結び守
天狗集団の中でも権力を持つ大男、カツタに誘拐された審神者。
彼の目的は、大老の暗殺。
その為に少しでも戦力を強化したいと考える中、船で江戸へ赴いたカツタ率いる天狗一行は鶴丸と髭切に補充しようとした戦力を一掃され、彼等を戦力に加えようと二人が守っていた存在である審神者を誘拐した。
彼の思惑は概ね正しく、成功していた。
けれど一つ誤算があった。
彼等は付喪神、刀剣男士であり、一般人には審神者が霊力を注がなければ姿を見ることが出来ないのだった。
そんなことを知らないカツタは、審神者に居場所を尋ねていたのだが彼女としては二人を利用されたくないので、当然教えない。
(教えたとしても、彼には見えないんだけど……)
審神者の左右にぴったりとくっつくようにいるのが、髭切と鶴丸である。
彼等は審神者誘拐時に眠っていたのだが、起きた際に審神者がいないのに気付き後先考えず審神者を探し出した。
他の刀剣男士達は、恐らく審神者たちと待機する予定であった小屋にいると思われるが、彼等は後先考えていなかったので帰り道が分からない。
審神者は眠っている所を攫われた為、当然帰り道が分からない。
兎にも角にも天狗の彼等の隙をついて逃げる算段でいる三人だが、現在どこかの屋敷からカツタと共に移動させられ旅籠にいた。
ここは外から鍵もかからず自由に動き回れるのだが、その代わりカツタは見張りを三人も部屋の外に置いた。
「三人程度なら、いつでも出られるな主」
自信満々、それも鶴丸のような刀の付喪神であれば普通の侍程度では相手にならないだろう。
髭切は、彼の隣でうんうんと楽しくもなさそうに頷いている。
「そう言いますが、今ここから抜け出せても陸奥守達第一部隊と合流する小屋まで戻れません。屋敷から、更にどこかの道を通って旅籠に来てしまったので尚更」
「聞いてみる? 俺に力をくれれば、すぐにその辺の人から聞き出してくるよ」
「今この旅籠周辺には天狗の人たちだらけなんですよ? 髭切が見られてしまえば、きっと捕まります。それは嫌です」
「うーん、大丈夫だと思うんだけどなぁ」
そう言いながら、髭切は審神者の手を取った。
「ちょっ!? 駄目です! 髭切!」
焦りから、審神者も大きな声が出てしまう。
それがいけなかった。
「何事だっ!!」
「おい! 止めろ髭切!」
天狗の監視役が部屋へ入ってきた時、咄嗟に髭切が握る審神者の手を離させようと鶴丸が二人の手を握った。
悲しくも、審神者にその気がなくとも霊力の力は常に一定以上放出されており、直接受けることなど容易い。
「なっ!? お前らはっ————————」
入ってきた監視役の者に鶴丸と髭切の姿が見えてしまい、彼等は審神者と引き離されてしまった。
次の日の夕方、審神者と二振りは旅籠の部屋の中でもカツタが一人で使用している部屋へ呼び出された。
「今まで何処に隠れていた? これでも必死に探していたんだがな……」
「節穴だったということだな。常にお前らの動きは把握していたさ」
カツタの質問に答えず、鶴丸は鼻で笑った。
だが、そんな安い挑発にのるような男ではない。
彼は一つため息をつくと、まず頭を下げた。
「お前らの巫女を勝手に攫ったことを謝罪する」
「…………どういう風の吹き回しだ」
審神者もこれには驚いた。
勝手に攫っておいて、それを謝罪する。
ならしなければいい、と口から出かかった言葉を生唾を飲むことで審神者は何とか堪えた。
「申し訳なかった。女子に、しかも巫女を攫うなどという非道な行いは、武士として許されることではあるまい。だが! 俺達にはどうしても成し遂げたい悲願がある! これを成すためなら、我々は武士道から外れようと構わないと決めた!」
それは、カツタの強く苦しい決意の言葉。
彼の決意はそれほど固いものであったのに、それでも審神者たちに頭を下げている。
「悲願とやらは、例の暗殺計画だろう? そんなことして何になるんだろうねぇ。またロクでもないのが現れるだけじゃないのか?」
髭切は、馬鹿にしたように笑ってそんなことを言った。
「…………貴様は、国を追われたことなどないのだな……だから世情など知らぬふりが出来る」
カツタの言葉に、鶴丸と髭切は黙り込んだ。
彼等に国など、存在しない。
あるのは、刀を扱える主人か斬られる人のみ。
彼等は、そういう世界で生きてきた刀の神様だ。
「巫女、お前なら分かるだろ? この今の国の状況が如何に許し難いものか! 今その場を生きるだけの選択をする愚かな者が、上に立っていて良い訳がない! それでは問題を先延ばしにしているだけだ!」
カツタの言い分は審神者には強く、強く刺さっていた。
「後に生きる者に、良いものを残したいとは思わんのか! あの大老では、数年と絶たぬうちに我が国は他国に脅かされ、搾取されるだけの国に成り下がってしまう。最悪、滅びることとなるだろう。そんなことになって良いのかお前は!」
「良いわけっ…………」
審神者は、カツタの言葉に思わず反論しかけて口を閉じた。
これは、彼の言う作戦に対する気持ちであり、審神者が抱くものとは異なるからだ。
(……考えると、笑える…………私達は、どれだけ時を経ても同じことで悩む。自分が、国がどう在るべきなのか)
それは、審神者が散々自問してきたことだった。
家族に愛されず、掛け違えたボタンを戻すことのできない彼女が、常に今を生き延びようと選択してきた結果が良くなかった。
それを周囲に責められ現世に居られなくなったから、彼女は逃げる様に審神者になったのだ。
その後も帰省日には実家に顔を出しているが、何度行っても同じ。
あの時に声を出していれば、黙っていれば……審神者も何度も自分の選択が間違っていたのだと反省した。
(でも、選択した後に文句なら幾らでも言える。考えられる……でも、それでは解決出来ないのね)
現に審神者もカツタも、動き足掻いても答えに辿り着けないでいる。
「……理解できる…………でも、だからと言って命を奪って良いとは思わない。現状に我慢しろなんて言わないけど」
カツタは、審神者の目をじっと見つめた。
鶴丸と髭切も、審神者の方を見た。
皆、彼女の言葉が聞きたかった。
日本が変わるきっかけ、江戸時代の終幕。
それが悪い未来に繋がったとは審神者は思っていない。
(でなければ、私は生まれていない……歴史で存在するなら、私はその時代の子孫なのだから)
でもここで、歴史を変えない為に無責任な発言はしたくない。
真剣な顔で己の考えを曝け出しているカツタに、そんな失礼なことは出来ないと審神者は強い視線をカツタへ向けた。
「私は決められた範囲で最善を尽くし、未来に繋げられるようにしたい」
「……それが、大切な人を失うことになっても?」
カツタは、誰かを失ったのだろう。
覇気のない、彼らしくない弱々しい声を聞くのは初めてだった。
「そうならない為の俺達だよ」
審神者は、「大切な人のために、誰かを殺めるのは悲しいです」と言おうとしていたのだが、髭切がのんびりとそう言い切った。
「…………髭切」
「俺達はお前らの戦力になんてならない。主の無事が、俺等の全て。君等が作戦に失敗して野垂れ死のうが、このまま国に逃げ帰ろうが止めないし、関わらない。それは全て主に関係のないものだからね」
「髭切と同意見だ。俺達は幾らお前のご立派な口上を並べられたところで、何一つ響かない。主は連れて帰らせてもらう。止めたきゃ止めろ……その時は力尽くだ」
髭切、鶴丸の言葉にカツタは煙管を吹くのも忘れて片手で頭を抱えた。
「ははっ…………巫女サン、俺はアンタが羨ましい」
二振りにぴったりとガードされる形で立ち上がった審神者に向かって、カツタはぼそりとそう言った。
「…………俺にも、そう言えるだけの力が欲しかった……」
天狗の計画決行まで、あと一日。
審神者三人は、この後堂々と正面から旅籠を去っていった。
彼の目的は、大老の暗殺。
その為に少しでも戦力を強化したいと考える中、船で江戸へ赴いたカツタ率いる天狗一行は鶴丸と髭切に補充しようとした戦力を一掃され、彼等を戦力に加えようと二人が守っていた存在である審神者を誘拐した。
彼の思惑は概ね正しく、成功していた。
けれど一つ誤算があった。
彼等は付喪神、刀剣男士であり、一般人には審神者が霊力を注がなければ姿を見ることが出来ないのだった。
そんなことを知らないカツタは、審神者に居場所を尋ねていたのだが彼女としては二人を利用されたくないので、当然教えない。
(教えたとしても、彼には見えないんだけど……)
審神者の左右にぴったりとくっつくようにいるのが、髭切と鶴丸である。
彼等は審神者誘拐時に眠っていたのだが、起きた際に審神者がいないのに気付き後先考えず審神者を探し出した。
他の刀剣男士達は、恐らく審神者たちと待機する予定であった小屋にいると思われるが、彼等は後先考えていなかったので帰り道が分からない。
審神者は眠っている所を攫われた為、当然帰り道が分からない。
兎にも角にも天狗の彼等の隙をついて逃げる算段でいる三人だが、現在どこかの屋敷からカツタと共に移動させられ旅籠にいた。
ここは外から鍵もかからず自由に動き回れるのだが、その代わりカツタは見張りを三人も部屋の外に置いた。
「三人程度なら、いつでも出られるな主」
自信満々、それも鶴丸のような刀の付喪神であれば普通の侍程度では相手にならないだろう。
髭切は、彼の隣でうんうんと楽しくもなさそうに頷いている。
「そう言いますが、今ここから抜け出せても陸奥守達第一部隊と合流する小屋まで戻れません。屋敷から、更にどこかの道を通って旅籠に来てしまったので尚更」
「聞いてみる? 俺に力をくれれば、すぐにその辺の人から聞き出してくるよ」
「今この旅籠周辺には天狗の人たちだらけなんですよ? 髭切が見られてしまえば、きっと捕まります。それは嫌です」
「うーん、大丈夫だと思うんだけどなぁ」
そう言いながら、髭切は審神者の手を取った。
「ちょっ!? 駄目です! 髭切!」
焦りから、審神者も大きな声が出てしまう。
それがいけなかった。
「何事だっ!!」
「おい! 止めろ髭切!」
天狗の監視役が部屋へ入ってきた時、咄嗟に髭切が握る審神者の手を離させようと鶴丸が二人の手を握った。
悲しくも、審神者にその気がなくとも霊力の力は常に一定以上放出されており、直接受けることなど容易い。
「なっ!? お前らはっ————————」
入ってきた監視役の者に鶴丸と髭切の姿が見えてしまい、彼等は審神者と引き離されてしまった。
次の日の夕方、審神者と二振りは旅籠の部屋の中でもカツタが一人で使用している部屋へ呼び出された。
「今まで何処に隠れていた? これでも必死に探していたんだがな……」
「節穴だったということだな。常にお前らの動きは把握していたさ」
カツタの質問に答えず、鶴丸は鼻で笑った。
だが、そんな安い挑発にのるような男ではない。
彼は一つため息をつくと、まず頭を下げた。
「お前らの巫女を勝手に攫ったことを謝罪する」
「…………どういう風の吹き回しだ」
審神者もこれには驚いた。
勝手に攫っておいて、それを謝罪する。
ならしなければいい、と口から出かかった言葉を生唾を飲むことで審神者は何とか堪えた。
「申し訳なかった。女子に、しかも巫女を攫うなどという非道な行いは、武士として許されることではあるまい。だが! 俺達にはどうしても成し遂げたい悲願がある! これを成すためなら、我々は武士道から外れようと構わないと決めた!」
それは、カツタの強く苦しい決意の言葉。
彼の決意はそれほど固いものであったのに、それでも審神者たちに頭を下げている。
「悲願とやらは、例の暗殺計画だろう? そんなことして何になるんだろうねぇ。またロクでもないのが現れるだけじゃないのか?」
髭切は、馬鹿にしたように笑ってそんなことを言った。
「…………貴様は、国を追われたことなどないのだな……だから世情など知らぬふりが出来る」
カツタの言葉に、鶴丸と髭切は黙り込んだ。
彼等に国など、存在しない。
あるのは、刀を扱える主人か斬られる人のみ。
彼等は、そういう世界で生きてきた刀の神様だ。
「巫女、お前なら分かるだろ? この今の国の状況が如何に許し難いものか! 今その場を生きるだけの選択をする愚かな者が、上に立っていて良い訳がない! それでは問題を先延ばしにしているだけだ!」
カツタの言い分は審神者には強く、強く刺さっていた。
「後に生きる者に、良いものを残したいとは思わんのか! あの大老では、数年と絶たぬうちに我が国は他国に脅かされ、搾取されるだけの国に成り下がってしまう。最悪、滅びることとなるだろう。そんなことになって良いのかお前は!」
「良いわけっ…………」
審神者は、カツタの言葉に思わず反論しかけて口を閉じた。
これは、彼の言う作戦に対する気持ちであり、審神者が抱くものとは異なるからだ。
(……考えると、笑える…………私達は、どれだけ時を経ても同じことで悩む。自分が、国がどう在るべきなのか)
それは、審神者が散々自問してきたことだった。
家族に愛されず、掛け違えたボタンを戻すことのできない彼女が、常に今を生き延びようと選択してきた結果が良くなかった。
それを周囲に責められ現世に居られなくなったから、彼女は逃げる様に審神者になったのだ。
その後も帰省日には実家に顔を出しているが、何度行っても同じ。
あの時に声を出していれば、黙っていれば……審神者も何度も自分の選択が間違っていたのだと反省した。
(でも、選択した後に文句なら幾らでも言える。考えられる……でも、それでは解決出来ないのね)
現に審神者もカツタも、動き足掻いても答えに辿り着けないでいる。
「……理解できる…………でも、だからと言って命を奪って良いとは思わない。現状に我慢しろなんて言わないけど」
カツタは、審神者の目をじっと見つめた。
鶴丸と髭切も、審神者の方を見た。
皆、彼女の言葉が聞きたかった。
日本が変わるきっかけ、江戸時代の終幕。
それが悪い未来に繋がったとは審神者は思っていない。
(でなければ、私は生まれていない……歴史で存在するなら、私はその時代の子孫なのだから)
でもここで、歴史を変えない為に無責任な発言はしたくない。
真剣な顔で己の考えを曝け出しているカツタに、そんな失礼なことは出来ないと審神者は強い視線をカツタへ向けた。
「私は決められた範囲で最善を尽くし、未来に繋げられるようにしたい」
「……それが、大切な人を失うことになっても?」
カツタは、誰かを失ったのだろう。
覇気のない、彼らしくない弱々しい声を聞くのは初めてだった。
「そうならない為の俺達だよ」
審神者は、「大切な人のために、誰かを殺めるのは悲しいです」と言おうとしていたのだが、髭切がのんびりとそう言い切った。
「…………髭切」
「俺達はお前らの戦力になんてならない。主の無事が、俺等の全て。君等が作戦に失敗して野垂れ死のうが、このまま国に逃げ帰ろうが止めないし、関わらない。それは全て主に関係のないものだからね」
「髭切と同意見だ。俺達は幾らお前のご立派な口上を並べられたところで、何一つ響かない。主は連れて帰らせてもらう。止めたきゃ止めろ……その時は力尽くだ」
髭切、鶴丸の言葉にカツタは煙管を吹くのも忘れて片手で頭を抱えた。
「ははっ…………巫女サン、俺はアンタが羨ましい」
二振りにぴったりとガードされる形で立ち上がった審神者に向かって、カツタはぼそりとそう言った。
「…………俺にも、そう言えるだけの力が欲しかった……」
天狗の計画決行まで、あと一日。
審神者三人は、この後堂々と正面から旅籠を去っていった。