結び守

安政七年、桜田門外の変。


「────解決、したと言っていいのかな?」


髭切は、縁側から空を見上げぼんやりと呟いた。

天気はやはり雨で、審神者と鶴丸、髭切の三人が大穴の事件で時代を越えていたことなど忘れる程、代わり映えのない空だ。


「歴史通りだった、そう聞いている。主も安堵したことだろう」


だが、彼の隣には鶴丸がいた。


「……安堵、ね…………主、今何してるのかなぁ」

「…………知らん」



大老が殺害されたという事実を見届けた審神者達と、政府役人。

その十八人の中に含まれていたカツタは、その場で自決した仲間を看取り、その場から立ち去った。

彼の生死は不明だが、政府曰く彼の歴史はまだ続くとのこと。

審神者はその事実に安堵した。

第一部隊、第二部隊も突然現れた歴史修正主義者は全て討伐完了。

政府はこの時代も、今後奴らの標的にされる可能性があるとしてこの時代は警戒区域に加えられることとなった。


そして、ようやく審神者は転移装置を潜り本丸へと帰還したのだった。






二人が縁側で寛ぐ日常に戻る少し前────帰還した日は、本丸内は大騒ぎであった。


「主いいいぃぃぃ!!」

「ご無事の帰還、何よりでございます」


本丸に残っていた刀剣達と再会し、審神者もようやく一息つけた。


「ご心配をおかけしました。ただいま戻りました」


だが、問題が片付いた訳ではない。

政府から派遣された役員は未だ本丸に残り、まだ塞がらない大穴の検証に追われている。




審神者、鶴丸、髭切の三名は政府本部に呼ばれ、身体検査や霊力検査など様々な検査が行われた。


「奴等、ケツの穴まで見そうな勢いだったぞ」

「僕等はモノだからまだ我慢出来るけど、主にそんな無体働いた奴がいるなら叩っ斬りたくなるねぇ。主は大丈夫?」

「私は普通の検査でしたよ」


だから落ち着いて刀を仕舞って欲しい。審神者の言葉に、二振りはニッコリと笑みを浮かべながら鞘に刀を収めた。




あの大穴には謎が多過ぎるため、何か三名に異変がないかの調査が政府の主な目的であった。

そして審神者のみ、政府への謁見が許された。

謁見というより、審問と言った方が意味合い的には近いものであったため、審神者は帰還後一番不機嫌になったが。

審神者が歴史を改竄してしまったことが、主な争点となったため、彼女は本丸の自室にて一週間の謹慎が言い渡された。

改竄となった領主の方は、政府の力で一応元に戻せるらしい。

それが良いのか悪いのか、審神者には判断ができなかった。

ともかく、それで済むのならと了承し、無事一週間を終えて改めて本丸の刀剣達へ帰還報告を行った訳なのだが、話はそれで済まなかった。



「────再調査、ですか?」


一度は本丸から引き上げた政府が、又もや調査で数週間本丸に滞在すると先程審神者に連絡があった。

それは仕方のないことだと認めた審神者だったが、彼等の目的は大穴の調査だけではなかった。


「鶴丸、髭切の両名から一定値を遥かに超えた霊力が検知されました。当面、彼等との接触を禁じます」


先週の検査での結果が出たらしく、それが政府の規定値を上回る霊力値だったとのこと。

それは彼等を刀剣男士として縛る為のいわばリミッター。

それが規定値を超えてしまうと、いつでもその枷を外せる、つまりは主従関係を解ける状態になってしまうのだと政府は言う。

彼等の精神が安定している今、審神者との接触を断つことで超えた霊力値を増やさないよう調整する狙いだった。


(二人に、会えない…………)


ずっとではない、と政府は言ったがそれでも審神者は嫌だと思った。

それ程、彼女にとって時代を越えていた時間は長く感じられた。


(……でも、このままではいけないことも分かっている…………仕方ない)


誰かに会えないことを寂しいと思うのは、審神者にとって初めてだった。


(……家族にも、こんなこと思ったことなかった)


自室で正座し、政府が出て行った障子をぼんやり見つめたまま固まっていた審神者は、徐に仕事を始めた。


「…………仕事しなきゃ」


叶わないことを望み続けても仕方ないことを、彼女はよく理解していた。

仕事、と呟くことで突きつけられた現実を受け入れる。

叶わないことを嘆く為に時間を使っていては勿体ない。


「仕事、仕事」


だが、いくらそう言い聞かせても彼女の手は動かなかった。


(………………こんなに寂しいの、初めてだな)


三人でいた時間は、彼女にとってかなり濃密だった。

楽しいと思えるほど、良い出来事や事件があったわけではなく、むしろ逆だった。

それでも、二振りがいたからこそ審神者は今こうして帰還出来ている。


(二人がいたから…………会いたい、な)


「おーい、主」


そして、いつも────審神者が来て欲しい、会いたいと心で願うと彼等がいた。


「ひ、髭切……鶴丸」

「おいおい、大丈夫か主?」


会えたことに酷く安堵しながらも、これが政府に見つかったら二振りはどうなるのか考えた時、最悪の結末を予想し不安に思う審神者。

それでも、二振りに会えたことはやはり喜ばしく、離れ難くなる。

ぎゅっと双方の服の裾を掴んだ。


(みっともないけど……子どもっぽいけど……)


そんな審神者の行動にも、二振りは何も言わずただ審神者が次に行動に出るまでじっと待った。

三人とも無言で、外の鳥や木々が揺れる音以外何も聞こえない。

その時間が、審神者にはとても和やかで安心した。

暫くすると、審神者はおずおずと真っ赤に染まった顔を上げながら、二振りの袖を離した。


「……す、すみません。シワになってしまいました」

「どうしたの?」


直球の髭切の言葉に、ひくっと喉が鳴った。

鶴丸もまた、彼同様に心配そうに審神者を見ていた。


「ふ、二人に会うなと政府が……見つかると何をされるか…………」

「それで?」

「大穴の調査も、終わらないらしくて……」

「主は?」

「私? 私の体調はすこぶる良いです」

「違う違う。俺らが聞きたいのは本丸のことや、今の現状じゃない」

「主は、どうしたいの?」

「…………」


そう問いかけられ、審神者は口をパクパクとさせた。


(どう、したいか……大穴はなんとかしたい。二人とも一緒にいたい。本丸のみんなと、一緒にいたい。でも、それは…………)


「……間違っても迷っても、俺達が全部なんとかしてあげる」


聞いたことのある、髭切の言葉。

江戸時代へ飛ばされた時に泊まった宿で、迷う審神者に言葉をかけた声が、あの時を蘇らせる。


「主の目指す方向が、俺たちの目指す方向だ。邪魔なものはこの刀で全て倒す」


鶴丸はあの時と同じように、鞘ごと自身を審神者の方へ突き出す。

髭切も同じ動作をした。

審神者の選ぶ道をついていくと言ってくれる二振りに、彼女の目からぽろぽろと涙が溢れた。


「……でも、これは私の我が儘だから……」

「いーんじゃない? 偶には自分を優先したって。でないと、主優先の俺と鶴丸の立場がないよ」

「俺達と対等、なんだろ? 大穴事件まで俺達は甘やかされてたんだ」


ほら、と二人から抱き締められる。

三人が寄り添うと、三人分の体温で暑くなる。

審神者は泣いているため、余計に暑さを感じた。

込み上げてくる思いも今の暑さも、優しすぎる二振りの言葉も、全て審神者の力になる。

ゴシゴシと強く目を擦り涙を拭いた審神者は、二振りを見た。


「二人の霊力値が一定以上で政府は困るそうですが、私は二人と少しでも離れると会いたくて仕方ありませんでした」


審神者は言いながら、まるで告白だと思った。

だが、ここで羞恥に負けていてはいけないと言葉を続ける。


「二人とは対等でいたい思いに変わりありません。また本丸皆も、政府の人達も大切です。全部守りたいし、大事にしたい。あと、大穴の事件も解決したいです」

「うんうん、じゃあどうするの?」

「皆で、大穴の事件を解決したい。二人は私の側にいて欲しい」

「分かった。なら解決方法は二つ」


鶴丸は審神者に向けてピースをした。


「一つは、俺達から霊力を審神者に返すことだねぇ」

「もう一つは、一度俺達を刀に戻しもう一度顕現させる。霊力値を戻せば問題ないんだろう? 簡単だ」

「彼等も根本的なところが分かってないんだねぇ。お粗末なことだ」

「言うな髭切。おかげでこんな楽に済むんだ」

「あ、の……何の話ですか?」

「政府だけじゃ、大穴は解決出来ないだろうねぇって心配事だよ」

「はぁ、そうなんですか」


(今、何かはぐらかされたような……)


「で、どちらにする?」

「どちらが二人に負担がないてしょうか?」

「一つめだね」

「…………」


この時髭切が嬉しそうに即答し、鶴丸が何も言わなかったという異変に気付いていれば、審神者はこの後困ることはなかったのだが、彼女は気付くことが出来なかった。


「分かりました」


二人が、嬉しそうに笑みを浮かべたのに対して、審神者もつられて笑った。
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