結び守
審神者が帰還した日の夕餉は、大和守安定が手が凍りつくようなつらいタネ作りを耐えて作り上げたハンバーグ。
冷蔵庫から出した挽肉は、大層冷たかったのだろう。
彼は周囲にいる歌仙兼定たちと共に、作り上げる苦労を語っている。
そんな賑やかな場所から少し離れた食堂の端に審神者は座っていた。
審神者の周囲には短刀が揃うことが多いが、今日は珍しく太刀に囲まれて食事をしている。
隣に座る鶯丸は、審神者の茶が減ると瞬時に継ぎ足すという、珍しくも素早い行動を見せていた。
「……鶯丸、有難いのですがそんなにすぐ注がなくても大丈夫ですよ?」
「主には美味い茶を飲んでもらわねばならんからな」
「嬉しいですが、マイペースな貴方らしくない行動の素早さに私が驚いてしまいます。いつも通りで構いませんから」
審神者がそういうと、彼は苦笑した。
「主を気遣うつもりが、俺が気遣われてしまったな」
「……いえ、私がこんなだからいけないのです。天気に反映されてしまうのは、少し不便ですね」
「俺たちにとっては、普段弱味を見せてくれない主のことが分かり嬉しい限りだが?」
鶯丸との会話に割って入ったのは、鶯丸の対面で珍しく黙々と食事を取っていた鶴丸である。
丁寧な所作で箸を置くと、彼はゆっくりと目だけ審神者の方に向ける。
「……そうでしたか。私としては自分の不甲斐なさを知らしめるようで気恥ずかしいのですが、鶴丸はそのように感じていたのですね」
「あぁ」
「………………」
「…………」
そこでプツリと会話が途切れ、二人は食事に戻った。
(……こんな弱い心だから駄目なのね。もっと強くならなくては…………)
審神者は己の不甲斐なさをフォローしてくれた鶴丸に心の中で感謝しつつ、己の弱さを恥じた。
(うーむ、手応えがない……伝わってないようだなぁ)
一方鶴丸は、普段審神者が隠す本音が垣間見れるのは良いことだと伝えたかった。
いつも建前や御立派な口上を並べ立て、自分を偽ってまで刀剣男士と話す必要はない。
本音で話し、もっと自由に生きて良いのだという意味を込めての彼の発言だったのだが、審神者にはそう伝わらなかったらしい。
彼は審神者の表情を見ながら、静かに溜息をつき再び箸を取った。
(……溜息をつかれてしまった…………やはり私が不甲斐ないのが問題)
そして耳の良い審神者は鶴丸の溜息を聞き、それが彼の本心だと理解した。
同日、日が変わる頃。
髭切は自室前の縁側で、朝と同じように鬼殺しのラベルが貼られた酒瓶片手に、一人酒をしていた。
そこへ、審神者が通りかかる。
「……髭切、奇遇ですね」
審神者は、梅酒を盆に乗せていた。
「ありゃ、珍しいねぇ主。こんな時間に湯浴みしてたの?」
乾かしきれていない審神者の髪と、彼女がいつも使うボディーソープの香りが漂い、髭切は首を傾げた。
今日は短刀達が夜に審神者と遊ぶと夕食の時に豪語していた為、もうとっくに遊び疲れて眠っているだろうと髭切は思っていたからだ。
「早く寝ていたんですけど、寝汗で起きてしまって……」
「湿気が酷いからだね。さっぱりした?」
「はい。ついでに眠れるようにと寝酒を……髭切は?」
「よくお神酒をかけて清める、っていうから清めてる」
「…………なぜ?」
体を清めている、そういった髭切の言葉に審神者は疑問を感じた。
彼女の力は強い方だ。
それでも刀剣男士一人一人を清める力が足りていないのかと彼に一歩近付き問う。
審神者の見る限り、彼は酒を飲む前からいつも通り、穢れ一つない身だった。
「昔もそうだったんだけど、鬼を狩る前に清められていたから」
「? どういうことですか? 出陣先に鬼はいないと思いますが?」
「主の泣く理由」
そう言われ、審神者はビクッと反応した。
それに気付きつつも、髭切は縁側の外の景色を見た。
シトシトと降り続く雨は止む気配もなく、葉を濡らし、池に降り注いでいる。
審神者の心理状況と天候が重なるのであれば、単純に考えて審神者の今の心理が雨。
雨のように涙を流していると読み取るのが普通だろう。
「その理由をいつでも斬れるようにしてるんだよ」
「………………そ、の必要は、ありません」
語尾をハッキリ言い切り、審神者は盆を持ち直してその場から去ろうとした。
「どうして? ここで飲んでいきなよ?」
「……いえ、部屋で一人飲みます。考え事もあるので」
審神者の言葉と同時に、雨音が強くなる。
審神者は自分の心が彼に透けているようで、恥ずかしさから顔を赤くした。
「……雨、強くなったね」
「大丈夫ですから」
何が、と具体的に言わない審神者。
そんな審神者の持つ盆へ、髭切はそっと手を添えた。
「理由は人?」
「…………答えたくありません。聞かないでいただけますか?」
深呼吸を繰り返しようやく絞り出された審神者の声に、髭切は優しく微笑んだ。
「そう……じゃあやっぱり一緒に飲もう」
彼はのほほん、とマイペースな声を出す。
審神者の盆を自身の座る隣に置き、自分の座っていた座布団を空いたスペースに置いた。
「……何も言わなくて良いから、飲もう? ここは安全だよ」
髭切の言葉に、審神者はゆっくり彼に従うように座布団に腰を下ろした。
「酒はやっぱり一人より二人で飲む方が美味しいよねぇ」
審神者に酒を注いでもらいながら、彼は嬉しそうに笑う。
「膝丸と飲んでいたんですか?」
「弟は付き合ってくれないんだ」
「意外ですね」
控えめに微笑んだ審神者を見て、髭切は梅酒を審神者のコップへ注いだ。
「だから嬉しいよ。主が一緒で」
「…………はい。私もです」
二人は互いを見て微笑むと、縁側から見える雨を見ながら暫く酒を楽しんだ。
冷蔵庫から出した挽肉は、大層冷たかったのだろう。
彼は周囲にいる歌仙兼定たちと共に、作り上げる苦労を語っている。
そんな賑やかな場所から少し離れた食堂の端に審神者は座っていた。
審神者の周囲には短刀が揃うことが多いが、今日は珍しく太刀に囲まれて食事をしている。
隣に座る鶯丸は、審神者の茶が減ると瞬時に継ぎ足すという、珍しくも素早い行動を見せていた。
「……鶯丸、有難いのですがそんなにすぐ注がなくても大丈夫ですよ?」
「主には美味い茶を飲んでもらわねばならんからな」
「嬉しいですが、マイペースな貴方らしくない行動の素早さに私が驚いてしまいます。いつも通りで構いませんから」
審神者がそういうと、彼は苦笑した。
「主を気遣うつもりが、俺が気遣われてしまったな」
「……いえ、私がこんなだからいけないのです。天気に反映されてしまうのは、少し不便ですね」
「俺たちにとっては、普段弱味を見せてくれない主のことが分かり嬉しい限りだが?」
鶯丸との会話に割って入ったのは、鶯丸の対面で珍しく黙々と食事を取っていた鶴丸である。
丁寧な所作で箸を置くと、彼はゆっくりと目だけ審神者の方に向ける。
「……そうでしたか。私としては自分の不甲斐なさを知らしめるようで気恥ずかしいのですが、鶴丸はそのように感じていたのですね」
「あぁ」
「………………」
「…………」
そこでプツリと会話が途切れ、二人は食事に戻った。
(……こんな弱い心だから駄目なのね。もっと強くならなくては…………)
審神者は己の不甲斐なさをフォローしてくれた鶴丸に心の中で感謝しつつ、己の弱さを恥じた。
(うーむ、手応えがない……伝わってないようだなぁ)
一方鶴丸は、普段審神者が隠す本音が垣間見れるのは良いことだと伝えたかった。
いつも建前や御立派な口上を並べ立て、自分を偽ってまで刀剣男士と話す必要はない。
本音で話し、もっと自由に生きて良いのだという意味を込めての彼の発言だったのだが、審神者にはそう伝わらなかったらしい。
彼は審神者の表情を見ながら、静かに溜息をつき再び箸を取った。
(……溜息をつかれてしまった…………やはり私が不甲斐ないのが問題)
そして耳の良い審神者は鶴丸の溜息を聞き、それが彼の本心だと理解した。
同日、日が変わる頃。
髭切は自室前の縁側で、朝と同じように鬼殺しのラベルが貼られた酒瓶片手に、一人酒をしていた。
そこへ、審神者が通りかかる。
「……髭切、奇遇ですね」
審神者は、梅酒を盆に乗せていた。
「ありゃ、珍しいねぇ主。こんな時間に湯浴みしてたの?」
乾かしきれていない審神者の髪と、彼女がいつも使うボディーソープの香りが漂い、髭切は首を傾げた。
今日は短刀達が夜に審神者と遊ぶと夕食の時に豪語していた為、もうとっくに遊び疲れて眠っているだろうと髭切は思っていたからだ。
「早く寝ていたんですけど、寝汗で起きてしまって……」
「湿気が酷いからだね。さっぱりした?」
「はい。ついでに眠れるようにと寝酒を……髭切は?」
「よくお神酒をかけて清める、っていうから清めてる」
「…………なぜ?」
体を清めている、そういった髭切の言葉に審神者は疑問を感じた。
彼女の力は強い方だ。
それでも刀剣男士一人一人を清める力が足りていないのかと彼に一歩近付き問う。
審神者の見る限り、彼は酒を飲む前からいつも通り、穢れ一つない身だった。
「昔もそうだったんだけど、鬼を狩る前に清められていたから」
「? どういうことですか? 出陣先に鬼はいないと思いますが?」
「主の泣く理由」
そう言われ、審神者はビクッと反応した。
それに気付きつつも、髭切は縁側の外の景色を見た。
シトシトと降り続く雨は止む気配もなく、葉を濡らし、池に降り注いでいる。
審神者の心理状況と天候が重なるのであれば、単純に考えて審神者の今の心理が雨。
雨のように涙を流していると読み取るのが普通だろう。
「その理由をいつでも斬れるようにしてるんだよ」
「………………そ、の必要は、ありません」
語尾をハッキリ言い切り、審神者は盆を持ち直してその場から去ろうとした。
「どうして? ここで飲んでいきなよ?」
「……いえ、部屋で一人飲みます。考え事もあるので」
審神者の言葉と同時に、雨音が強くなる。
審神者は自分の心が彼に透けているようで、恥ずかしさから顔を赤くした。
「……雨、強くなったね」
「大丈夫ですから」
何が、と具体的に言わない審神者。
そんな審神者の持つ盆へ、髭切はそっと手を添えた。
「理由は人?」
「…………答えたくありません。聞かないでいただけますか?」
深呼吸を繰り返しようやく絞り出された審神者の声に、髭切は優しく微笑んだ。
「そう……じゃあやっぱり一緒に飲もう」
彼はのほほん、とマイペースな声を出す。
審神者の盆を自身の座る隣に置き、自分の座っていた座布団を空いたスペースに置いた。
「……何も言わなくて良いから、飲もう? ここは安全だよ」
髭切の言葉に、審神者はゆっくり彼に従うように座布団に腰を下ろした。
「酒はやっぱり一人より二人で飲む方が美味しいよねぇ」
審神者に酒を注いでもらいながら、彼は嬉しそうに笑う。
「膝丸と飲んでいたんですか?」
「弟は付き合ってくれないんだ」
「意外ですね」
控えめに微笑んだ審神者を見て、髭切は梅酒を審神者のコップへ注いだ。
「だから嬉しいよ。主が一緒で」
「…………はい。私もです」
二人は互いを見て微笑むと、縁側から見える雨を見ながら暫く酒を楽しんだ。