結び守

「────────っ、なぜそうなるんですか?!」


にじり寄って来る二振りに、審神者は大きな声で賢明に反論の言葉を探す。

審神者が政府から二振りとの関わりを断つべく言われた部屋は執務室であり、彼女が普段仕事を行う部屋だ。

ここは六畳ないぐらいの部屋で、畳に机、座椅子しかないため部屋自体をそこまで狭くは感じない。

けれど、二振りが審神者ににじり寄る場合はとても狭かった。

彼等は数歩で審神者のいる位置に来れてしまうのだから。


「主が言ったでしょ? 一つ目って」

「言いました。それは、お二人から霊力を返してもらうこと、ですよね?」


そっと取られた手に目を向けながらも、審神者は尚抵抗の意思を示す。


「空中から霊力は返せないよ?」


現実的、かつ冷静な髭切の返しに審神者は返す言葉もない。


(けど、それを言うならこんなことする必要もないのでは?!)


と言いたいところではあるが、この二人相手に正論に対して正論で返し勝てる気がしない審神者の唇は動かない。

他の切り口から抵抗するしかない。


「本当は交わるのが手っ取り早いんだが、主が嫌がるだろうからと俺達で代案を」

「そうそう、優しさだよねぇ」


二振りの言葉に、審神者はきょとんと首を傾げた。


「交わる? 何を意味のわから、な…………」

「説明した方が良いのか? 男女が「うわわわわわわ! いいですいいですっ! すみませんでした分かりました!!」」

「必死だね。どっちがいい? 交わるか接吻か」


にじり寄る二人の足は止められず、審神者は顔を真っ赤にしながら小さく低い声で唸るように言葉を吐き出した。

これが本当に最善なのかと、自分に問いかけながら。








「………………せ、接吻………………」





蛇に睨まれた蛙の如く震える審神者に、二振りは苦笑した。


「そう緊張するな。そうだな……君の時代で言う、人工呼吸に近いものだと思ってくれればいい」

「……人工、呼吸」

「前もそれで俺に力をくれたじゃない? 主から手っ取り早く霊力を貰うも返すも、この方法が一番良いんだ」

「……前のは、許諾なしの無理やりでした」


審神者は髭切に頬を撫でられながら、ぶすっと彼を睨む。

審神者の最後の抵抗である。


「うん、良くなかったね。だから今は主が良いって言うまでしないよ? 大丈夫」

「…………」


審神者は彼の笑顔に、背筋に汗が流れていくのを感じた。

彼もかと鶴丸を見れば、彼もまた髭切と同じような優しい笑顔を浮かべている。


「どうした? 主」


(……元々、私が二人と離れたくないと言ったから、今の状況なのは分かる。分かるけど、これは……)


二振りの言いたいことは端的だ。

これは主の望みなのだから、主自身の許可なしに接吻はしない。

だが審神者が許可を出す、というのは彼女には致しかねる決断だ。

経験が浅いことも理由の一つではあるが、付き合ってもいない、人でもない彼等にキスして欲しいなどということを言えるほど、審神者は大胆になれない。


(ましてやこの美貌溢れる二人になんて……しかも、それって審神者としてどうなの? 良くないというか、これって禁忌事項に引っかかってこないの?)


パニックになりつつある審神者の脳内。


(止めておく?……いやでもそうすると二人に会えない。もう一つの方法、一度顕現を解くなんて聞いたことない……リスクが伴うだろうし…………やるしか、ない……のかもしれない)


人は究極の選択を迫られた時、情報量が一時的に狭くなる。

選択を考えるあまり、多角的に物事を捉えられなくなるからだ。

一時、鶴丸を領主の見える姿にするため抱き締められたことのある審神者。

それはつまり、接吻をせずとも霊力の受け渡しは可能なことを意味するのだが、彼女の思考はそれを考える暇もない。

自身からキスしたい、と言わなければならないということに頭が占拠されているからだ。

当然、二振りは分かっていて言わない。

ただ静かに、審神者の言葉を待っていた。







そして、ようやく審神者から言葉が出た時にはとびきり優しい笑みを浮かべ、審神者を抱き締める。

審神者からの願いである、言葉に力が宿りそれこそが二振りの欲しいものであることも、彼女には気付けない。

彼等は、気付かせない。


「良い子だねぇ、主」

「主は存分に甘えていい。俺達に全て委ねろ」


二振りの言葉は蕩けるほど甘く、優しさに満ち溢れている。

普段から気を張り、親からの愛を知らない審神者にはこの言葉は甘過ぎる。


(……こんなに甘えて、良いのだろうか…………いやでも、今回だけ。今回、だけだから)


「とびきりの驚きも添えてやろうか?」

「それは遠慮します」


即答する審神者に、鶴丸爆笑した。


「なんだ、つまらんな」

「あはは、鶴丸の驚きはいらないんだ」

「今さっき心臓消耗しましたから。これ以上はちょっと」


審神者がそう言えば、二振りは声を出して笑った。


「じゃあ、まぁ……政府の奴等が来る前に終わらせような」







審神者を立ち上がらせた鶴丸は、そっと彼女の頭を優しく撫でた。


(これは人工呼吸、人工呼吸! 二人と一緒にいる為に必要なだけ! 深く考えるな私!)


ガチガチに体を固くする審神者に、鶴丸は頭を撫でていた手をゆっくりと審神者の頬へ移動させ視線を合わせるように上を向かせた。


「まーだ固いな」


両頬を軽くつままれ、審神者は目を丸くする。


「……いひゃいれふ(痛いです)」

「ハハッ、そうかそうか。それはすまんな」


ゆっくりと彼の顔が近付き、審神者がギュッと目を閉じたが、いつ迄経っても唇になんの感触もない。

彼女がそろりと目を開くと、鶴丸はコツンと額を審神者の額へとくっつけた。


「主の力は温かい。俺達はこの本丸に顕現できたことを誇りに思っている」


間近に見る彼の睫毛の長さに驚く審神者に、彼は優しくハッキリと述べた。


「……それは、私の台詞です。皆さんと出会えた事、今まで生きていたことに初めて意味があったのだと思える程、皆さんが大切なんです」

「あぁ、知っている。だから、これから俺達がすることを許してくれるんだろう?」

「…………それが私に出来ることで、私の為だからです」

「分かっているさ…………だがな、主。それは俺ら以外には許さないでくれ」


そう言って、鶴丸はそっと審神者と唇を合わせる。

触れて、一瞬で離れた唇に審神者は目を閉じる。

すると彼は何度か同じように触れては離れ、唇が当たっては離れていくことを繰り返した。

彼の顔が目を閉じていても近いと分かり、審神者は思わず息を止めていた為、暫くすると彼から顔を逸らし肩で息をした。


「……っ、はぁっ……はっ……鶴丸、あのっ?!」


これで終わりですか? そう問いかけようとした言葉は彼の中へ飲み込まれる。

今度は突然審神者の唇を覆うように彼が口付けて来たからだ。

ぬるっとしたものが彼女の上唇を撫でていくことに、審神者がビクッと一瞬震える。

それに気付いた鶴丸は、審神者をそっと抱き込みその背を優しく撫でながら彼女の口内へ舌を滑り込ませた。


「っ?! んん、んぅっ…………」


歯列をなぞられ、審神者は力が抜けそうになり思わず強く鶴丸の着物の裾を掴んだ。

だが、彼はそれでも止めず一通り彼女の口内を荒らし終えると、一度唇を離しすぐまた口付けた。


「……ゃっ…………」


せめて少しの休憩を、そんな言葉を出せる余裕もない審神者。

またしても彼の良いようにされ、どうにも出来ないでいると口内に何か液体が入ってきた。


「……ん、んぐっ……ぅう」


何かが口の端を伝っていくが、それが何か分からない。

何かが分からないまま、口が離されないためどうにも出来なかったその液体を審神者はゴクリと音を立てて飲み込んでしまった。

だが、それに満足したのかようやく鶴丸から解放された審神者は、マラソンを完走したかのような荒々しい息遣いと共にヘタリとその場に座り込んでしまった。

一方、鶴丸はそんな審神者を支えつつ息一つ乱れない余裕っぷり。

一言文句を言ってやらねばと審神者が息を整えていると、肩をポン、と叩かれた。


「駄目だよ主。次は俺」


髭切の笑顔が見せた八重歯に、審神者は瞬間的に思った。


(……く、喰われる)
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