結び守

大穴と母親の穢れの数値が一致した事で、事件の発端が審神者の母であったことが判明して数日。

穢れの元が消えた事と、政府役員が派遣した特殊部隊の浄化作業により、大穴は無事塞がった。


そんな中、審神者は現世へ帰ってきていた。

葬儀を終え、政府役員とのメンタルケアを行ってるところである。



「────じゃあ、貴女が浄化したわけではないのね……」

「……はい、鶴丸と髭切の二人がしてくれました。二人についた穢れは私が落としました」

「……穢れを落として、どう思った?」

「二人に申し訳ないことをさせてしまったと……私の家族なんだから、私が自分の手でやるべきでした」

「そうなの? そうなっていたら、貴女についた穢れは、政府が来るまで浄化出来ず貴女が第二の穢れになっていたかもしれないのよ?」

「……いなくなった今なら、おかしいと思えるんですけど、私は母に殺されても良いと思ってました。それが私の運命だと……昔から、憎みながらも育ててくれた母に、私ができるのはそれぐらいだと」

「じゃあ、どうして?」

「……二人と対等でいたいと思った時、二人に必要とされている私がいました。だからこそ、自分のことは自分でカタをつけるべきだと思いました……でも、助けてもらった。何度も」


審神者は、三人で時代を越えたあの時間を忘れない。

帰る方法を探して、必死に頭を働かせて動いた。

それは彼女にとって、初めて必死に頑張ったことだった。

家で過ごした日々より、学校より、本丸で過ごしていた以前より、何よりも。


「それから本丸に帰ってきて、皆が私を必要としてくれていることに、初めて気付きました」

「刀剣男士に必要とされる事は、貴女の生きる意味になるのね」

「彼等と戦うのなら、私は生きなければならない。それは私が生きてきた歴史を守ることにも繋がるのなら、それは私にとって正しい歴史です」

「……でも忘れないでね。人は人の中でしか生きられない。貴女が彼等とどれだけ絆を深めても、彼等は付喪神。違う理を生きる方々なのだから」


審神者は、返す言葉が見つからなかった。








メンタルケアのカウンセリングが終わり、霊力値を計測し審神者適正値を維持出来ていた審神者は、再び本丸へと帰還した。

計測の際、数値が以前より二倍以上も高くなっていたことに、検査員達や審神者自身も驚いていた。


(なんで、高くなってるんだろう……)


本丸の門を潜り玄関の引き戸を開けると、そこにはずらりと全刀剣男士達が立っていた。


「主、おかえりなさいませ」


先頭に立っていたこんのすけが頭を下げると、皆次々に審神者の帰還を喜ぶ声を上げた。


「…どうした、主?」


皆の声に応えていた審神者を見て、鶴丸は彼女の顔を覗き込みながらそう言った。


「……鶴丸の旦那」


彼の追及の言葉を止めたのは、薬研だ。

審神者として正しいことをしたと言っても、それは肉親であった。

落ち込んで当然のことであり、悲しみ、嘆いてもそれは当たり前のことである。

だからこそ、主の様子がおかしくても普段通りに接しようと、彼等は審神者が帰還する前に全員でそう決めていたのだ。

だというのに、この鶴丸。

いの一番にその取り決めを破り、分かっているであろう主の傷を抉るような、一応心配している言葉。

彼女を心配するのは良いにしても、落ち込む彼女の原因が分かり切っているというのに、それを敢えて言葉に出させようと尋ねる言葉は、ただただ審神者に先日の出来事を思い出させるだけだ。

薬研は、それを彼を止めようと言葉を発したのだ。


「大丈夫だよ、ちっこいの。主は別に悲しんだりしてないんだから。ね、主?」

「ちっこいの、って俺っちのことか?」

「彼は薬研だ、兄者」


髭切に尋ねられ、審神者は口をはくはくとさせた。


(確かに、皆が思うほど悲しんでいない……でもそれっていいこと? 言っていいの? だって私のただ一人の母で、酷いことされてもやっぱりお母さんだと思ってた……それを嘆きもしていないなんて、言ってもいいのだろうか)


審神者は正直に答えるべきか否か、悩んだ。


(実は自分は既に穢れているから、悲しむ感情が消えてしまっているのではないの? あの母親の子なら、そうなっていてもおかしくない……カウンセリングや、転移装置上は問題なくても…………)


それを見た刀剣達は問いかけた二振りを突き、ほらみたことか、と怒った。

だが二振りは全てを理解したかのように、審神者に微笑み頷いたのである。



言え、──────言ってもいいのだと。



審神者には、彼等の声が聞こえるようだった。

たとえそれが、言ってはならない言葉であろうとも、自分の正直な思いと彼等のそれを肯定する動きが、審神者を動かしてしまう。


「……大丈夫です。思ったより悲しんでいない自分に、少し驚いてしまって…皆さんが出迎えて下さって、嬉しいです」


本来、審神者はただ一人の母親を失い、それがたとえ酷い母だったとしても悲しみに暮れるはずだった。

だが、二振りがそれを断ち切っていたことを、審神者は知らない。

穢れを浄化する時に髭切は首を、鶴丸は審神者と母の縁をそれぞれ切り落としていた。

人はそれぞれ、関わる誰かと縁を結んでいる。

それが切られるということは、その者との関わりを断ち切られる、今まで相手に感じていた想いも全て切り捨てることを意味する。

だから審神者は、あまり悲しめない。

事実として簡単に受け入れられてしまうのだ。


「……まだ、気持ちが追いついていないだけかもね?」


そう言って審神者の荷物を持ったのは、加州だった。

初期刀の彼は、誰より審神者の心を理解している。

そして、彼女を大切に思っている。

彼女が長年苦しめられてきた鎖が斬られたのだ。

鶴丸と髭切の帰還後の動きや、審神者を見ていればそれは加州の中で繋がっていく。

実際に二振りがどうしようと考えているかなんて、彼にはすぐ分かる。

それでも、それを審神者にバラさずやんわりと審神者の思考を安心させる方へ誘導する言葉を発した彼もまた、二振りと同様の考えであったのだろう。


(主は、知らなくていい)


加州の言葉で、他の刀剣男士達も察する。

二振りが行ったこと、その意味。

そして、それが審神者にどのような影響を今及ぼしており、今後どうなっていくのか。


「さ、主。玄関は冷えますから、温かいお茶でも淹れましょう」


へし切はそう言って、審神者を室内へとぐいぐい引っ張っていく。


(鶴丸、髭切両名が主命なしに独断で動いたことは、褒められたものではないが……主の為とあればそれも致し方なし、か…………)


審神者が去って行った玄関で取り残された他の刀剣男子達。

その中で残った鶴丸と髭切は、互いに顔を見合わせて笑った。




「なんだ、皆協力してくれるのか?」

「意外だったねぇ」


鶴丸と髭切の言葉にフッと嘲るように笑う声が聞こえ、刀剣たちは声の主の方へ目を向けた。


「まぁ、勝手な振る舞いの数々には目を瞑ろう。主が今、悲しまずにいられるのはお前たちのおかげだろうからな」


二振りの笑顔に、三日月はゆるりと微笑み返しそう告げた。


「……偉そうにするなよジジィ。何も動かなかった奴が」


三日月の上から目線な言葉に、鶴丸は笑みを引っ込める。

三日月と鶴丸の視線が激しくぶつかり合った。

髭切は、それを横目でニコニコと微笑んだまま見ているだけだ。


「ほぅ、少し主といた程度で逆上せ上がった阿呆がいるようだ」

「止めなさい、三日月。今僕等がここで争うことを、主は望まないよ」


石切丸が止めに入り、三日月が柄から手を離すと、鶴丸もいつの間にか手にかけていた柄から同様に手を離した。


「……それで、どこまで進んでいるんですか? もう主様は神格化が可能な状態ですか?」


今剣の言葉に、その場に残っていた面々は首を傾げた。


「俺の見た限り、まだなんじゃないか? お前ら、仕事遅いんじゃねぇの?」

「兼さん! 違うんですよ、兼さんは歴史を越えて戻ってきた主様を見て、自分も何か手伝いたいってずっと言ってたんです! だから決してお二人を馬鹿にしてるわけじゃないんですよ!」

「堀川っ! てめぇ何余計なことを口走ってやがる!! 俺はそんなこと一言も言ってねぇぞっ!!」

「照れ屋な和泉守は放っておくにしても、「おい!歌仙!」何の相談もなく勝手な行動をしたそこの二人を、僕は許したくないけどね」

「心狭いねぇ、雅じゃないんじゃない?」

「黙れ髭切っ! 主の手前、黙っていてやったんだ。僕は、主の神格化には反対だ。彼女には主でいてもらいたい」




「それは主の意志に反するな」





静かに、鶴丸がそう言い切った。


「どういう意味だ」


静かな声に、けれど強く真っ直ぐな意思があると鶯丸は壁に凭れ掛かりながら、鶴丸を見た。


「俺と髭切は、主から対等でいたいと言われている。それはつまり、俺達と同じ領域での対等。神格化したいという願いだと受け取った」

「それは言葉を履き違えてないかい?」

「主は僕等と距離を縮めたいという意味だと思うが?」

「距離を縮める…それは、主と刀剣男士として? 主の過去は、皆だって知ってるんでしょ? かわいそうに、人とは縁が結べなかったんだ。結ばれていたのは、自分を憎む家族。そんな人の世に彼女を置いたまま、僕等と距離を縮めて彼女は幸せになれるの?」


髭切の言葉に、刀剣たちは口を閉じる。

皆、審神者がどういう風に育ちここへ来たか、何となく理解していた。

あれだけ毎日雨が降り続け、現世に戻る度に落ち込んで帰ってくる彼女の姿を知らない者はいない。


「…………俺は、主が本当に望むことを叶えてやりたい。俺達の主は、人の世で生きていくだけの強さも優しさもある。主の命はまだ長い。すぐに俺達と同じにする必要はないんじゃないか?」


そう言い放ったのは、山姥切だ。


「…山姥切に同感だ。お前らのやり口が、気に食わない」

「くりちゃん!」


大倶利伽羅は言いたいことを言い終えると玄関から去っていき、それを燭台切が追いかける形でこの場から離れた。


「…………お二方が勝手な思惑で動かれていたことは、我々もある程度気付いていました。それでも、誰も止めなかったのは主の母君が行ってきた非道な行為を裁く為の事だろう、と思っていたからです」

「一期一振、ならお前は主が神格化したい、と言えばいいんだな?」

「それが主の願いならば……ですが、今のお話を聞いていても、はっきりとしたお答えは見えません。この場で我々だけで話しても埒が明かないでしょう」

「まどろっこしいなぁ。結局、何が言いたいの?」

「兄者。俺に何の相談もなかったのは何故だ? それに主は、本当に俺達と同じ付喪神になることを望んだのか? 皆、それが知りたいんじゃないか」

「……ともかく、このまま集まっていても仕方あるまい。二人の勝手な行動に対して怒る者はいても、主の神格化に対しては全員の意思が統一されていなければならないだろう。主の気持ちを、近々全員の前で確認すれば良いだけだ。焦る必要もあるまい」

「それまでふたりが余計なことをしないよう、見張るひつようがありそうですね」


今剣が、解散の雰囲気になりつつある全員に言い聞かせるように強く言い切った。


「俺等が引き受けるぜ。なぁ、堀川」

「はい! 今日は部隊にも所属していないので、一日中張り付きますよ」

「……一日中、そりゃまた警戒されたもんだな」

「元々、でしょ? 鶴丸は」

「これ程酷くはなかったさ」





「貴様らの自業自得だろう」



会話に入ってきたのは、主を執務室へ送って行っていた長谷部だ。


「主は?」

「今日はもうお休みになられた。各自、当番の職務に従事しろ。主からの指示を伝える————」


こうして刀剣たちの思惑が交錯する中、明日からようやくいつもの本丸生活に戻ることとなるのだった。
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