五条悟
新年初イベント、お正月抜きで考えるとみんなは何を思い浮かべるだろう。
私は、バレンタインだと思う。
成人式は、まだ学生の私には先の話だからかもしれない。
節分も、私の中では恵方巻きを食べて終わるから楽しみも少ないものでしかない。
呪術師が通う、高等専門学校でもバレンタインのイベントは例外ではなかった。
「もーすぐバレンタインだねぇ?」
授業後、野薔薇とのんびり帰宅していると、ふと背後から声をかけられた。
男の人にしては高く、ヘラヘラとした教師らしくない声。
目を覆う黒い布で、いつもその先生の目が見えなくて、真意を測りかねる。
「……そうですね」
私が先生を気まずそうに見上げると、反対側を歩いていた野薔薇が、嫌そうに顔を歪めて言い放った。
「先生うざい」
「酷いよ野薔薇! 年に一度の女の子が頑張る日でしょ?! 俺の為に!」
「なんで私らが先生にあげなきゃなんないのよ」
野薔薇にね?と問われ、私は曖昧に笑うしか出来なかった。
五条先生を好きな事は、誰にも話したことがなかった。
多分、誰にもバレていないはず。
先生を好きだなんて、野薔薇にも真希先輩にも言えない。
「はぁ?! 何でよりにもよってこのバカ?!」
「病院行け! バカが感染る前に!」
(あぁ、二人に言われそうなことが目に浮かぶ…)
「二人ともくれないの? 先生、すごく期待してるのに…」
寂しそうに言う先生が少し可愛くて、あげますよ、と言いたくなる言葉を何とか飲み込んで野薔薇を見た。
「…あ、そうだ! 野薔薇はどんなチョコがいい?」
「あれ? あれれ〜? 二人とも、先生のことナチュラルに無視してない? 酷くないっ?!」
「え?くれるの?」
「もちろん!」
「っ! 嬉しい! じゃあ一緒に作らない?!」
「いいね! じゃあ真希さんのは一緒に作ろ!」
「賛成! そうと決まれば買い出しに行くわよー!」
野薔薇に手を引かれる形で、先生を置き去りにしていく。
「えー…」
先生が、ヒョロヒョロと力を抜き項垂れていく。
野薔薇が前しか見てないのをみて、ふと後ろで置いてけぼりにされた先生へ手を振った。
「五条先生、さよーならー」
「アンタって真面目ねぇ」
「そうかな?」
先生からの返事は聞こえなかったし、顔も見えないぐらい離れてしまったけど、手を振り返してくれたのは見えた。
(それだけでも嬉しい、なんておかしいのかな…)
「はぁ、全く…………なんで、あんな笑顔なのかねぇ、あの子は……困るな、ホント。可愛い」
遠かったから、もう離れてしまっていたから、先生が曖昧に苦笑していたなんて、私は知らなかった。
あげたら先生は喜んでくれるだろうか?
食べてくれるだろうか?
受け取ってもらえるのだろうか?
「えー? ほんとにくれるの? あれ冗談だったんだけどなぁ」
(言いそう、あの人そういうこと言いそう! すっごく! そうだったら悲しすぎる!)
妄想中の先生は、いつも通りの声音でそんなことを言っていた。
その可能性も大いに有り得る。
(でも…渡したい……呪術師は、いつ何があるかわかんないし…)
常に死が近くにある。
私だけじゃない、この学校に通う学生も先生も、みんながそんな状況に身を置いている。
当たり前の明日が、約束されていない。
(…けど……だからこそ)
野薔薇と高専近くのデパートに行き、私たちはチョコの材料を買い込んだ。
「呪術師らしく、呪いでも仕込んでおきたいわね」
「野薔薇こわっ!」
「冗談よ」
「目が本気だったよ…」
「これ、生クリームはどれぐらい入れるの?」
「え? あ、ちょっと待って!」
私は、慌ててスマホで見ているレシピを確認する。
「溶かしたチョコの量が、書いてあるのより…1.5倍だから……この分量の1.5倍!」
「はいよー」
その後も、野薔薇と二人でチョコと格闘しながら完成させた。
「チョコ焦がした時は終わったと思ったけど、出来たね!」
「うん! 可愛いし、真希さんも喜んでくれるね!」
「ね!」
二人でわいわい、きゃいきゃいと騒いでいると、インターホンが鳴った。
私の部屋で作っていたので、私が出ると虎杖と伏黒だった。
「次の任務? あ、そうだ! その前にちょっと味見しない? ねぇ、野薔薇! いいよね?」
「仕方ないわね、上がりなさいよ」
「何でお前そんな上から目線なんだよ…」
「あ! すげー甘くていい匂い!」
伏黒が野薔薇に呆れる一方で、虎杖は完成品が並ぶチョコに目をキラキラとさせた。
「二人の分は別であるから、これは真希先輩用! 美味しいか味見して?」
「え? まじ!? 俺らの分もあるってよ伏黒! うれしーっ!!」
「……ん」
(ほんと感情表現の出方真逆の二人だな…)
二人とものお墨付きを貰ったチョコは、丁寧にラッピングした。
「次の任務明日みたいだし、早めに渡しに行こっか。あ、じゃあ早いけど二人にも渡す?」
「そうね、有難く頂戴し三十倍にして返しなさい」
「だからなんでお前は「おぉ! サンキューな! 二人とも!!」……虎杖…」
ふふん、と上機嫌な野薔薇に少し笑う。
真希さんへ私と決めてお店に行ってから、多めに買おうと言ったのは私だけど、二人にも渡そうと言い出したのは野薔薇だ。
(素直じゃない)
クスクスと笑っていると、野薔薇と目が合い彼女は顔を真っ赤にして怒った。
「もう! 早く真希さんとこ行くよ!」
「あ、待ってよ野薔薇! 二人とも、また後で任務のこと聞くね!」
先生の分をしっかり冷蔵庫に入れて、私は野薔薇の後を追った。
「真希さ〜ん!」
野薔薇の声が聞こえたのか、彼女は振り返り私と野薔薇を見て挨拶代わりにスッと手を挙げた。
その姿は格好良く、潔くさっぱりとした印象を受ける。
私は、真希さんのそんな姿に憧れている。
そして、二人で真希さんの前にやってきて「せ〜の」と声を合わせた。
「「真希さん、ハッピーバレンタイン!」」
そう言ってラッピングした袋を渡せば、一瞬呆けた顔をした真希さんはブハッと吹き出して笑った。
「何の用かと思ったよ…さんきゅ」
少しはにかみ、頬を赤く染めながらも、しっかりと私達と目を合わせてお礼を言うその姿はやっぱり格好良い。
「アンタは、五条にはもうあげたの?」
やっぱり真希さんは…………はい?
「はい?」
「まだっすよ。さっき冷蔵庫に入れてるの見ました」
「え、ちょ、ちょ……は?」
「あー、こいつ気付かれてないとでも思ってたのかよ」
「私らが気付かないわけないじゃん。ねぇ、真希さん」
「は!? なんで!? だって、何にも……」
あっけらかんと気付いているに決まっているだろうと二人から言い切られた私は、頭が真っ白になる。
だって二人は、今まで一度も私の好きな人を聞いて来たことなんてなかった。
「いや、気付くでしょ普通。あれだけ先生の前でだけ顔赤くなってれば、誰でも分かるでしょ」
「バレバレだっつってんだよ、馬鹿」
「じゃあ、なんで…………一回も、聞かれたこと…」
「どうせ私らが馬鹿にしたりすると思って言えなかったんでしょ?」
「ほんと馬鹿だよなぁ」
「ちょっと!? さっきからばかばかって、酷い」
私が尻すぼみになりながらそう言うと、二人は可笑しそうに笑った。
「私らが、アンタの好きになったやつを否定したりするわけないでしょ」
「まぁ確かに、アイツが相手じゃ色々言いたくはなるけど…」
「そうですね、こんなに可愛いのにそれが五条先生のモノになるかと思うと、それは嫌かも」
「あの馬鹿は信頼出来るやつだ。そんなアイツを好きになったアンタを、否定なんてするわけないだろ」
「そうそう」
「真希さん、野薔薇……ありがと」
「何に礼言ってんの? てか、勝負はこれからなんだろ?」
「そうそうチョコ渡すってことは告るんでしょ? 運命の日じゃん」
「え? いやいやいやっ! チョコ渡すだけだから! 告るとかそんな度胸ないよ!」
「はぁ!? 何寝ぼけたこと言ってんだ! 渡す=告白に決まってんだろ! さっさと渡して決着つけてこい!」
「真希さん鬼! 野薔薇もなんとか言ってよ!」
「は? 私も告った方がいいと思うけど?」
「味方いないじゃん!」
「いやいや味方だって言っただろ? 大丈夫だよ」
真希さんが、私の頭を優しく撫でる。
「骨は拾ってやるよ」
「優しくないじゃんかーっ!!」
うわーんと泣き真似をする私を、煩いと野薔薇に叩かれる。
「いいから行きな。頑張れ」
野薔薇に叩かれたその手は、そのまま私の背中を押す。
「あの馬鹿なら、さっき教室の方に歩いて行ってたから。追いかけろ」
真希さんは眼鏡をかけ直し、そう言って野薔薇の肩を掴んで運動場の方へ歩いて行った。
二人で今から手合わせでもするのだろう。
(そうだ……明日も会えるとは限らない…だからこそ、渡そうって決めたんだ)
「ありがとう、二人とも……」
私は、自室の冷蔵庫へと走った。
ピンク色の包装紙に包んだ、気合の入ったラッピング。
如何にもなそのチョコを持って、私は校舎を走り回っていた。
(いないんだけど先生!?)
廊下をダッシュして先生を探していると、先生が校舎から丁度出てきて森の方へ歩いていくところだった。
「げっ……森に入られたら探しにくくなっちゃう」
廊下の窓を開けて、私は今までで一番大きな声を出した。
「せんせーっ!! 止まれ!」
待って、とか可愛く言えれば良かったのだが、私には余裕がなかった。
「は? 命令? なんで?」
先生はそんなこと言いながら、歩いていた足を止めてキョロキョロと辺りを見回している。
「私が来るまで静止しててくださいっ!!」
そう言い残し、階段を滑るように降りていく。
(早く、早く……先生に)
ドタドタ、バタン!
普通の学校であれば、先生に怒られるであろう危ない階段の降り方。
途中で飛び降りるようにジャンプして、下足のドアも勢い良く開け放って、なりふり構わないその様は、校舎を出てすぐの先生に見られてしまったが、気にしてられなかった。
「すごい勢いで来たね、何俺なんかした? 怒られんの?」
命令形で先生を呼び止めたせいか、のほほんと待っていた先生はいつもの調子で戯けている。
はぁ、はぁ、と勢い良く走ってきたため息を整えている間も、先生は笑みを浮かべて待ってくれている。
そして、目敏く私の右手にあるラッピングされたものを指差した。
「あ、もしかしてそのチョコ、誰かにあげるの?」
「………………………」
「俺の分は? さっき言った時、何にも言ってくれなかったけど」
(言う、頑張る……先生に、これを…………)
「…………五条先生、バレンタインチョコ受け取ってください……ほ、本命チョコ、です」
顔は真っ赤だろう。
まともに先生の顔も見れない。
さっきの大声はどこへやらっていうぐらい、声も小さくなってしまった。
でも、言った。
ちゃんと、先生にチョコを両手で差し出す。
「……え? なんて?」
先生は、キョトンとしている。
その姿に、一生懸命言った私の気持ちが届いていないような、躱されてしまったようなそんな気持ちになり、悲しくなる。
(やっぱり、冗談だったんじゃんか……先生の、嘘つき…………)
受け取る気なんて、最初からなかったんじゃないか。
だから、そんなことを言うんだ。
声は小さくなってしまったけれど、絶対に聞こえたはず。
それぐらいの声は出ていたのに、それでも聞こえなかったフリをされる。
悲しい気持ちから鼻の奥がツンと痛くなってくる。
そして次第に、その痛みが怒りに変わってくる。
「…………本当に、聞こえなかったんですか?」
「え、あぁ、このチョコは俺にくれるってこと?」
「本命チョコです」
「……はい?」
決定的だ。
「受け取ってくれないなら、胃瘻にしてでも流し込みます!」
なんとも強制力のある言葉が、怒りのあまり自分の口から飛び出した。
彼は五体満足で嚥下状態も良好、胃瘻になどする必要はないし、していないのに私の口からは思わずそんな単語を叫んでいた。
ショックのあまり、頭と口が繋がっている気がしない。
今の私なら、何を言い出すか自分でもわからなかった。
「いやいやいや、ちょっと待って。胃瘻って、それ面白いけど……」
「私は本気です! 全部!」
「本当に?」
先生は、いつの間にか戯けた調子の話し方ではなくなってしまっていた。
ゆっくりと森に歩き出した先生は、私を見る。
(ついてこいってこと……?)
隣を歩きながら、先生を見る。
「……本当に、俺のこと好きなの?」
先生は、相変わらず目を覆う布があって本心が見えないが、いつもと違って落ち着いた低い声にどきっとする。
「す、好きです……」
「それは、教師として? 仲間として?」
「……お、男の人として…です」
「そう……じゃあ、俺とキスしたい、とか?」
先生の言葉からキス、と言われ小さな石に思わず躓いた。
自力で立て直したが、先生の顔が見れない。
私の顔は、ずっと赤いままだ。
「……そ、れは…………わからないですけど、先生ともっと一緒にいたいです」
「一緒にいて、どうするの?」
「傍にいて欲しいし、いたいです。先生が悲しい時は、一緒に悲しんで…嬉しい時も一緒に喜んだり、したいです」
「……そう」
「先生は、そういうの……したいんですか?」
聞き返すと、先生は立ち止まった。
そして、徐に私の方を向く。
「…………うん、したい。すごく」
先生の声が、言葉が、背中をぞくりとさせた。
ゆっくりと、先生の手が私の頬へ伸びてくる。
いつの間にか布を外した先生と目が合う。
「でも、俺これでも教師だからさ…そんなこと出来ないんだよね、一応」
そういって、先生の親指が私の唇を撫でていく。
「一緒に、って言うのはさ……呪術師やってりゃ、かなり難しいってことはわかるよね?」
「分かってます。でも、好きな気持ちは言わなきゃと思って……」
「うん」
「明日も生きてるとは限らないから……」
「そうだね。でも、俺は最強だから」
「…………チョコ、いらないですか?」
まだ受け取ってもらえないチョコは、私の手の中だ。
「俺は、いつでも君を守ってあげられるわけじゃない」
「分かってます」
「君を見捨てでも、任務遂行を優先するし」
「呪術師として生きてれば、当然です」
「君と付き合ったらロリコンって言われるだろうし」
「年齢的にはそう見えますね。精神的には私の方が大人ですけど」
「えー、それはないでしょ」
「ありますよ。先生馬鹿ですから」
「ひどっ! 普通好きな人に向かってそう言うこと言う?!」
真剣な会話から、他愛ない会話へ。
こんなやりとりはしょっちゅうで、いつも通りだ。
真剣な先生の目も、声も、私は一生忘れられないだろう。
途中で茶化したって、私の脳裏にはさっきの先生の姿が目に焼き付いている。
「先生が馬鹿でも、好きなものはしょうがないじゃないですか…先生は?」
私はきっと、先生と同じような目をしてる。
目は口ほどに物を言う、って誰が言ったんだろう。
私は今日、初めてその言葉は本当なのだと知った。
先生をまっすぐに見つめて、その視線に受けて立つ。
すると、私が持っていたチョコが奪われてその手を見ようとすると、手を痛いぐらいぎゅっと掴まれて関節が外れそうなほど強く引っ張られた。
「……好きに決まってるでしょ」
「知ってました」
「…………可愛くない」
「ふふっ、呪術師を志してるんですよ? 可愛いより、強いって言われる方が嬉しいです」
ぎゅう、と強く抱き締められる。
痛いぐらい、先生に強く求められている気がして、そっと彼の背中に手を回す。
ドキドキと心臓の音が強すぎるぐらい鳴っているが、それは先生も同じだった。
最初から二人して鼓動の音がピッタリと合っていて、こんなに先生もドキドキしているのかと思うと、とても嬉しく感じた。
「嘘だよ。可愛い、可愛いよ」
抱き寄せられたまま、耳元にそう吹きかけるように呟かれる。
「好きって言ってくれて、嬉しい。可愛い、大好きだよ」
甘く、とろけるようなその声に、きゅぅっと胸が締め付けられそうだ。
「せ、先生……」
「チョコ、ありがとう」
「う、うん…………」
「顔、真っ赤だね」
「先生のせい」
「じゃあ嬉しいな」
「先生だって、心臓バクバク言ってる」
「可愛いからね」
「なんで飄々としてるの悔しい」
「大人ですから」
「……あと先生苦しい」
「ほんと? じゃあもうちょっとだけ」
少し緩められた先生の腕の中で、私は暫く先生の甘く囁く声に翻弄された。
「……先生、ゲロ甘」
「え? こんなの序の口だよ? 早く成人して欲しいなぁ」
「なんで?」
「18禁解禁して欲しいなって」
「…………」
「何?」
「………………先生のえっち」
「大人はみんなそうなんだよ」
「真希さん達に報告してくる」
「ちょ、なんで!?」
「事の顛末話す約束してるから」
「だめだよ! 俺がめっちゃ怒られるから!」
「うん。だからこそ」
「なんで!? 先生のこと好きなんじゃないの!?」
「それとこれとは別」
「あー、待って待って!」
先生にしがみつかれたが、それでも引きずって真希さんと野薔薇の元へ向かった私は、全てを包み隠さず報告し、先生は二人から軽蔑されていた。
「えー、だって当然の欲求じゃない?」
「それをありのまま曝け出すなキモい」
「ちょっと、ほんとにこんなのと付き合うの? 心配になってきた」
「うーん、そうだよねぇ」
「ちょっと!? さっき告白してくれたのに?!」
さっきの甘い先生と違う、いつもの戯けた口調に思わず笑ってしまう。
いつもの先生なら大丈夫だ。
さっきの先生の言葉の数々は、心臓に悪い。
ドキドキするし、胸も締め付けられそうだった。
物理的にも、精神的にも。
「うそうそ、ちょっと引いちゃったけどちゃんと好きだよ」
「引いたんだ、やっぱり」
「そりゃ当然だろうな」
「せんせーってば、酷いな!」
「だからモテないんですよ」
いつの間にやら加わった虎杖と伏黒にも軽蔑された先生は、すっかり落ち込んでしまった。
だが、こうして私と五条先生はみんな公認の元、付き合うこととなった。
「チョコ、ちゃんと食べてくださいね」
「うん、食べるよ……しっかし、さっきの胃瘻は笑ったなー」
誰にも聞こえないように、先生に伝えるとそんな返答が返ってきた。
ムッとして言い返そうとしたが、次の言葉に私は力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
「大好きな俺にチョコを受け取って欲しくて必死な君が、可愛くて君ごと食べちゃいたかったよ」
今度もう一回聞かせてね。
低く、先生特有の声が耳から脳へ伝わり痺れていく。
「ぜ、絶対に言わないんだからーっ!!!」
先生のしたり顔がやけに腹立たしく、愛おしく感じられた一日だった。
私は、バレンタインだと思う。
成人式は、まだ学生の私には先の話だからかもしれない。
節分も、私の中では恵方巻きを食べて終わるから楽しみも少ないものでしかない。
呪術師が通う、高等専門学校でもバレンタインのイベントは例外ではなかった。
「もーすぐバレンタインだねぇ?」
授業後、野薔薇とのんびり帰宅していると、ふと背後から声をかけられた。
男の人にしては高く、ヘラヘラとした教師らしくない声。
目を覆う黒い布で、いつもその先生の目が見えなくて、真意を測りかねる。
「……そうですね」
私が先生を気まずそうに見上げると、反対側を歩いていた野薔薇が、嫌そうに顔を歪めて言い放った。
「先生うざい」
「酷いよ野薔薇! 年に一度の女の子が頑張る日でしょ?! 俺の為に!」
「なんで私らが先生にあげなきゃなんないのよ」
野薔薇にね?と問われ、私は曖昧に笑うしか出来なかった。
五条先生を好きな事は、誰にも話したことがなかった。
多分、誰にもバレていないはず。
先生を好きだなんて、野薔薇にも真希先輩にも言えない。
「はぁ?! 何でよりにもよってこのバカ?!」
「病院行け! バカが感染る前に!」
(あぁ、二人に言われそうなことが目に浮かぶ…)
「二人ともくれないの? 先生、すごく期待してるのに…」
寂しそうに言う先生が少し可愛くて、あげますよ、と言いたくなる言葉を何とか飲み込んで野薔薇を見た。
「…あ、そうだ! 野薔薇はどんなチョコがいい?」
「あれ? あれれ〜? 二人とも、先生のことナチュラルに無視してない? 酷くないっ?!」
「え?くれるの?」
「もちろん!」
「っ! 嬉しい! じゃあ一緒に作らない?!」
「いいね! じゃあ真希さんのは一緒に作ろ!」
「賛成! そうと決まれば買い出しに行くわよー!」
野薔薇に手を引かれる形で、先生を置き去りにしていく。
「えー…」
先生が、ヒョロヒョロと力を抜き項垂れていく。
野薔薇が前しか見てないのをみて、ふと後ろで置いてけぼりにされた先生へ手を振った。
「五条先生、さよーならー」
「アンタって真面目ねぇ」
「そうかな?」
先生からの返事は聞こえなかったし、顔も見えないぐらい離れてしまったけど、手を振り返してくれたのは見えた。
(それだけでも嬉しい、なんておかしいのかな…)
「はぁ、全く…………なんで、あんな笑顔なのかねぇ、あの子は……困るな、ホント。可愛い」
遠かったから、もう離れてしまっていたから、先生が曖昧に苦笑していたなんて、私は知らなかった。
あげたら先生は喜んでくれるだろうか?
食べてくれるだろうか?
受け取ってもらえるのだろうか?
「えー? ほんとにくれるの? あれ冗談だったんだけどなぁ」
(言いそう、あの人そういうこと言いそう! すっごく! そうだったら悲しすぎる!)
妄想中の先生は、いつも通りの声音でそんなことを言っていた。
その可能性も大いに有り得る。
(でも…渡したい……呪術師は、いつ何があるかわかんないし…)
常に死が近くにある。
私だけじゃない、この学校に通う学生も先生も、みんながそんな状況に身を置いている。
当たり前の明日が、約束されていない。
(…けど……だからこそ)
野薔薇と高専近くのデパートに行き、私たちはチョコの材料を買い込んだ。
「呪術師らしく、呪いでも仕込んでおきたいわね」
「野薔薇こわっ!」
「冗談よ」
「目が本気だったよ…」
「これ、生クリームはどれぐらい入れるの?」
「え? あ、ちょっと待って!」
私は、慌ててスマホで見ているレシピを確認する。
「溶かしたチョコの量が、書いてあるのより…1.5倍だから……この分量の1.5倍!」
「はいよー」
その後も、野薔薇と二人でチョコと格闘しながら完成させた。
「チョコ焦がした時は終わったと思ったけど、出来たね!」
「うん! 可愛いし、真希さんも喜んでくれるね!」
「ね!」
二人でわいわい、きゃいきゃいと騒いでいると、インターホンが鳴った。
私の部屋で作っていたので、私が出ると虎杖と伏黒だった。
「次の任務? あ、そうだ! その前にちょっと味見しない? ねぇ、野薔薇! いいよね?」
「仕方ないわね、上がりなさいよ」
「何でお前そんな上から目線なんだよ…」
「あ! すげー甘くていい匂い!」
伏黒が野薔薇に呆れる一方で、虎杖は完成品が並ぶチョコに目をキラキラとさせた。
「二人の分は別であるから、これは真希先輩用! 美味しいか味見して?」
「え? まじ!? 俺らの分もあるってよ伏黒! うれしーっ!!」
「……ん」
(ほんと感情表現の出方真逆の二人だな…)
二人とものお墨付きを貰ったチョコは、丁寧にラッピングした。
「次の任務明日みたいだし、早めに渡しに行こっか。あ、じゃあ早いけど二人にも渡す?」
「そうね、有難く頂戴し三十倍にして返しなさい」
「だからなんでお前は「おぉ! サンキューな! 二人とも!!」……虎杖…」
ふふん、と上機嫌な野薔薇に少し笑う。
真希さんへ私と決めてお店に行ってから、多めに買おうと言ったのは私だけど、二人にも渡そうと言い出したのは野薔薇だ。
(素直じゃない)
クスクスと笑っていると、野薔薇と目が合い彼女は顔を真っ赤にして怒った。
「もう! 早く真希さんとこ行くよ!」
「あ、待ってよ野薔薇! 二人とも、また後で任務のこと聞くね!」
先生の分をしっかり冷蔵庫に入れて、私は野薔薇の後を追った。
「真希さ〜ん!」
野薔薇の声が聞こえたのか、彼女は振り返り私と野薔薇を見て挨拶代わりにスッと手を挙げた。
その姿は格好良く、潔くさっぱりとした印象を受ける。
私は、真希さんのそんな姿に憧れている。
そして、二人で真希さんの前にやってきて「せ〜の」と声を合わせた。
「「真希さん、ハッピーバレンタイン!」」
そう言ってラッピングした袋を渡せば、一瞬呆けた顔をした真希さんはブハッと吹き出して笑った。
「何の用かと思ったよ…さんきゅ」
少しはにかみ、頬を赤く染めながらも、しっかりと私達と目を合わせてお礼を言うその姿はやっぱり格好良い。
「アンタは、五条にはもうあげたの?」
やっぱり真希さんは…………はい?
「はい?」
「まだっすよ。さっき冷蔵庫に入れてるの見ました」
「え、ちょ、ちょ……は?」
「あー、こいつ気付かれてないとでも思ってたのかよ」
「私らが気付かないわけないじゃん。ねぇ、真希さん」
「は!? なんで!? だって、何にも……」
あっけらかんと気付いているに決まっているだろうと二人から言い切られた私は、頭が真っ白になる。
だって二人は、今まで一度も私の好きな人を聞いて来たことなんてなかった。
「いや、気付くでしょ普通。あれだけ先生の前でだけ顔赤くなってれば、誰でも分かるでしょ」
「バレバレだっつってんだよ、馬鹿」
「じゃあ、なんで…………一回も、聞かれたこと…」
「どうせ私らが馬鹿にしたりすると思って言えなかったんでしょ?」
「ほんと馬鹿だよなぁ」
「ちょっと!? さっきからばかばかって、酷い」
私が尻すぼみになりながらそう言うと、二人は可笑しそうに笑った。
「私らが、アンタの好きになったやつを否定したりするわけないでしょ」
「まぁ確かに、アイツが相手じゃ色々言いたくはなるけど…」
「そうですね、こんなに可愛いのにそれが五条先生のモノになるかと思うと、それは嫌かも」
「あの馬鹿は信頼出来るやつだ。そんなアイツを好きになったアンタを、否定なんてするわけないだろ」
「そうそう」
「真希さん、野薔薇……ありがと」
「何に礼言ってんの? てか、勝負はこれからなんだろ?」
「そうそうチョコ渡すってことは告るんでしょ? 運命の日じゃん」
「え? いやいやいやっ! チョコ渡すだけだから! 告るとかそんな度胸ないよ!」
「はぁ!? 何寝ぼけたこと言ってんだ! 渡す=告白に決まってんだろ! さっさと渡して決着つけてこい!」
「真希さん鬼! 野薔薇もなんとか言ってよ!」
「は? 私も告った方がいいと思うけど?」
「味方いないじゃん!」
「いやいや味方だって言っただろ? 大丈夫だよ」
真希さんが、私の頭を優しく撫でる。
「骨は拾ってやるよ」
「優しくないじゃんかーっ!!」
うわーんと泣き真似をする私を、煩いと野薔薇に叩かれる。
「いいから行きな。頑張れ」
野薔薇に叩かれたその手は、そのまま私の背中を押す。
「あの馬鹿なら、さっき教室の方に歩いて行ってたから。追いかけろ」
真希さんは眼鏡をかけ直し、そう言って野薔薇の肩を掴んで運動場の方へ歩いて行った。
二人で今から手合わせでもするのだろう。
(そうだ……明日も会えるとは限らない…だからこそ、渡そうって決めたんだ)
「ありがとう、二人とも……」
私は、自室の冷蔵庫へと走った。
ピンク色の包装紙に包んだ、気合の入ったラッピング。
如何にもなそのチョコを持って、私は校舎を走り回っていた。
(いないんだけど先生!?)
廊下をダッシュして先生を探していると、先生が校舎から丁度出てきて森の方へ歩いていくところだった。
「げっ……森に入られたら探しにくくなっちゃう」
廊下の窓を開けて、私は今までで一番大きな声を出した。
「せんせーっ!! 止まれ!」
待って、とか可愛く言えれば良かったのだが、私には余裕がなかった。
「は? 命令? なんで?」
先生はそんなこと言いながら、歩いていた足を止めてキョロキョロと辺りを見回している。
「私が来るまで静止しててくださいっ!!」
そう言い残し、階段を滑るように降りていく。
(早く、早く……先生に)
ドタドタ、バタン!
普通の学校であれば、先生に怒られるであろう危ない階段の降り方。
途中で飛び降りるようにジャンプして、下足のドアも勢い良く開け放って、なりふり構わないその様は、校舎を出てすぐの先生に見られてしまったが、気にしてられなかった。
「すごい勢いで来たね、何俺なんかした? 怒られんの?」
命令形で先生を呼び止めたせいか、のほほんと待っていた先生はいつもの調子で戯けている。
はぁ、はぁ、と勢い良く走ってきたため息を整えている間も、先生は笑みを浮かべて待ってくれている。
そして、目敏く私の右手にあるラッピングされたものを指差した。
「あ、もしかしてそのチョコ、誰かにあげるの?」
「………………………」
「俺の分は? さっき言った時、何にも言ってくれなかったけど」
(言う、頑張る……先生に、これを…………)
「…………五条先生、バレンタインチョコ受け取ってください……ほ、本命チョコ、です」
顔は真っ赤だろう。
まともに先生の顔も見れない。
さっきの大声はどこへやらっていうぐらい、声も小さくなってしまった。
でも、言った。
ちゃんと、先生にチョコを両手で差し出す。
「……え? なんて?」
先生は、キョトンとしている。
その姿に、一生懸命言った私の気持ちが届いていないような、躱されてしまったようなそんな気持ちになり、悲しくなる。
(やっぱり、冗談だったんじゃんか……先生の、嘘つき…………)
受け取る気なんて、最初からなかったんじゃないか。
だから、そんなことを言うんだ。
声は小さくなってしまったけれど、絶対に聞こえたはず。
それぐらいの声は出ていたのに、それでも聞こえなかったフリをされる。
悲しい気持ちから鼻の奥がツンと痛くなってくる。
そして次第に、その痛みが怒りに変わってくる。
「…………本当に、聞こえなかったんですか?」
「え、あぁ、このチョコは俺にくれるってこと?」
「本命チョコです」
「……はい?」
決定的だ。
「受け取ってくれないなら、胃瘻にしてでも流し込みます!」
なんとも強制力のある言葉が、怒りのあまり自分の口から飛び出した。
彼は五体満足で嚥下状態も良好、胃瘻になどする必要はないし、していないのに私の口からは思わずそんな単語を叫んでいた。
ショックのあまり、頭と口が繋がっている気がしない。
今の私なら、何を言い出すか自分でもわからなかった。
「いやいやいや、ちょっと待って。胃瘻って、それ面白いけど……」
「私は本気です! 全部!」
「本当に?」
先生は、いつの間にか戯けた調子の話し方ではなくなってしまっていた。
ゆっくりと森に歩き出した先生は、私を見る。
(ついてこいってこと……?)
隣を歩きながら、先生を見る。
「……本当に、俺のこと好きなの?」
先生は、相変わらず目を覆う布があって本心が見えないが、いつもと違って落ち着いた低い声にどきっとする。
「す、好きです……」
「それは、教師として? 仲間として?」
「……お、男の人として…です」
「そう……じゃあ、俺とキスしたい、とか?」
先生の言葉からキス、と言われ小さな石に思わず躓いた。
自力で立て直したが、先生の顔が見れない。
私の顔は、ずっと赤いままだ。
「……そ、れは…………わからないですけど、先生ともっと一緒にいたいです」
「一緒にいて、どうするの?」
「傍にいて欲しいし、いたいです。先生が悲しい時は、一緒に悲しんで…嬉しい時も一緒に喜んだり、したいです」
「……そう」
「先生は、そういうの……したいんですか?」
聞き返すと、先生は立ち止まった。
そして、徐に私の方を向く。
「…………うん、したい。すごく」
先生の声が、言葉が、背中をぞくりとさせた。
ゆっくりと、先生の手が私の頬へ伸びてくる。
いつの間にか布を外した先生と目が合う。
「でも、俺これでも教師だからさ…そんなこと出来ないんだよね、一応」
そういって、先生の親指が私の唇を撫でていく。
「一緒に、って言うのはさ……呪術師やってりゃ、かなり難しいってことはわかるよね?」
「分かってます。でも、好きな気持ちは言わなきゃと思って……」
「うん」
「明日も生きてるとは限らないから……」
「そうだね。でも、俺は最強だから」
「…………チョコ、いらないですか?」
まだ受け取ってもらえないチョコは、私の手の中だ。
「俺は、いつでも君を守ってあげられるわけじゃない」
「分かってます」
「君を見捨てでも、任務遂行を優先するし」
「呪術師として生きてれば、当然です」
「君と付き合ったらロリコンって言われるだろうし」
「年齢的にはそう見えますね。精神的には私の方が大人ですけど」
「えー、それはないでしょ」
「ありますよ。先生馬鹿ですから」
「ひどっ! 普通好きな人に向かってそう言うこと言う?!」
真剣な会話から、他愛ない会話へ。
こんなやりとりはしょっちゅうで、いつも通りだ。
真剣な先生の目も、声も、私は一生忘れられないだろう。
途中で茶化したって、私の脳裏にはさっきの先生の姿が目に焼き付いている。
「先生が馬鹿でも、好きなものはしょうがないじゃないですか…先生は?」
私はきっと、先生と同じような目をしてる。
目は口ほどに物を言う、って誰が言ったんだろう。
私は今日、初めてその言葉は本当なのだと知った。
先生をまっすぐに見つめて、その視線に受けて立つ。
すると、私が持っていたチョコが奪われてその手を見ようとすると、手を痛いぐらいぎゅっと掴まれて関節が外れそうなほど強く引っ張られた。
「……好きに決まってるでしょ」
「知ってました」
「…………可愛くない」
「ふふっ、呪術師を志してるんですよ? 可愛いより、強いって言われる方が嬉しいです」
ぎゅう、と強く抱き締められる。
痛いぐらい、先生に強く求められている気がして、そっと彼の背中に手を回す。
ドキドキと心臓の音が強すぎるぐらい鳴っているが、それは先生も同じだった。
最初から二人して鼓動の音がピッタリと合っていて、こんなに先生もドキドキしているのかと思うと、とても嬉しく感じた。
「嘘だよ。可愛い、可愛いよ」
抱き寄せられたまま、耳元にそう吹きかけるように呟かれる。
「好きって言ってくれて、嬉しい。可愛い、大好きだよ」
甘く、とろけるようなその声に、きゅぅっと胸が締め付けられそうだ。
「せ、先生……」
「チョコ、ありがとう」
「う、うん…………」
「顔、真っ赤だね」
「先生のせい」
「じゃあ嬉しいな」
「先生だって、心臓バクバク言ってる」
「可愛いからね」
「なんで飄々としてるの悔しい」
「大人ですから」
「……あと先生苦しい」
「ほんと? じゃあもうちょっとだけ」
少し緩められた先生の腕の中で、私は暫く先生の甘く囁く声に翻弄された。
「……先生、ゲロ甘」
「え? こんなの序の口だよ? 早く成人して欲しいなぁ」
「なんで?」
「18禁解禁して欲しいなって」
「…………」
「何?」
「………………先生のえっち」
「大人はみんなそうなんだよ」
「真希さん達に報告してくる」
「ちょ、なんで!?」
「事の顛末話す約束してるから」
「だめだよ! 俺がめっちゃ怒られるから!」
「うん。だからこそ」
「なんで!? 先生のこと好きなんじゃないの!?」
「それとこれとは別」
「あー、待って待って!」
先生にしがみつかれたが、それでも引きずって真希さんと野薔薇の元へ向かった私は、全てを包み隠さず報告し、先生は二人から軽蔑されていた。
「えー、だって当然の欲求じゃない?」
「それをありのまま曝け出すなキモい」
「ちょっと、ほんとにこんなのと付き合うの? 心配になってきた」
「うーん、そうだよねぇ」
「ちょっと!? さっき告白してくれたのに?!」
さっきの甘い先生と違う、いつもの戯けた口調に思わず笑ってしまう。
いつもの先生なら大丈夫だ。
さっきの先生の言葉の数々は、心臓に悪い。
ドキドキするし、胸も締め付けられそうだった。
物理的にも、精神的にも。
「うそうそ、ちょっと引いちゃったけどちゃんと好きだよ」
「引いたんだ、やっぱり」
「そりゃ当然だろうな」
「せんせーってば、酷いな!」
「だからモテないんですよ」
いつの間にやら加わった虎杖と伏黒にも軽蔑された先生は、すっかり落ち込んでしまった。
だが、こうして私と五条先生はみんな公認の元、付き合うこととなった。
「チョコ、ちゃんと食べてくださいね」
「うん、食べるよ……しっかし、さっきの胃瘻は笑ったなー」
誰にも聞こえないように、先生に伝えるとそんな返答が返ってきた。
ムッとして言い返そうとしたが、次の言葉に私は力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
「大好きな俺にチョコを受け取って欲しくて必死な君が、可愛くて君ごと食べちゃいたかったよ」
今度もう一回聞かせてね。
低く、先生特有の声が耳から脳へ伝わり痺れていく。
「ぜ、絶対に言わないんだからーっ!!!」
先生のしたり顔がやけに腹立たしく、愛おしく感じられた一日だった。