結び守
「ちょ、ちょっとだけ、待って下さい……息が……」
審神者はそう言って、ゼェハァと大きく息をした。
それを見た鶴丸は、苦笑しながら審神者の背を撫でた。
「落ち着け、大丈夫だから」
(何が! どのへんが?!)
息さえ整っていれば、審神者はそう大きく声を出しただろう。
だが実際は、呼吸を整えるだけで何も発せられなかった。
「ちゃんと鶴丸の唾液は飲んであげた?」
「……っは…………ぁれ、唾液だったん、ですか」
「これで俺は他の刀剣と同程度の霊力保持率になっているだろう。主のおかげだな」
するりと背を撫でていた手が、腰とお尻の間ぐらいを優しく撫でていった。
セクハラのような行為に怒りが湧くはずが、何故かぞくりと背筋から何かが駆け抜けていく感覚に審神者はギョッとして彼を見た。
「…………やめてください」
かろうじて捻り出された声にも、鶴丸はキョトンと首を傾げるだけで意味を為さなかった。
(何かやはり、これは間違っている気が……)
だがそれを考える間もなく、髭切が審神者の肩をがっしり掴み自身の方へ強く引き寄せた。
「ぅわっ?!」
ドン! と彼の胸に顔が叩きつけられるような衝撃。
だが、彼はそんな強いことをしたように思えないほど、柔らかく微笑んで審神者と目を合わせた。
「主可愛いねぇ」
「だ、唾液を飲むんですか……?」
「そうだよ。霊力を何かに与えて相手に付与するんだ。唾液とか、血でも良いけどね」
「血?!」
「主の血を、例えば歴史修正主義者なんかが飲んじゃうと浄化される」
「または飛躍的な力を手に入れる。それは相手の霊力の清浄さによるがな」
鶴丸はどっこいしょ、と審神者の座っていた座椅子に腰掛けてのんびりと茶を啜っている。
「主、もう息は整った?」
「…………」
審神者は、ぎこちなく頷いた。
整った、と直接言葉にするとそれは「キスの準備出来ました!」と言っているようなものだ。
せざるを得ないのだから、どちらにしろ一緒ではあるのだが、審神者の羞恥心がそれを許さなかった。
「口吸い、していい?」
「(聞かないで欲しい!!)………………は、い」
なんとも歯切れの悪い審神者の言葉に、髭切はニッコリと笑い審神者をギュッと抱き締めた。
「ね? 主からして?」
「え?」
「だって、俺唾液口の中に溜めなきゃ。主から口付けて、俺の唾液取って?」
髭切の言葉に、審神者はギョッとして彼を見上げるが彼はもう口内に唾液を作り始めている。
もごもごと口を動かす姿が、審神者にはなんだか可愛く思えたがそれをゆっくり鑑賞する余裕なんて彼女にはない。
(私からっ?! 無理無理無理無理!!)
「んー」
(なにそのんー、って! 目を閉じてて可愛い。じゃなくて!)
「ま、まって下さい髭切! わ、私からは流石に難しいです!」
「んー? んーんん」
口を近づけて来る髭切にアタフタするばかりの審神者。
だが段々と彼の唇が触れそうな距離にきてしまい、審神者はヤケクソに腹を括らざるを得なくなった。
「…………い、行きます!」
最早何処かに戦いに行くのかと言わんばかりに気合いの入った言葉と共に、審神者は髭切に口付けた。
「戦に行くような勢いだなぁ」
側からその様子を眺めていた鶴丸は、審神者のおやつの煎餅をボリボリと齧りながら楽しそうにその様子を見ている。
一瞬、音もならない程度の接触ですぐさま離れた審神者は、髭切に腰をガッシリと掴まれ不服そうな目で見下ろされ唸った。
「……わ、わかってますけど…………心の準備的にちょっと……」
「んー」
「わかってますってば!」
「なんで言葉通じてるんだ主」
鶴丸のツッコミなど、今の審神者の耳に入る余裕などない。
鼓膜は閉じ、目の前の彼に集中するしか彼女には出来ないのだから。
もう一度、次は彼の唾液を受け取れるように少し口を開き、髭切の唇を覆うように口付ける審神者。
彼の唇は何の手入れもされていないのに、ふわふわと柔らかい。
彼の鼻息が少し頬に当たりくすぐったくなりつつ、審神者は彼の口から唾液を受け取り飲み込んだ。
口が開いた状態で嚥下するのは難しく、審神者は何度かくぐもった声を出しながら何とか全てを飲み込んだ。
そして目を開けて、彼女は「なんでっ?!」と大きく叫んだ。
「あれぇ〜? なんでだろうねぇ?」
髭切が、短刀の刀剣男士のような少年になっていた。
「阿呆。霊力を渡しすぎだ」
「渡しすぎるとこうなるんですか? そんなこと、今まで聞いたことありませんでしたけど……」
「霊力が体を保てなくなると、普通俺達は刀に戻る。だが、髭切は戻らないという選択をした結果、霊力に見合う体の大きさになったんだろう」
「なんでそんな選択するんですか?!」
「えー、だってー」
彼の普段通りの話し方に変わりはないのだが、心なしか声が幼くなり容姿まで変わってしまっては、駄々を捏ねる可愛い男の子に見えた。
審神者は、ぐっとその可愛さを堪える。
何よりこれは審神者が三人でいられるためにと努力したことだ。
それが何故政府に更に怪しまれるような展開に。
(そう、私はここで怒っていいはず)
だが、容姿が可愛らしい。
非常に怒りにくい。
「……こ、困るんですけど。政府にどう説明すれば」
結果、審神者は困った。
「もっかい口吸いして、あるじから霊力もらわなきゃねぇ」
「髭切」
鶴丸は、彼の首根っこを掴みあげる。
髭切がジタバタと暴れると、鶴丸は自身の顔の近くに髭切を持ち上げた。
「お前わざとだろう。こんな時に何をしている」
「ふふ、だっておもしろいんだもん」
(おもしろいんだもん? それ理由?)
審神者は、思わず口から出かかる言葉を堪えた。
鶴丸が髭切の頭を拳骨で殴ったからだ。
「痛いよ鶴丸」
「主のことも考えろ」
「だって、こうでもしないと主は俺にこんなことしてくれないから」
「しないでしょう、普通」
審神者がキッパリと言い切ると、髭切は分かりやすくぶすぅと膨れた。
「やだ」
「そうですか。では金輪際髭切にはこのようなことは非常事態になろうとしません」
「えー、それは困るよ主も」
「私が困るのは本意ではないんでしょう?」
「うん」
「では二度と、こんなことを面白がってしないで下さい」
面白がられていると分かれば、審神者もキッパリさっぱり発言できる。
いくら可愛かろうと、別問題だと彼女の中で感情が割り切られたのだろう。
「困るだけ? 嫌じゃない?」
だが、この発言に審神者は考え込んでしまった。
割り切った問題とはまた別の問題が提起され、審神者は何か試験問題でも解いているような心待ちになった。
「…………出来るならもうしたくないです」
今答えることを避けた回答をしたが、彼女は答えが出ていた。
自分の心が嫌ではないということに気付いたのだ。
けれど、それを深く考えるのをやめた。
(考えなくていい。好きは好き。刀剣男士として、戦友として。それだけでいい、今はそれで充分)
誰かを好きだと認めたことのなかった審神者にとって、この決断は大きい。
(誰かを、自分が好きだと思えるとは思ってなかった……こんな育ち方をした私なのに、二人はずっと優しくて温かい。こんな無茶振りさえなければ、きっともっと楽しい)
髭切に静かに口付けていく中で、審神者は心の中で少し笑った。
(恋じゃなくても、誰かを好きになることって幸せなことだったんだ……)
怒っても、寂しくなっても、側にいて笑い合える関係が愛しくて、尊くて。
それが好きなのだと、彼女はこの時初めて知った。
霊力を渡し、急激な力の移動に体がついていかなかった審神者は気を失ってしまったが、鶴丸と髭切は障子から差し込む光に開け放ち目を細くした。
「何がどうなってかはわからんが……」
「口吸いのおかげかなぁ?」
「それはない」
鶴丸と髭切は、初めて見た本丸の太陽の眩しさに目を細める。
「……太陽だね」
「あぁ、眩しいな」
「雨が止んだんだ」
「雲間も、すぐ消してやろう」
「そうだねぇ、頑張らなきゃ」
二人は嬉しそうに微笑み、眠るように気を失った審神者へ、そっと毛布をかけた。
審神者はそう言って、ゼェハァと大きく息をした。
それを見た鶴丸は、苦笑しながら審神者の背を撫でた。
「落ち着け、大丈夫だから」
(何が! どのへんが?!)
息さえ整っていれば、審神者はそう大きく声を出しただろう。
だが実際は、呼吸を整えるだけで何も発せられなかった。
「ちゃんと鶴丸の唾液は飲んであげた?」
「……っは…………ぁれ、唾液だったん、ですか」
「これで俺は他の刀剣と同程度の霊力保持率になっているだろう。主のおかげだな」
するりと背を撫でていた手が、腰とお尻の間ぐらいを優しく撫でていった。
セクハラのような行為に怒りが湧くはずが、何故かぞくりと背筋から何かが駆け抜けていく感覚に審神者はギョッとして彼を見た。
「…………やめてください」
かろうじて捻り出された声にも、鶴丸はキョトンと首を傾げるだけで意味を為さなかった。
(何かやはり、これは間違っている気が……)
だがそれを考える間もなく、髭切が審神者の肩をがっしり掴み自身の方へ強く引き寄せた。
「ぅわっ?!」
ドン! と彼の胸に顔が叩きつけられるような衝撃。
だが、彼はそんな強いことをしたように思えないほど、柔らかく微笑んで審神者と目を合わせた。
「主可愛いねぇ」
「だ、唾液を飲むんですか……?」
「そうだよ。霊力を何かに与えて相手に付与するんだ。唾液とか、血でも良いけどね」
「血?!」
「主の血を、例えば歴史修正主義者なんかが飲んじゃうと浄化される」
「または飛躍的な力を手に入れる。それは相手の霊力の清浄さによるがな」
鶴丸はどっこいしょ、と審神者の座っていた座椅子に腰掛けてのんびりと茶を啜っている。
「主、もう息は整った?」
「…………」
審神者は、ぎこちなく頷いた。
整った、と直接言葉にするとそれは「キスの準備出来ました!」と言っているようなものだ。
せざるを得ないのだから、どちらにしろ一緒ではあるのだが、審神者の羞恥心がそれを許さなかった。
「口吸い、していい?」
「(聞かないで欲しい!!)………………は、い」
なんとも歯切れの悪い審神者の言葉に、髭切はニッコリと笑い審神者をギュッと抱き締めた。
「ね? 主からして?」
「え?」
「だって、俺唾液口の中に溜めなきゃ。主から口付けて、俺の唾液取って?」
髭切の言葉に、審神者はギョッとして彼を見上げるが彼はもう口内に唾液を作り始めている。
もごもごと口を動かす姿が、審神者にはなんだか可愛く思えたがそれをゆっくり鑑賞する余裕なんて彼女にはない。
(私からっ?! 無理無理無理無理!!)
「んー」
(なにそのんー、って! 目を閉じてて可愛い。じゃなくて!)
「ま、まって下さい髭切! わ、私からは流石に難しいです!」
「んー? んーんん」
口を近づけて来る髭切にアタフタするばかりの審神者。
だが段々と彼の唇が触れそうな距離にきてしまい、審神者はヤケクソに腹を括らざるを得なくなった。
「…………い、行きます!」
最早何処かに戦いに行くのかと言わんばかりに気合いの入った言葉と共に、審神者は髭切に口付けた。
「戦に行くような勢いだなぁ」
側からその様子を眺めていた鶴丸は、審神者のおやつの煎餅をボリボリと齧りながら楽しそうにその様子を見ている。
一瞬、音もならない程度の接触ですぐさま離れた審神者は、髭切に腰をガッシリと掴まれ不服そうな目で見下ろされ唸った。
「……わ、わかってますけど…………心の準備的にちょっと……」
「んー」
「わかってますってば!」
「なんで言葉通じてるんだ主」
鶴丸のツッコミなど、今の審神者の耳に入る余裕などない。
鼓膜は閉じ、目の前の彼に集中するしか彼女には出来ないのだから。
もう一度、次は彼の唾液を受け取れるように少し口を開き、髭切の唇を覆うように口付ける審神者。
彼の唇は何の手入れもされていないのに、ふわふわと柔らかい。
彼の鼻息が少し頬に当たりくすぐったくなりつつ、審神者は彼の口から唾液を受け取り飲み込んだ。
口が開いた状態で嚥下するのは難しく、審神者は何度かくぐもった声を出しながら何とか全てを飲み込んだ。
そして目を開けて、彼女は「なんでっ?!」と大きく叫んだ。
「あれぇ〜? なんでだろうねぇ?」
髭切が、短刀の刀剣男士のような少年になっていた。
「阿呆。霊力を渡しすぎだ」
「渡しすぎるとこうなるんですか? そんなこと、今まで聞いたことありませんでしたけど……」
「霊力が体を保てなくなると、普通俺達は刀に戻る。だが、髭切は戻らないという選択をした結果、霊力に見合う体の大きさになったんだろう」
「なんでそんな選択するんですか?!」
「えー、だってー」
彼の普段通りの話し方に変わりはないのだが、心なしか声が幼くなり容姿まで変わってしまっては、駄々を捏ねる可愛い男の子に見えた。
審神者は、ぐっとその可愛さを堪える。
何よりこれは審神者が三人でいられるためにと努力したことだ。
それが何故政府に更に怪しまれるような展開に。
(そう、私はここで怒っていいはず)
だが、容姿が可愛らしい。
非常に怒りにくい。
「……こ、困るんですけど。政府にどう説明すれば」
結果、審神者は困った。
「もっかい口吸いして、あるじから霊力もらわなきゃねぇ」
「髭切」
鶴丸は、彼の首根っこを掴みあげる。
髭切がジタバタと暴れると、鶴丸は自身の顔の近くに髭切を持ち上げた。
「お前わざとだろう。こんな時に何をしている」
「ふふ、だっておもしろいんだもん」
(おもしろいんだもん? それ理由?)
審神者は、思わず口から出かかる言葉を堪えた。
鶴丸が髭切の頭を拳骨で殴ったからだ。
「痛いよ鶴丸」
「主のことも考えろ」
「だって、こうでもしないと主は俺にこんなことしてくれないから」
「しないでしょう、普通」
審神者がキッパリと言い切ると、髭切は分かりやすくぶすぅと膨れた。
「やだ」
「そうですか。では金輪際髭切にはこのようなことは非常事態になろうとしません」
「えー、それは困るよ主も」
「私が困るのは本意ではないんでしょう?」
「うん」
「では二度と、こんなことを面白がってしないで下さい」
面白がられていると分かれば、審神者もキッパリさっぱり発言できる。
いくら可愛かろうと、別問題だと彼女の中で感情が割り切られたのだろう。
「困るだけ? 嫌じゃない?」
だが、この発言に審神者は考え込んでしまった。
割り切った問題とはまた別の問題が提起され、審神者は何か試験問題でも解いているような心待ちになった。
「…………出来るならもうしたくないです」
今答えることを避けた回答をしたが、彼女は答えが出ていた。
自分の心が嫌ではないということに気付いたのだ。
けれど、それを深く考えるのをやめた。
(考えなくていい。好きは好き。刀剣男士として、戦友として。それだけでいい、今はそれで充分)
誰かを好きだと認めたことのなかった審神者にとって、この決断は大きい。
(誰かを、自分が好きだと思えるとは思ってなかった……こんな育ち方をした私なのに、二人はずっと優しくて温かい。こんな無茶振りさえなければ、きっともっと楽しい)
髭切に静かに口付けていく中で、審神者は心の中で少し笑った。
(恋じゃなくても、誰かを好きになることって幸せなことだったんだ……)
怒っても、寂しくなっても、側にいて笑い合える関係が愛しくて、尊くて。
それが好きなのだと、彼女はこの時初めて知った。
霊力を渡し、急激な力の移動に体がついていかなかった審神者は気を失ってしまったが、鶴丸と髭切は障子から差し込む光に開け放ち目を細くした。
「何がどうなってかはわからんが……」
「口吸いのおかげかなぁ?」
「それはない」
鶴丸と髭切は、初めて見た本丸の太陽の眩しさに目を細める。
「……太陽だね」
「あぁ、眩しいな」
「雨が止んだんだ」
「雲間も、すぐ消してやろう」
「そうだねぇ、頑張らなきゃ」
二人は嬉しそうに微笑み、眠るように気を失った審神者へ、そっと毛布をかけた。