞いたのは誠だ。そこの二人は主を神格化させようとしている。我々の中にはそれに賛成の者、反対の者など意見が分裂しておってな…すぐ主に報告出来なかったのだ」

「何故ですか?!」

「主の望む道へ行くべきだと、皆最終的にはその結論に達するからだ。俺もそうだ」

「……私の、道…………」

「まだ母の事もあるし、せめてもう少し主の気持ちが落ち着いてから話したいと思っていたのだが…聞いてしまった以上、主も考えずにはおれまい」


その三日月の言葉に、頭の奥のどこかでピキピキ、と審神者の何かにヒビが入る音がした。


「ありゃ、暗示まで解いちゃうの? そうしたらツライのは主だよ?」


髭切の言葉が、審神者には遠く聞こえる。


(暗示……髭切は一体何を……それよりも、私の神格化? なぜ突然そのような話が出てくるの? みんな、私にそれを隠していた? お母さんのこと……お母さん、私は好きだったわけじゃないけれど…やっぱり死んでしまったことは悲しい)


審神者は、気付くとポロポロと涙を溢していた。

泣きじゃくりはしないものの、その姿はただの人間にしか見えない。


(お母さん…お母さんっ……)


周囲の刀剣達の声が消え、審神者はただただ母を失ったことに泣いた。

それをそっと袖で包み込んだ三日月は、目の中の月を歪ませて笑う。


「……さて…鶴丸、髭切よ。待たせたな、主へ全ての真実を伝えるとするか」


二振りの審神者を囲い込んでの神格化計画には、審神者が現世に対する未練を全て忘れてこそ叶えられる案だ。

そのための暗示が解かれた今、計画は振り出しに戻ったと言っていい。

二振りが三日月を睨み上げる。


「勝手はさせん」


ようやく涙が収まってきた審神者は、袖で隠してくれていた三日月を見上げ、彼の初めて見る表情に凍りつくような気持ちになった。
三日月の浮かべる笑みが、いつも歴史修正主義者と戦っている時と同じ、明確に敵を見る目に見えた。


(一体、この本丸で何が起きてるの……?)
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