結び守

「…………成る程……では、あの三人は我等に協力する気はない、と」


煙管を吹かしながら、大男は窓から空を見上げた。


「……どう、なさいますか?」

「…………奴等の弱点は、あの巫女姿の女だろう……」


大男は立ち上がり、集結した仲間達を一通り見回してニヤリと笑った。


「俺達には、少しでも戦力が必要だ。大義を成すためにな」

「では……」



「…………あの女をここへ連れて来い。従わないようなら────────」


大男の言葉に、彼等の仲間達は皆息を呑んだ。

月明かりが雲に覆われていき、部屋にある蝋燭の火が、風もないのにゆらゆらと揺れた。





「やっと着きましたね」


天狗達の思惑など知らない審神者らは、彼等の誘いを断り宿に泊まった次の日には少し離れた町へやって来ていた。

宿屋の主人が近道を教えてくれていたことが幸いして、その日の夕方までには山越えも済み、無事に辿り着けていた。


「あぁ、そうだな。アイツ等が追手でも仕掛けてくるかと思ったが……」

「気配一つなかったねぇ」

「追手……まだ何か用心しておくべきでしょうか?」


審神者の問いに、二振りは首を横に振った。


「それは僕等の仕事だよ、主」

「主は、自分の目的に集中してくれ。邪魔者は俺達で排除するさ」

「……それはきっと、有難いことだと思いますが…………」


審神者の声は、そこで不自然に止まってしまった。


(思う、けど……ならどうしてもらえばいいのだろうか…………答えが、分からない)


考え込んでしまった審神者に、二振りは彼女の頭に手を置いた。

それに審神者が顔を上げると、彼等はいつも審神者に向ける優しい笑みを浮かべている。


「また考え込んじゃってる。眉間のシワ」


髭切は彼女の眉間に人差し指をグリグリと押し込み、審神者に振り払われるとケラケラと笑った。


「止めて下さい」

「考える前に話して見るといいよ? 自分にない答えでも、周りは知っていることが多いから」

「そりゃ、お前の場合はそうだろうな」


鶴丸の嫌味にも、髭切は楽しそうに笑った。


「大概どうでもいいからねぇ。だから主は俺と正反対。ちょっとぐらい俺みたいになればいいよ」

「……お二人の名前を忘れたくありません」

「ありゃ、嬉しいねぇ」


髭切はさらさらと髪を靡かせながら、八重歯を見せて嬉しそうに笑った。

二振りは、彼女の続きの言葉を待ってくれている。

まだ審神者の脳内で答えの出ていない言葉を。


「……私は足手纏いで、戦うことに秀でた力はありません」


夕陽が沈んで行き、辺りが暗くなっていく。

町人達が家へ帰って行く中、三人は道のど真ん中に佇んでいる。


「それでも……だからこそ、私はお二人を頼ります。でも、私にだって出来ることはあります」


下を向いていた審神者が顔を上げ、二振りを見上げる。

鶴丸も髭切も、真剣な表情で審神者の言葉を聞いてくれていた。


「……頼られ、たいです。私も……力になれなくても、私の行動にお二人を巻き込んでいると分かっても」


話しながら、審神者の脳内では色んなことが考えられていた。

昨日から話していた今後のこと、自分の持つ責任感。

前の時代の領主のこと、自分のこと、家族のこと。

本丸の仲間のこと。

鶴丸と、髭切への感謝の気持ち。

迷惑ばかりかけているという、罪悪感。


(……そうか、私は…………二人に、主だからと距離を置かれたくないんだ)





「私は、二人と対等でいたい。だから、もっと……話して欲しい」




審神者の考えた末の答えに、二振りは真剣な表情のまま審神者を見つめていた。

それは、彼女に対する尊敬と、主に対する一番の信頼。

審神者の言葉は、彼等に響かないわけがない。


「あぁ、もちろ「主っ!!!」」


だが、答えは誰かの声によって遮られた。

闇夜から走ってきた男の姿が近付くに連れて、審神者の目が見る見るうちに大きく見開かれ、そして大粒の涙がポロポロと溢れ出した。


「加州! 皆っ!!」

「「「「「主!!」」」」」


本丸に来た政府から緊急で審神者率いる本丸の中から選ばれた第一部隊が、そこにいた。


「探したぜよ、主」

「あるじさま! おけがはないですか?」

「鶴丸に髭切、君等も一緒だったんだね」


第一部隊を率いる陸奥守の声に頷き、今剣が飛び込んできたのを受け止め、ぎゅっと彼を抱きしめる。

そして、小竜の言葉に先程まで向かい合っていた二振りの方へ視線を向けた。


「私に怪我がなかったのは、鶴丸と髭切のお陰です。皆さんはどうやってここへ?」

「政府が主の持ち物から、何か呪術を用いて時代を特定したみたい。後は転移装置でいつも通りだよ」

「あの機械の山、凄かったんだぜ! 帰ったら主も見てみてくれよ!」

「安定のいう呪術は、恐らく超能力の一種ですね。サイコメトリー、だったでしょうか……御手杵の言う通り、帰ったら見てみましょう」


改めて審神者は彼等を見る。

まだ帰れたわけではないが、とても久しぶりに彼等を見た気がした。

疎遠になっていた親友に会えた、そんな感覚に近いものがあると審神者は感じていた。


「……では、再会は喜ばしいですが一先ず宿屋を探しましょう。こんな大勢泊まれる場所があるとは思えないですが…………宿に入ってからお互いに情報を共有しましょう」

「それなんだが主、僕等町の離れにある山小屋を知ってるんだ。誰かが住んでいたんだろうが、人のいた形跡がもう随分古かった。今日はそこに行くのはどうだい?」


小竜の提案に審神者が頷き、一行は夜の町を抜けて山小屋へ向かった。



その時、彼等は再会出来た喜びのあまり少し気が抜けてしまっていた。

町の少なくなる人通りの中、じっと彼等を見る目があったことに、誰一人として気付いた者はいない。


「……山小屋へ行くらしい…………」

「よし、予定通り丑の刻にやるぞ」


家の影に隠れながら彼等を見ていた連中らは、黒い服に黒い頭巾に口当てをぐいっと鼻の上まで上げた。



「────────狙うは、巫女一人」



何処かで、大男の笑う声がした。
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