結び守
「主っ!!」
旅籠を出た三人は陸奥守たちの第一部隊と合流しようと、それらしき方向へ向けて歩いていたところ、第二部隊と出会えた。
彼等は端末での連絡のやり取りが可能だったため、審神者は無事自分の刀剣男士たちと合流することが出来た。
政府とも連絡を取り、本日中には転移装置の準備が完了するとのこと。
全てが、終わったかのように思われた。
「思い返せば、一週間程度とは思えない程濃い日を過ごした気がするな」
「えぇ、私もそう思います」
「少なくとも、本丸にいたら見れなかった主の一面が見られて、俺は楽しかったよ」
「同感だな。帰還しても、全員には無理でも俺達の前でなら気を抜いていても構わんだろう?」
「……努力します」
「また堅い主に戻ってるよ」
髭切はそう言って笑い、鶴丸もまた笑った。
そう、審神者たちの時代を越えた事件は一先ず終わった。
天狗たちは歴史通りに桜田門外の変を起こし、審神者はそれに関わらず帰還する。
————はずだった。
『伝令! 伝令!』
第一部隊と第二部隊の端末に、同時に警告音と共に政府役員からの連絡が入った。
『現在、審神者たちの少し離れた場所で歴史修正主義者達が発生! 繰り返す!————』
その声に、全員は顔を見合わせた。
「こんなところで奴等が出てくんの!?」
加州の言葉に皆同じ思いだった。
歴史修正主義者が現れる場所は、大体決まっていた。
それは歴史が大きく動き関係するような人物、場所を狙ったものだった。
(なら、歴史が大きく動く場所に奴等がいる…………カツタさんの、ところ……)
桜田門外の変に関わらずに審神者が帰還しようとしたのは、それが歴史に関わる問題だからだ。
関わってはならない。
それが如何に歴史に逆らわないことであっても、歴史が少しでも変わる恐れがあるからだ。
なら、敵はそこを狙うのも必然だった。
それは、大きな歴史のうちの一つ。
例えば大老が死ななければ、新選組は誕生しなかったかもしれない。
江戸幕府はもっと早くに失墜していたかもしれない。
そんな歴史を誘発するための、敵の一手。
「全員! 出陣します!」
審神者の判断は早かった。
全員、その言葉に立ち上がる。
「おっしゃ! わし等第一部隊はまず奴等の居場所特定をするぜよ!」
「なら俺は大老たちのいる城へ先回りするか?」
陸奥守が第一部隊を引き連れて、一番に出陣する。
それを見送り、ボリボリと頭を掻きながら言う長曾根の言葉に、審神者は思案した後首を横に振った。
「いいえ。狙いは恐らく桜田門外の変を起こさない事でしょう。だとすると、大老より天狗の人たちの方が守る対象になると思います」
「…………主は俺等に、これから暗殺する奴等を守れってことか?」
「異国へ下った愚者に、何を思う必要がある」
長曾根の冷静で突き刺すような言葉に審神者が詰まると、和泉守が吐き捨てる様に言った。
「奴のせいで開国した日本は、いつまでも攘夷を行わなかった。言いたかねぇが幕府の逃げ腰、弱腰、及び腰ってのは間違いじゃねぇだろ」
「お前はいつから長州になった」
「ンだと……?」
「長曾根、和泉守止めなさい」
審神者が止めに入ると、堀川も二人の間に入った。
「兼さん! 僕等がするのは歴史を守ることで、今それ以外を考えちゃ駄目だよ」
堀川もまた、和泉守と同意見なのだと審神者は気付いた。
彼の考えを否定せず、この場を諫める様の言葉はそれを物語っている。
それも当然だろう。
刀には国に対する忠義心はなく、主である持主にのみ傾倒する。
現実を見据え、生きた知恵で道を切り開いた土方歳三の刀らしい。
彼が大老に対してどのように考えていたかは分からないが。
だがそれもまた、審神者が今考えるべきことではない。
「大丈夫か、主」
鶴丸の声に頷き、前を向く。
「各々の感情は関係ありません。目的は一つ、桜田門外の変を起こすこと。邪魔をする歴史修正主義者は排除してください」
「御意」
長曾根は、その言葉に跪きすぐに第二部隊を出陣させた。
勿論、和泉守も彼のすぐ後ろに付き従い出陣した。
「で? 主はどうするの? ここで連絡役?」
嬉しそうな髭切の声は、審神者がこれから動こうとしていることが分かっているかのようだ。
「いいえ。連絡は端末で出来るよう修理してもらいましたから、私達はカツタさんのところへ向かいましょう。彼は私の知る限り天狗の要。それに……知り合いが死んでしまうのは、嫌です」
「知り合い、ね……」
「後半の言葉が真意だな」
「……行きますよ」
「はいはい」
天狗たちが事変を起こすのであれば、江戸城周辺に今は潜伏しているはず。
審神者は部隊編成に入らなかった鶴丸と髭切を連れて、江戸城付近の町へやってきた。
活気ある町は、何事もないかのように元気な町人たちが笑い合っている。
そんな町から少し外れた獣道に、奴等はいた。
歴史修正主義者に囲まれているカツタと数人の天狗。
審神者は咄嗟に鶴丸と髭切の手を取り、ぎゅっと力を込めた。
「主……」
「嬉しいな、主から手を握ってくれるなんて」
二人が思わず審神者の方へ視線を向けると、彼女は真剣な表情を少し崩して苦笑した。
「……これから、どうなるのか分かりませんが最善を尽くしましょう」
最善、それは桜田門外の変を起こすことなのか。
それともカツタの死を避けることなのか。
審神者が幾らか話していた彼が死ぬことを嫌がっているのは明白だった。
それは好意とはかけ離れた感情だったが、人は皆話したことのない人が死ぬことより、顔見知り程度であっても知った者が死ぬことに悲しむ。
好き嫌いの問題ではない。
繋がりが少なからず出来てしまったものが断ち切られる痛みを、人は受けるだからだ。
二振りは、審神者の考えが少し分かるようになり、彼女の苦笑した笑みに答える様に強く繋がれた手を握り締めた。
強く真っ直ぐに前を見る中に潜む、審神者の心。
常に不安で、心配で、泣き出しそうな弱い心。
何かがあり、審神者はそんな弱い心を強い心で覆い隠しているがたまにそれは姿を見せる。
それは、彼女の過去にあった何かに触れる時に顕著になる。
(きっと今が、そうなのだろう……)
鶴丸と髭切は、審神者から手が離れると彼女にそこを動かないよう言い聞かせ、刀を抜いた。
審神者からもらった力は充分。
獣道なことが幸いして、三人にまだ気付かず戦っている天狗と歴史修正主義者。
数を考えれば、他の者は別の場所で交戦中なのだろう。
「別の方は、陸奥守たちに任せよう」
「俺等は、カツタだね」
「誤って天狗も斬るなよ髭切」
「天狗、天狗って聞くと妖怪に聞こえてくるんだよねぇ」
「斬るなよ」
「二度言われなくても分かってるよ」
軽口を叩き合いながら、二振りは人ではない速度で彼等との間合いを詰めた。
「お前らの相手は俺達だよ?」
「後ろだぜ」
相手に隙を与えず斬りかかる。
突然現れた援軍に、カツタたちは呆然としていた。
その間にも、二振りは敵を斬っていく。
「ぼさっとするな! お前らも死にたくなきゃ戦えっ!」
鶴丸の檄が飛び、彼等は意識を取り戻す。
再び刀を構えるのを見て、二振りはいつも通り敵を倒した。
戦いは、意外にも呆気なく終わった。
だが、天狗やカツタたちの消耗は激しい。
審神者は、出来得る限りの手当を行ったが消毒や包帯といったものが一切ない。
彼等の服を破り包帯の様に細く切り、止血を行ったがそこからも血が滲んでいる。
「まさか、お前らに助けられるとはな……他の奴等が無事だといいが…………」
「あいつ等はなんなんだ……俺達がしようとしていることを、止めに来たんじゃないか」
「黙れ」
カツタが、仲間の言葉を一蹴した。
「既に何人かやられた……だから何だ。俺達は、だからこそやり遂げなければならない。あいつ等の無念を、忘れるんじゃねぇよ!」
「「「………………」」」
「しかしまぁ、あれだな…………助かった。感謝する」
仲間たちから審神者たちの方へ向き直ったカツタは、三人に頭を下げた。
「……頭を下げられるのは、これで二度目ですね」
「何でここにいる? 逃げたと思っていたが……あの得体の知れない奴等を、お前らは知っているのか?」
「俺達の敵だ。それ以外知る必要はない」
鶴丸の突き放すような物言いに、彼はじっと黙って鶴丸を見た。
「……成る程。俺達の戦いに参加しないのも、それが理由か。幾ら生きても、世の中には知らんことがまだまだあるな……知りたいことは、まだただあったんだなぁ」
「まるで今日で終わるみたいな言い方だねぇ」
「…………そりゃあ、大老を殺しておいて自分たちだけ生き延びるなんて、そんなことはしないさ。大罪に対する罪は、自分で償うさ」
「……カツタさん…………」
「巫女サン、なんつー顔してんだ」
カツタは笑った。
審神者のぐしゃりと歪み、今にも泣き出しそうな苦しむ顔を見て、大男は声を上げて笑った。
他の天狗たちも、何故か笑っている。
「大罪人になろうとする奴にまで、巫女は心を砕くものなのか? ンなことしてると、しんどいぞ」
「……知合った人たちがいなくなるのは、悲しいです。もう二度と会えなくとも、何処かで生きていた方が良い」
「人殺しになるんだぞ。しかも大老殺しだ。俺達は国を支える大切な方を殺すんだ」
「…………」
審神者は何も答えられなかった。
そして、そんな審神者にカツタは彼女の頭をそっと撫でて他の天狗達の元へ向かった。
(歴史を守る為、歪めてはいけない……死んでほしくないと思うこの気持ちも全て、抑えなければ…………歴史を、少しでも変えてはならないから)
カツタと知合わなければ、こんな思いを審神者は抱かずに済んだのに。
この時代へ来なければ、こんなに苦しくてもどかしい思いをせずにいられた。
大穴さえ、本丸に現れなければ審神者は何も考えずに逃げていられた。
(………………お母さん……)
逃げ続けた問題へ、向き合う時がきたのかもしれない。
カツタのように責任を負う覚悟をもって、対応しなければならない問題が彼女にはある。
過去の時代の人たちを見たことで、審神者は自身の過去を思い出すことが増えた。
それは暗く、塞ぎ込んでいた自分の心。
(せめて……せめて、カツタさんの無事だけでも祈ることを許してください)
手を合わせ、審神者は天に祈った。
旅籠を出た三人は陸奥守たちの第一部隊と合流しようと、それらしき方向へ向けて歩いていたところ、第二部隊と出会えた。
彼等は端末での連絡のやり取りが可能だったため、審神者は無事自分の刀剣男士たちと合流することが出来た。
政府とも連絡を取り、本日中には転移装置の準備が完了するとのこと。
全てが、終わったかのように思われた。
「思い返せば、一週間程度とは思えない程濃い日を過ごした気がするな」
「えぇ、私もそう思います」
「少なくとも、本丸にいたら見れなかった主の一面が見られて、俺は楽しかったよ」
「同感だな。帰還しても、全員には無理でも俺達の前でなら気を抜いていても構わんだろう?」
「……努力します」
「また堅い主に戻ってるよ」
髭切はそう言って笑い、鶴丸もまた笑った。
そう、審神者たちの時代を越えた事件は一先ず終わった。
天狗たちは歴史通りに桜田門外の変を起こし、審神者はそれに関わらず帰還する。
————はずだった。
『伝令! 伝令!』
第一部隊と第二部隊の端末に、同時に警告音と共に政府役員からの連絡が入った。
『現在、審神者たちの少し離れた場所で歴史修正主義者達が発生! 繰り返す!————』
その声に、全員は顔を見合わせた。
「こんなところで奴等が出てくんの!?」
加州の言葉に皆同じ思いだった。
歴史修正主義者が現れる場所は、大体決まっていた。
それは歴史が大きく動き関係するような人物、場所を狙ったものだった。
(なら、歴史が大きく動く場所に奴等がいる…………カツタさんの、ところ……)
桜田門外の変に関わらずに審神者が帰還しようとしたのは、それが歴史に関わる問題だからだ。
関わってはならない。
それが如何に歴史に逆らわないことであっても、歴史が少しでも変わる恐れがあるからだ。
なら、敵はそこを狙うのも必然だった。
それは、大きな歴史のうちの一つ。
例えば大老が死ななければ、新選組は誕生しなかったかもしれない。
江戸幕府はもっと早くに失墜していたかもしれない。
そんな歴史を誘発するための、敵の一手。
「全員! 出陣します!」
審神者の判断は早かった。
全員、その言葉に立ち上がる。
「おっしゃ! わし等第一部隊はまず奴等の居場所特定をするぜよ!」
「なら俺は大老たちのいる城へ先回りするか?」
陸奥守が第一部隊を引き連れて、一番に出陣する。
それを見送り、ボリボリと頭を掻きながら言う長曾根の言葉に、審神者は思案した後首を横に振った。
「いいえ。狙いは恐らく桜田門外の変を起こさない事でしょう。だとすると、大老より天狗の人たちの方が守る対象になると思います」
「…………主は俺等に、これから暗殺する奴等を守れってことか?」
「異国へ下った愚者に、何を思う必要がある」
長曾根の冷静で突き刺すような言葉に審神者が詰まると、和泉守が吐き捨てる様に言った。
「奴のせいで開国した日本は、いつまでも攘夷を行わなかった。言いたかねぇが幕府の逃げ腰、弱腰、及び腰ってのは間違いじゃねぇだろ」
「お前はいつから長州になった」
「ンだと……?」
「長曾根、和泉守止めなさい」
審神者が止めに入ると、堀川も二人の間に入った。
「兼さん! 僕等がするのは歴史を守ることで、今それ以外を考えちゃ駄目だよ」
堀川もまた、和泉守と同意見なのだと審神者は気付いた。
彼の考えを否定せず、この場を諫める様の言葉はそれを物語っている。
それも当然だろう。
刀には国に対する忠義心はなく、主である持主にのみ傾倒する。
現実を見据え、生きた知恵で道を切り開いた土方歳三の刀らしい。
彼が大老に対してどのように考えていたかは分からないが。
だがそれもまた、審神者が今考えるべきことではない。
「大丈夫か、主」
鶴丸の声に頷き、前を向く。
「各々の感情は関係ありません。目的は一つ、桜田門外の変を起こすこと。邪魔をする歴史修正主義者は排除してください」
「御意」
長曾根は、その言葉に跪きすぐに第二部隊を出陣させた。
勿論、和泉守も彼のすぐ後ろに付き従い出陣した。
「で? 主はどうするの? ここで連絡役?」
嬉しそうな髭切の声は、審神者がこれから動こうとしていることが分かっているかのようだ。
「いいえ。連絡は端末で出来るよう修理してもらいましたから、私達はカツタさんのところへ向かいましょう。彼は私の知る限り天狗の要。それに……知り合いが死んでしまうのは、嫌です」
「知り合い、ね……」
「後半の言葉が真意だな」
「……行きますよ」
「はいはい」
天狗たちが事変を起こすのであれば、江戸城周辺に今は潜伏しているはず。
審神者は部隊編成に入らなかった鶴丸と髭切を連れて、江戸城付近の町へやってきた。
活気ある町は、何事もないかのように元気な町人たちが笑い合っている。
そんな町から少し外れた獣道に、奴等はいた。
歴史修正主義者に囲まれているカツタと数人の天狗。
審神者は咄嗟に鶴丸と髭切の手を取り、ぎゅっと力を込めた。
「主……」
「嬉しいな、主から手を握ってくれるなんて」
二人が思わず審神者の方へ視線を向けると、彼女は真剣な表情を少し崩して苦笑した。
「……これから、どうなるのか分かりませんが最善を尽くしましょう」
最善、それは桜田門外の変を起こすことなのか。
それともカツタの死を避けることなのか。
審神者が幾らか話していた彼が死ぬことを嫌がっているのは明白だった。
それは好意とはかけ離れた感情だったが、人は皆話したことのない人が死ぬことより、顔見知り程度であっても知った者が死ぬことに悲しむ。
好き嫌いの問題ではない。
繋がりが少なからず出来てしまったものが断ち切られる痛みを、人は受けるだからだ。
二振りは、審神者の考えが少し分かるようになり、彼女の苦笑した笑みに答える様に強く繋がれた手を握り締めた。
強く真っ直ぐに前を見る中に潜む、審神者の心。
常に不安で、心配で、泣き出しそうな弱い心。
何かがあり、審神者はそんな弱い心を強い心で覆い隠しているがたまにそれは姿を見せる。
それは、彼女の過去にあった何かに触れる時に顕著になる。
(きっと今が、そうなのだろう……)
鶴丸と髭切は、審神者から手が離れると彼女にそこを動かないよう言い聞かせ、刀を抜いた。
審神者からもらった力は充分。
獣道なことが幸いして、三人にまだ気付かず戦っている天狗と歴史修正主義者。
数を考えれば、他の者は別の場所で交戦中なのだろう。
「別の方は、陸奥守たちに任せよう」
「俺等は、カツタだね」
「誤って天狗も斬るなよ髭切」
「天狗、天狗って聞くと妖怪に聞こえてくるんだよねぇ」
「斬るなよ」
「二度言われなくても分かってるよ」
軽口を叩き合いながら、二振りは人ではない速度で彼等との間合いを詰めた。
「お前らの相手は俺達だよ?」
「後ろだぜ」
相手に隙を与えず斬りかかる。
突然現れた援軍に、カツタたちは呆然としていた。
その間にも、二振りは敵を斬っていく。
「ぼさっとするな! お前らも死にたくなきゃ戦えっ!」
鶴丸の檄が飛び、彼等は意識を取り戻す。
再び刀を構えるのを見て、二振りはいつも通り敵を倒した。
戦いは、意外にも呆気なく終わった。
だが、天狗やカツタたちの消耗は激しい。
審神者は、出来得る限りの手当を行ったが消毒や包帯といったものが一切ない。
彼等の服を破り包帯の様に細く切り、止血を行ったがそこからも血が滲んでいる。
「まさか、お前らに助けられるとはな……他の奴等が無事だといいが…………」
「あいつ等はなんなんだ……俺達がしようとしていることを、止めに来たんじゃないか」
「黙れ」
カツタが、仲間の言葉を一蹴した。
「既に何人かやられた……だから何だ。俺達は、だからこそやり遂げなければならない。あいつ等の無念を、忘れるんじゃねぇよ!」
「「「………………」」」
「しかしまぁ、あれだな…………助かった。感謝する」
仲間たちから審神者たちの方へ向き直ったカツタは、三人に頭を下げた。
「……頭を下げられるのは、これで二度目ですね」
「何でここにいる? 逃げたと思っていたが……あの得体の知れない奴等を、お前らは知っているのか?」
「俺達の敵だ。それ以外知る必要はない」
鶴丸の突き放すような物言いに、彼はじっと黙って鶴丸を見た。
「……成る程。俺達の戦いに参加しないのも、それが理由か。幾ら生きても、世の中には知らんことがまだまだあるな……知りたいことは、まだただあったんだなぁ」
「まるで今日で終わるみたいな言い方だねぇ」
「…………そりゃあ、大老を殺しておいて自分たちだけ生き延びるなんて、そんなことはしないさ。大罪に対する罪は、自分で償うさ」
「……カツタさん…………」
「巫女サン、なんつー顔してんだ」
カツタは笑った。
審神者のぐしゃりと歪み、今にも泣き出しそうな苦しむ顔を見て、大男は声を上げて笑った。
他の天狗たちも、何故か笑っている。
「大罪人になろうとする奴にまで、巫女は心を砕くものなのか? ンなことしてると、しんどいぞ」
「……知合った人たちがいなくなるのは、悲しいです。もう二度と会えなくとも、何処かで生きていた方が良い」
「人殺しになるんだぞ。しかも大老殺しだ。俺達は国を支える大切な方を殺すんだ」
「…………」
審神者は何も答えられなかった。
そして、そんな審神者にカツタは彼女の頭をそっと撫でて他の天狗達の元へ向かった。
(歴史を守る為、歪めてはいけない……死んでほしくないと思うこの気持ちも全て、抑えなければ…………歴史を、少しでも変えてはならないから)
カツタと知合わなければ、こんな思いを審神者は抱かずに済んだのに。
この時代へ来なければ、こんなに苦しくてもどかしい思いをせずにいられた。
大穴さえ、本丸に現れなければ審神者は何も考えずに逃げていられた。
(………………お母さん……)
逃げ続けた問題へ、向き合う時がきたのかもしれない。
カツタのように責任を負う覚悟をもって、対応しなければならない問題が彼女にはある。
過去の時代の人たちを見たことで、審神者は自身の過去を思い出すことが増えた。
それは暗く、塞ぎ込んでいた自分の心。
(せめて……せめて、カツタさんの無事だけでも祈ることを許してください)
手を合わせ、審神者は天に祈った。