結び守
「────────で?」
「何ですか?」
大男、カツタは審神者に朝餉を置き、食べる姿を見ながら唐突に話を切り出した。
ちなみに、カツタのような一般人には見えないが、鶴丸と髭切は審神者の真横に鎮座している。
審神者が殺されそうにでもなれば、いつでも刀を抜けるよう刀は腰に刺さったままだ。
審神者がカツタの言葉の意味を問えば、彼は鼻で笑った。
「巫女サンてのは言葉にしなきゃ、なーんも分からんらしい。二人だよ」
「彼等の力を借りたい、でしたよね」
「てっきり四六時中アンタにベッタリかと思ったんだが、攫いに行かせた連中によれば、アンタ一人で小屋にいたらしいじゃねぇか」
「(やっぱり一般人には二人以外の刀剣男士の姿も見えない……)居場所を吐けと?」
「…………アンタ、何か企んでるな」
審神者はギクッとしたが、何とか表情にも態度にも出さず耐える。
「………………二人は?」
「知りませんよ。私が眠る時には一緒にいました」
「嘘つくな。あの二人、俺の見た限りアンタが全てだ。彼奴らの眼がそう言っていた。そんな奴が一時でも離れるわけがねぇ」
(それは当たってる)
カツタの言うことは当たっていた。
現に二振りは、審神者の隣にいるのだから。
だが、彼等に力を与え姿を見せてしまえば、カツタは二振りを利用し桜田門外の変をすぐにでも起こしてしまうつもりだろう。
それは、歴史上正しい流れではある。
だがそれに刀剣男士が介入したとなると、話はまた変わってくる。
彼等が、自身の力で為さねばならないことだからだ。
だから、審神者は二振りの居場所が分かっており、姿を現させることが出来るとしてもやってはならない。
(カツタに二人を渡してはならない)
この場をどう乗り切るべきか、審神者は考えている。
「もうこの際、さっきの小屋もう一度調べさせればいいんじゃない?」
「髭切、何故ですか?」
審神者が小声でカツタに聞こえないように問う。
カツタは暇なのか火鉢を突いており、審神者の声は聞こえていないようだった。
「その時に調べに行った奴が主のことを喋ってくれれば、皆が気付いて助けに来てくれると思うんだよねぇ」
「……それなら二人のうちどちらかが、この状況と場所を知らせに行った方が良いのでは?」
「生憎だな、俺らはここにくる途中の道なんざ、さっぱり覚えてない」
「主がいなくなったのに気付いて、探し回って迷って辿り着いたからね」
自信満々に言い切る二人に、審神者はため息をついた。
「…………でも、助けに来てくれたことは嬉しいです。ありがとう」
感情がこもり、先程より小声ではない審神者の声。
それは流石に彼にも聞こえたらしい。
「何独り言ブツブツ行ってやがる」
カツタの言葉に、審神者はゆっくり微笑んだ。
「……ここにいる霊と、少し」
審神者が目線を落としそう言うと、カツタはぎょっと目を見開いた。
「お、まえ……そんなもん信じてんのか…………」
(あ、信じないタイプの人だ……)
「お? 俺らの存在否定派か?」
「ありゃ、駄目だよそんなこと言っちゃ。呪っちゃいたくなるねぇ」
(外野がイキイキしている…不気味)
二振りは、カツタの言葉にウキウキと立ち上がる。
彼等の姿が見える者は皆、付喪神と知るが故に当然のように存在を信じ、敬意を払う。
だが、彼は違う。
それが二振りにとっては面白いことなのかもしれないが、審神者には理解出来ない。
取り敢えず反応することも出来ないので、カツタを見上げた。
「巫女、ですから(審神者だけど)」
「……ンなもん信じてる奴は、ここが弱い証拠だ」
ここ、とカツタは心臓を拳で叩いた。
「…………考え方次第ですね。それより、霊によると二人は小屋にいるそうですよ?」
「……信じねぇっつっただろ」
「ではご自由に」
「てめぇが知ってて、わざと霊の存在を出してきた。そうとしか思えねぇが……そんなことをして何になる?」
そう言いながらも、カツタは部下を呼び出し何かを指示した。
その声は遠く、審神者には聞こえなかったが恐らく部下達はあの小屋へ向かうだろう。
「あいつ等がいてくれるといいが」
「気付いて、助けに来てくれるといいねぇ」
その後、審神者が朝餉を終えると盆を持ち部屋を出た。
外から鍵がかけられる部屋らしく、ガチャリと何かがかかる音がした。
審神者は大人しく、小屋に向かった天狗達がどう出るか待っていると、夜中にカツタが再びやってきた。
「よぉ、誰もいなかったぜ」
「……そうですか」
審神者は目を合わさず、座り下を向いたままそう返答した。
カツタは面白くなさそうに、審神者の前に腰を下ろす。
それと同時に二振りは審神者の側へ寄った。
(暑苦しい)
「君の身の安全確保の為だ。我慢してくれ」
「大丈夫。おしくらまんじゅうよりは近寄ってないよ」
(そう言う問題では……て、勝手に心の中を読まないで下さい)
審神者は深く深呼吸した。
その様子をじっと見ていたカツタは、ボソリと審神者から視線を外しながら彼女が聞き取れるギリギリの声音で言った。
「……誰もいなかった小屋には、奴らが突入する直前まで誰かがいた形跡があった。らしい」
審神者たち三人は、それが陸奥守達だとすぐに分かった。
(あそこにまだいてくれる……でも、天狗達はそこで何か私の情報を話しただろうか? そうでなければ、もうここに助けに来てくれても良さそう……)
「一部人員を小屋に残し、残りは俺たちの捜索中……ってとこだな」
「この様子だと、小屋で主のことを話したりしてなさそうだねぇ」
「…………困りましたね」
言って、審神者はハッとした。
うっかり二振りに釣られて話してしまったからだ。
カツタを見れば、彼は突然話した審神者にきょとんとしている。
(うわっ、まずい!)
「お前……………………」
カツタは、審神者の周りに実は幽霊のような存在がいると気付いてしまっただろうか。
はたまた突然独り言を呟く危ない奴だと思われただろうかと、審神者は慌てた。
だが、彼の反応にきょとんと目を丸くしたのは審神者だった。
「本当に二人の居場所知らないのか」
(………………違いますがナイス勘違い! 有難いことに!)
「……さ、最初からそう言っていました」
「お前捨てられたのか?!」
「違いますっ!」
曲解に曲解を重ねた結果、カツタはとんでもない勘違いをしており、審神者は秒速でそれを否定した。
「いい、いい。アンタ、巫女なのに苦労してるんだな。不憫だ」
「違いますって言っているでしょう?!」
「無理すんなよ、アレだろ? 巫女がツライから、三人で駆け落ちみたいな? どっちが本命なんだ?」
(何この人もう勘弁してほしい)
審神者の横で二振りは大爆笑である。
「あっははははは!! これはまた盛大な勘違いだな! 次にお前が俺を見える日が楽しみだぞカツタ!」
「っ! っくはは……お腹、捩れそう…………っぶ!」
二人の笑い声と、目の前のカツタの哀れみの視線に、審神者はどんどん目が据わっていく。
(なんで私がこんな目に……違うと言っているのに)
誘拐した主犯と、誘拐された被害者に漂う空気とは思えない程、のんびりとした空気が流れ始めていたこの部屋。
だが、それは突然一変する。
「カツタ! 雛祭りに決行だと文が!」
「……成る程。在府の諸侯が祝賀に登城する……その行列を狙う訳か」
文を広げ、ザッと目を通したカツタは一人小さく呟きながら頷く。
その声が聞こえていた審神者は、複雑そうな目で文に見入るカツタと、もう一人の天狗の男を見つめていた。
安政七年、二月初旬。
まだ春が遠く感じられるような、寒い夜であった。
「何ですか?」
大男、カツタは審神者に朝餉を置き、食べる姿を見ながら唐突に話を切り出した。
ちなみに、カツタのような一般人には見えないが、鶴丸と髭切は審神者の真横に鎮座している。
審神者が殺されそうにでもなれば、いつでも刀を抜けるよう刀は腰に刺さったままだ。
審神者がカツタの言葉の意味を問えば、彼は鼻で笑った。
「巫女サンてのは言葉にしなきゃ、なーんも分からんらしい。二人だよ」
「彼等の力を借りたい、でしたよね」
「てっきり四六時中アンタにベッタリかと思ったんだが、攫いに行かせた連中によれば、アンタ一人で小屋にいたらしいじゃねぇか」
「(やっぱり一般人には二人以外の刀剣男士の姿も見えない……)居場所を吐けと?」
「…………アンタ、何か企んでるな」
審神者はギクッとしたが、何とか表情にも態度にも出さず耐える。
「………………二人は?」
「知りませんよ。私が眠る時には一緒にいました」
「嘘つくな。あの二人、俺の見た限りアンタが全てだ。彼奴らの眼がそう言っていた。そんな奴が一時でも離れるわけがねぇ」
(それは当たってる)
カツタの言うことは当たっていた。
現に二振りは、審神者の隣にいるのだから。
だが、彼等に力を与え姿を見せてしまえば、カツタは二振りを利用し桜田門外の変をすぐにでも起こしてしまうつもりだろう。
それは、歴史上正しい流れではある。
だがそれに刀剣男士が介入したとなると、話はまた変わってくる。
彼等が、自身の力で為さねばならないことだからだ。
だから、審神者は二振りの居場所が分かっており、姿を現させることが出来るとしてもやってはならない。
(カツタに二人を渡してはならない)
この場をどう乗り切るべきか、審神者は考えている。
「もうこの際、さっきの小屋もう一度調べさせればいいんじゃない?」
「髭切、何故ですか?」
審神者が小声でカツタに聞こえないように問う。
カツタは暇なのか火鉢を突いており、審神者の声は聞こえていないようだった。
「その時に調べに行った奴が主のことを喋ってくれれば、皆が気付いて助けに来てくれると思うんだよねぇ」
「……それなら二人のうちどちらかが、この状況と場所を知らせに行った方が良いのでは?」
「生憎だな、俺らはここにくる途中の道なんざ、さっぱり覚えてない」
「主がいなくなったのに気付いて、探し回って迷って辿り着いたからね」
自信満々に言い切る二人に、審神者はため息をついた。
「…………でも、助けに来てくれたことは嬉しいです。ありがとう」
感情がこもり、先程より小声ではない審神者の声。
それは流石に彼にも聞こえたらしい。
「何独り言ブツブツ行ってやがる」
カツタの言葉に、審神者はゆっくり微笑んだ。
「……ここにいる霊と、少し」
審神者が目線を落としそう言うと、カツタはぎょっと目を見開いた。
「お、まえ……そんなもん信じてんのか…………」
(あ、信じないタイプの人だ……)
「お? 俺らの存在否定派か?」
「ありゃ、駄目だよそんなこと言っちゃ。呪っちゃいたくなるねぇ」
(外野がイキイキしている…不気味)
二振りは、カツタの言葉にウキウキと立ち上がる。
彼等の姿が見える者は皆、付喪神と知るが故に当然のように存在を信じ、敬意を払う。
だが、彼は違う。
それが二振りにとっては面白いことなのかもしれないが、審神者には理解出来ない。
取り敢えず反応することも出来ないので、カツタを見上げた。
「巫女、ですから(審神者だけど)」
「……ンなもん信じてる奴は、ここが弱い証拠だ」
ここ、とカツタは心臓を拳で叩いた。
「…………考え方次第ですね。それより、霊によると二人は小屋にいるそうですよ?」
「……信じねぇっつっただろ」
「ではご自由に」
「てめぇが知ってて、わざと霊の存在を出してきた。そうとしか思えねぇが……そんなことをして何になる?」
そう言いながらも、カツタは部下を呼び出し何かを指示した。
その声は遠く、審神者には聞こえなかったが恐らく部下達はあの小屋へ向かうだろう。
「あいつ等がいてくれるといいが」
「気付いて、助けに来てくれるといいねぇ」
その後、審神者が朝餉を終えると盆を持ち部屋を出た。
外から鍵がかけられる部屋らしく、ガチャリと何かがかかる音がした。
審神者は大人しく、小屋に向かった天狗達がどう出るか待っていると、夜中にカツタが再びやってきた。
「よぉ、誰もいなかったぜ」
「……そうですか」
審神者は目を合わさず、座り下を向いたままそう返答した。
カツタは面白くなさそうに、審神者の前に腰を下ろす。
それと同時に二振りは審神者の側へ寄った。
(暑苦しい)
「君の身の安全確保の為だ。我慢してくれ」
「大丈夫。おしくらまんじゅうよりは近寄ってないよ」
(そう言う問題では……て、勝手に心の中を読まないで下さい)
審神者は深く深呼吸した。
その様子をじっと見ていたカツタは、ボソリと審神者から視線を外しながら彼女が聞き取れるギリギリの声音で言った。
「……誰もいなかった小屋には、奴らが突入する直前まで誰かがいた形跡があった。らしい」
審神者たち三人は、それが陸奥守達だとすぐに分かった。
(あそこにまだいてくれる……でも、天狗達はそこで何か私の情報を話しただろうか? そうでなければ、もうここに助けに来てくれても良さそう……)
「一部人員を小屋に残し、残りは俺たちの捜索中……ってとこだな」
「この様子だと、小屋で主のことを話したりしてなさそうだねぇ」
「…………困りましたね」
言って、審神者はハッとした。
うっかり二振りに釣られて話してしまったからだ。
カツタを見れば、彼は突然話した審神者にきょとんとしている。
(うわっ、まずい!)
「お前……………………」
カツタは、審神者の周りに実は幽霊のような存在がいると気付いてしまっただろうか。
はたまた突然独り言を呟く危ない奴だと思われただろうかと、審神者は慌てた。
だが、彼の反応にきょとんと目を丸くしたのは審神者だった。
「本当に二人の居場所知らないのか」
(………………違いますがナイス勘違い! 有難いことに!)
「……さ、最初からそう言っていました」
「お前捨てられたのか?!」
「違いますっ!」
曲解に曲解を重ねた結果、カツタはとんでもない勘違いをしており、審神者は秒速でそれを否定した。
「いい、いい。アンタ、巫女なのに苦労してるんだな。不憫だ」
「違いますって言っているでしょう?!」
「無理すんなよ、アレだろ? 巫女がツライから、三人で駆け落ちみたいな? どっちが本命なんだ?」
(何この人もう勘弁してほしい)
審神者の横で二振りは大爆笑である。
「あっははははは!! これはまた盛大な勘違いだな! 次にお前が俺を見える日が楽しみだぞカツタ!」
「っ! っくはは……お腹、捩れそう…………っぶ!」
二人の笑い声と、目の前のカツタの哀れみの視線に、審神者はどんどん目が据わっていく。
(なんで私がこんな目に……違うと言っているのに)
誘拐した主犯と、誘拐された被害者に漂う空気とは思えない程、のんびりとした空気が流れ始めていたこの部屋。
だが、それは突然一変する。
「カツタ! 雛祭りに決行だと文が!」
「……成る程。在府の諸侯が祝賀に登城する……その行列を狙う訳か」
文を広げ、ザッと目を通したカツタは一人小さく呟きながら頷く。
その声が聞こえていた審神者は、複雑そうな目で文に見入るカツタと、もう一人の天狗の男を見つめていた。
安政七年、二月初旬。
まだ春が遠く感じられるような、寒い夜であった。