その他
「恵ぃ〜、仕事だよ」
それはいつも通りの、うざったい先生からの仕事の指令で。
彼にとっては、ただの呪霊退治のはずだった。
そう、はず……だった。
これは、まだ彼が虎杖と出会う少し前のお話────────
「あ、どうも! 初めまして、呪術師…の方ですか?」
(まだ子どもじゃないか……舐めてるのか…? これだから、心霊現象の類はぼったくりで偽物ばかりなんだ…こっちは大金を払っているっていうのに…………)
依頼場所は、高級タワーマンション。
四級相当の呪霊がいると窓からは知らせを受けていたが、特に害がなさそうだったため放置されていた場所に、数年前にこのマンション建設計画が持ち上がったらしい。
ジロジロと見られ、伏黒は嫌そうにその視線から顔を背けた。
(まぁ、窓の情報を聞く一般人も稀だろう……コイツも、どう見ても霊や呪いの類を信じるタイプじゃないだろうし)
その後、マンションを建てたはいいが呪霊のせいで死者や怪我人が多数出たこのマンションに住むものは今はいない。
そのため、なんとかして欲しいと今回依頼が来た。
幽霊や呪いなんて類は信じていないだろうが、依頼者は恐らく藁にもすがるような思いなのだろう。
そこへ依頼を受けてやってきたのが子どもでは、依頼者が嫌そうな顔をするのも仕方のないことといえばそうなのかもしれない。
そんなことを思いながらも、伏黒は気持ちを切り替える。
(どんな事情があろうと、依頼は依頼だ)
プロの鏡であるような心持ちで、彼は目の前の依頼主と目を合わせた。
「そうです。ご依頼主の田中さんですか」
「あ、はい……この度はどうも」
「取り敢えず、中を見させてもらっていいですか」
「あ、はいその………………実は、もう一人違う方にも依頼をしておりまして……私といたしましては、このマンションに全財産をかけているものですから」
依頼主は、どうやら呪術師への依頼だけでは信用ならなかったらしく、他にも誰か依頼をしたらしい。
伏黒は、依頼主から目を逸らしため息をついた。
(よりによって……こんな低級呪霊しかいないところに、他の業者だと……エセ霊媒師とかの相手はごめんだぞ)
何も見えていない癖に、そういった類の仕事をしているものも当然いる。
彼にとって、それは別にどうでも良い。
しかし、そいつらと一緒に仕事となると話は別だ。
そういう奴らに限って、色々と有る事無い事を吹聴しながらこちらの仕事の邪魔をしてくるパターンが多いからだ。
(面倒なことをしてくれたな……俺一人なら、すぐに終わるものを…)
彼が項垂れていると、突然強烈な気配が近づいてくるのが分かり、彼はバッとその方向を見た。
「あ、いらっしゃいましたね!」
依頼主の言葉に、やってきた女性を見て彼はあんぐりと口を開けた。
「なっ…………」
「こんにちはぁ〜。ゴーストスイーパーの、六道冥子です〜」
さらりとした短い髪に、薄ピンクのワンピース。
同じ色の手袋をした清純そうな女性。
彼女は、馬のような式神に乗ってのんびりとした声でにこやかに現れた。
依頼主の田中には、変わった雰囲気の女性だなとしか映らなかっただろうが、伏黒は違う。
彼女の圧倒的なまでの力が、漏れ出ていて彼に伝わってくる。
(何だこの女っ!?……どうしてこんな圧倒的な存在を持っている!??)
「あ、今日一緒にお仕事する人ですか〜? どうも〜」
力だけではない。
この彼女の独特なテンポの話し方も、彼の出会ったことのないタイプの人種だ。
彼女が話し終わるまで、グッと肩に力が入っていた伏黒は、彼女の語尾の長さにだらりと脱力した。
(か、会話をするのも疲れそうな奴だ…………こんな奴、初めて見たな)
しげしげと彼女を見つめた後、彼は肩に力を入れるように軽く手で摩り表情を引き締めた。
「呪術師の伏黒です。では、早速仕事に取り掛かりたいんですが」
「あ、私も一緒に行きます〜。何だかここ〜、弱いのばっかりで目立たないけど、強そうなのもいる気がするんですよね〜」
彼女の言葉に、伏黒は改めてタワーマンションを見上げた。
(確かに……雑魚の奥に、微かに強い気配がある…俺が見落とした…?)
少し、見た目と話し方のせいで侮りすぎていたかもしれない。
気配をちゃんと察知できるということは、少なくとも偽物ではないらしいと認識を改める。
(ゴーストスイーパーなんて、聞いたことないが……)
タワーマンションの一階を、先に調べておくか。と伏黒は玉犬を先に影から呼び出して走らせた。
チラリと女性は彼の影を見たが、特に何も言わずニコニコと微笑んでいる。
「あの、では…私はこちらで待たせていただきますので……」
依頼主の田中は、タワーマンションの玄関前にある公園の椅子に座り、ふぅと息を吐きながらハンカチで額の汗を拭った。
それを見て、伏黒と六道は目を合わせ、互いにタワーマンションを見上げた。
「調べるの、大変そう〜…こういう時、令子ちゃんがいてくれたらな〜」
「(令子? 同業者か?)取り敢えず、俺は下から順に調べます。敵がいれば、都度倒せばいいですし」
「前にもマンションの霊を祓ったことあるから〜、えっと…確か下からやっていかないと確かダメだったの〜」
「(経験者? 本物なのか……式神を出しているから、一応力はあるみたいだが…)じゃ、行きましょう」
一歩マンション内へ入ると、エントランスの時点で低級がうじゃうじゃと存在していた。
六道は、あら〜と言いながら自身の影を見る。
「みんな、出ておいで」
彼女がそう言った瞬間、彼女の影から沢山の式神たちが姿を表す。
中でも、この部屋の高さには収まりきらなさそうなほど大きな式神は、まっくろくろすけのような風貌だが、その大きな口を開けると低級たちを一気に吸い込み出したのだ。
これには伏黒もギョッとする。
「っ!?」
「あの〜、この子達で私が弱いのは倒していくので、伏黒さんに上にいる強いのを任せても良いですか〜?」
「あ、え…………はい…」
「よかった〜。じゃあ、一緒に頑張りましょ〜ね〜」
(世の中には、まだまだ俺の知らない式神がいるのか……それにしてもすごい数だな…)
伏黒は、必要な時にしか式神を出さないが、彼女は違う。
ここに来た時からずっと馬のような風貌の式神に乗り、今はどうも全ての式神を出しているようだ。
それがどれほど式神を操る者にとって負荷のかかる行為か分かるが故に、伏黒は彼女のことを恐れた。
(とんでもない術師がいたな。後で高専に連絡しておくか……しかし、今までどこにいたんだ……? こんな人、見たことない…)
悠々と笑顔を浮かべたまま、楽しそうにマンションを上っていく六道。
(俺も、こんな風に沢山の式神を扱えるように、早く調伏していく必要があるな)
ある程度、次にどの式神を調伏しようかと考えていたのはあった。
けれど、こんな力の差を見せつけられれば、気持ちが急くのも仕方がない。
そう思いながら、彼は六道の後に続いた。
・・・・・・・・・・
五階ほど上ったところだろうか、段々と六道の式神たちが疲弊し始めてきているのは、伏黒も感じていた。
「まだ、強い奴はいないみたいっすね」
「で、でも〜……多分、もう少しでみんなも疲れてきちゃうから、まずいかも〜」
まだまだ、低級たちの数は多い。
六道の式神たちが全員使えなくなってしまった場合、伏黒一人でこの量を捌き切るのは流石に厳しい。
(こんな時、五条先生なら……)
伏黒は、ふと自身の担任の姿を思い浮かべた。
しかし、彼の想像上で先生は大技一発でタワーマンションごと吹き飛ばして笑っている姿しか想像できず、ふるふると静かに首を横に振った。
(こんな時、俺にもっと力があれば……)
彼は考え直す。
しかし、玉犬だけで残りの全ての呪霊を倒すことはできない。
今の彼には、六道ほどの力がない。
式神の数も、敵の数に対して少なすぎる。
(くそっ……どうする…おそらく、このタワーマンションで一番強い奴はまだ上に…………だからといって、このまま突き進むのもジリ貧になるだけだろう……)
伏黒が迷っている間にも、六道の式神たちは疲弊し続けている。
彼女も、敵の動きが一向に収まる気配がないことに焦り始めていて、涙ぐんできている。
「あ、あのぉ〜……どうしましょ〜、そろそろかなり結構無理かも〜」
六道が弱音を伏黒に漏らした時だった。
呪霊の一匹が、彼女の背後から攻撃を仕掛けて彼女は乗っていた式神の馬から落ちてしまう。
不意を突かれた彼女は、そのまま頭から地面に落ちる。
ゴンっ、と鈍い音が小さく聞こえた。
その音に、式神たちの動きが止まる。
「……あ…………だ、大丈夫ですか?」
あの程度の攻撃も避けられないのか? そう言いたくなった言葉を飲み込み、一応声かけをしておく伏黒。
ただ、彼が声をかけても彼女は頭を打ちつけたまま中々動かない。
呪霊たちも、式神も動きを止めている。
その理由に、伏黒もすぐに気づいた。
彼女の霊力が、どんどん、どんどん大きく膨らんでいっている。
(なんだこれは……まだこんなに力が残っていたのか、この人は…)
だが、それはまるで風船のよう。
この部屋一角を全て彼女の霊力で覆い尽くすかのような膨大さは、いつ弾けてもおかしくない。
そして、弾けてしまった時どうなるのか、伏黒には見当もつかない。
(なんだ……悪寒…? このまま、ここにいるとヤバい……っ!?)
彼女が、ピクリと動いた瞬間、気付けば伏黒は偵察に走らせていた玉犬を呼び戻していた。
彼の生存本能が、そうしろと脳より早く手へ命令を出したのだろう。
「………………ぃ……」
「い?」
「いやあああああああああああああああああっ!!」
彼女の轟音のような奇声、叫び声と共に霊力が爆発する。
式神たちは一斉に全て攻撃を全力で再開する。
敵も建物も、そばにいた伏黒にも。
そこに見境はない。
「いやいやいやあああああああ!!」
奇声のような叫び声に呼応するかのように、彼女の式神たちが見境なしに暴れ回る。
呪霊は、一瞬で木っ端微塵となり、同様にタワーマンションの窓や壁、ドアたちも粉々にコンクリートが砕け散っていく。
「おい!? アンタ、式神をコントロールしろっ!!」
「ああああああああっ!!」
まだ叫び続けている彼女に、伏黒は玉犬で彼女の式神の攻撃をなんとか防ぎながら叫ぶが、全く声は届かない。
その間にも彼女の式神からの針攻撃に、伏黒は飛んでそれを辛うじて避ける。
(このままじゃ、マンションが崩れるぞ!?)
彼は、自分が使役している式神、鵺を呼び出し割れた窓から外へ脱出しようとした。
だが、それよりも早くタワーマンションに限界が来た。
「「あ」」
六道と伏黒は、二人してミシミシというマンションの軋む音に天井を見上げ、呑気に同じ声を出した。
瞬間、マンションは地響きと轟音を周囲に撒き散らしながら崩壊していった。
・・・・・・・・・・
「………………………」
「……マンションの〜、悪いものはこれで全て祓えたと思います〜」
ね? と可愛らしい声で六道から問われ、満身創痍の伏黒は首を横にも縦にも振らなかった。
本当にこの女性が、普通の一般人では破壊しきるのは無理なタワーマンションを木っ端微塵にした人なのかと、目の前で見てもどうしても結び付かない。
(この緩々な話し方のせいだ……)
マンションの管理者、今回の依頼者は崩れ去ったマンションの残骸の前にただ立ち尽くしている。
「じゃ、俺はこれで」
彼は、呪術高専に苦情が来ないよう、依頼主には破壊したのはあくまで六道であり、自分はそれを止めようとしたが力が強く止めようがなかったとも説明してある。
六道からの「またね〜」という言葉に、なんとかペコリとお辞儀で返しながら彼は心に深く誓った。
(俺は、感情を常にコントロールしてみせる……)
松葉杖をリズムよく動かしながら、彼は前を向く。
感情の暴走のままに動けばどうなるのか、彼は身に染みて実感した。
今回の依頼は、おそらく報酬が入らない。
依頼主はきっと、その報酬を払うどころか借金地獄に落ちることも目に見えている。
未だ呆然と立ち尽くす依頼主に、彼から声をかける言葉もない。
タワーマンションが崩壊したというのに、怪我人は伏黒だけで、周囲への損壊や被害がなかったことは不幸中の幸いだったとも言える。
(なんで、あの人は怪我してないんだ……)
「おっかえり〜……って、あれ? 恵、どうしたのその怪我? 今回の任務、そんな難しかった?」
「………………」
(そう言えば、この人も感情のままに動いているな……それでも、力は暴走していない…………つまりは、この人はそれだけ…)
強く、力を完全にコントロールできている。
あのゴーストスイーパーの六道も力があったが、彼女はそれを感情のままに暴走させていた。
だが、伏黒の目の前にいる男は、感情のままに発言や行動はするが、力は制御している。
どちらにも、彼はまだ叶わない。
「ちっ……」
「舌打ち!? だめだよ先生にそんなことしちゃ!」
先生悲しい! なんて、からかい混じりの声にさらに苛立ちを募らせながら、伏黒は五条先生を睨んだ。
「別に」
そう言いながら、彼は松葉杖をつきながら寮へと帰っていく。
(くそっ……)
認めたくない。
そんな思いと悔しさが混じりながらも、認めざるを得ない。
「俺だって、すぐに」
アンタらみたいに、強くなってやるさ。
助けたい姉がいる。
その願いを胸に、彼は決意新たに次の任務に備えしっかり療養した。
それはいつも通りの、うざったい先生からの仕事の指令で。
彼にとっては、ただの呪霊退治のはずだった。
そう、はず……だった。
これは、まだ彼が虎杖と出会う少し前のお話────────
「あ、どうも! 初めまして、呪術師…の方ですか?」
(まだ子どもじゃないか……舐めてるのか…? これだから、心霊現象の類はぼったくりで偽物ばかりなんだ…こっちは大金を払っているっていうのに…………)
依頼場所は、高級タワーマンション。
四級相当の呪霊がいると窓からは知らせを受けていたが、特に害がなさそうだったため放置されていた場所に、数年前にこのマンション建設計画が持ち上がったらしい。
ジロジロと見られ、伏黒は嫌そうにその視線から顔を背けた。
(まぁ、窓の情報を聞く一般人も稀だろう……コイツも、どう見ても霊や呪いの類を信じるタイプじゃないだろうし)
その後、マンションを建てたはいいが呪霊のせいで死者や怪我人が多数出たこのマンションに住むものは今はいない。
そのため、なんとかして欲しいと今回依頼が来た。
幽霊や呪いなんて類は信じていないだろうが、依頼者は恐らく藁にもすがるような思いなのだろう。
そこへ依頼を受けてやってきたのが子どもでは、依頼者が嫌そうな顔をするのも仕方のないことといえばそうなのかもしれない。
そんなことを思いながらも、伏黒は気持ちを切り替える。
(どんな事情があろうと、依頼は依頼だ)
プロの鏡であるような心持ちで、彼は目の前の依頼主と目を合わせた。
「そうです。ご依頼主の田中さんですか」
「あ、はい……この度はどうも」
「取り敢えず、中を見させてもらっていいですか」
「あ、はいその………………実は、もう一人違う方にも依頼をしておりまして……私といたしましては、このマンションに全財産をかけているものですから」
依頼主は、どうやら呪術師への依頼だけでは信用ならなかったらしく、他にも誰か依頼をしたらしい。
伏黒は、依頼主から目を逸らしため息をついた。
(よりによって……こんな低級呪霊しかいないところに、他の業者だと……エセ霊媒師とかの相手はごめんだぞ)
何も見えていない癖に、そういった類の仕事をしているものも当然いる。
彼にとって、それは別にどうでも良い。
しかし、そいつらと一緒に仕事となると話は別だ。
そういう奴らに限って、色々と有る事無い事を吹聴しながらこちらの仕事の邪魔をしてくるパターンが多いからだ。
(面倒なことをしてくれたな……俺一人なら、すぐに終わるものを…)
彼が項垂れていると、突然強烈な気配が近づいてくるのが分かり、彼はバッとその方向を見た。
「あ、いらっしゃいましたね!」
依頼主の言葉に、やってきた女性を見て彼はあんぐりと口を開けた。
「なっ…………」
「こんにちはぁ〜。ゴーストスイーパーの、六道冥子です〜」
さらりとした短い髪に、薄ピンクのワンピース。
同じ色の手袋をした清純そうな女性。
彼女は、馬のような式神に乗ってのんびりとした声でにこやかに現れた。
依頼主の田中には、変わった雰囲気の女性だなとしか映らなかっただろうが、伏黒は違う。
彼女の圧倒的なまでの力が、漏れ出ていて彼に伝わってくる。
(何だこの女っ!?……どうしてこんな圧倒的な存在を持っている!??)
「あ、今日一緒にお仕事する人ですか〜? どうも〜」
力だけではない。
この彼女の独特なテンポの話し方も、彼の出会ったことのないタイプの人種だ。
彼女が話し終わるまで、グッと肩に力が入っていた伏黒は、彼女の語尾の長さにだらりと脱力した。
(か、会話をするのも疲れそうな奴だ…………こんな奴、初めて見たな)
しげしげと彼女を見つめた後、彼は肩に力を入れるように軽く手で摩り表情を引き締めた。
「呪術師の伏黒です。では、早速仕事に取り掛かりたいんですが」
「あ、私も一緒に行きます〜。何だかここ〜、弱いのばっかりで目立たないけど、強そうなのもいる気がするんですよね〜」
彼女の言葉に、伏黒は改めてタワーマンションを見上げた。
(確かに……雑魚の奥に、微かに強い気配がある…俺が見落とした…?)
少し、見た目と話し方のせいで侮りすぎていたかもしれない。
気配をちゃんと察知できるということは、少なくとも偽物ではないらしいと認識を改める。
(ゴーストスイーパーなんて、聞いたことないが……)
タワーマンションの一階を、先に調べておくか。と伏黒は玉犬を先に影から呼び出して走らせた。
チラリと女性は彼の影を見たが、特に何も言わずニコニコと微笑んでいる。
「あの、では…私はこちらで待たせていただきますので……」
依頼主の田中は、タワーマンションの玄関前にある公園の椅子に座り、ふぅと息を吐きながらハンカチで額の汗を拭った。
それを見て、伏黒と六道は目を合わせ、互いにタワーマンションを見上げた。
「調べるの、大変そう〜…こういう時、令子ちゃんがいてくれたらな〜」
「(令子? 同業者か?)取り敢えず、俺は下から順に調べます。敵がいれば、都度倒せばいいですし」
「前にもマンションの霊を祓ったことあるから〜、えっと…確か下からやっていかないと確かダメだったの〜」
「(経験者? 本物なのか……式神を出しているから、一応力はあるみたいだが…)じゃ、行きましょう」
一歩マンション内へ入ると、エントランスの時点で低級がうじゃうじゃと存在していた。
六道は、あら〜と言いながら自身の影を見る。
「みんな、出ておいで」
彼女がそう言った瞬間、彼女の影から沢山の式神たちが姿を表す。
中でも、この部屋の高さには収まりきらなさそうなほど大きな式神は、まっくろくろすけのような風貌だが、その大きな口を開けると低級たちを一気に吸い込み出したのだ。
これには伏黒もギョッとする。
「っ!?」
「あの〜、この子達で私が弱いのは倒していくので、伏黒さんに上にいる強いのを任せても良いですか〜?」
「あ、え…………はい…」
「よかった〜。じゃあ、一緒に頑張りましょ〜ね〜」
(世の中には、まだまだ俺の知らない式神がいるのか……それにしてもすごい数だな…)
伏黒は、必要な時にしか式神を出さないが、彼女は違う。
ここに来た時からずっと馬のような風貌の式神に乗り、今はどうも全ての式神を出しているようだ。
それがどれほど式神を操る者にとって負荷のかかる行為か分かるが故に、伏黒は彼女のことを恐れた。
(とんでもない術師がいたな。後で高専に連絡しておくか……しかし、今までどこにいたんだ……? こんな人、見たことない…)
悠々と笑顔を浮かべたまま、楽しそうにマンションを上っていく六道。
(俺も、こんな風に沢山の式神を扱えるように、早く調伏していく必要があるな)
ある程度、次にどの式神を調伏しようかと考えていたのはあった。
けれど、こんな力の差を見せつけられれば、気持ちが急くのも仕方がない。
そう思いながら、彼は六道の後に続いた。
・・・・・・・・・・
五階ほど上ったところだろうか、段々と六道の式神たちが疲弊し始めてきているのは、伏黒も感じていた。
「まだ、強い奴はいないみたいっすね」
「で、でも〜……多分、もう少しでみんなも疲れてきちゃうから、まずいかも〜」
まだまだ、低級たちの数は多い。
六道の式神たちが全員使えなくなってしまった場合、伏黒一人でこの量を捌き切るのは流石に厳しい。
(こんな時、五条先生なら……)
伏黒は、ふと自身の担任の姿を思い浮かべた。
しかし、彼の想像上で先生は大技一発でタワーマンションごと吹き飛ばして笑っている姿しか想像できず、ふるふると静かに首を横に振った。
(こんな時、俺にもっと力があれば……)
彼は考え直す。
しかし、玉犬だけで残りの全ての呪霊を倒すことはできない。
今の彼には、六道ほどの力がない。
式神の数も、敵の数に対して少なすぎる。
(くそっ……どうする…おそらく、このタワーマンションで一番強い奴はまだ上に…………だからといって、このまま突き進むのもジリ貧になるだけだろう……)
伏黒が迷っている間にも、六道の式神たちは疲弊し続けている。
彼女も、敵の動きが一向に収まる気配がないことに焦り始めていて、涙ぐんできている。
「あ、あのぉ〜……どうしましょ〜、そろそろかなり結構無理かも〜」
六道が弱音を伏黒に漏らした時だった。
呪霊の一匹が、彼女の背後から攻撃を仕掛けて彼女は乗っていた式神の馬から落ちてしまう。
不意を突かれた彼女は、そのまま頭から地面に落ちる。
ゴンっ、と鈍い音が小さく聞こえた。
その音に、式神たちの動きが止まる。
「……あ…………だ、大丈夫ですか?」
あの程度の攻撃も避けられないのか? そう言いたくなった言葉を飲み込み、一応声かけをしておく伏黒。
ただ、彼が声をかけても彼女は頭を打ちつけたまま中々動かない。
呪霊たちも、式神も動きを止めている。
その理由に、伏黒もすぐに気づいた。
彼女の霊力が、どんどん、どんどん大きく膨らんでいっている。
(なんだこれは……まだこんなに力が残っていたのか、この人は…)
だが、それはまるで風船のよう。
この部屋一角を全て彼女の霊力で覆い尽くすかのような膨大さは、いつ弾けてもおかしくない。
そして、弾けてしまった時どうなるのか、伏黒には見当もつかない。
(なんだ……悪寒…? このまま、ここにいるとヤバい……っ!?)
彼女が、ピクリと動いた瞬間、気付けば伏黒は偵察に走らせていた玉犬を呼び戻していた。
彼の生存本能が、そうしろと脳より早く手へ命令を出したのだろう。
「………………ぃ……」
「い?」
「いやあああああああああああああああああっ!!」
彼女の轟音のような奇声、叫び声と共に霊力が爆発する。
式神たちは一斉に全て攻撃を全力で再開する。
敵も建物も、そばにいた伏黒にも。
そこに見境はない。
「いやいやいやあああああああ!!」
奇声のような叫び声に呼応するかのように、彼女の式神たちが見境なしに暴れ回る。
呪霊は、一瞬で木っ端微塵となり、同様にタワーマンションの窓や壁、ドアたちも粉々にコンクリートが砕け散っていく。
「おい!? アンタ、式神をコントロールしろっ!!」
「ああああああああっ!!」
まだ叫び続けている彼女に、伏黒は玉犬で彼女の式神の攻撃をなんとか防ぎながら叫ぶが、全く声は届かない。
その間にも彼女の式神からの針攻撃に、伏黒は飛んでそれを辛うじて避ける。
(このままじゃ、マンションが崩れるぞ!?)
彼は、自分が使役している式神、鵺を呼び出し割れた窓から外へ脱出しようとした。
だが、それよりも早くタワーマンションに限界が来た。
「「あ」」
六道と伏黒は、二人してミシミシというマンションの軋む音に天井を見上げ、呑気に同じ声を出した。
瞬間、マンションは地響きと轟音を周囲に撒き散らしながら崩壊していった。
・・・・・・・・・・
「………………………」
「……マンションの〜、悪いものはこれで全て祓えたと思います〜」
ね? と可愛らしい声で六道から問われ、満身創痍の伏黒は首を横にも縦にも振らなかった。
本当にこの女性が、普通の一般人では破壊しきるのは無理なタワーマンションを木っ端微塵にした人なのかと、目の前で見てもどうしても結び付かない。
(この緩々な話し方のせいだ……)
マンションの管理者、今回の依頼者は崩れ去ったマンションの残骸の前にただ立ち尽くしている。
「じゃ、俺はこれで」
彼は、呪術高専に苦情が来ないよう、依頼主には破壊したのはあくまで六道であり、自分はそれを止めようとしたが力が強く止めようがなかったとも説明してある。
六道からの「またね〜」という言葉に、なんとかペコリとお辞儀で返しながら彼は心に深く誓った。
(俺は、感情を常にコントロールしてみせる……)
松葉杖をリズムよく動かしながら、彼は前を向く。
感情の暴走のままに動けばどうなるのか、彼は身に染みて実感した。
今回の依頼は、おそらく報酬が入らない。
依頼主はきっと、その報酬を払うどころか借金地獄に落ちることも目に見えている。
未だ呆然と立ち尽くす依頼主に、彼から声をかける言葉もない。
タワーマンションが崩壊したというのに、怪我人は伏黒だけで、周囲への損壊や被害がなかったことは不幸中の幸いだったとも言える。
(なんで、あの人は怪我してないんだ……)
「おっかえり〜……って、あれ? 恵、どうしたのその怪我? 今回の任務、そんな難しかった?」
「………………」
(そう言えば、この人も感情のままに動いているな……それでも、力は暴走していない…………つまりは、この人はそれだけ…)
強く、力を完全にコントロールできている。
あのゴーストスイーパーの六道も力があったが、彼女はそれを感情のままに暴走させていた。
だが、伏黒の目の前にいる男は、感情のままに発言や行動はするが、力は制御している。
どちらにも、彼はまだ叶わない。
「ちっ……」
「舌打ち!? だめだよ先生にそんなことしちゃ!」
先生悲しい! なんて、からかい混じりの声にさらに苛立ちを募らせながら、伏黒は五条先生を睨んだ。
「別に」
そう言いながら、彼は松葉杖をつきながら寮へと帰っていく。
(くそっ……)
認めたくない。
そんな思いと悔しさが混じりながらも、認めざるを得ない。
「俺だって、すぐに」
アンタらみたいに、強くなってやるさ。
助けたい姉がいる。
その願いを胸に、彼は決意新たに次の任務に備えしっかり療養した。
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