加州清光
「…………なんか、やだ」
指折り数え、パタリと机に突っ伏す審神者。
ここ一週間、加州に会ってない。
彼は修行を終え進化して帰ってきた。
それに合わせ、新たな戦場で短刀と共に戦うことが増えた。
夜戦が増え、朝に仮眠を取る昼夜逆転の生活が続く加州。
それに比べ、審神者は朝からここ最近頻発する政府からの特別任務の為、何度も現世での定例会への参加を余儀なくされていた。
帰宅は日が沈んでからで、その頃には夜戦部隊は出陣している。
「見事な入れ違い……」
彼といると動悸が激しくなるので、審神者としては落ち着いた一週間を過ごせているはずなのだが。
「いやいや、慣れ過ぎたからでしょ」
(恋ではない。家族、そう家族が忙しくて会ってないなー寂しいなー的なアレよ)
そうだそうだと、何度も自分にそう言い聞かせる審神者。
「一刻前から挙動不審だぞ、主」
ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みでそう審神者を小突いたのは、鶴丸国永である。
本日の近侍であり、先程から仕事をしていたのは彼だけである。
審神者は脳内で一人討論に勤しんでいた。
「うるさい鶴丸」
「お? 怒った顔も入れれば正に百面相だな」
両手でグイッと眉を上げて見せる鶴丸に、審神者は苛立ちを募らせる。
だが、怒る寸前で深呼吸。
彼は人をからかって遊ぶのが大好物である。
彼の言葉に乗せられてはならない。
これは政府の定例会でも毎度話題に上がる。
刀剣達の言動に乗せられてはならない。
彼等に約束をしてはならない。
刀剣の言葉に惑わされ、神隠しに遭う者や歴史修正主義者に願える者が後を絶たないことは政府も認知しており、事は深刻だと彼等も頭を抱えている。
「あー、めんどくさいっ」
書き留めていた巻物を放り投げる審神者。
投げられた巻物は畳に落ち、転がりながら書面を広げた。
それは加州が近侍の時にまとめていた巻物だった。
刀剣にも字に特徴があるんだなと、ぼんやり巻物を眺める審神者。
拾う様子のない審神者に一つため息をついた鶴丸は、その巻物を代わりに拾った。
「主、少し休め。これでは仕事にならんだろう」
巻物を元の位置に戻しながら、鶴丸はピシャリと審神者へ告げた。
頭を切り替えろ、と。
審神者とて、今の自分が仕事に集中出来ていないことは理解していた。
普通の企業と違い、ここは戦場の中でいう司令室。
全ての状況を把握し最善の手を考える場であり、それを上に報告する義務がある仕事だ。
自身の今日までを振り返り、審神者は項垂れた。
「ごめんなさい。お茶入れてきます」
トボトボと部屋から出て行った審神者に、鶴丸は再びため息をついた。
「難儀なことだ…………だが、少し羨ましいな」
ぽそりと呟かれた声は闇に消えた。
そして、走って戻ってきた審神者に彼は度肝を抜かれた。
髪を振り乱し、空のコップ片手に障子を勢い良く開け放った審神者は、先ほどとは別人のように意気揚々としている。
「っしゃー! 仕事!」
「おいおい、茶はどうした?」
「忘れた! ささっと片付けよう!」
彼女にどんな心境の変化があったかは不明だが、それでもやはりしょぼくれた顔より笑顔の審神者を見る方が好ましいと、鶴丸は静かに笑った。
(なーんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろうか。手紙書けばいいのよ!)
通信機器はあるが、互いの行動中に会話できるほどの余裕はない。
互いの時間のある時に読めるものが良いのだ。
そしてそれは、今の通信機器では伝わらない思いも届けてくれるような気がする。
審神者は自身の頭上についた電球が光る瞬間を見た気がした。
鶴丸との本日の業務を終えた審神者は、さっさと彼を執務室から追い出し便箋を手に取った。
「えー、加州清光サマ。堅苦しくなくて良いよね? お疲れさまっと」
名前、そして一行書き彼女の手が止まる。
「…………書くこと思い浮かばない」
会いたい、なんて小っ恥ずかしいことは書けない。
ただ、元気にしてるか、会わない間にあった他愛ない出来事を共有出来ればと思ってのことだった。
だが果たしてそれは、彼にとっても同じなのだろうか。
彼は審神者の面倒を見なくて済んで、ほっとしている可能性もあるのではないだろうか。
この本丸では、誰も審神者に反対しない。
常に距離感が保たれているため、誰も彼女が悪いことをしても突っ込んだところまで関わらないから、ただ許容されるのだ。
それが本心かは別として。
距離感を保ち接してきたことが、ここに来て仇となった。
彼の気持ちも、誰の気持ちも審神者にはわからない。
手紙を渡して、面倒だと思われたら悲しすぎる。
そう考えてしまうと、筆が止まる。
「……ふ、負担にならない短文にしよう。そうしよう」
加州清光 様
お疲れさま。
元気?
戦場が落ち着いたら、また遊ぼうね。
審神者
社交辞令?
いやいや、加州にだけ手紙ってのも他の刀剣より贔屓しちゃってるんだし、これぐらいが無難でしょう。
そう結論付けて、審神者は加州の部屋の障子に手紙を挟んだ。
(ポストないの不便だな……)
同じ本丸に住んでいて何を言ってるんだという話になるが、今日ばかりはそう思わずにいれない審神者である。
次の日の早朝、身支度をして障子を開けると手紙が落ちた。
慌てて拾い上げると、審神者様と加州の字で書かれた封筒だ。
ビリビリと品のない開け方をして便箋を取り出す。
審神者 様
目も眩むような真夏の日差しが、審神者様の発展を後押ししていることと存じます。
昨晩は素敵なお手紙をいただき有り難うございました。
帰還の際、万屋に立ち寄りました。
審神者様は水羊羹がお好きと以前伺いましたので、よろしければお召し上がりください。
まだまだ多忙な日々が続きますが、どうかご自愛ください。
加州清光
「すごい丁寧な手紙返ってきた!!」
思わず本音が漏れる。
すると、カタンと廊下から物音がした。
審神者が慌てて出ると、忍び足で去って行こうとする加州の背中が見え、思わず彼女は呼び止めた。
「ありがとう!」
審神者の言葉に、加州は苦笑した。
「こちらこそ。返事待ってるね」
あと、足元。と指差す方へ目を向けると、そこには可愛く包装された四角い箱があった。
「あ、水羊羹!」
久しぶりに見た加州は一瞬で、彼はもう顔を上げた時にはいなくなっていたけれど、審神者の気持ちは充分満たされていた。
夏の爽やかさに負けない程の清々しい気持ちを胸に、二人は今日も戦い続けるのだ。
「「おっしゃー! 頑張ろっ!」」
指折り数え、パタリと机に突っ伏す審神者。
ここ一週間、加州に会ってない。
彼は修行を終え進化して帰ってきた。
それに合わせ、新たな戦場で短刀と共に戦うことが増えた。
夜戦が増え、朝に仮眠を取る昼夜逆転の生活が続く加州。
それに比べ、審神者は朝からここ最近頻発する政府からの特別任務の為、何度も現世での定例会への参加を余儀なくされていた。
帰宅は日が沈んでからで、その頃には夜戦部隊は出陣している。
「見事な入れ違い……」
彼といると動悸が激しくなるので、審神者としては落ち着いた一週間を過ごせているはずなのだが。
「いやいや、慣れ過ぎたからでしょ」
(恋ではない。家族、そう家族が忙しくて会ってないなー寂しいなー的なアレよ)
そうだそうだと、何度も自分にそう言い聞かせる審神者。
「一刻前から挙動不審だぞ、主」
ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みでそう審神者を小突いたのは、鶴丸国永である。
本日の近侍であり、先程から仕事をしていたのは彼だけである。
審神者は脳内で一人討論に勤しんでいた。
「うるさい鶴丸」
「お? 怒った顔も入れれば正に百面相だな」
両手でグイッと眉を上げて見せる鶴丸に、審神者は苛立ちを募らせる。
だが、怒る寸前で深呼吸。
彼は人をからかって遊ぶのが大好物である。
彼の言葉に乗せられてはならない。
これは政府の定例会でも毎度話題に上がる。
刀剣達の言動に乗せられてはならない。
彼等に約束をしてはならない。
刀剣の言葉に惑わされ、神隠しに遭う者や歴史修正主義者に願える者が後を絶たないことは政府も認知しており、事は深刻だと彼等も頭を抱えている。
「あー、めんどくさいっ」
書き留めていた巻物を放り投げる審神者。
投げられた巻物は畳に落ち、転がりながら書面を広げた。
それは加州が近侍の時にまとめていた巻物だった。
刀剣にも字に特徴があるんだなと、ぼんやり巻物を眺める審神者。
拾う様子のない審神者に一つため息をついた鶴丸は、その巻物を代わりに拾った。
「主、少し休め。これでは仕事にならんだろう」
巻物を元の位置に戻しながら、鶴丸はピシャリと審神者へ告げた。
頭を切り替えろ、と。
審神者とて、今の自分が仕事に集中出来ていないことは理解していた。
普通の企業と違い、ここは戦場の中でいう司令室。
全ての状況を把握し最善の手を考える場であり、それを上に報告する義務がある仕事だ。
自身の今日までを振り返り、審神者は項垂れた。
「ごめんなさい。お茶入れてきます」
トボトボと部屋から出て行った審神者に、鶴丸は再びため息をついた。
「難儀なことだ…………だが、少し羨ましいな」
ぽそりと呟かれた声は闇に消えた。
そして、走って戻ってきた審神者に彼は度肝を抜かれた。
髪を振り乱し、空のコップ片手に障子を勢い良く開け放った審神者は、先ほどとは別人のように意気揚々としている。
「っしゃー! 仕事!」
「おいおい、茶はどうした?」
「忘れた! ささっと片付けよう!」
彼女にどんな心境の変化があったかは不明だが、それでもやはりしょぼくれた顔より笑顔の審神者を見る方が好ましいと、鶴丸は静かに笑った。
(なーんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろうか。手紙書けばいいのよ!)
通信機器はあるが、互いの行動中に会話できるほどの余裕はない。
互いの時間のある時に読めるものが良いのだ。
そしてそれは、今の通信機器では伝わらない思いも届けてくれるような気がする。
審神者は自身の頭上についた電球が光る瞬間を見た気がした。
鶴丸との本日の業務を終えた審神者は、さっさと彼を執務室から追い出し便箋を手に取った。
「えー、加州清光サマ。堅苦しくなくて良いよね? お疲れさまっと」
名前、そして一行書き彼女の手が止まる。
「…………書くこと思い浮かばない」
会いたい、なんて小っ恥ずかしいことは書けない。
ただ、元気にしてるか、会わない間にあった他愛ない出来事を共有出来ればと思ってのことだった。
だが果たしてそれは、彼にとっても同じなのだろうか。
彼は審神者の面倒を見なくて済んで、ほっとしている可能性もあるのではないだろうか。
この本丸では、誰も審神者に反対しない。
常に距離感が保たれているため、誰も彼女が悪いことをしても突っ込んだところまで関わらないから、ただ許容されるのだ。
それが本心かは別として。
距離感を保ち接してきたことが、ここに来て仇となった。
彼の気持ちも、誰の気持ちも審神者にはわからない。
手紙を渡して、面倒だと思われたら悲しすぎる。
そう考えてしまうと、筆が止まる。
「……ふ、負担にならない短文にしよう。そうしよう」
加州清光 様
お疲れさま。
元気?
戦場が落ち着いたら、また遊ぼうね。
審神者
社交辞令?
いやいや、加州にだけ手紙ってのも他の刀剣より贔屓しちゃってるんだし、これぐらいが無難でしょう。
そう結論付けて、審神者は加州の部屋の障子に手紙を挟んだ。
(ポストないの不便だな……)
同じ本丸に住んでいて何を言ってるんだという話になるが、今日ばかりはそう思わずにいれない審神者である。
次の日の早朝、身支度をして障子を開けると手紙が落ちた。
慌てて拾い上げると、審神者様と加州の字で書かれた封筒だ。
ビリビリと品のない開け方をして便箋を取り出す。
審神者 様
目も眩むような真夏の日差しが、審神者様の発展を後押ししていることと存じます。
昨晩は素敵なお手紙をいただき有り難うございました。
帰還の際、万屋に立ち寄りました。
審神者様は水羊羹がお好きと以前伺いましたので、よろしければお召し上がりください。
まだまだ多忙な日々が続きますが、どうかご自愛ください。
加州清光
「すごい丁寧な手紙返ってきた!!」
思わず本音が漏れる。
すると、カタンと廊下から物音がした。
審神者が慌てて出ると、忍び足で去って行こうとする加州の背中が見え、思わず彼女は呼び止めた。
「ありがとう!」
審神者の言葉に、加州は苦笑した。
「こちらこそ。返事待ってるね」
あと、足元。と指差す方へ目を向けると、そこには可愛く包装された四角い箱があった。
「あ、水羊羹!」
久しぶりに見た加州は一瞬で、彼はもう顔を上げた時にはいなくなっていたけれど、審神者の気持ちは充分満たされていた。
夏の爽やかさに負けない程の清々しい気持ちを胸に、二人は今日も戦い続けるのだ。
「「おっしゃー! 頑張ろっ!」」