短編集

「────じゃ、お願いね」


そう言って、電話を切ろうとした祖母を私は思わず叫ぶようにして止めた。


「ストーップ! お祖母ちゃん、じゃあって何の説明もしてないから!」

「あらまぁ、そうだったかいね?」

「そうそう!」


テレビ電話越しの、あっけらかんとした祖母の姿に孫娘はがっくりと肩を落とした。

だがそんな孫の姿にも、祖母は気にせずニコニコと微笑んでいる。


「私祓い屋でしょ〜? 今朝ギックリ腰なっちゃってびっくりしたのよ〜」

「え? ギックリ腰って、大丈夫なの?」


そう、私の祖母は祓い屋の仕事をしている。

祖母曰く、相当古い祓い屋の歴史がある、由緒正しい家の生まれなんだとか。

その割には、現在の祖父も曾祖父も神社の神主を務めていた。

神主と祓い屋の生まれということになるのだろうか、と子どもの頃は疑問に思ったこともあったが、どちらの仕事も昔ながらの日本独特なお仕事なんだと親から教わり、それで納得した。

私もその血を継いでいる、なんて祖母や親せきの人たちに言われたこともあったが、興味がなかったこともあって今は普通の仕事をしている。


「ううん、も〜痛くて動けないからね、仕事行けなくて困ってたの!」

「そうなの。キャンセルとなると大変だね。じゃあ私はその電話を?」


それは嫌な手伝いだ、そう思いながらも孫である私ももう社会人だ。

祖母の代わりに頭を下げるぐらい、祖母が早く元気になるためならお安い御用だと気合を入れたが、どうやら違うようだ。


「何言ってるの! 祓ってあげなきゃ大変よ!」

「え? 行くの?!」


ギックリ腰でも仕事を優先する程、重要な顧客なのかと首を傾げた。

だかそれも、私の見当違いだった。


「だから貴女にお願いしたのよ〜。午前中のうちに私の祓い屋道具送ったから、今から送る住所に行ってね。もう孫が行くって、先方にはお伝えしてるから!」

「なっ?!」


反論しようとしたが、祖母は元気そうに手を振りテレビ電話を一方的に切った。

ツーッ、と無情な音が電話の終了を告げる。


「……あンのババァ…………っと、いけないいけない」


思わず出た本音を抑え、私は考えた。


(しょうがない……お祖母ちゃんとお客さんには悪いけど、私も仕事がある。ここは荷物が届く前に仕事に行って、後日謝罪作戦で行くか)




そう考えたときに限って、インターホンが鳴る。

膝から崩れ落ち、地面に手をつき項垂れた。








彼女の家系は代々神主を務めており、祖母は若い頃から祓い屋をしていたという。

だが、孫にはその力とやらは遺伝しなかった。

彼女にはなーんにも見えないのである。

見えなければ、何か不思議な力を感じることもない。

至って平凡な学生生活を送り、社会人となった。


祖母からの荷物を開くと、風呂敷に包まれたものの上に手紙があった。





**********



愛しい孫へ


普通の生活より、断然面白いのが祓い屋よ!

髭切と膝丸は、癖があるけど良い付喪神です。

きっと貴女の力になってくれることでしょう。

追伸:惚れちゃ駄目よ?



祖母



**********



グシャリ、思わず祖母からの手紙を握りつぶす孫。

他人から見れば愉快な祖母でも、身内となれば別である。


「普通の生活ってなに?! これでも今まで生きてきて色々苦労したり事件あったよ!」


彼女は徐に、風呂敷に包まれたそれを持ち上げた。

カチャリと金具のような、金属のような硬い何かがぶつかる音が鳴る。


「えー……」


風呂敷がぱらりとめくれると、刀の柄が見えた。

彼女は祖父母の家にある床の間に飾られていたものとの違いが分からないが、重さからして家にあったのはレプリカだろう。

子供の頃持ったことのある軽さから考えて、今彼女が手にしているものが銃刀法違反に関わるものであることは間違いない。





「…………ヤバイのでは?」





だが受け取った今、これを返送する際に郵便物を調べられたりした場合、まずい気がした。


「や、やるしかないのか……」


『うんうん、流れに身を任せればいいよ。知らないけど』


「人ごとだねぇ……………………って、誰?」



突然何処かから声が聞こえ、慌てて彼女は三百六十度確認するが、誰もいない。


『ここ、ここだよここ』

「いやどこよ……てか私がおかしい? 病院行かなきゃ。今日時間給使うか…………もったいないな」

『ジカンキュウとはなんだ? 病気なのか? 我々が病魔を退治しよう』

「うーん、幻聴ってことは精神科? 脳外科? 心療内科? いやただの疲れで内科かな?」


何処かから聞こえる二人の声。

どちらも男性のようだ。

彼女は、そっと刀を置いた。

するとピタリと声が止んだ。


「……まさか」


もう一度刀を手に取る。


『おい、病魔はこの辺りにはいないぞ? 病ではないのではないか?』

『困ったねぇ。僕等悪鬼を祓うことはできても、風邪とかは治せないんだよねぇ』

『だが兄者、主の命がある。何とかして彼女に今日の仕事をやってもらわねばならんのではないか?』

『そうだねぇ…………連れてっちゃおうか?』


幻聴は、刀から聞こえているらしい。

祖母からの無理やりな注文に対するストレスからだ。

彼女はそう確信したが、解決方法がわからない。


『そうだな兄者! それは名案だ!』

『そうと決まれば早速やろう』


(……あにじゃ、ってなんつー古い言葉。時代劇のような幻聴)


もう一度刀を置き、これらを忘れて出勤するのが望ましい。

そう考えた直後、彼女の視界が急激に歪んだ。


「え…………な、に、これ……」


貧血でふらふらした感覚に近い、視界が白くなっていくような、地面が歪んで見える世界。

ぐるぐるぐる。


『連れて行ってあげるよ。一緒に頑張ろうね』

『大丈夫だ。俺と兄者がついている』


幻聴はどこまでも、彼女の現状を見ようとしない。


(いや、頑張る前に今これを助けて欲しい……)


だが幻聴にツッコミを入れることもなく、彼女は意識を手放した。
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