加州清光

「「…………お腹空いた」」


深夜の日付が変わって少し、未だ明かりのついた執務室で漏れた二人の声。

審神者と本日の近侍、加州清光である。


「主が午前中にゲームしようなんて言うからこうなったんだからね!」


朝っぱらからゲーム三昧でこてんぱんにやられた審神者は、ぶすぅっとした顔で小さく唸った。

午前中サボった分、現在の時間まで仕事が終わらない事態となったことは、審神者も重々承知していた。

だが、以前から加州を審神者が鍛え過ぎてしまい勝てなくなったことが悔しい審神者は、度々加州に一対一の勝負を挑んでいた。

何度やっても勝てないことは、最早他の刀剣達も知るところではあるのだが、審神者は諦めきれない。

なにせ悔しい。

自分だけが知っていたはずのゲームだったのに、今ではこの間までゲームの存在まで知らなかった加州に追い抜かされたのだ。

そんなことは彼女のプライドが許さない。

審神者もそのプライドのせいで、深夜になっても仕事が終わらない事態となっていることは理解しているので、本来なら謝罪したい。

だが、彼の嫌味ったらしい言い方のせいで素直になれないのだ。


「…………わかってますー」


素直にはなれないが、彼の言っていることは正しいので認める。

彼女なりの精一杯だ。

けれど小さく呟いた声を聞き取った加州は、眉を寄せた。


「うわ、可愛くない」


彼のその売り言葉に、彼女もカチンときた。

審神者が悪いのが前提ではあるが、加州も審神者に似て一言多いのが玉に瑕だ。



「あーそー! そういうこと言う?! そんなこと言う人には夜食作ってあげない!」


バタバタと執務室を出て食堂へ走り出した審神者。

しかし、そう言われると追いかけたくなるもの。

加州は、次の瞬間戦闘中並の速さで審神者を追いかけた。


「ぎゃあああああ!! なんって速さで追ってくるの怖いよおおおお!」

「主が逃げるからでしょー?」


叫び走る彼女に、かなり近くから呑気な声を出しながら走る加州。

元の運動能力の差もあるが、加州は修行後の修練も終えた百戦錬磨。

一般人より動かない事務作業により体力が低下の一途を辿る審神者が、彼に勝てるはずもない。

数秒もしないうちに完全に追いつかれ、短い逃亡劇は終了した。





深夜にバタバタと廊下を走った二人だが、幸いなことに誰も起きてくる気配はない。

暗い食堂に足を踏み入れ、調理場の電気をつけた審神者は、ゴソゴソと棚と冷蔵庫から調理に必要な食材を取り出していく。


「何作るの?」

「んー、あのーあれ」


あれでは分からない、そう彼は思ったが審神者の次の言葉を大人しく待った。

彼女が少し、ワクワクしているように見えたからだ。


「親がね、よく勉強してた時に夜食で作ってくれたの」

「うどん?」


冷凍うどんを電子レンジで解凍し始めた審神者の行動に、加州はそう聞いた。

審神者は、ふふっと楽しそうに笑う。


「焼うどん。食べたことある?」

「ない」

「じゃあ楽しみにしてて。すぐ出来るから」

「なんか手伝うよ」

「ほんと? 助かるー! ニンジンと白菜切って、ザクザクと」

「はーい」


加州が野菜を切る間、審神者は合わせ調味料を作り、フライパンを温め始めた。

二人分の野菜は少ない。

加州が切り終えると、審神者はすぐに炒め始める。


「電子レンジ鳴ったよー」

「袋開けてここに入れてー」


審神者の指示通り、うどんを入れる加州。

うどんに少し焦げ目がつき、野菜が完全に火が通ったのを確認した審神者は、合わせ調味料を加え混ぜ合わせた。


「はいっ、完成!」


綺麗に混ざり合ったら、さらに盛り付けて完成。


「早いね」

「お手軽で美味しい夜食なの」

「主が料理してるところなんて、初めて見たから驚いた。上手だね」

「簡単なのしか作れないよ。しかも今日は加州に手伝ってもらったし」


ありがとう。そう審神者が微笑んで言うと、加州も笑って彼女の頬を撫でた。

何事かと驚いた審神者に、彼はちゅっと音を立てて彼女の唇を啄んだ。


「…………っ?!」


思わずバッと審神者が離れ、口を手で覆う。

顔を真っ赤にし、今にも叫び出しそうな彼女に加州は声を上げて笑った。


「可愛い、主。これ執務室に持っていくね」


さらりと言い残し、先に調理場を後にした加州に審神者はしばらく赤面した。




「……くそー、やられた」


審神者は、両頬を手で抑える。

簡単には治らないであろう赤面顔を、また彼に見られてしまった。

しかも先程、彼は少し前に言ったことと真逆のことを言った。


「どっちよーもう」


不貞腐れながらも、その声はどこか嬉しそうだ。


「しょうがない。お茶でも淹れてあげよう!」


単純な審神者は彼の言葉に一喜一憂しながらも、執務室へ戻り夜食を二人で食べた。

その日、朝方まで仕事は終わらなかった。
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